09

「なんか、うさ耳恐怖症になりそうな一週間だった……」

「どしたの魔女ちゃん。凄いげっそりしてるけど」

 逆にどうして美女がこんなに元気なのかが分からない。


 あれから一週間後。レストランに集合してみたはいいとして、とても何かを思い切り食べようと言う気にはならなかった。美女を除いて。

 内容は違ったにしてもこれは私だけじゃないのだ。賢者だってさっきから机に突っ伏して一言も口を開かないし。猫に至ってはさっき触っただけで飛び上がっていた。一体猫はこの一週間何があったというのか。

「賢者君も大丈夫? さっき頼んだジュース飲む? 実はお酒だけど」

「遠慮します。飲み物でしたら自分で用意したので」

 声は出るらしい。けどそれ私には飲み物に見えない。

「待って!? それ何の薬? 凄い色してるけど絶対やばいやつだよね!」

 美女が声を上げて賢者を止めている。

 というか美女は何でさらっとアルコール飲料を頼んでるんだろう。そして何故それをあんな若い子に飲まそうとしたんだろう。賢者って多分未成年だよね。

 あのエルフ女性が軍資金を支援してくれたからつい財布のひもが緩くなっている。これは危ない。いくら臨時収入が入ったとはいえ節約しないとまたすぐ無一文になる可能性があるよ、特に食事に関しては美女が謎に大食いだから……。


「しかし、これで私たちは格段にレベルアップしたはず。ということで明日は早速森に行ってみよう! リベンジ死霊騎士!」

 美女は元気に加えてハイテンションだ。最初からこんな感じではあったけど……あ、まさかもう酔ってるんじゃ。何か美女が酔ったら手が付けられなくなりそう。

 あれ、明日……リベンジ死霊騎士って


「え」

「え?……ああ! そうだった森というか森跡地だったね。やだなあ私うっかり」

「そっちじゃない、えっと……明日森に行ってリベンジするの?」

 そんなものは大前提、と言うような表情で美女はこちらを見ている。確かに訓練の目的は死霊騎士を倒せるくらい強くなることだった気がする。多分。

 でもこの状態で明日、早速死霊騎士行くぜ! というのは無理があるんじゃないかと私は思うのだ。猫はいい? として賢者はあんな状態だし、私も全身に力が入らない。例えここに強盗犯が入ってきても最後まで傍観してしまう自信があるくらいだ。

「言われてみるとちょいキツイそうかもしれない……じゃあ明日は休業日?」

「行けると思います。せっかく訓練しましたしどの程度強くなったか試しに戦ってみましょう」

 試しにで命かけるのか。その行動にあまり違和感を感じなくなった辺り私も麻痺し始めているな……。

「賢者君がそう言うなら大丈夫? なら魔女ちゃんは明日宿で留守番……」

 成程、その選択肢があるならじゃあそれで…………ってなんか凄い不安だ。強さの問題じゃない、その点に関しては二人は私と比べて遥か上空だから問題ないとして、行動の予測不可能度も同じくらい遥か上空だ。昨日破壊しなかった部分の森まで消滅するんじゃ。いや、それどころで済めばいい方だ。絶対止めないと。…………ああ、王様が私をメンバーに入れた理由ってこういうことなんじゃないかと思えてきた。とりあえず明日は休めない。

「それなら私も明日は……」

「全員避難しろ! 巨大な黒い魔物がこっちに向かって来てるぞ!」

 レストランのドアが勢いよく開いたと思ったら、頭に羊の角が生えた男性が叫んだ。




……え、巨大な黒い魔物って…………それ

「死霊騎士! 早いけど訓練成果発揮のチャンスだねっ」

 美女はガッツポーズをして立ち上がった。

「一応魔力は全回復してきました。戦闘は可能です」

 賢者は机から起き上がって銀の杖を手に取った。


 最悪だ。こんな状況で戦うことになるなんて。

 でも

 「町まで来ちゃったなら……戦うっきゃないか」

 私も杖を握った。だって仮にも私は兵士だ。

 望んで兵士になったと言うのに人を守ることが出来なくてどうする。そんな弱気なことではいられない。それじゃあいつまでたっても魔王を倒すなんて無茶のままだ。

 確かに疲れている。動く気力は全くない。けど私だって魔力は万全なんだ。今なら死霊騎士に攻撃を仕掛けることは出来る。なら戦うしかない。

 気力なんて無くたって体は動くんだ。

「私が奴を広場まで誘導する。そこで一斉攻撃を仕掛けるよ」

「えっ、でも魔女ちゃんはまだ休んでた方が」

「休んでなんていられないよ。それに……あれはただのボス級だから」

 ささっと倒して次の町へ行くくらいの気分じゃないと。

「いつの間にかボスを軽視するようになったんですね」

「いつまでもいちいち怯えてるわけにも行かないよ、だって」

「選ばれし魔王討伐メンバーだもんねっ!」

 一番良いところを美女に言われてしまった。選ばれしって、何か物凄いものは言いよう感がする。


 レストランの外は世紀末のような混乱に陥っていた。




 ……と、さっきはかっこつけて言ってしまったわけだけど

「ビーム命中っ! 凄い、体が前より思い通りに動くから攻撃も全部避けられる!」

「ひっ! や、やめろこっち向けるな、狙うのはあっちだ!」

 美女は身のこなしが飛躍的に軽くなっている。だから攻撃は全部避けられているしビームも命中する。威力も心なしか前より上がっている気がする。けど美女が狙ってるのは死霊騎士じゃない、猫だ。やっぱり彼女酔ってたよ。顔赤いし。

「目を狙います、この毒は持続性があるのでしばらくの間は盲目状態のはずです」

 賢者の得意属性というのは毒属性だったらしい。杖の先から紫の液体が放射されて死霊騎士の目にかかった。流石賢者、コントロールも抜群だ。でもその下に水路があることに気が付いてないよねあれ。水路に毒は犯罪だよ。かなり混乱してるらしい。わざとではないはずだと願いたい。


「お嬢ちゃん大丈夫? 足元おぼついてないわよ」

「あ、平気です。私体だけは丈夫なので」

 私も私でさっきから思うように動けていない。避難中のおばさんに心配されてしまう始末だ。火炎魔法の方はかなり温度も勢いも強くなっていてさっきから数回死霊騎士に当てられているけど、このままじゃいつかうっかりで住宅街に放火してしまう。


 これは簡潔に言ってピンチかもしれない。

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