第6話
晴天のある日。
通学途中の慎一は喫茶店の看板の後ろに隠れるよう座る桃色髪を見つけて。
「おはよアンロック・ハート。そんな所で何してんの?」
彼女の顔を上から覗き込むようにして見た。
「ひゃっ、あっ、お兄さん。おはようございます。その、お花屋さんを、見てました」
「花屋?」
彼らがいる喫茶店の向かい側。色とりどりの花に、水をあげている女性店員。恐らく三十代後半で、もう結婚して子供もいそうな雰囲気の女性だった。
小さな声でアンロック・ハートは答えた。
「あの女の人、安藤さんって言うんですけど……私が二十年位前に、初めて矢を当てた人なんです」
「待って。アンロック・ハート想像以上に年上だった」
「あ、そう……ですね。でも私、死んだのは五歳だから」
「想像以上に年下だった」
年下だろうとは思っていたが、低くても中学生位だと思っていた慎一。
「ムリはないです。恋欠片と恋破片って、成長しないから。死んで恋欠片か恋破片になったら、大人でも子供でもない、思春期位の年齢に戻るか成長するかなので」
「へー、不思議なもんだな」
アンロック・ハートは嬉しそうに話す。
「はい。恋欠片は一万人に矢を放つと、願いを叶える権利がもらえる。それで私、あの人の子供になろうと思って」
「あ、選べるんだ」
「選べます。誰かの子になりたい、何歳になりたいか、名前、見た目も決められます」
「何歳になりたいかって事は、赤ん坊からスタートしなくても良くなるの?」
「はい、例えば高校生位からスタートさせたいって思えば、周囲の人間の記憶を変えて、元から存在していた事になります。でも皆、ほとんど赤ちゃんからのスタートです」
「アンロック・ハートは?」
「私も、赤ちゃんからがいいとは思うんですけど、安藤さん既に高校生の子供がいてもおかしくない歳だから、ちょっと考えた方が良いのかなとも」
「そっか。ま、なれると良いな。あの人の子」
「ありがとうございます……あの方、子供大好きなのに、病気で子供が産みにくい体になっちゃって、今も夫婦二人暮らしなんです。だから、頑張りたいんです」
「そうか、そーゆーのでも可能になるのか。凄いな」
「神様は偉大……です」
嬉しそうに笑うアンロック・ハートの顔を見て、慎一も小さく笑った。
「そうだな。あと他に何かこうなりたいってのないの? 名前とか」
「えっ、えっと……最初はアンロック・ハートだから、アンちゃんとかが良いかなって思ったんですけど、安藤だからアンでかぶっちゃうなって思って」
「そうか……あ、ハートなんだから、こころちゃんとかどうだろう。安藤心、略してアンロにもなるよ」
「あっ、可愛いです……こころちゃん」
「ま、候補の一つにでもしとけば良いよ。というか今更なんだけどさ、アンロック・ハートって地味に長いから短くして呼んで良い?」
「それは、はい、お好きに呼んで下さいな」
「じゃあアンロ」
少し気恥ずかしそうに微笑んだ彼女。
そんな彼女に彼がときめいたのもほんの一瞬。
なぜなら。
「見つけたぁあああああ!」
「きゃああああああああ!」
マヤという男がいきなり彼女の頭を掴んできたからである。
喫茶店のある道から人気のない路地に移動した慎一達。
「それで何の用だよ」
怯え震えるアンロック・ハートを背中で庇いながら、慎一は思い切り低い声でマヤに質問をぶつけた。それに対しマヤも不機嫌をぶつけた。
「うるさいな、誰だよお前。ぼくはそのピンクヘッドに用があるんだよ」
「誰って、前に会ったじゃん」
「余程印象がないと覚えてない。お前のような地味な男、覚える気にもならなかったんだと思う。あと敬語使え」
「なんて酷いんだ。酷過ぎて敬語使う気になれない。木元慎一だよ」
「知らん」
「知らんって……いやまて、よく考えたらまともに名乗ってなかったかも。あの時は変な紹介された上、すぐ逃げたし」
「……あ、お前エロの先生か」
「何でそれで思い出すの?!」
「それはどうでもいいけど、おいピンクヘッド。人が謝ろうとしてるんだから出て来い」
「まって謝る態度じゃない」
「うるさいな。お前には関係ないだろ、黙って帰ってエロ画像でも見てろよ変態」
「だから違う!」
慎一を騒がしい奴位にしか思ってないマヤは、もはやいないものと認識し普通にアンロック・ハートに声をかける。
「おいピンクヘッド」
「ひゃっ、ひゃい」
「そんなにビビるな。その、何だ。悪かったな」
「ふぇ?」
「いやー、ほら。今回お前が矢ぁ刺した後? まぁ知り合いのおねーさんとデート的な流れになったんだけど? 正直乙女心とかいろいろ複雑でして? ぼくはそのおねーさん人間的には好きだけど、付き合いたいかと聞かれたら謎な感じで。その前に向こうから無理って言われそうな気がするんだよね。まぁ今まではぶっちゃけ将来歳とりゃ自然と彼女が出来る……位の事考えてた……んだけどさぁ」
偉そうにしていた態度が、自然と弱弱しくなって。
「いざデートしてみたら話すのもままならないし、なんか全然うまくいかなくってなんつーか、このままじゃだめなんじゃね? って気になったっていうか。そう考えるとこないだほら、ガキ相手とはいえパンツ見せろとか、むしろぼくがガキ? って感じな気がしてきて、ちょーっと悪かったんじゃないかとか思ってだな」
「マヤさん」
慎一は内心、ちょっとではないだろうと思いながらも逆上されないよう黙っておいた。
「まぁそんな感じ! 以上! じゃあな」
マヤはそう言って慎一達に背を向けたと同時に。自身の着ているシャツの胸ポケットから音がしたのを聞き取った。
スマホを取り出し、音の正体に触れる。
『マヤさんこんにちは! テスト期間を一週間勘違いしてたとはさすがに草ですよ。でも参加は大歓迎です! 今出先なので後々詳細送りますねー』
多分今のままだと、彼女も出来ないし、将来もうまくいかない。そんな気がして。
まずはここから、利用出来るのならば何でも利用してしまえ。
ただの文字列に笑みを見せ。
「ふん」
マヤはまっすぐ歩き始めた。
***
その場に残された二人。慎一はどうしていいか分からない。
「何だったの、アイツは。あれかな、好きになった人出来たから変わろうとしてるのかな。だとしても雑な感じがするんだけど。俺の感じ方がおかしい?」
「えっと、どっちかっていうと好きな人をつくるために変わろうとしているんだと思います」
「いや、好きな人は出来てるんだろ?」
「いいえ?」
「……いいえ?」
「はい」
「いやだって、恋欠片の矢刺したんだろ?」
「あ、刺してません」
「……んん?」
「私マヤさんに矢は投げてません。マヤさん、矢刺さってません」
「いやいや、だってマヤ言ってたじゃん。好きな人が出来る矢を投げたとか言うから、先生連れて来いって言ったって」
「その、実を言うと、私が投げたのは道でマヤさんの隣を歩いてたお兄さんだったんですけど。マヤさん自分が投げられたと勘違いしたらしくて」
「じゃあアンロは何でアイツの言う事聞いてたんだよ。脅迫でもされたの?」
「いえ、その。マヤさんは今回の出来事がなければ一生、矢が刺さらなかったはずなんです。今回私が恋欠片の話をしなければ、マヤさんが自分から行動を起こす事はありませんでした。小さな一つの行動が運命を大きく変える。私がマヤさんの行動の引き金になった今、彼の人生は変わる事になりました。それも本来の道より、幸せな道を。だから」
「わざと言う事聞いたと?」
「はい」
「バカか!」
突然怒られて、ビクッと体を震わせたアンロック・ハート。
「ふえっ、でも、だって」
「だってじゃない、お人よしにも程がある。それが原因で酷い目にあったらどうするんだよ」
「それは……」
確かにマヤからワンピースを捲られそうになった事も事実だ。もしかしたら、もっと先の事をされてもおかしくない。
見るからにシュンとしているアンロック・ハート。ちゃんと彼女が反省の色を出した所で、少し言い過ぎただろうか、と自身も反省した慎一。
ピンクの頭にポンと手を置いて。
「でも優しい奴だな」
ただ褒めて、撫でた。
慎一からすればいつも通り弟や近所に住む少女の面倒を見るのと同じ感覚だったが。
褒められる事も、男に触れられる事も慣れていないアンロック・ハート。
「えっ、あっ、ありがとごさいます、でも、ご、ごめんなさい」
「うん。もうちょい危機感を持った方がいい。俺も怒ってごめんだけど」
「は、はい。いえ、じゃあ、その、帰ります!」
「おぉそうか。気を付けてな」
「はい。さよならっ」
逃げるように、走り去ったアンロック・ハート。
「っ……」
この想いはきっと、彼女が今まで他人に与えてきた欠片。
想像よりずっと、甘くて、苦しい。
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