12.「昨日と同じファミレス、昨日と同じ席」


「――っていうか聞いた? 3組の担任の下田」

「ああ~、あのセクハラ教師ね。……何、ついに捕まったの?」

「いや、アイツ、先生連中には生徒に手を出しているコトうまく隠してるから、実際、ウチらみたいのはターゲットにしないで、口外しなさそうな、大人しい子たちばっかり狙ってるし」

「……あ、もしかしてあの噂? ワタシも聞いたかも――」

「――そう! よりによって、アイツ、今度はあの……、五奏さんに手、出そうとしてるんだって! 二人で屋上に向かうトコ、見かけた子がいるって――」

「えっ、五奏さんって……、あの、一言も喋らない、ちょっとアレな子?」

「そうそう、……っていうか、あの子、ホントに同い年なのかな? 背丈も顔も、小学生にしか見えないっつの」

「……うわ~、下田、JSとか……、守備範囲広すぎ、そろそろSNS使って社会的に抹殺してやろうよ」


 ――ギャハハハハッ……。


 放課後、若人たちに与えられた時間無制限の安寧。

どう扱おうが、それは個人の自由だ。

 部活動に打ち込むのもよし、帰宅してからもなお勉強に勤しむのもよし、……而して、低俗な噂話に泥花を咲かせるという愚行に関しては、うら若き女子高生の取るべき選択肢として、悪手であろう事実は百も承知だ。


 私――、城井奈緒はというと、

 昨日と同じファミレス、昨日と同じ席、昨日と同じポーズ。

 昨日と同じく、ストローを噛み潰しながら頬杖をついて、ボーッと窓の外に目を向けていた。


 机の上に置いていた自身のスマートフォンが震え、何の気なしに目を向ける。ヒカルたちの下世話に半分だけ耳を傾けながら、何の気なしに手を伸ばして――


「――えっ……?」


 思わず、声を漏らした。

 デジタルテキストに目を向けた私の表情が固まり、

 何かを察した三色乙女もピタリと談笑を止める。


 ロック画面に表示されたのはチャットアプリの通知。

 差出人は、大木新――


『今、時間あるかな。話したいコトがあって。中学の時に二人でよくセッションしていたスタジオ、「チューンラボ」で待ってるから』


 およそ無機質な文面。およそ一方的な要求。

 およそ……、大木新らしいメッセージ文章。


 ――ふいを突かれた私の脳内、マトモな思考が働いていないのが自分でもわかった。

 柄にもなくドクドクと心臓が高鳴り、私はソレに気づかない振りをするのに必死だ。


「――やっぱり、シンくんからじゃない」


 ……隣を座る悪友が身を乗り出して、私の眼前、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている事案に私は一ミリも気づいていなかった。



「――ちょっ!?」


 思わず身体を大袈裟にのけぞらせ、手に持っていたスマートフォンの画面、子を守る鬼子母神の如く胸元に押し当て隠し――、而して、一歩遅い。『文面を見られた』という事実は、ヒカルのニヤケ顔を察すれば誰の目から見ても瞭然だったワケで――


「ナヲ、これ、もしかして――」

「だっ……、まだ、告白かどうかなんて、わからないでしょうがッ!?」


 思わず、ガバリと。

 焦ったように立ち上がった私は、目の焦点が明らかに定まっていない。

 自らの『失言』に、気づけていないのは私一人。

 一様に、ポカンと。三色乙女が、三つ子のような表情で。


「――いや、告白って……、アンタが一番意識してるじゃない」


 ヒカルのヒトコトが着火剤となり、

 噴射花火のような爆笑が、私の耳に無遠慮にねじこまれた。


 ……こっ……。

 ――コ・イ・ツ・ラ……ッ!


 怒りと羞恥がねずみ算のごとく積み重なっていき、真っ赤に染まった私の顔面は爆破寸前だ。

 その場にいるコトすら耐えられなくなった私は、脱兎のごとくスクールバッグから財布を取り出し、テーブルの上に百円玉を三枚たたきつけた。(※ドリンクバー代である)

 そのままクルリと背を向けて、押し黙ったまま、ずかずかとファミレスの出口へと一直線に向かい――


「ナヲ」


 乾いた声に後ろ髪を引かれて、ピタリと足を止めたのは私で。

 首だけを背後ろに回して、野犬のような目つきを三色乙女たちに浴びせて、


「がんばっ」


 ニヤニヤと嫌らしく、でもどこか嬉しそうに笑っているのは、ヒカルだった。


 ――全身がほだされ、首元から毒気が抜け落ちていくような感覚。

 ……而して、このまま彼女たちに心を許すのも、なんだか癪で――

 空威張りのプライドをせめて保とうと、幼子のようなアッカンベーを披露したのち、綻んだ口元を彼女たちに披露することはあえてせず、閑散としたファミレスを一人後にした。

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