10
不意に飛び交う魔法の間からうさ耳が見えた。
「旅行者に国の危機を任せておけないからな、俺も加勢するぞ」
魔法軍隊長だ。
「ありがとうございます」
助かる。けどこういう時の指導者の加勢は死亡フラグな気がする。
「しかし酷い臭いだな。さしずめ奴はアンデット系……なら回復魔法だな」
「回復魔法……ですか?」
「アンデット系に攻撃するならそれが一番だ。まあせっかく訓練したし火炎魔法で体力を削ってからの方が良さそうだな」
じゃあ俺は湧いてきた雑魚共の相手をしてるから、と言って魔法軍隊長は後ろの方で聞こえるうめき声の中に飛び込んでいった。いつの間にかゾンビのような魔物がうじゃうじゃと湧いている。死霊騎士が仲間を呼んだらしい。これは厄介だ。
鎧を着ているとはいえ死体だからか火炎魔法はよく効く。ただやっぱりゾンビ同様少し燃やしたくらいではバランスを崩したり鎮火の為に攻撃を休んだりはしない。アンデット系は痛覚が無いのだろうか。
賢者のおかげで死霊騎士は動きが制限されているように見える。だけどやっぱり強いらしい、死霊騎士が手に持った黒いレイピアを振るたびに周囲の家が壊されていく。
「体力は今四分の三くらいまで減ってるっぽい、ちょっと直接攻撃に切り替えるよっ!」
美女は酔いが覚めてきたらしい。何で死霊騎士の残り体力が分かるのかは謎だけど、彼女の物理攻撃は岩を砕く破壊力だからかなりの戦力だ、対象を間違えさえしなければだけど。猫はどこへ行ったんだろうか。
「俺を瓦礫に捨てるな! クソ、こんなことしてもう魔王城に帰るとか無理確定じゃねえか……」
いた。横の瓦礫の中から起き上がった猫は愚痴りつつも手に魔力を溜めて死霊騎士目掛けて放った。猫もビーム使えたのか。色は美女のと比べて黒いけど……。
「おい魔女、お前攻撃も重要だがあいつら回復しに行った方が良くないか?」
猫は飛んできた黒い渦のような魔法を避けながら言った。
「回復? でも賢者は回復魔法使えるし、美女もまだ元気そうだけど……」
「そっちじゃねえ国民の方だ。あのマッドサイエンティストは言っても聞こえてないようだったからお前以外いないぞ」
マッドサイエンティストって賢者のこと……? わざわざそんな長いあだ名を、ってそんなこと考えてる場合じゃない。やっぱり賢者は混乱してるらしい。
辺りを見回してみると隊長達が戦っている辺り、ゾンビのような魔物がうろついているところに怪我した女性が横たわっていた。その横では猫耳の生えた兄弟がうずくまっている。反対側の瓦礫の中では少女が助けを求めて手を振っている。
救護班がまだ来ていないらしい。もしくは回復魔法を使える人が足りていないのか。
「猫! ごめん、こっちの攻撃を防ぐのは任せるよっ」
「だから俺は猫じゃ……まあいいか。倒れるほど魔力使うなよ」
猫があれほど嫌がっていた猫呼びを素直に受け入れた。魔物の心理は分からない。しかも最後の一言妙に優しいし……。
飛んでくるレンガや謎の魔法攻撃を避けながら広場を抜けてゾンビの居る場所まで走る。そういえば魔力の使用量は前より少なくなっている。と言うより少量の魔力でも強い威力の攻撃が出来るようになっている。これが訓練の成果か。
でもここで倒れたらどうしようもない、定期的に魔力の残量を気にしながら回復や攻撃に当たった方が良さそうだ。
「大丈夫ですか! 今回復します」
女性は足から血を流している。出血量は少ない。良かった。
「回復魔法、っと……これで傷は全てですか?」
「は、はい。ありがとうございます」
ただ少し顔が青い。避難所まで逃げられるか不安だ。
「えっと次は猫耳の……」
「お姉ちゃん助けてくれ! 弟が、急に変なことを言い出して……っ」
振り向く前に後ろから声をかけられた。さっきの兄弟のうち、兄の方が弟を抱きかかえている。弟は息を荒げながら何か呟いて……それに顔が赤い。
「酷い高熱を出してる、これは回復魔法じゃ治せない。氷魔法で冷やすから病院まで……」
「あ、私が連れて行きます。ですから魔法使い様はあっちの人を助けに行ってあげてください」
女性はヨロヨロと立ち上がると手を挙げた。あっち、というとさっきの少女の方だ。
「それは助かります。じゃあ……氷魔法っ」
出来る限り弱く放った氷魔法は薄い氷になって弟の額に乗っかった。もともとそう得意ではなかったのが逆に功を奏して丁度いい具合になったらしい。
「あ……冷たい…………お兄ちゃん」
「だ、大丈夫か!? 今すぐ病院連れて行くからな」
弟は一瞬目を開いたが、小さく頷くとすぐに兄の腕に寄っかかって再び眠りだした。
「ありがとうお姉ちゃん、じゃあ病院に……」
兄は弟を女性に預けると、手を引かれて病院へと向かって行った。
心配だけど今は一人でも多くの人を助けることに集中しなければ。
瓦礫の前まで来ると弱弱しい声が聞こえてきた。
「誰か、た、助けてください……足に木が刺さって……」
遠くから見たらただの少女に見えたけど、よく見たらこの人はエルフだ。
足に刺さって……というのはかなりマズイ。そんな状態で回復魔法なんてかけたら足と木がくっついてしまう。先に彼女の上に乗っている支柱をどけて木を引き抜かないと。
「待ってて、今を支柱をどけ…………」
重い。よく考えたら支柱の木が軽いわけがなかった。それもこんな大きな破片、一般的な人間の二十代女性が一人で持ち上げられる重さじゃない。特に私はそんなに力が無い方だと言うのに。
この近くに誰か手伝ってもらえそうな人は……いない。そもそも居たら先にこの人を助けていたはずだ。こうなったら魔法に頼るしかない。使えそうなのは……
「火炎魔法……木を燃やす分には温度は足りる、けど」
問題はコントロールだ。支柱は太いとはいえ、そこだけを狙うと言うのは火炎魔法では特に難しい。外れれば彼女に当たる。
「は、早く……あ、頭がクラクラしてもう声が……」
足からかなり出血しているらしい。早く決めないと多量出血で取り返しがつかないことになるかもしれない。
私にそんなコントロール力があるだろうか。訓練中も何度か的の下の床に当てて焦がしていた。第一、木を溶かすような温度を出せば命中しなくても火傷は……
「た、助け………………」
「ちょ、寝たらダメです! まだ意識を持って……」
いや、意識が無ければ火傷を恐れる必要が無いかもしれない。
幸い火傷なら回復魔法で後で治せる。それに火傷は即死につながるような傷ではない。そもそも寝たらダメなのは雪山だった気がする。多量出血ならむしろ出血量が抑えられるから……
「火炎魔法っ!」
杖の先から炎が噴き出して、少女の上に乗っかる支柱は勢い良く燃え上がった。
そして勢いよく少女の服に引火した。
……ま、まずい、引火のことを何も考えていなかった。どんだけ雑な知力なんだ私は。これは弱点の一つとして後でちゃんと見直した方が良さそうだ。いや今言っても仕方がない。とにかく少女の方に引火する火を同時に水魔法で消せるか試そう。
「水魔法っ」
杖を持っていないほうの手から水が噴射して少女にかかる。勢いはほどほどに抑えないと。最近使ってなかったせいでコントロールが難しい。
「あっ」
突然景色がゆがんだ。杖の先が一瞬空に向いて火の雨になった。ていうかそんなロマンチックじみたことを言っている余裕はない、熱い。
魔力がそろそろ限界らしい。いくら消費量が減ったとはいえ確かにこれだけ使い続けていれば……回復魔法を使う分が持つかどうか。
いや、それ以前に私の意識が持つかどうかだ。今寝たら駄目なのは私の方なんだ。
絶対にこの人を助けないと。ここで出来なかったら一生物の後悔になる。
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