第11話
「という訳で、慎二さんの方はめでたく由依さんと結ばれました」
「それは良かった。アイツ何も言わないから。由依ちゃんはテンション上がると人の背中叩いてくるタイプだから聞きづらくて」
神社の階段の真ん中で、慎一とアンロック・ハートは座りながら話していた。
正直な所、恋人になったのであればどこかデートでもしたいというのが二人の本音。だがアンロック・ハートは人間ではなければ、普通の人間には見えない。
映画館や遊園地などに行っても、まずチケットをもぎってもらえない。見えてないからと不法侵入を仮にしたとしても、周囲から見れば慎一がおひとり様を楽しんでいる人にしか見えなくなる。そもそもアンロック・ハートの性格上、不法侵入などしないのだが。
そんなこんなで、二人が会うのは神社か、例の公園位でしかなくて。
だが本来ならば結ばれる事のなかった二人だ。
贅沢だという事も互いに理解はしていた。
何てことない会話をして、ゆったりと過ごす日々が続いていた。
ほら、今日もまた。
「そうだ、アンロは人間になったら何したいとかあるの? 何になりたいとか」
「その、色々ありますが、学校には興味あります。行った事ないから。あと、なりたいっていうのは、安藤さんち花屋さんだから、そのまま継ぎたいなとは思ってましたが」
「あぁ、そっか。ま、やりたい事は全部やってみればいいよ。出来る事なら俺も協力してやる」
「あ、その、最近もう一つなってみたいものも増えました」
「ん?」
「その……」
「何」
耳まで真っ赤に染まった彼女は、小声で答えた。
「……お嫁さん……」
可愛い事言う彼女に色々堪えながら、慎一は意地の悪い質問をしてみる。
「へー、誰の」
「へっ!? それはっ、そのっ」
恥ずかしいのか、顔半分を両手で覆いながら。さっきよりも小さな声で。
「お兄さ、あ、んっと、その……しん……いちさん……の」
「……そっかぁ……」
流石に堪えきれなかった慎一。
ニヤけをこらえるのに必死。
そんな彼の背中を、思いっきり蹴飛ばした者がいた。
「イだっ!」
「あらあらまぁまぁ、すみません。気づきませんでしたぁ」
「嘘吐けチェリー、お前絶対ワザとだろ!」
「嘘じゃありません。蹴られたら痛いって事に気づかなかったんです」
「そこかよ」
怒る慎一を無視して、チェリーはアンロック・ハートを見る。
「それよりアンロック・ハート。貴方おかしなものになろうとしてるようね。やめときなさい」
「えっ、あっ、先生どこから聞いてたんですか?」
「ほぼ最初からだけど。その男と同じ位の歳になるのだけは止めておきなさい。そんな中途半端な年齢から転生するなんて、生きる時間が短くなるだけじゃない。人間になるなら赤ん坊からよ」
今まで自分に対して見せたことのない冷たい表情をしているチェリーを、アンロック・ハートは少し怖く感じながらも。
未来へ進むための、勇気を出した。
「も、もう何回言われても決めたんです。私は、人間になって、今度は温かい手で慎一さんと手を繋ぎたいんです」
「何度拒否されたって言ってやるわよ、絶対駄目なの!」
「……先生?」
今度は冷たさだけでなく、寂しさも窺わせたチェリーに、戸惑う事しか出来なかったアンロック・ハート。
ただそれを丸ごと包むように、慎一は笑顔でご対応。
「なぁチェリー、お前が俺の事嫌がってる気持ちも分かる。でも俺、お前と同じ位アンロの事大事にするからさ」
「どうしてそんな大事にするとか軽々しく言えるのかしら。何か考えでもあるんです?」
「ない。けど、そうだな。アンロがやりたいって言った事の八割は叶えてやる気でいる」
「残りの二割は」
「俺がそこまで何でも叶えてあげられるような凄い男に見える?」
「……もう知らないわ。せめて短い時間を楽しむのね」
諦めた様子で階段を降りて鳥居の外へ出て行ったチェリー。
「かなり妥協して認めてくれた、のか?」
「どうでしょう……でも慎一さん、先生が言ってた事も少し分かるんです。私、人間になれるまであと二人分の矢を投げるだけなんです。ずっと恋欠片として過ごしてきたから、また人間に戻って、赤ちゃんからじゃなくて高校生位の女の子としての暮らしを始めるのは多分すごく大変だと思う」
「……だろなぁ」
「でもね、その分楽しみな事もあるから。やっぱり私は、人間になりたいです」
笑顔で夢を語る彼女に、ほんの少しの罪悪感を持った慎一。
でもそれと同じ位、大事にしようという気持ちがあった。
「じゃ、早く残り二人に矢ぁ投げて来ないとな。まぁその先の事は心配すんな。ほら、困った事があれば言えって言ったろ」
「……はい!」
嬉しそうな表情を見せて、彼女は慎一の腕に抱き付いた。
アンロック・ハートにとってその温もりは、恋欠片になってから初めて感じた温度であった。
***
『おはようございます。七月十二日、午前七時のニュースです』
テレビのアナウンサーがそう告げるのを耳にし、家を出た慎一。
いつも通りの通学路を歩いて。
それがいつも通りの日常で。
「やぁ、こんにちは。今日は貴方の恋心を奪いに来ました」
大通りの歩道側、コンビニ店の前で。車の音に交じりながら聞こえた声。振り向いた先に立っていたのは、赤い目光らせた白い髪。
両手で持った大きな鎌は、きっと世界で一番憎まれるプレゼント。
察したと言わんばかりに、慎一は特に驚きもしていない。
「よぉ、ステールン……まぁアンロがいなくなるんじゃ、そうなるわな」
「恨まないでくれよ?」
「分かってる。ところでそれ、痛くない?」
「安心して、これは痛くない」
「なら良かった」
ステールンは大きく鎌を振りかざした。
それは彼の恋が終わる事を意味している。
「痛いどころか感覚もないんだ。なんか変な感じだな」
「ところでさ、君さっきアンロック・ハートがいなくなるとか言ったかい?」
「そりゃそうだろ。にしたって、アンロも一言位言ってくれても良いと思うんだ。まぁ生まれ変わった後どこに行くか知ってるから良いんだけどさ」
ステールンは大きく、後ろに一歩下がって。
「何か勘違いしてるね。アンロック・ハートはまだ一万人に矢を放ってない」
「は? それどういう」
それは、本当に一瞬の出来事。
パーーーーーーーーーー。
慎一は音の鳴った方に顔を向けた。
キキィィイイイイイイ。
ドン、ゴシャッバキガンッ。
シュー……。
ステールンは無表情で、コンビニ店に突っ込んだ一台のトラックを見ながら呟いた。
「君が先に死ぬんだよ」
***
部屋のど真ん中に置かれたベットの上。顔に布をかぶせられ眠っている仏様の顔を見て、呟いた桃色髪。
「何でぇ……?」
部屋の隅に立つステールンは、決して彼女の顔を見ずに答えた。
「それが彼の運命だったから。彼は居眠り運転による事故に巻き込まれ死んだ。ろくでもないね、人間は」
「でも私はっ」
「それでも人間に戻りたい?」
「……私は……」
「決めるのは君自身だけどね、夢以外の事も考えなよ。人間だったんだから分かるだろ。楽しい事ばかりじゃないんだ、傷つく事の方が多いかもしれない。恋欠片のままであれば決められた事さえこなせば後は自由だ。その点も理解して。じゃなきゃ、僕みたいになるよ」
アンロック・ハートは彼だったものに近づき。
自身と同じ冷たい手を握って。
静かに、泣いた。
***
目を覚ました慎一は、体に感じた痛みで表情を歪めながら、目だけを動かし周囲を見渡した。白い部屋に、手すりのついた白いベッド。
カーテンで区切られた部屋に、己一人。
そこに一人の看護師が入ってきた。
「あっ、気が付いた? 良かった。覚えてる? 君事故に巻き込まれたのよ。全身打撲だからすぐ動けるとは言えないけど、ちゃんと治るから安心してね」
「……今何月何日ですか」
「今? 七月十四日。ほぼ二日は寝てたわね。あ、ご家族にご連絡するからしばらく大人しくしててね」
そう言って出て行った看護師。
慎一は彼女の事を思い出す。
二日経っていればあの子は願いを叶えただろうか。
だとしたら早く会いに行かなければ。
自分の事すら守れてないくせに、とか。また赤い恋欠片に嫌味を言われるかもしれないけど。
そういえば事故直前、恋破片と会ったような気がするけど。
最後どう別れたっけ。大事な話をした気がするが、何だったっけ。もう一度聞いてもいいかな、近くにいないかな。
そんな事を考えたら。
「やっぱり聞こえてないよなぁ」
ふと、どこかから声が聞こえた。
声の正体を探す慎一。何度か瞬きして、ようやく。
「ステールン? お前いつから」
「あ、見えた? まぁそれが普通だね。いつからって、君の目が覚めた時から」
ベットの手すりに座るステールン。見えていなかったというのは無理がある。
「嘘つくなよ。居たら気づくって」
「君は霊感無いだろう。矢を失った今、君は僕らをすぐ認識出来ないのが普通なんだ」
「矢を失ったって事は、やっぱりアンロはもう人間になって」
「ないよ」
「は?」
「ないってば。あ、ちゃんと君らは好き同士。誇って良いよ」
「じゃあ何で」
「あのね、君本当は事故で死んでるはずなんだよ。言ったろ? 死んだら恋は出来ない」
「何言ってんだ。生きてるぞ」
「うん、変えたからね。彼女が」
「彼女ってアンロか? 変えたって何」
そこまで言いかけて、気づいた。
もし自分が本当に事故で死んでいて、彼女が変えたというのが運命ならば。
ステールンは悲しそうな表情を見せて。
「彼女は一万人に矢を放った。願いを叶えた。でもそれは人間になる事じゃなかった。それだけだよ」
彼にとって、ただ一つの可能性。
「アンロ……っ」
彼女は願い事を叶えた。
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