21.「ろっ、蝋人形?」


「――ホラ! どうだゴソーッ! 四本同時両手持ち! アンジェロみてぇだろ!」

「……い、言ってる意味が、わから、ってか、危ない――」

「フハハハハハハーッ! お前も蝋人形にしてやろうかぁっ!」

「――ろっ、蝋人形!? や、ヤメテ――」


 僕の目に映る光景。

 大魔王のようながなり声をあげながら手持ち花火を振り回している雷太と、

 半泣きになりながら追いかけまわされている五奏さん。


「……アイツら、仲良いね。――あ、ゴソーさん、コケた」

「杏ちゃん、やっぱり超カワイイ。……ずっと喋れなかったって、ホントなの?」

「ホントだよ。僕、二年の時から同じクラスだけど、彼女の声を初めて聴いたの、つい最近」

「フーン……。そういえば私たち、バンド名決めてないけど、いいのかな」

「あ、なんかライタが、学園祭ライブ当日までには考えるって言ってたよ」

「ライタくんのセンスか……、なんか、あんまり期待できないわね」

「ハハッ、同感――」


 うだるような夏はいよいよ鳴りを潜め、冬の準備を始めた夜風は少しだけ肌寒い。鈴虫の音が遠慮がちに耳に流れて、しかし節操のない噴射音にすべてはかき消されてゆく。

 スタジオ近くの古ぼけた神社、石壇に並んで腰をかけているのは僕とナヲで、決して広くはない境内を駆けまわっているのは雷太と五奏さん。……流石に雷太に中卒の道を歩ませるワケにもいかず、ナヲの親戚にあたるという住職さんに少しだけでいいから場所を貸してくれとダメ元で頼んでみたのはおよそ半刻前。「うるさくしないなら」という条件を元に快諾していた好々爺に、僕は心の底から感謝の念を抱きつつ、眼前で騒ぐダミ声クソ野郎に心の底から辟易していたりもする。


「ねぇ」


 ふいに、声。

 どこか気だるく、でも、透き通ったトーン。

 いつもの、ナヲの音。


「前、言ってたやつ、今からでも、遅くないかな」

「えっ?」


 何のコトだろうと、シンプルに、そう思った。

 本能の赴くままに、僕は彼女の横顔に目を向けた。

「……思い返すだけで、胸が熱くなるような、青春……、ってやつ。私たち、ギリギリまだ、高校生だし」


 チラリと。ナヲが細い目つきを僕に向ける。およそらしくない彼女の言葉、自分でも自覚があるのか、彼女の頬が少しだけ赤らんでいた。

 互いの視線が交錯して、僕は何故だか、声の出し方を思い出せない。


 相変わらず、はしゃぐ雷太と五奏さんの叫び声が喧しい。

 でもその音は、僕が今いる世界の外側から鳴っているようにも聴こえた。


「……何事も、遅すぎるコトなんて、ないんじゃないかな」


 特に何を考えるコトもせず、そう返して。


「……そっか」


 緩やかに立ち上がったナヲが、僕から視線を逸らす。

 どういう意味での「そっか」なのかも、そもそも僕の答えに満足しているのかどうかも、よくわからない。


 夜の暗がりに紛れたナヲの全身、形どられたシルエットはどこか神秘的で、

 その姿は、僕のイメージの中の彼女よりも少しだけ大人びていた。

 なんだか、急に彼女が遠い存在になってしまったような気がして、

 怖くなった僕は、思わず、その手を伸ばそうとして――



「――し、シロイさんッ! た、助け――」


 悲痛な幼子の嘆きが静寂のヴェールを打ち破り、

 ハッとなった僕は、伸ばした手を慌ててひっこめた。


 蒼白の面持ちで、ゼェゼェと息をしながら登場したのは言うまでもなく五奏さんであり、その背後には餓鬼のように笑う雷太が未だに手持ち花火を振り回していた。


「フハハハハハハーッ! お前も蝋人形に――、ってぶぇぇぇぇぇっ!?」


 まっすぐに右腕を突き出した奈緒の握りこぶしが、雷太の顔面に突き刺さる。

 秒で鬼退治を果たしたナヲが「いい加減にしなさいよ」と呟いて、

 スローモーションで、鼻血を撒き散らしながら倒れ込む雷太の軌道と共に、綺麗な鮮血が秋の夜空に孤を描いた。

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