13.「はっ?」


「――あっ、ナヲちゃん、久しぶり」

「……どうも、ご無沙汰、してます」

「シンなら、Bスタだよ。……相変わらず、他に客もいないし、自由に使ってよ」

「ありがとう、ございます――」


 閑静な住宅街の一角。およそ場違いな敷地にポツンと存在する音楽スタジオ――、その名を『チューンラボ』。シンの親戚の伯父さんが半分趣味で経営しているそのスタジオを利用するのは身内が大半で、一般のお客さんが利用するコトはほとんどないらしい。


 橙色の柔らかい照明、およそ耳慣れないマイナーアーティストのポスターが無造作に張られて、およそ整理のされていないスタジオ機材がロビーの半分を埋め尽くしており――

 中学の時、私と新が入り浸っていたその場所は、あの頃と同じ、まるで時が止まってしまってみたいに様相が寸分たがわない。私と新の関係に、歩幅を合わせているようだった。


 分厚い二重扉を目の前に、落ち着いてきたと思っていた心臓の鼓動が、再びドクドクと高鳴り始める。私はフゥッ、と短く息を吐き出した。


 ……この扉の先に、アイツはいる。

 ゴムカバーに覆われた開閉レバーに手をかけて、……でもちょっとだけ逡巡する。

 ここまで来てしまった以上、その扉を開けない選択肢がないことくらい、私だってわかっている。

 ……わかっては、いるんだけど――


 なんだか、怖かった。

 もし本当に……、私の、自意識過剰全開の未来予報が、現実になってしまったとしたら、

 新の気持ちを、私は本当の意味で、受け止めるコトが出来るんだろうか。

 ……なんで、今更……、なんで、こんなタイミングで――


 緊張がピークに達し、煮え切らない自分自身に段々イライラしてきた私は、

 ……ええいっ、もう、なるようになれっ!

 ギュッ――、と目を瞑り、グルグルと巡る思考に一時停止をかけ、

 分厚い二重扉のレバーをガチャリ、思いっきり引き開けて――



 懐かしい匂い、少しかび臭いエアコンの風が私の鼻をツンと刺激する。


「ナヲ」


 昨日と同じ。

 相変わらずの能面ヅラで、何を考えているのかてんでわからない表情で、

 少しだけ口元を綻ばせた新は、両手にはなぜかエレキベースを抱えており――


「来てくれたんだ、ありがとう」



 およそ想像だにしなかったその光景に、

 目を点にした私が、体温の急低下を覚えたのは、必然で――


「……えっ?」


 気の抜けた炭酸飲料のような声を、マヌケに漏らしていたワケで。


 ベースを両手に抱えて佇んでいるシン、――の、ちょっと後ろに、見覚えのある赤毛のトサカ頭。簡素なパイプ椅子に腰をかけて、左手を忙しなく動かすは――

 ……ライタくん? ……それに――


 スタジオの角っこ。

 両腕を両膝で抱えながら、座敷童のようにジッ――、と一点を見つめている、黒髪おかっぱ少女。

 彼女の名前は、確か――



「――ちょっと、シン……」


 体温を失った表情のまま、音もなくシンに近づいた私は彼の首根っこを無遠慮に掴んだ。そのまま新を引きずるように壁際に移動し、鼻先十センチメートルの距離で、一切の感情がこもっていないトーンの声を漏らす。


「これは、どういう、コトかな」

「……ど、どういうって、何が?」


 珍しくギョッと表情を強張らせているシンは、『私の態度』に何かを察したのか、少しだけその声がうわづっている。……而して、『何故私がこんな態度になっているのか』という事実に関しては、およそピンと来ている素振りは見られず――


「いや、なんで、アンタ以外の人が……、ライタ君たちが、ココにいるのかなって」

「なんでって……、みんなでセッション、するからなんだけど」


 すべてを察した私は、

 ……およそ滑稽な独り相撲を虚しく演舞していたのだと気づいた私は、

 一切の憤怒と、一切の悲哀と……、一切の、失望を、

 その一音に込めた。


「はっ?」

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