第8話
たまたま見かけたから声をかけたように見えるが、アイスの件以降会ってない二人。実は内心、ドキドキしてる慎一。声をかけるかどうかも悩んだ後の行動。結構勇気出した。
「その、ほら。もう暗いから。あんまり遅くなると家の人心配するよー……って、あ……ごめん」
思わず出した言葉に後悔。
家の人に心配されるどころか、家の人による虐待で死んだ恋欠片。
だがアンロック・ハートは首を横に振って。むしろ笑顔。
「ご存じでしたか。大丈夫です、気にしてません。というかその、心配してくれたの、今までは先生位でしたから。あの……ありがとうございます」
薄暗くなった公園に、小さな街灯が光る。
慎一はタイミング悪いなと思いながら、顔半分を片手で隠して。
「アンロずるい」
小声で感情を漏らす。
「ずるい? えっ、何、何が……?」
「ニコニコしてる」
「に、ニコニコしてると、ずるいんですか……?」
「いや、そうじゃなくてさ。ほら、可愛いじゃん?」
「へ、えっ!? かわいくない、かわいくないですよ!」
「いや可愛いけど……あのさ、俺に刺さった矢どうなったか聞いた?」
「え、お、お兄さんの矢ですか? 聞いてませんけど、どうかしました?」
慎一は後ろを向いて、背中を見せる。
シャツをめくらずとも、異変に気付いたアンロック・ハート。
「えっ、ない!」
「何だ。めくらなくても分かるんだ……じゃあ何でチェリーめくったんだろ」
もしかして嫌がらせだろうかとも思ったが、今はそんな事どうでもよくて。
再び彼女の方を向いた慎一は顔を隠すのやめて、赤くした顔を彼女に見せながら。
想いを、咲かせる。
「いきなりなんだけどさぁ……俺、アンロの事好きだよ」
「……えっ」
「人の事考えて、人のために行動出来て。臆病に見えるけど、すげー無茶したりする。何というか、放っておけないんだよ」
「まっ、まってまって。わた、私?」
「うん。いやだってほら、お前人外じゃん」
「……私、人外だ!」
「そうなんだよ。だから俺結ばれる人がゼロって言われててもお前相手なら結ばれる可能性はある、と思いたいんですが」
彼と同じ、顔色染めて。
ただ声は思いっきり泣きそうになりながら。
「でも私、恋欠片だからっ。知らない事の方が多いし、普通に生きてる女の子達みたいにオシャレも出来ないし、それに、それにっ……」
「……安藤さん?」
泣きそうというか、もう泣きながら。
でも一生懸命頷いた。
慎一は分かっていたというように、柔らかく笑って。
「大丈夫、アンロの夢はちゃんと知ってたから。それを諦めさせる気もない。ただ、
ちゃんとお前の事を好きな奴がいる事を知っておいてもらいたかっただけだから」
言葉というものは実に強い力を持つ。それはきっと、射られた矢よりも。
アンロック・ハートはスッと立ち上がり、想いを込めて、彼に抱き付いた。
「私も、お兄さんの事すき、好きです。私は普通じゃない上に、動きも鈍いから、多分迷惑かけます。でも、本当に、それでも良いと言ってくれるのなら。私の事、ずっと好きでいてくださいっ」
こぼれ落ちたのは、恋の欠片。
「……だからずるいってば」
彼もまた、彼女の全てを抱きしめた。
しばらくの間、腑抜けたニヤけ面を隠せずにいた慎一。彼女に一時の別れを告げて、家に帰って来てもその顔。自分の部屋だけでなく、リビングでも。
弟の慎二から見れば、それはもうとても気持ちが悪くて。
「何なのその顔、こわっ」
「春はいいぞ」
「何言ってんだよ」
「お前も素直になりゃいいのに」
「意味わかんねぇ」
「あ、そういや由依ちゃんがお前の事」
「は? 何、あのガサツ団子が何だって?」
彼女の名前を出したや否や、明らかに態度がおかしくなった慎二。その様子を見て、ようやく慎一もいつも通りの調子に戻る。
「だから素直になれって。お前由依ちゃんの事好きだろ」
「はー、何言ってんのか全然分かんね。アイツなんか好きじゃねぇよ!」
そうは言うものの、弟の顔は赤くなっている事を見逃さない兄。
「ほんとは好きなくせに」
「うざっ!」
逃げるようにリビングを後にした慎二。
慎一もわざわざ追いかけたりはしない。弟よりも彼女だ。
正直な所、慎二は幼馴染の彼女を特別視している事に気づいていた。ただそれを口にするのは難しい。今までバカにし、されあった仲だ。今更甘い雰囲気になるなんてとてもとても。
「もういい、寝る!」
投げやりになって布団に潜りこみ。考える事を先延ばしにした。
***
翌朝。慎一が家を出ると、正面の家からも少女が出てきた。
「あ、兄ちゃんおはよ!」
「おはよ由依ちゃん。元気だねー」
まだ若干余韻の残っている慎一。その変化に、由依も気づいたようで。
「兄ちゃんなんか良いことあったの?」
「ん? んー、まぁ。その、か、彼女が出来たといいますか」
「えっ、おめでと!」
「ありがと」
「そっかぁ。いいなぁ、そーゆーの。あたしも彼氏ほしーい」
「由依ちゃん結構モテるんじゃないの?」
「ぜーんぜん」
「そうかな、素直に言えないだけで由依ちゃんの事好きって奴はいると思うよ」
「それこそ、そうかなって感じだよ」
「はは、そうだ由依ちゃん。慎二も結構素直じゃないよ」
「それは知ってるー。んで、その慎二は?」
「まだ準備してる」
「もう、しょうがないな。心優しい由依ちゃんが手伝ってあげよう」
「そうしたげて。俺はもう行くから」
「うん。いってらっしゃーい」
兄に小さく手を振って、その兄の家へ入っていく由依。
だが奥まで入る事はなく、弟はもう扉を開けた所に立っていた。
「慎二どこまで準備したのー、って、何だ。ほとんど出来てるじゃん」
「おう。もうあと靴履くだけ、って何でいるんだお前」
「おはよ」
「おはよじゃねぇ」
「だってこんにちはには早いし」
「もういい。行ってきます」
「行ってきまーす」
今度は二人揃って家を出て。二人揃って道を歩く。
今まではこれも普通だったのだが、慎二は妙に気にしている。
「なぁ、もう少し離れて歩けよ」
「何でよ」
「お前が隣にいると……同族だと思われるじゃん」
「同族って何」
「ゴリラ」
「許さない」
言い合ってはいるけれど、決して本気ではない。それはお互いに分かっている。
「こんなにかわいい子をゴリラとは。慎二おかしい」
「自分を美少女だと言って信じてるお前におかしいと言われたくはない」
「あ、でもさっき兄ちゃん、慎二の事素直じゃないって言ってた。ほんとは慎二も、由依ちゃんの事かわいいと思ってたり?」
「……バカ言うな。ってか他に変な事言ってなかっただろうな」
「彼女が出来たって」
「……マジで?」
「何で慎二が知らないのよ」
「知らねぇよ。でもそうか、だからあんなにニヤけた顔してたのか」
「でも良いよね、あたしも彼氏欲しいなー。ねぇ慎二、良い男紹介してよ」
「飼育員の友達なんていねぇ」
「許さない」
「だって無理に決まってるだろ。人間とゴリラは付き合えないんだぞ」
「ひっどい! あ、でもまって。あたしゴリラから見ても可愛いかもしれない」
「お前凄いな」
「まぁ美少女だからね、可能性はあるよ! もしかして慎二も、とっくにあたしの事好きだったりするぅ?」
由依からすれば完全におふざけだったのだが。
慎二からすれば完全に図星を突かれただけだ。
ただ彼は本当に素直じゃないので。
「……なわけねぇだろっ、お前なんか好きじゃねぇよ!」
黙って慎二を見る由依。
無言に耐えられなかったのは慎二の方。
「……何」
由依は頬を膨らませて。
「ひっどーい! もういい、慎二なんか知らない。先行くしっ!」
怒りながら早歩きになり、慎二を置いて行ってしまった。
自分の発言に反省しながらも、そこは素直じゃないって受け取ってくれよとも思った慎二。
ただ自業自得とはいえ、彼にとってこれは後悔の始まりに過ぎなかった。
この時彼の後ろに、白い髪の少女がいた事は誰も知らない。
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