08
とにかく広い。向こうの壁まで魔法が届くかどうかすら怪しいくらいだ。
「どうじゃ。これが我の作った訓練専用の部屋じゃ」
おばあちゃん、じゃなくてエルフの女性は私たちを部屋に連れ込むとそう言い放った。
「広い! これならみんなで野球とかできるよ!」
「たわけ。訓練じゃと言っておろう」
駆け出した美女は女性に止められた。
「ここは魔法専用の部屋じゃ、あと二つほどある。金髪娘はこないだ増設した体操室を使うと良い」
魔法部屋ばかり三つもあって何故体操室が増設したばかりなのかは謎だけど、こんな広い部屋をいくつも作ってしまうなんて。彼女はどれだけの名門貴族なのだろうか……。
「しかし全く面識のない我々に何故ここまで用意するのですか?」
部屋を見回していた賢者が女性の方を向いて聞いた。そういえばそうだ。
「正直その質問無しについてくるから心配したぞ。そち等、魔王討伐に向かっておるのじゃろう?」
「何故それを……あ、王様情報ですか」
賢者は一瞬杖を握ったがすぐに納得した様子で手を下ろした。
やっぱり王様は賢者が旅立ち直後に予想した通り、私たちが魔王討伐をすることを各国に知れ渡らせていたらしい。王様と繋がってるなんて、通りでこんなに土地を持ってるわけだ。
「まああの王が考えそうなこと、魔王討伐など勇者でもないのに無茶な話じゃとは思うが……せめて少しでも強くなってもらった方がボス級の魔物も減って助かるからの」
「魔王には負ける前提なんですね」
「当たり前じゃろう。いくら強くなろうと若造三人に倒せる敵ではない」
それを分かっているなら王様を止めてほしい。と言っても、あの王様は権力で言えば最強だから無理だとは思うけど。
「指導者として各部隊長をしている者どもを連れてくるでの、そこの眼鏡の青二才と金髪娘は先に部屋へ行くのじゃ。あとこの猫はちょっとばかし借りるぞ」
流石王様と繋がっている貴族、軍まで持っているのか。
「お、おい俺様に気安く触るな、てかどこに連れて行く気だ!」
「手荒なことはせん。そちがそれ以上暴れなければな」
猫はそのままエルフ女性に連れられて部屋を出て行った。うん、あれは拷問ルートまっしぐらだな……。
二人も出て行って部屋の中は私一人になった。
誰もいない、というのはなんだか久しぶりに感じる。こんなだだっ広い部屋だから余計にそう感じるのかもしれない。
しかしそれも長くは続かなかった。良かった、この部屋にずっと一人とか心細さが限界突破しそうだったよ。兵士学校にいたころはむしろボッチ慣れしてる方だったのに。まあ兵士学校の教室はこんなに広くはなかったけど。これは異常だ。
重そうなドアが開いて入ってきたのは、うさ耳を付けひげを生やした鎧姿の男性だった。あれ、うさ耳
「あの方から聞いた通り素質だけはありそうな奴だな。言っとくが俺の頭のこれは自前だからな。決してうさ耳を好んでつけているわけではない」
聞く前に答えられた。自前というとこの人は兎獣人なのか。
エルフに獣人……確かにこの港の国は教科書に書いてあった通り様々な種族が住んでいるらしい。獣人の成長速度は確か人間と同じだったから、この人は見た目通り四十、五十代くらいだろう。
「俺は魔法第一部隊軍の隊長だ。新入隊員だと思ってビシバシ鍛えるから覚悟しとけよな。と言っても魔力切れはさせないから安心しろ」
「あ、私は中央国城下町に勤める兵士の」
「何だ。お前変な匂いがするぞ。これは……ゾンビか?」
死霊騎士だ。あの臭いは確かに強烈だったけど、その後宿屋で髪も服も念入りに洗ったはず。それでもわかるのは獣人特有の鋭い鼻だからだろう。ていうかそう思いたい。次はもう宿屋に泊まれないくらいの金欠だから服を買い直す余裕なんてもう無いよ。
「まあそう気になるほどの臭いでもないか。それよりあの的を見ろ」
うさ耳の魔法隊長が指さした先、ここから少し離れた部屋の真ん中には小さな的が立っている。え、さっき見たときには無かったような。いつの間に立てたんだろう。
「試しにあの的目掛けて火炎魔法を放ってみろ。的を折るくらい全力でだ」
「あ、はい。杖は使っても大丈夫ですか?」
「構わない。手からでも杖からでも好きなようにやってみろ」
隊長は腕を組んで入り口の前まで下がった。
的を折るくらい全力……ここからだと届く前に威力が弱まるから少しきついかもしれない。的が折れるまでに魔力が持つかどうか。
しかしやっぱり軍の隊長を務める人の訓練は厳しい。初めからこんなハードなことをするなんて、今思うことじゃないけど軍隊には入らなくてよかったと思う。
……うん。こんな風にあれこれ考えて時間を置いている場合ではなかった。火炎魔法を全力で放つのは数か月ぶりだけどかなり疲れるからつい逃避してしまった。けどせっかくの訓練だし、ここは全力で挑むしかない。強くなって魔王を倒すためだ。
「火炎魔法っ!」
ここまで出す必要あったかなというくらいの大声の後、的に向けた杖の先から勢いよく赤い炎が噴き出した。数か月前に試した時より温度が上がっている。
「ふむ。火の色はまずまずだな。あとは的が倒せるかどうか」
後ろで隊長が言った。的に届くかどうかはすっとばされたらしい。そこが結構難しいと思うんだけどな、やっぱその程度できて当然という認識なんだ。恐るべし軍隊、本当にこんな軟弱者が魔王を倒しに行けるのか不安になってきた。
待った駄目だここで不安になったら火の温度や勢いに影響が出てくる。ただでさえ限りある魔力なんだから効率的に使わないと。集中だ集中。ハートに火をつけて……って何いきなり言いだしてんだ私。炎は的の目の前まで来ている。今ここで最大の力を発揮すれば的に当てて倒すことが出来るはず。
行け、行くんだ私、ていうか炎。どうせ心の声だしもう体裁とかそういうものを気にする必要はない。全力放火だ!
……あっ
「やった、倒した」
思わず声が漏れた。しかもテンションが変な風に上がった後だったから変に甲高い声になった。と、同時に足から力が抜けて頭がぼおっとしだした。
的は炎を受けて燃え上がると間もなくして黒く焦げて地面に落ちた。凄い、あんな一瞬で焦がせるなんて。自画自賛だけど驚いた。
「伸びしろがある感じだな」
いまいち褒められているのかはよく分からないけど隊長は頷いていた。頭が下に揺れるたびにうさ耳がゆらゆら揺れてついファンシーな気分になる。
「だがまだぬるい。ちょっと見てろ」
隊長はふと手を焦げ落ちた的に向かってかざすと
「火炎魔法!」
と唱えた。そして手から出た炎で壁に穴をあけた。穴の向こうに青い空と出航する船が見える。
「つまりこういうことだ。今日の目標はあれと同じ穴をもう一つ開けることだ」
隊長は再びうさ耳を揺らして頷いた。
え、つまりどういうことですか……?
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