第10話

「おはよう慎二!」

「おはようバカ!」

由依を見るやいなや罵倒した慎二だったが、由依からすればそれは想定内だったらしい。

「失礼な。それより慎二、コミカライズ貸して。あたしも変わりに新しく買ってもらったゲーム貸してあげるから」

「……何買ったん?」

「チョコクエ」

「マジか」

悲しき事かな。ゲームに釣られてしまった慎二。

だがすぐに元通り。

「いや、もう今まで通りって訳には」

「チョコクエ楽しいよー、コンボ技自分で組み替えられるよー」

「やめろ、面白そうな事言うんじゃねぇ!」

「だーいじょぶだって。友達とゲームするのなんてよくあるよくある。だからまたやろーよ。先輩ゲーム好きじゃないみたいだし、慎二以外いないんだよー」

一瞬だけ苦い顔をしたものの、すぐに作り笑いをした慎二。

「しょうがねーな。ったく、だから並大抵の人間にお前のようなゴリラは飼育できないと言ったのに。俺が相手してやるしかないのかー」

「何だと」

「いいから早くチョコクエ持って来いよ。あ、でもじっくりやりたい。土曜でいい。土曜にしろ」

「避けてた奴が言うセリフじゃない!」

「あーはいはいソーリーソーリー」

「謝り方が雑すぎるんだけど」

「でもさ、お前先輩と何して遊ぶの? 基本ゲームがデフォじゃん。そりゃたまに外遊びに行ってたけど」

「そうなんだよね。でも先輩、あたしはゲームするイメージじゃないって。バトミントンの約束した」

「いやゲームしてなきゃ由依じゃない」

「だよねぇ」

「何、先輩由依の事全然分かってないじゃん。そんなんでやってけんの?」

作り笑いをしたままの慎二だったが、心の中では全然笑っていなかった。

むしろ怒っていた。でもそれは由依に対してではなく。

気づいていない由依は普通に接している。

「そうだねー。あ、あと先輩、あたしの名前の漢字間違えるんだよね」

その言葉に、慎二は足を止めた。

合わせるように足を止めた由依。

「慎二?」

「俺だったらお前の名前間違えないけど」

作り笑いは止めて、悲しそうな表情を見せた。

そんな慎二に対し、由依は眉を歪めて答えた。

「当然じゃん。慎二が間違えたらただじゃすまないよ。死刑だよ」

「そーかよ」

久々に隣を歩いた二人。ただ心情で言うなら、二人は全然遠い所にいた。


 放課後。いつもと同じ場所で先輩と待ち合わせた由依。

だが今日の先輩は寄り道を提案してきて。

学校近くにある、大型ショッピングモールにやって来た。

「あっ、これ」

由依が見つけたのは、男物である一枚のTシャツ。

「何? あ、もしかして俺に似合いそうだなーって?」

「えっ、えー、あー、そうかなーって思ったけど、やっぱりあっちの方がいいかなぁ」

本音は隠し、その場を離れた。幼馴染に似合いそうだなんて思ってた、なんて。

色々な洋服や雑貨を見て周る。

途中休憩がてら、ジュースを買ったフードコートの窓際の横並びの席に座る。

話題のためか、先輩は自身のスマホに保存された写真を見せてきた。

「これ俺が作った焼きそば。今は男も料理する時代だよね」

「おいしそうです! 隣にいる人、綺麗な人ですね、お姉さんですか?」

「いや元カノ」

「えっ」

「こいつすっげー性格ブスでさぁ。やっぱり見た目だけの奴より由依みたいな中身が可愛い子の方が良いよなーって」

「中身?」

「うん」

またモヤモヤが募る。確か先輩は、由依に一目惚れしたと言っていたはず。

その時だ。先輩の顔が近づいてくる事に気づいた。

「ちょっ、先輩近いですよぉ」

「キスしていい?」

このタイミングで?! 

驚いた由依。思いっきり、拒否。

「えっ、やっ、今はやだっ!」

こんな気持ちでファーストキスをしたいとはとてもじゃないけど思えなかった。

「まぁそうだよね、人多いもんね。じゃあ今度二人きりの時にしようね」

頷いておいた由依だったが、心の底では何故か首を大きく横に振っていた。


 ショッピングモールを出た二人。

夕日が眩しいほど照らしてきたが、正直由依の心情はそんなに明るくなかった。

「あれ、こんな所に神社あったっけ」

先輩が見る方向に顔を向けると、大きな鳥居と階段が構えていた。

普段なら神社など全然興味は無いが、由依は何となく、その鳥居の先へ進みたくなって。

「先輩、ちょっと行ってみませんか」

「うん? まぁいいけど」

二人は普段なら通らないはずの鳥居をくぐった。

多分これが、運命の分かれ道。


「こんにちはぁ」

普通なら気になるはずの桃色髪の巫女。だが由依も先輩も、不思議と気にはならなかった。

巫女は由依に箱を差し出す。

「サービス中です。恋みくじ一回どうぞ」

「サービスって事はタダ!?」

「はい」

「わーいラッキー」

喜んで引いた由依。

「何て?」

興味津々で覗き込んだ先輩。由依もおみくじに書かれた文字を読む。

『長年の友が欠片となりえる』

言葉の意味に、二人して頭を抱えた。

「長年の友は分かるけど、欠片って何ですかね。キーパーソン的な意味かな」

「どーゆー意味だろうね。まぁタダだし、そこまで気にする事はないか」

「うーん、ですかね」

桃色髪の巫女は一つの建物を指差した。

「あちらでお守りの販売もあります。良ければいかがですか?」

「へー、ちょっと見てみよ」

売店に並ぶお守りの数々を見ていく二人。

販売している赤い髪の巫女は、笑顔でご対応。

「こちらの恋愛成就のお守りが一番人気となっております。本人だけでなくお友達へのプレゼントなどでも人気があるんですよ」

由依は笑いながら。

「うーん。そうだなぁ、幼馴染に買って行ってあげようかな。アイツほんとデリカシーないし、口悪いから彼女出来るか心配なんですよね。あぁでも、一応悪い奴じゃないから、意外に……」

一瞬だけ、慎二の顔が頭に浮かんだ。

ぼろっ。

「……あれ?」

「えっ、どしたの由依」

「分かりません、分かんない。けど」

奴に彼女が出来たら。そう考えたら、何だか無性に悲しくなった。眼から勝手に、大粒の涙が出た。

何故あんな人をゴリラだ何だという男を思って泣かなきゃいけないのか。

だけど多分、今まで誰よりも傍にいてくれた奴。

そして多分、これからも。

「あ、分かったかも……」

モヤモヤの正体も、解決方法も。



 慎一は道端でリュックを半開きの状態にして歩いているステールンを見つけた。リュックの中からは黒く細長い棒が頭をはみ出している。

いくら普通の人には見えてないからって、物騒な。そう思った慎一は声をかけようとした。しかし。

ステールンは背中に手を伸ばして、リュックの中から棒を掴んだ。

その棒は物理法則なんてものを完全に無視して、ステールンの身長と同じ位の長さまで出てきた。しかもその先端は、かなり大きな鎌の刃。

まるで死神のよう。

彼女の視線の先を見た慎一。見覚えのあるお団子頭の少女と、見知らぬ男がいた。

「恨まないでくれよ?」

ステールンはそう呟いて、その大きな鎌を先輩に向けて斜めに振り下ろした。

だがその鎌は先輩を傷つける事なく、むしろ当たる直前に透けた。

どちらかと言えば傷つけたのは由依の方。

どこかで、パキッって音がした。

「今日は楽しかったっしょ。じゃあまた――」

「先輩、ごめんなさい。あたし他にもっと好きな人がいたので、先輩とは付き合えません!」

「えっ」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい!」

「……そっか」

悲しそうな先輩の表情に、むちゃくちゃ心苦しさはあったものの。後悔は一切していなかった由依。

ペコリと一礼して、本当に好きな彼の元へ走って向かって行った。

一部始終を見ていた慎一。

弟の事を思えば良かったと言えるのだが、よく知らないが振られた先輩の表情を見るともはや申し訳ない気持ちになり。とても複雑な気持ちになった。



 その日の夜、一度家に帰った由依はすぐさま私服に着替え。隣の家へ押しかけた。

「やっほー慎二、ゲーム貸して」

ソファの上で寝転びながら漫画本を読んでいた慎二。目線を彼女に向ける事なく答えた。

「今忙しい。お前は先輩にでも遊んでもらってなさい」

「あぁ、別れたから」

「……は?」

「先輩とは別れてきた。手は繋いじゃったけど、それ以外は何にも。チューもしてない」

「……何。やっぱりゴリラは嫌だって?」

「失礼な。っていうか、振ったのあたし」

「お前何様のつもりなんだよ。お前を好きになる物好きなんてこの世にほんの少ししかいないんだぞ」

「だって他に好きな人いたんだもん」

「……お前に?」

「うん」

「何、どこのゴリラ?」

ふざけた質問をする彼が持つ漫画本を少しだけ上から持ち上げて。

ようやく彼が自分の顔を見た所で、とびっきりの笑顔をあげた。

「慎二っ、大好き!」

目を見開いて驚いた慎二は、すぐさま漫画本を奪い返し。

思いっきり自分の顔面に押し当てた。

どうやら顔を隠したかったようだが、残念ながら赤くなった耳が若干はみ出している。

「なっ……んなんだよお前、意味わかんねっ」

「意味わかんないって、そのままの意味だよ」

「だ、だからそれが」

「じゃあもう一回言ってあげる。大好き」

今度は真剣な顔つきで言った彼女。

彼から見えてはなさそうだが、それでも、想いを伝えようか。

「そんな難しい事言ってないつもりだったんだけどなー、慎二頭悪いから分かんなかったかー。もっかい言おうか?」

「ばっ、バカにすんなって。分かったっつーの」

「じゃあ慎二は? あたしの事好き? あ、周りからはアンタあたしの事好きだと思われてたらしいよ。半分位信じてなかったけど」

「へぇっ?!」

「あはは、変な声。それで、どーなの」

攻めに攻めてくる彼女の攻撃。

一度は諦めた感情が、どうも胸の内から再び込み上げてきた彼。

やっぱり好きだ。なんて。

それに素直にならないと後悔する事は、もう十分理解した。

観念して認めた彼は、とうとう白旗を掲げた。

今までで一番小さな声で、一度だけ答える。

「……お前以外好きじゃねぇよ……」

由依は笑顔で、再び漫画本を奪おうとする。

「顔見て言ってよ。ってかその漫画さぁ、うちにあるゲームのコミカライズだよね。あたしも読みたい貸して」

「うるせぇ帰れ!」

決して甘い雰囲気ではないけれど。

それもまた一つの物語。

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