第4話

「お、お兄さん、こんにちは」

あれから何日か経ったある日。突然アンロック・ハートに声をかけられた慎一。

「おぉ、どうしたアンロック・ハート」

「あの、この間困った事があれば言えって……それで、お願いがあって来ました」

「うん? まぁそれは良いんだけどさ、俺ね、今授業中なんだ。そしてここはとても危ない」

校庭のど真ん中。紺色のジャージ姿でサッカーゴールの前に立つ慎一。

「あっ、すいません。すぐ退くので。えっと、後でお話聞いてくれますか?」

「もちろん。手短に言えるなら今言っても良いよ?」

「えっと……ここじゃ言いにくい……です」

何故か頬を赤くするアンロック・ハート。慎一はこの表情には見覚えがあった。

よく見る漫画の中に出てくるヒロインが、主人公に想いを寄せる時の顔だ。まるで告白されるかのような状況に、そんな訳あるかと思いつつも照れる慎一。

「じゃ、じゃあ、とりあえず放課後。そうだ、うちの前で待っててくれれば」

「は、はい」

すぐさまサッカーゴールから離れて行くアンロック・ハート。ただ彼女の言葉は頭から離れずにいた。

おみくじの結果で言えば、自分には生涯恋人は出来ない。

それなのに告白されるかもしれないというのは何故か。まさか付き合っているという関係にはならず、友達以上恋人未満という関係性を続けるのだろうか。

正直な所、アンロック・ハートは可愛い。

レトロなワンピース姿も巫女服姿も、黄色いカッパ姿の時も、とても可愛い。

から、何と言うか、まんざら悪い気もしない。

等々。妄想と呼ぶに近い考えを膨らませていた。

その後慎一は、キーパーとしてのポジションにいながらも全くと言っていいほど役に立たず。同じチームのクラスメイトからめちゃくちゃ怒られた。


 放課後。リビングに弟がいるからという理由で、慎一の部屋に来た二人。何故か向かい合い、二人とも正座。慎一は後悔した。話だけなら喫茶店に入ったりすれば良かっただけの話。わざわざ自宅に、しかも自室に招く事もなかったのだ。それこそ何だか下心があるように思われそうでキツイ。

「それで話とわ」

裏返った声で質問する慎一。アンロック・ハートは先ほどより明らかに頬を赤くし、声を震わせて言った。

「お、お兄さんは……え、えっちな事、お詳しいですか?」

「はい?!」

慎一は心の中で自分を褒めた。喫茶店で出来る話ではない。

しかし返すべき答えは分からない。大分考えて、答えを出した。

「……たしなむ程度に?」

アンロック・ハートは何故か時計を見る。

「で、ではお願いがあります……教えて下さい」

質問が斜め上過ぎて、慎一は頭が追い付かない。こんな事なら付き合ってくれと言われた方がまだ普通に返事が出来た気さえしている。

「……なにゆえ?」

「えっ、それは、その……知りたいから、でしょうか……嫌ですか?」

恥ずかしがりつつ、頼み込んだアンロック・ハート。まだ知り合って間もない彼女だが、今すぐ抱けますかと聞かれればイエスと答えられる慎一。

「嫌じゃあないよ、嫌じゃあ」

むしろウエルカム。

嬉しそうな表情を見せたアンロック・ハート。

「では」

「いやほら。でもほら、まだ早いんじゃない?」

一応の謙遜。

「わ、私も全然知らない訳じゃないです」

「おぉそうか、知ってはいるのか」

「でも、あんまり詳しくはないので」

「それはいいけど。俺知識だけで経験ないけどいいのかな」

「でも……お兄さん以外に頼れる人、い、いないので」

「……俺でよろしいのですか」

「はい……その……お願いします」

慎一は耳まで赤くし、何故か土下座して。

「こちらこそ……よろしくお願いします」

それに対してアンロック・ハートは。

「あっ、ありがとうございます。そ、それではさっそく来て下さい」

「え、どこに?」

「マヤさんの家です」

「……どこだ!?」

慎一の顔の熱は一気に冷めた。


とある二階建ての家。例のマヤさんの家に連れて来られた慎一。二階の角部屋。中にはアニメキャラのポスターやグッズが大量に飾ってあり、いや散らかっており。

床に正坐させられた慎一の目の前には、自分よりも年上と思われるメガネをかけた男が腕を組んで椅子に座っていた。慎一の隣に座るアンロック・ハートは丁寧に説明をする。

「マヤさん、こちらが、え、えっちの先生です」

「その紹介は勘弁してほしい」

明らかに荒んだ表情の慎一。男、マヤは大きなため息を吐いた。

「バーカ。ふざけんなよ、普通エッチの先生連れてこいって言ったら巨乳のねーちゃん連れてくるだろ。大体、そいつ高校生だろ? 高校生のガキに教わる事なんか何もねぇっつーの」

困惑するアンロック・ハート。

「で、でもそんな事一言も」

「言わないと分かんねぇのかよ。使えないなー。仕方ない。お前で良いや。一ミリも好みじゃねぇけど、パンツ見せる位なら出来るだろ」

椅子から降り、アンロック・ハートのワンピースを掴んだマヤ。

「えっ、やっ、やだっ」

両手でワンピースを抑えるアンロック・ハート。慎一は容赦なく、思いっきりマヤの腕にチョップを入れた。マヤはワンピースの裾から手を離し、慎一の胸倉を掴んだ。

「何すんだクソガキが!」

「何すんだはこっちが言いたい。俺より大人だって言うなら何で女の子を困らせる事言うんだ!」

「何だよ、お前だってエッチの先生として来たんならパンツ位見たいだろ」

「見たっ……だからってめくって良い訳ない!」

見たくないとは言わない慎一。自分に正直だ。

アンロック・ハートは涙目になりながら慎一に礼を言う。

「お、お兄さん。ありがとうございます」

「うん。でもアンロック・ハート、何でこの人お前の事見えてるんだ? 普通見えないんだろ。俺と同じ?」

「あ、いえ。たまに何もしてなくても見える人いるんです。その、霊感強いタイプ」

「そうか、お前ら霊に部類されるのか」

「えっ、あっ、はい。言ってませんでした。私実は元々人間で一回死んでます」

それは知ってたとは言いづらい慎一。

マヤは思いっきり慎一の体を揺らした。

「ぼくを無視して喋ってるんじゃねぇ! 大体、その女がぼくに好きな人が出来る矢を投げたとか言うから、じゃあエロい事詳しい先生タイプ連れて来いって言っただけだぞ。こっちを悪者扱いしやがって!」

「悪者じゃないなら離せぇええ!」

パッと手を離したマヤ。

その場に尻をつけた慎一はすぐさま立ち上がり「行くぞアンロック・ハート」と言って。

アンロック・ハートの右手首を掴み。

「えっ、おっ、お兄さん!?」

無理矢理彼女を引っ張って、部屋を出た。

「逃げんのか、クソガキども!」

「当たり前だ、時には逃げる事の方が勝ち!」

そのまま階段を降りていく二人。慎一が最後の段を降り切った時。

「ひゃっ」

まさかなぁと思いながらも、後ろを振り返った彼は。案の定階段を踏み外した彼女を受け止めた。

「ごっ、ごめんなさ」

「あぁもう、すまん!」

「えっ?」

アンロック・ハートの軽い体を、ひょいと持ち上げて、そのまま、担いだ。

慎一は急いで玄関まで走り、彼女の靴を拾い上げる。

自身の靴は履いたものの、かかとを踏んだまま外へと出て行った。


 道幅は広いが、人通りは少ない道。

慎一はアンロック・ハートをかかえたまま走っていたが、徐々にそのスピードを緩めて。マヤの家が見えなくなった所まで来て、その足を止めた。

「はー、まぁここら辺まで逃げれば大丈夫か。外まで追いかけてきてる感全く無かったし」

「あ、あの、お兄さん?」

「あぁごめん。本当は言い返せたりパンチの一発でも入れられればカッコいいのかもしれないけど。あの部屋狭かったから、下手に動いてアンロック・ハートが怪我しても困るもんねぇ?」

「えっ?」

「え? いやだって、お前目には見えなかったりするかもしれないけど、物にはぶつかったりするだろ? 触る事は出来るんだし」

「あぁはい。それはそうなんですけど、わた、私が怪我すると困るんですか?」

「は? 女の子に怪我させて喜ぶような趣味はないよ?」

「……私女の子?」

「違うの?」

「いえ女の子です」

「だよなぁ」

「……あれ?」

「……俺そんな酷い奴に見える?」

「いっ、いえ! そうじゃなくて」

何か違和感を抱いたアンロック・ハート。

何故か頬が熱くなって。何故か心音が高くなる。

「どうした?」

「いえ」

アンロック・ハートはこの現象を、何度も見てきた。それでも自分がまさかその現象になるとは思うはずもなくて。

「やぁ二人とも。随分な仲だね」

聞き覚えのある声に周囲を見渡した慎一。

二人の真横に立つ赤いポスト。いつの間にか、その上に座って二人を見ていた白頭。

「ルンちゃん……あっ、お兄さん、降ろして下さいっ。重いでしょうしっ」

「全然」

幽霊と同じような存在でも、脚はあるし、触れる事も出来る。

正直、今後女の子と付き合える未来のないとされている身からすれば、この距離感はとても嬉しい。ドキドキハプニング。

だが彼女にとっては、やはり恥ずかしい事らしい。靴を地面に置いてもらい、彼から降りたアンロック・ハート。

ステールンはポストから降りて、ジッと慎一を見つめだした。

「何?」

「ふぅん」

「何だよ」

「いや別に。じゃあさよなら」

そう言って彼らに背を向けたステールン。

「本当に何だったんだ」

「あの、お兄さん。私ももう」

「おぅ。気を付けてな」

「はい、では」

深々とお辞儀をして去っていくアンロック・ハート。慎一は妙に寂しさを感じていた。



 彼らと別れ、一人になったステールン。

彼女の周りには会社や学校から帰宅する人間がちらほら。

「やれやれ。手違いとかおかしいと思ったよ」

そんな彼女の独り言は、誰の耳にも届かなかった。

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