16

 北の国を後にして、雪原を歩く旅人四人。


「ずっと気になってたんですが、あの方って既婚のはずがお若いというか幼いと……」

 テラの疑問に対し、ケシィは何とも微妙な表情。

「北の国は結婚に年齢制限が無いのよ」

「えっ……じゃ、じゃあ、あの年で」

 振り向いて背後に立ち並ぶ家々を見る。

 雪玉を丸めながらプルが不思議そうに口を開いた。

「年が若いと何かマズいんすか?」

「まずいというか……そ、そういえば何でだっけ……」

 真剣な表情で考えだすテラ。

 ケシィは歩きながら鞄から地図を取り出し、顔の前で広げた。


「……次は……船に乗る必要があるみたいね」

 三人が同時にケシィを見た。

「船っすか!? え、てことは空を」

 プルが飛び跳ねながら目を輝かせる。

「船は海ですよ。そしたら……次は別の大陸ということですか?」

 そうよ、とケシィは頷いて折りたたんだ地図を鞄に戻した。

 跳ねるような軽快な足取りのプルは丸めた雪玉を手で軽く叩く。

「兄貴はここ以外の大陸に行ったことって、あるんすかっ」

 雪玉をセルの背中目掛けてスローイン。

「えっ……な、無いけど……」

 振り向いて飛んできた雪玉を片手でキャッチして、セルは困惑した様子でプルの顔を見た。セルの手の中で崩れ溶けて地面に落ちる雪玉。

 口角を上げつつプルは既に次の雪玉を両手に構えていた。

「雪合戦やらずにこの国を出るわけには行かないっすよ、勝負っす!」

 え、と声を漏らしたセルの顔を狙って両手の雪玉を交互に投げるも、当たる前にセルは両手でそれを受け止めた。

「セルさん取るんじゃないです、投げるんですっ!」

 テラは雪を拾って投げた。剛速球がプルの腕を貫通する。

「これ絶対チーム分けおかし」

 更に別方向から顔面に雪玉が当たった。

 投げられた方向には義手に雪玉を握るケシィ。

「セルに勝負を挑もうなんて百年……いや、万年早いわよ」

 その目と薄っすら浮かべた笑みは獲物を狩る捕食者の様。

「さ、三対一って……こっ、こうなったら徹底抗戦っす!」

 雪を拾って丸め、テラに投げるも当然の如く避けられる。


 主に一方から目にも見えない速さで飛び交う雪玉。

 数歩離れてその様子を眺めているのみのセルに、ケシィは義手に乗せて雪玉を差し出した。受け取るものの、手の中の雪玉を見つめたままセルは動かない。

「早くしないと溶けちゃうわよ」

「う、うん…………」

 言われて雪玉を構えるが、投げないまま雪玉を持った手は下へ下がっていく。

 その手をケシィが捕まえて上へ戻した。

「臆することは無いわ」

 雪玉を投げつけ合う二人を見る。

「プルは大抵どこに当てても平気よ。それにテラは狙ったって避けられる」

 手を離してさっと雪を拾い、雪玉を作って構える。

「セル、一緒に遊びましょう」

 狙いを定めてテラに向けて投げた。予想外の投球をテラは慌てて避ける。

「えっ、ケシィさんって味方チームじゃ」

「セル以外は全員攻撃対象よ」

 一対一対一の雪合戦。それは最早合戦ではなくただの雪玉の投げ合い。

 一層激しく、時に魔力すら帯びて雪玉が飛び交う。



「……ぼ、僕も!」

 セルは半分溶けかけている雪玉を飛び交う中目掛けて後ろへ引き

「えっ」

 その振りかぶり方に一同が注目する。強風と共に鋭く空気を切り裂く音。

 雪の上に亀裂が入り、三人の後ろで雪から煙が上がった。

「……流石兄貴っすね…………でも」

 固まっていたセルのフードの後頭部に雪玉が当たって砕ける。

 振り向くとガッツポーズのテラ。

「不意打ち作戦成功です……って、なんだかすごい殺気が何処からか……」

 これを起爆剤に雪合戦は熾烈を極めた戦いへと発展していく。







「尋問時間だ。出ろ」

 ランプを持った兵士が鉄格子を槍で叩く。

「はいはい」

 適当な返事をして、囚人服の青年は手に持っていた何かを服の下に隠して牢を出る。青年の手に手錠をかけて振り向き、兵士は階段を上がって行った。


 兵士の後をついて行きながら、青年は服の下から円形のレーダーを取り出す。

「……ん、001のランプがまだ着いてる……?」

 やや左から動かない青い点を見つめ、青年はレーダーを服の下へ戻した。

「誰か充電したのか……ま、移動はしてないみたいだし、拾われて改造でも」

「おい! ブツブツうるさいぞ!」

 前を歩く兵士の怒鳴り声に、青年は口を噤んだ。

「……充電の仕方知ってるのなんて、一人しかいないはずなんだけどな」







 残像を残したり浮遊したりする雪玉。

「どう? 初めての雪合戦は」

 こんな危険な遊びじゃない気がするけど、とケシィ。

 丸めかけの雪玉を手に、しゃがんでいたセルは顔を上げる。

「すっごく楽しい!」

 鼻に雪を乗せて笑顔。

 戦場の中、ケシィは手の雪玉の冷たさも忘れて微笑んだ。



 澄み渡った晴天の下、四人を中心に雪が消えていく。

 雪原の向こうから潮風が吹いた。




【 第三章 ドキドキ!雪の日の思い出大作戦 完 】




「…………ずっと、こうだったらいいのに」

 雪玉を投げるセルの背姿を見つめ、ケシィはぽつりと呟く。

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