第12話
無事退院して、いつも通りの日常に戻った慎一。
まず彼が向かったのは、彼女が生まれてくる事を望んでいた花屋。
「いらっしゃいませ!」
出迎えてくれたのは、彼女が母親になってほしいと望んでいた女性。
色とりどりの花を見て、気恥ずかしい気持ちになりながらも慎一は言葉を選ぶ。
「変な事聞くかもしれませんけど、俺と同い年位の女の子ここで働いてませんか」
「え? そうですねぇ、今はバイトもいないし。おばさんしかいませんよ」
笑いながら答えた女性。やはり彼女はここにはいない。そう確信した慎一。
「すいません、じゃああの、ピンクか白の花が欲しいんですが。あんまりお金はないけど」
「ピンクか白、ならガーベラとか良いと思いますよ。両方の色あるし。数本でもお安く見栄えも良いかと」
「それお願いしますっ」
ピンク二本に白一本のガーベラで作られた、小さな花束持って。
彼は再び彼女を探す。
次に向かった先は、彼女に想いを伝えた公園。まだ昼間だった事もあり、公園では小さな子供達が楽しそうに遊んでいる。
そんな中彼女を探していた彼だったが、別の人物を見つけた。
ベンチに座り、二人で一つのゲーム機を覗き込む慎二と由依。
「慎二」
「おぉ兄貴」
声をかけられた慎二だけでなく由依も顔を上げて。
「あっ、どしたの兄ちゃん。可愛い花束。あたしも欲しいー」
慎二は呆れた表情を見せた。
「花より団子が何言ってんだよ」
「そんな事ないもん、あたしだって女の子だしぃ、薔薇の花束とかくれても良いんだよ」
「お前なんかぺんぺん草で十分だ」
「何おう!」
そんな二人を仲裁するかのように、慎一は彼女の事を問う。
「この辺でさ、ピンク頭の女の子見てない? 昔うちに来た事あるさ」
「ピンク頭? あー、俺に好きな子出来るとか言った子ね」
その言葉を聞いて、慎二をジッと見つめだす由依。慎二もその視線に気づく。
黙って彼女のお団子頭を押さえ、無理矢理目線をゲームの方へ戻させた。
流石に怒る由依。
「何も言ってないのに!」
「うるせぇ、レベル上げしてろ!」
「分かったよもう、ちゃんと好きなくせにーって……あぁ! 慎二大変、ゲームの充電がない!」
「あぁ? ったく。ま、そろそろ家帰っても怒られないだろうし、何より暑いし」
「おばさん家の中でゴロゴロするなって怒ってたもんね」
「じゃあ帰るか。って訳だ兄貴。俺も由依も見てない」
慎一は頷いて、
「分かった。じゃあ他探してから帰る」
再び心当たりある場所へと移動した。
立ち上がった慎二と由依は、家の方へ歩き出し。
「何か兄ちゃん元気なかったね。やっぱ事故ったのの影響かなぁ」
「んー、まぁしばらくすれば元に戻るんじゃね?」
セミが鳴く中、二人は会話を続けた。
「そうかな、なら良いけど。しばらく元気なかったら皆でおいしいもの食べ行こ!」
「おぉ……あ」
途中、電柱に貼られたポスターに目が行った慎二。
来週開催の夏祭りのポスターには、浴衣を着た女性と大きな花火の絵。
「どしたの慎二」
先ほどの会話を思い出し、頬を掻きながら勇気を出した。
「……花買ってく?」
二人黙って、セミだけがうるさい。
由依は顔を歪ませて。
「いらない、暑いんだから早く帰るよ!」
「お前本当にぶっ飛ばすぞ」
まだまだ暑くなるであろう、ある年の初夏の物語。
「やっぱりないか」
自身が誰とも結ばれないと告げられた神社。
だがそれがあったはずの場所には何もなく、ただ住宅街が広がっているだけだった。
検討がある場所は全部行った。
それでも見つからない。
もしかしたら、本当は見えていないだけでとっくに見つけているのかもしれない。
気づけないのならば勿論意味はないが。
諦めが強くなりだした慎一。感情と共に、その場にうずくまった。
「は? 醤油? なーんでストック買ってねぇんだよ」
ある男の声が近づいてきた。
その声に聞き覚えのあった慎一は、ふと顔をあげた。
「あー、もう。分かった、買ってくりゃ良いんだろ、分かったって。うるせぇババア、じゃあな」
電話を切りそのまま目の前を通り過ぎていく男の肩を掴み、思わず呼び止めた慎一。
「マヤぁっ!」
それは、生まれつき彼女達を見つける事が出来るジョーカー。
「うおっ、誰だてめぇ!」
「木元慎一だよ。なぁ、頼みがある」
「だから誰だよ。知らねーよ」
「だぁっ、あー、クソッ。あれだよ、えっちの先生だよ!」
「あぁ、お前か」
恥ずかしい名乗りに消えたくなったが、今はもうそんな事言っていられない。
「俺恋欠片の事見えなくなっちゃったんだ。頼む、アンロの事を探してくれ。そこにいるって分かれば、きっと見えるから」
「何でぼくがそんな事を」
「もうお前しかいないんだ、頼む。いや、お願いします!」
敬語を使う気にもなれないと言っていた慎一は、マヤに対して思いっきり頭を下げた。
今までのマヤであれば、その程度であっても言う事など聞かなかった。
だが少々他人との交流を変えた効果か。
「……しょーがねぇな。ぼくは忙しいから、ちょっとの間だけだからな」
それも彼女が変えた運命の一つ。
「っ、ありがとうございます!」
「よし。じゃあ行くぞ」
「えっ、どこに」
「決まってるだろ。人のいない所にあいつらはいねぇんだよ」
人通りの多い駅前にやってきた慎一とマヤ。
丁度夏休みに入った事もあって、人の通りはいつもより活気づいている。
「いる?」
「パッと見ピンクヘッドは見当たらねーな。でも、似たようなのならいっぱいいる」
「似たようなのって」
辺りを見回す慎一。
人々は多いが、多くの者が黒い頭で。時々茶髪や白髪交じりの者がいるが、彼女のようなピンク色の頭は見当たらなかった。
だがマヤには別の世界が見えているようで。
「金髪とオレンジ色、それから黄緑色に」
「そんなに?」
「まて。何だお前」
「え?」
マヤは目の前を指さして。
「おいスケベ、この辺見ろ」
「この辺?」
慎一は言われるがままに、マヤが指さした所に意識を強めて。
何度か瞬きをした所で、突然、視界に赤色の髪が飛び込んできた。
「まったく、余計な事をしてくれましたねぇ」
「……チェリー?」
「こんにちは木元慎一さん。見えてしまったのなら仕方ない。少々お話しましょうか」
十二階建ての古いマンション。セキュリティは甘いようで、簡単に入れたそのマンションの屋上に連れて来られた慎一。
どうでも良いが、マヤは醤油を買うために帰った。
チェリーの髪は、吹き込んでくる風に遊ばれなびいている。
「ふふ、良い風ですねぇ」
慎一は右手に持ったガーベラの花束が飛ばないよう握りしめながら。
「何でこんな所に」
「あぁ、貴方がアンロック・ハートの事をまだ好いているか確認したくて」
「ここに来た説明にはなってないが……好いてなきゃこんなに探したりしない」
「そうですか。そんなに彼女が大事ですか」
「まぁな。だから何か言いたい事があるなら早く言ってくれ」
「では飛び降りて下さい」
「……は?」
チェリーはスッと右手をあげて。
慎一はチェリーの指さす方角を見る。
「だってあの子の願いは貴方の生存ですもの。貴方が死ねばその願いは打ち消されて、彼女は再び願いを叶える権利を貰えるんですよ」
そこには青空が広がっていて、でもそれを遮るように深緑色のフェンスが貼られている。ただそこまで高さはなく、おそらく大人が少し力を入れれば登れるであろう高さ。その下はきっと灰色で。流石に慎一もそれには気づいていた。
でもそれが彼女のためならば。
チェリーは更に追い打ちをかけていく。
「貴方が彼女の幸せを奪ったんですよ。元あるべき形に戻すだけ。当然の事でしょう? ただここから身を投げれば良いだけですよ。あの子の事を想うのならば、さぁ。彼女のために、死になさいよ!」
彼はゆっくりと、フェンスの方へ向かった。
早歩きでも、まっすぐにでもなく。
若干ふらつきながら、重そうに。
右手に持っていたガーベラは押し付けるように、フェンスを両手で握る。
彼女の事を考えた彼は、今この場に彼女がいたらどうなるかを考えた。
そして。
彼は思いっきり、その場に崩れ落ちて膝を地面に着けた。
「あらあら。何してるんですかぁ。そこは足もフェンスにかけて飛び降りてくれないと困ります」
慎一は俯きながらチェリーに背中だけを見せていた。
「……無理だ」
「まぁ、やはり死ぬのは怖いですか」
「それもあるけど」
「情けないですねぇ。それじゃ彼女の願いはどうなるんですか」
「……だからだよ」
「はい?」
「あの子が、五十年以上努力して、やっと実りそうだった願いを潰してまで、会って一年も経ってない俺を助けてくれたってのに、その俺が自ら死ぬわけにはいかないだろ!」
「でも貴方が死ねば彼女は人間になれるんですよぉ」
「もし俺を助けて、アンロが後悔してるって言うなら。伝えてくれ。チェリーならアンロに会えるんだろ」
「……なんとお伝えしろと?」
彼は微笑みながら、でも涙を流しながら、チェリーの顔を見た。
「だったらお前が殺してくれ、って」
チェリーは真顔で、心から彼を見下した。
「愚かですね」
声を出さず苦笑いの表情だけで返事をした慎一。
「嘘を言いました。貴方が死ねば彼女は人間になれるなんてないです。だからやっぱり死のうだなんて変な事考えないで下さいね」
ただそう言って、一人マンションの中へ戻って行ったチェリー。
残された慎一は、その場に寝転んで。
青く広い空を眺めた。
やっぱり死のう、とは思わなかった。
彼女がこの場にいたら、きっと抱きしめられたと思う。絶対に止められたと思う。
だから絶対に、死ねない。
赤くなった目元を腕で擦って。
出来る事ならば、彼女に声が届く事を願いながら呟いた。
「ごめんな、アンロ」
その夜。彼女は神社の階段に座っていた。長い階段の真ん中あたり。ちょこんと座った巫女の元に、チェリーは笑顔で近づいた。
「ただいまアンロック・ハート。こんな遅くに何しているの?」
「先生。おかえりなさい」
「あら。私を待っててくれたのかしら?」
「うん」
「まぁ優しい子」
チェリーはアンロック・ハートの隣に座り、ぎゅーっと彼女を抱きしめた。
彼女は笑ってくれたものの、どこか寂しげで。
「なぁに、可愛い子がそんなしょぼくれた顔して。アイツのせいかしら」
「アイツ?」
「木元慎一。あのクソ男、どうにか出来ないかしら」
「ふぇっ、違う、違いますよ? 慎一さんは、良い人です」
「どこがよ、貴方にそんな顔させておいて。まぁ貴方も貴方だけどね。あんな男のために願い事を使う事はなかったわ。全く、おバカさんなんだから」
アンロック・ハートは微笑みながら膝を抱えて。
「いいんです。私は愛される事を知らずに死にました。愛されるために頑張りました。彼は愛する事を教えてくれました。私にとって、とても大切な人。そんな慎一さんが死んだ世界で生きて、別の恋を知った所で。きっと、生きた気もしないし、彼を忘れる事もしないから。だったら私は、あの人しか知らないままで良い」
「何言ってるの、貴方は記憶維持したまま生まれ変わらなくとも良いのよ」
「分かってます。私が彼を助ける必要はない事も。この世界に、あの人以外の男の人がいる事も。それでも助けたかったから」
「……後悔してないのね」
アンロック・ハートは大きく頷いて。
「もしかしたら彼が結ばれる人がゼロと出たのは、ただ短命だったから。でもこれから先、それが永らく生きる運命に変わったなら。彼は私が死んだ存在でも好いてくれました。そんな良い人なら、もっと別の人が現れるかもしれない」
いつもと違い堂々と答える彼女を見て、チェリーは意地の悪い質問をする。
「彼は貴方の夢を奪ってまで、そんな事望んでなかったんじゃないかしら」
「そうですね。多分バカって言われます。でもね、私も死にたくて死んだ訳じゃないから。助けられるなら助けたかったんです。私の変わりで良いから、生きて欲しくて」
「それは本心?」
「……ちょっとだけ違う、かな。出来る事なら、彼の隣には、私が、ずっと――」
彼女の答えを遮るように、チェリーは彼女の頭へ手を伸ばした。ポンポンと撫でると、寂しそうな表情を見せて。
「全く、どうしようもないわね。昔の私を見ているようで、むしろ腹が立つわよ」
「えっ」
「冗談」
そう笑いながら、アンロック・ハートに優しく額を当ててきたチェリー。ぶつかり合うおでこは、温かくなく、どちらも冷たいまま。
「ねぇアンロック・ハート。私の願い、貴女が叶えて?」
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