20.「ケーサツ呼ばれたら逃げる」
「……どう、カナ――」
「悪く、ないんじゃねぇか、ってかゴソー、お前、結構エゲツないコト平気で書くのな。心に闇抱えすぎだろ」
「――ッ! わ、悪口、書けって言ったの……、ライタくん――」
僕の眼前。ジト目の雷太に対して、顔を真っ赤にしながら子供のように頬を膨らませたのは五奏さん。……この子は、小学校から、声と共に精神年齢まで止まってしまったのだろうか。
音楽スタジオ、チューン・ラボのロビー、練習を終えて各々帰り支度に勢を出していた僕たちを、「あの――」と振り絞るような声で呼び止めたのは、一人の黒髪おかっぱ少女。歌詞ができたので見て欲しいと、一枚のノートを両腕で抱える五奏さんが窺うような上目遣いで僕たちの顔を見上げており、顔を見合わせた三人は背負っていた楽器をおもむろにおろして、背の低いソファー椅子に再び腰を落ち着ける運びとなった。
……あ、ちなみに今回の語り部は、僕こと、大木新です。なんか、久しぶりだね。
「英語の歌詞にしたんだね……、ってか、杏ちゃんって英語できるんだ」
頬杖をつきながら紙パックジュースのストローを噛み潰しているのはナヲ。……彼女が五奏さんのコトをいつの間にか『杏ちゃん』と呼びはじめた事案については、僕は要旨を把握していない。
「えっ……、か、歌詞は、グーグル翻訳だけど……、って、いうか、メタルって、日本語でも、よかったの? か、かっこ悪く、なりそう、だなって……」
「……エックスジャパンとガルネリウスに謝れ……」
野犬のような目つきで、遠吠えのようなタメ息を漏らしたのは雷太で――
「ココ、もっとドギつくしてやろうぜ、『〇〇』じゃなくて、『××』とか――」
「……えっ?」
「――だったらここもさ、『△△』にしちゃって――」
「……えっ、ええっ?」
テーブルに転がっていたボールペンを見つけた二人の悪魔、雷太とナヲが、舌なめずりをしながらノートに呪いの言葉を書き足していく。慌てたように悪魔の顔を交互に見やる幼き少女は、しかし抵抗なすすべなくされるがまま、困惑の表情で瞬きをパチパチと繰り返すばかり。……まぁ、どうせデス声なんだから、歌詞なんて何言ってるのかわからないとは思うけどね。
悪意という名のスパイスが加わり、ある意味では文字通り『デスノート』の完成に満足したのか、ノートを五奏さんに返した雷太がドカッとソファ席に全身を預けながら、グッと伸びをする。
「花火やりてぇ」
そして、そんなコトを言うものだから、
「歌詞もようやくできたし、そろそろオーディションライブだし、ゲン担ぎだよ。今から、花火しようぜ」
僕たち三人の目が点になるのは、必然ってやつで。
「……どうしたのさ急に。もう十月なんですけど」
「――うるせぇな! 秋に花火やっちゃいけないなんて、法律で決まってねぇだろ! 俺は昔っから、縁日と花火が大好きなんだよッ!」
幾ばくかの静寂が流れて、重すぎる口を無理やり開いたのは僕。
えいやっと横槍なんぞ突いてはみるが、風速百メートルの鼻息になんなく吹き飛ばされてしまうのは自明の理。早くも戦線離脱した僕を横目に、おそるおそるも追撃を試みたのはナヲで――
「このご時世、東京都内でおいそれと手持ち花火できるとこなんか、中々ないんじゃないかな」
「河川敷でやればいいだろ、ケーサツ呼ばれたら逃げる」
「……ライタ、一回タバコ見つかって停学になってるの、忘れてるワケじゃないよね?」
――而して、真手雷太という男に常識という名の論理的根拠が一切通用しないのは、僕が一番よく分かっていた。
「はなび……」
ポツリ。
最後の一枚となった桜の花びらが、
ヒラヒラ夜風に舞うがごとく、
黒髪おかっぱ少女がこぼしたその声は、あまりにも儚げで。
「は、はなび、やって、みたい、です――」
橙色の、柔らかい灯りが僕たち四人の全身を柔らかく包む。
古ぼけた置時計の針の音だけが僕たちにリアリティを告げ、上目遣いで窺い見る彼女の表情は、
あまりにも、あどけなく。
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