11

 セルはテラに視線を移した。こわばっていた表情が緩む。

「ごっ、ごめ…………」

 ふと言葉を止め、首を横に振った。


 見ている三人に真っ直ぐと視線を向ける。

「か……帰らないなら、力づくで部屋から出す」

 セルの視線にプルは後ろに一歩下がる。001がテラを下ろして警戒態勢に入った。

「あ、兄貴……や、やめてくださ」

 足を踏み出したセルに、プルは言葉を止めて数歩離れる。

 近づこうとしたテラは001に制された。

「……わ……分かったっす」

 プルは俯き、やや遠回りに001の元へ近づくとテラの手を引いた。

 足を引いてセルは床に視線を落とす。

「テラ姉さん、帰るっす」

 プルに手を引かれたテラは涙目で首を横に振る。

「一時的な退散っす。……兄貴に力で勝てるわけないんすから」

 プルはなだめるようにテラの耳元で囁いた。

「…………は、はい」

 拒んでいたテラから力が抜け、プルに手を引かれて半開きの扉の方へ歩き出した。001はその後をついていく。

 扉から出る前にプルは振り向いて、部屋の端で立ち尽くすセルを見た。何かを言いかけて口を閉じる。

 外から洩れていた光がだんだんと細くなり、扉が閉まった。

 窓から差し込む僅かな光だけが薄暗い部屋にぼんやりと残る。



「……こ、これで……大丈夫、だよね」

 セルは自分の手を見た。

「さ、最後なのに……何で、あんな酷いこと」

 息を吸ってしゃがみ込み床に拳を振り上げる。だが振り下ろさずにその手を下げた。

 手を突いて床を見つめる。

「何で泣いてないんだろう、僕……冷たい人間だったんだ」

 首を横に振る。

「人間じゃなかった。だからこんなに冷淡なの、かな」

 咳をして口から血が垂れる。セルは床に向かって微笑んだ。








 肩にはめた義手を動かし、手を強く握って開いてみる。

 扉が開く音と流れ込む冷気にケシィは顔を上げた。

「お帰りなさい、001は見つかっ……て」

 杖を義手に持ちテラに構えた。

「回復魔法。……随分派手に戦ったらしいわね……で、その方は」

「あっ、ぜろぜろいち!……って、こお撃してこない……?」

 ゴーグルを首にかけたままの作業服の少女は恐る恐る001に近寄る。

「ちょっと訳があってね、今は攻撃中止なんだ……」

 説明しつつ001は右肩に義手をはめたケシィを見た。驚いた様子で001を見ていたケシィは、慌てて下ろしていたローブを着直す。

 扉の前で俯いて立ったままの二人を見た。

「……どうしたの? さっきから俯いて…………あら、セルは」

 背伸びして二人の向こうを見ようとする。


 ためらいがちにプルが口を開いた。

「姉さん、その……兄貴は、誘拐され」

 プルの肩が片方は素手、片方は金属製の義手に掴まれてゲル化しかける。

 目の色を変えて声を抑えながらケシィはプルを見た。

「誰に、どこで」

「いっ……居場所は分かってるっす……け、けど兄貴が帰らないって」

 手を離しケシィは外に出て、立っていた青ローブの男を見た。

「出発した町へ連れて行って」

「さ、先ほどのお客様もご一緒にですか?」

 青ローブの男、ツギの町の転移魔法屋は家の前に立つ三人を見た。

「あ、わたしも行く! 義手の試運転がまだ終あってない」

 作業服の少女が手を上げてモップを持って外へ出た。寒さに体を縮こまらせる。

「わ、私たちも行きます、あ、えっと……001さんは」

 走り出そうとしたテラは001を見た。001は既に転移魔法屋の前に立っていた。

 プルとテラも駆け寄り、転移魔法屋は手に魔力を込める。

「合計五名様でよろしいですね」

 確認して転移魔法を唱える。

 転移魔法屋含む六人を魔力が包んで、消した。







 賑やかな城下町内。どこからか吟遊詩人の歌が聞こえてくる。

 レンガの道を子牛を連れて歩くテラの父親。

「しっかし、ここはいつ来ても歌が聞こえてくるなあ」

 歌に合わせて鼻歌を歌いつつ城門に続く道をバスケット片手に歩いて行く。

 通り沿いの民家から出てきた妻は父親の空のバスケットを見て、悔しそうに指をパチンと鳴らした。

「もう卵売り切れちゃったんだ……次こそっ」

 父親は足を止め妻の方を見る。

「ああ。奥さん毎回来てましたね」

「そちらの卵美味しいので。次こそ間に合うよう頑張りますっ」

 二人はしばらくニコニコと向かい合っていた。


「そういえば、今日は娘さんとご一緒じゃないんですね」

 妻が切り出した。父親は牛を撫でながら答える。

「ああ。あれは今旅に出してましてね」

「あれっ、奇遇ですね。うちの子も今冒険中なんです」

「その噂ならとっくに聞いてますよ」

 牛は父親の節くれた大きな手で撫でられ、目を細くしている。

「勇者様が旅してると全国各地で話題なんだとか。流石はお宅の息子さんですな」

 笑う父親。もうそんなに、と妻の笑顔が僅かに曇る。

「……あ、せっかくですからお茶でも飲んでいきます?」

 隣の奥さんにお菓子貰ったんです、と妻。

 父親は空を見上げ、日の位置を確認して頷いた。

「丁度娘がいなくなって寂しかったところだったんです。なら、お言葉に甘えて」

 牛の首ひもを民家の柵に括り付け、妻に促されて父親は民家に入る。



 台所でガラスのティーポットに紅茶を注ぎ、妻はそれをもって机へ移動した。

「どうぞ」

「あ、どうも」

 二人が同時に軽く頭を下げる。

「今、例のお菓子出しますね。ジャムの入った焼き菓子なんです」

 妻は机から台所の棚の前へ歩き、中にしまわれた水色の箱を取り出した。

「ところで、娘さんは今はお一人で?」

「いえ、偶然会った冒険中だと言う少年と少女が……確か」

 机の上に箱を置き、蓋を開けようとしていた妻はその手を止める。

「え、そ、その二人って十五と十七くらいの」

 妻の笑顔が真剣な表情へ変わり、父親を見た。

「そのくらいでしたな。少年の方が何故かずっとフードを被っていて……」

 茫然と父親の顔を見つめる妻。

 少し間を置いて、父親はえ、と声を漏らした。

「……もしかしてその子、お宅の息子さんだったりとか……て、いやぁそんな偶然」

「た、多分……うちの息子です」

 民家の中に静寂が走る。


「……えっ、じゃあ勇者様!?」

 静寂を切り裂く父親の豪快な大声。

「ちょっ、声大きいですっ!」

 妻は咄嗟に扉と窓を確認した。





 次第に空が茜色になり通行人の姿が減っていく。

「もー」

 花壇の並ぶ柵の前で子牛が鳴く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る