第9話
「岡添さん、オレと付き合わない?」
驚きを隠せない由依は、大きく口を開けていた。
放課後呼び出されたと思ったら、突然の告白。
告白した男も、さすがに困っている。
「岡添さーん」
「あっ、すいません。でも先輩。あたし先輩とは体育委員会位でしか会わないのに、何であたしを……いや勿論ありがたいんですけど」
「えー? その委員会で見てめっちゃ可愛いなーって思って。一目惚れみたいな?」
「そっかぁ、それは気づきませんでした」
「で、付き合ってくれるの?」
「えっ」
正直な事を言うと、その先輩の事は本当に委員会の先輩としか思ってなくて。
現状好きかと問われたら、一ミリも好きではない。
ただ人生で初めて告白された事と、朝ゴリラ扱いされた事とが相まって。
「分かりました、お付き合いしましょう!」
勢いでオーケー。
「やった、じゃあ一緒に帰ろ。あ、手ぇ繋いで良い?」
「はいっ」
いつも隣にいる男とは違う男と肩を並べて。いつもは繋ぐ事のない手も繋いで。
その違いに違和感を覚えながらも、きっとこれからそれを好きになるだろうと思いながら由依は歩き始めた。
「送ってくれてありがとーございました!」
「ううん。あ、最後に連絡先だけ交換しよ」
「そうですね!」
スクールバックに入れていたスマホを取り出して、互いの連絡先を交換した二人。
先輩のスマホに、しっかり岡添由依の名が入った事を確認して。
「では先輩、また明日っ」
笑顔で手を振り見送った。先輩の姿が見えなくなったと同時に、由依は自分の家ではなく向かいの家に入り込んだ。
「慎二っ、あたしだってモテるんだからね!」
「は?」
先に帰り、リビングのソファに寝転んでいた慎二に自慢報告。
「ふふん、この度彼氏が出来ました!」
「……は?」
「同じ委員会の先輩でねー、あたしに一目惚れしたんだって。可愛いって罪だね」
彼女の言葉に、身動きが取れなくなった慎二。
驚きというよりは、ただ、ショックで。
「慎二?」
「あぁ、そうか。そりゃ……良かったな」
「何慎二。思ってたより大人しいわね。もっとギャーギャー騒ぐかと思ってたんだけど。もしかして驚き過ぎて言葉が出ない?」
「うん、まぁ、そうかも。でもそうか、だったらお前……もううち来るなよ」
「え?」
「いやだって、先輩からしたら良い気しないだろ」
俯きながら答えた慎二。
今まで見たことのない幼馴染の様子を見て、由依も焦りだす。
「えっ、ちょっ、ちょっと待ってよ。別に関係なくない? 友達の家に来るような、いやそれ以上に、第二の家みたいなもんだもん」
「じゃあもうゲーム貸さねー」
そう言ってリビングを出て、自分の部屋へ向かった慎二。
「ちょっと、意味分かんないんだけど。ねぇってば、慎二ぃ」
置いて行かれた由依も、どうしたら良いのか分からず。困惑したままその場に立ち尽くしていた。
「ただいま。あ、由依ちゃん」
丁度帰って来た慎一に、助けを求める。
「兄ちゃんどうしよ。何か慎二機嫌悪い」
「何で」
「分かんないけど、彼氏出来たならうち来るなって」
「由依ちゃん彼氏出来たの?」
「そう!」
「慎二じゃなく」
「そう!」
「それは……今は言う事聞いてあげて」
「何で!」
「何でって、うーん。やっかみ?」
流石に失恋した事を勝手に告げる事は躊躇った慎一。
適当な理由を勝手に作り出して伝えておいた。
「そっか。しょうがないな、慎二は」
そしてそれで納得されてしまったのだから可哀想に。
慎一は一応弟の肩を持って。
「まぁしばらくは放っておいてあげてよ。多分機嫌良くなったらアイツから行くから」
「うーん。そうだよね。分かった。じゃあ今日ももう帰るね。お邪魔しましたー」
そう言って由依はちゃんと、自分の家へと帰って行った。
自分の発言には責任を持って。
慎一自身も慎二の部屋には近づこうとしなかった。
慎二はゲーム機を起動させて。
今まで何度もやったはずのゲームで、失敗を繰り返す。
「何これクソゲー。クソ過ぎて涙出てきた」
言った通り大粒の涙を浮かべ。
あまりの面白くなさに、柔らかなベットの上にゲーム機を放り投げた。
膝を抱えて、何故こんな気持ちになってしまったのかを考える。
考えたい訳じゃなかったが、もうそれしか頭になかった。
もう少し素直になっていれば。
もう少し勇気を出していてば。
そう思った所で、もう遅いという事も分かっていたのに。
伝える事も無かった想いを腐らせて。
徐々に暗くなっていった部屋に電気も点ける事なく、母親に夕飯を知らされるまでの間、一人でずっと沈んでいた。
その頃、由依は初めての彼氏からメールを貰っていた。
『今日はありがと! ところで名前で結って呼んでいい??』
「漢字ちがーう」
結ではなく由依なのだが、まぁ変換ミスなど誰にでもある事だろう。
さほど怒る事もなく、返事を打つ由依。
『こちらこそありがとうございます! ぜひ由依って呼んでください』
これなら相手も気づいてくれるだろう。そう思ってスマホを置いた。
夕飯と入浴を済ませ、再びスマホを目にする。先輩からの新着メッセージが届いた事を確認。
『やった、じゃあ結って呼ぶね(ハート)』
「な……直ってない!」
遠回しは伝わらなかったのか、名前の変換ミスは変わっていなかった。
ハートマークをつけられても、名前が違うのでは本当に好きなのか伺わしかった。
非常にモヤモヤした由依。今度は直接指摘する。
『先輩、私の漢字違いますよー、由依です! 由依ちゃんです!』
しばらく待って、再びメッセージ。
『ごめん、次は間違えない! ところで明日も放課後一緒に帰れる?』
ちゃんと間違いに気づいてもらえ、モヤモヤも晴れた由依。勿論ですよ、と返事をし眠りについた。
由依が彼氏と付き合ってから三日目が立った夜の事。
奴は再び間違えた。
『結は今度の日曜とか暇? デートしよ(ハート)』
「こんにゃろー!」
デートすればいいってもんじゃない。ハートマークがあれば良いってもんじゃない。それよりももっと重要な事があるだろうに。
とはいえ、これで間違いを指摘するのもしつこいのかな、器の小さい女だと思われるのかな。
またモヤモヤが積もり始めた。
『日曜日なら暇してまーす!』
そう返事を返す。もしかしたら向こうから間違いに気づいてくれるかもしれない。
とりあえず一度スルー。
ストレス発散にゲームやろっかな。そう思い立って。
スマホを置いて、この所触ってなかった携帯ゲーム機に手を伸ばす。
「あっ」
ゲーム機の中には、慎二から借りたゲームソフトが入っていた。
すっかり忘れていたゲーム。もしかして慎二の機嫌が悪かったのはこれか? と思ったが。慎二の性格を知っていた由依は、それだったら直接言ってくるよなぁ。と自己否定。
「慎二まだ怒ってるかなー」
同じ学校だが、クラスは違う二人。
顔は会わせていないため、慎二がどうしているのかは分からなかった。今までは廊下でもすれ違ったし、帰り道も待ち合わせていなくとも偶然会う事が多かった。酷い時は忘れものの貸し借りもしていた。それが最近は全然会わない。もしかしたら慎二が避けているのか? とも思ったり。
「明日の放課後にでも慎二の家行ってみようかな」
来るなとは言われたが、行った所で死ぬ訳じゃない。
そう思った由依は慎二の事を考えながら眠りに入った。
翌朝。うっかり寝坊した由依はいつもより遅く家を出た。
走りながら向かっていると、見覚えのある背中を見つける。
「しんじぃいいいいい!」
「げっ」
声に反応して振り向いた慎二だったが、思わず声も溢してしまった。
足を止め、仁王立ちで慎二の前に立つ。
「げって何」
「いやその」
「それより遅刻するよー?」
「大丈夫だって、ギリギリ着くから」
「何で言い切れるの」
「昨日も同じ時間に出たけど間に合ったから」
「慎二今までもっと早く出てってなかった?」
「……ちょっと遅くしたんだよ」
「何で」
「何でって」
「……あたし避けられてる?」
「んん、まぁ」
「何で」
「だからさ、彼氏がいるんだから」
「関係ないもん。だって先輩と慎二は違うじゃん」
「違くねーよ、とにかく離れて歩け!」
そう言って早歩きで進み始めた慎二。
「やーだー!」
「やだじゃねぇ、バカ!」
喧嘩しながら歩き始めた二人。すれ違う人の中には笑ってしまっている者までいた位だ。とうとう校門の前まで来たが、口喧嘩は終わらず。
「もう頭来た、今日意地でも家行ってやる!」
「何でだよ来るなよ!」
「やだ、絶対行ってゲーム返してやる!」
「おまっ、ゲーム返しに来るだけなら兄貴にでも渡せバカ。とにかく俺は会わないからな!」
そう言って自分のクラスに入り、勢いよく扉を閉めた慎二。
由依も自分のクラスに入ったが、その頬は思いっきりパンパンに膨らんでいた。
その様子を見た友人が話かけてくる。
「おはよ由依。すっごいお怒りだね」
「おはよ、そうなの。慎二のアホが彼氏出来たなら家来るなーとか言うの。あたしら姉弟みたいなもんだよ。家入るなって言ってるようなもんじゃん」
「うーん、まぁ木元君の気持ちも分からなくはないんだけど」
「何で」
「いやだってほら、木元君由依の事好きだったじゃん」
「は?」
「あ、もしかして気づいてなかった?」
「いやいやいやいや、ないないないない」
「うん。本人もそう言ってた」
「えぇ……じゃあ何で聞いたの。って言うか慎二にも聞いたの?」
「大声で否定されたけどね。でも好きなんだろなーって思ってた。だって木元君、由依と一緒にいる時が一番楽しそうだったもん」
「そんなバカな」
「バカじゃないって」
「そうかなー」
半信半疑で受け答え。だけど。
先生が来て、友達も自分の席に戻って行った。だが由依の心に友達の言葉はしばらくの間残っていたままだった。
放課後。今日も先輩と帰っていく由依。
「それで日曜どこ行く?」
先輩からの質問に、非常に困っていた。
「うーん。あたし休みの日は幼馴染と家でゲームしてた事が多かったから、あんまり外で遊ぶ事なくって。そんなに場所知らないんですよねー」
笑いながら答えた由依だったが、先輩は微妙な表情を返してきた。
「えっ、家でゲームとかすんの?」
「そりゃしますよ」
「由依ってもっと外で遊ぶようなイメージだったんだけど。ほら体育委員だし」
「体動かすのは好きですよ。そんな頻繁じゃないけど、たまに女の子の友達とバトミントンしたりもします」
「あぁ、バトミントンは楽しいよね。じゃあ今度バトミントンやりに行こうよ」
「良いですね! あ、じゃあその次の週あたりには一緒にゲームしません?」
「え、いやゲームはいいよ」
「何でですかぁ、ゲーム楽しいですよ。魔王倒してー、経験値あげてー」
「いやぁ……なんかそーゆーオタクっぽいのはいいや。ってか由依っぽくないからやめた方がいいよ」
思わずされた否定的な声に、由依はきょとんとした表情を見せた。
「えっ……あたしっぽくないって?」
「えー、それこそバトミントンとかスポーツやってますーって感じの。ゲームしてるようなイメージないよ」
「そう、ですかぁ?」
「うん。あ、もう着いちゃった。じゃあまた明日ねー」
いつも別れる交差点の所までたどり着いて。
先輩は笑顔で由依に手を振り。由依もまた笑顔を作って手を振った。
由依の中でモヤモヤがまた溜まっていく。
「慎二ー、ゲーム返しに来たー」
片手に借りていたゲームを持って。
今まで通り木元家に上がり込んだ。いつもだったらリビングに入れば、慎二が迎え入れてくれていた。だが今日は、ちょっと状況が違う。
「ごめんな由依ちゃん、慎二がどーしても嫌だって言ってて。とりあえず俺にゲーム預けて」
慎一は両手を合わせ由依に謝る。
その事に対しても、モヤモヤを募らせる由依。
「そんなに慎二嫌がってんの?」
「あぁ。今晩の夕飯のおかず一つ譲るからって頼まれた」
「あの食い意地張った慎二が!?」
「しかも今晩うちはエビフライです」
「エビフライ一匹ってけっこう大きい代償じゃん!」
「そうだろ。それほど気にしているようなので今日は許してやって」
「……分かった」
理解はしたが納得はしていない由依。
悲しそうな表情で、手に持っていたゲームを見つめる。
「最初はさぁ……あたしの方がゲーム始めたんだよねー」
「え? あぁ、そーいえばそうだったかも。今じゃ慎二の方がゲームやってるけどな。最近コミカライズまで手を出してるぞアイツ」
「コミカライズかぁ、あたしも気になってたんだけど。流石に貸してくれないかな」
「うーん、どうだろ。貸してやれ位なら言ってあげられるけど」
「……いーや。直接言う。明日も遅く出てって鉢合わせしてやる」
「明日は早くない?」
「じゃあ明後日!」
「由依ちゃんはたくましいなぁ」
何とかして自身にかかるモヤモヤを解決したい由依。流石にそこまで付き合っていられない慎一は放っておく事にした。
そして明後日がやってきて。慎一は家の前で仁王立ちした由依を確認。
「おはよう由依ちゃん」
「おはよう兄ちゃん!」
「ほんとに明後日来たんだね……ん?」
「どしたの?」
「いや、ちょっと。もう俺行くから。そろそろ慎二来るよ」
「分かった。待ってる」
慎一は由依を置いて出て行くように見せかけて。
恐らく由依には見えていないであろう、由依の後ろから顔を出していたアンロック・ハートの腕を掴む。
「おはようアンロ、ここ出入口で危ないから。もうちょいこっち行こうな」
「おはようございます。いえ、ここの方が狙いやすいので」
「狙いやすいって誰を」
「慎二さんです」
「慎二って矢ぁ投げられたんじゃなかったっけ」
「一度は投げたんですけど、その後失恋したと思ったようで恋破片に壊されちゃいました」
「そうか由依ちゃんが別の奴と付き合いだしたから……えっ、じゃあ慎二別に好きな子出来るのか。早いな」
「えっと、そうじゃないんですけど……お兄さん、お耳貸して?」
彼女からの小さなお願いに慎一は少し照れながら、彼女の腕を離して言われるがままに屈む。
「あのね――」
二人だけの、秘密の内緒話。
全てを聞いた慎一は、大きく頷いて。
「それは放っておくしかないな。俺の出番は無しだ」
「はい、あ」
慎二が玄関から出てきて。由依がいる事に気づき、すごく嫌そうな顔をしている。
アンロック・ハートはタイミングを逃さず。慎二が出てきたとほぼ同時に、運命の矢を投げた。
慎二の額に刺さった矢。一瞬で消えた矢は、慎二を痛がらせる事も傷つける事もしなかった。
それを見届けた慎一は、彼女の顔を見た。
「ところでアンロ、この後どこ行くの」
「あ、学校の方行きますよ」
「そうか。じゃあ。その。良ければ一緒に行きませんかね。出来れば、手でも繋いで」
恥ずかしそうに言う彼に、嬉しそうな表情を返した彼女。
慎一は頷いたアンロック・ハートの冷たい手を握って。二人はぎこちない歩幅で歩き出す。
アンロック・ハートは彼の体温を感じながらも、自身の体温を気にしていた。
「あの、冷たくないですか」
「うん? 冷たくないと言うのは嘘になるけど。それ以上に嬉しいから」
照れた彼女のホッペは、まるでリンゴのよう。
慎一は繋いだ手とは反対の手で、そのリンゴを突いてみた。
「ふぇ」
「おぉ、あったかそうだけど冷たかった」
「えっ。あ、ごめんなさい」
「謝る事ない。気にしても無いから」
「……人間になったら温かいのでしょうか」
「そりゃそうだよ。あ、子供の方が体温高いんだっけ」
「はい。でも、高校生位の体温なら、そこまで高くないですか?」
「まぁ、今の俺と同じ位かなぁ」
「そうですか。じゃあ、お揃いになりますね」
彼女の言葉に、足を止めて。
「お揃い?」
戸惑った様子の彼に、彼女は想いをプレゼント。
「私決めました。人間になったら、慎一さんと同じ位の歳になります」
「でもお前」
「はい。夢は諦めませんけど、もう一つ夢が増えたので。そのための進路変更、ですかね」
「良い……のか? 無理させてないか、なぁ」
笑顔で頷いたアンロック・ハート。
「赤ちゃんほどじゃないけど、人間になれば見た目は変わっちゃうはずです。それでも、また慎一さんの恋人にしてくれますか?」
「……当たり前な事聞くなよ」
慎一は思わず彼女に抱き付いて。
泣きそうな声で、感謝という花束を。
「ありがと」
彼女は笑顔で、「こちらこそ」と返した。
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