第17話 旅支度 其の二
翌日、僕らは早朝から
今回は、前回の反省点を
この依頼を受けようとした時、アレンは驚愕した。まさかの二連チャンですかと。
僕の腕を掴んで必死に首を左右に振りながら止めていたが、これが一番効率良いんだよ?ね?と多少の圧を掛けてその手を降ろさせ、依頼を受けたという経緯がある。
当然、現場に着いたアレンはウンザリとした表情だった。それでも無言で
「これが終わったら、明日は一日休みにしましょう」
「……べつに、休みでなくてもいいです。他の依頼なら、私は」
不貞腐れた様子ではあるが、それほど機嫌が悪い訳でもなさそうだ。
「いえ、身体を休めるのも大事なことですからね。明日は休みにします」
「……そうですか。トオルがそう言うなら、それで」
「それに、今日は少し早めに帰りますからね。そこまで疲れはしないと思いますよ。では、とりあえず…」
「はい」
今日は
その為、湿地近くの農村に用事があったり、そこの出身だったりする人を馭者にできないかと、馬車を貸し出している業者に相談した。その方が馭者にとっても気が楽だろうと思ったからだ。護衛をつける費用も減らせるし。すると運良く近所の農村出身の女性が居たので馭者はその人にお願いしている。
女性からは、久し振りに実家に戻れるし、お金も貰えるしと感謝もされている。お互いウィンウィンな関係で僕もニッコリだ。そんな女性に「お土産買って行きます?」なんて、報酬とは別に小銭を握らせたので関係はすこぶる良好だった。
さらに追加として今から蛙を五匹ほど狩り、それを持たせてから出発してもらう手筈になっている。その為、サクッと五匹をアレンに倒してもらい、それを血抜きの処理をしてから引き渡し、馭者の女性とは別れた。
別れてからは湿地の奥へと進み
この
そんな様子のアレンを暫く眺め、昨日の狩りでレベルが上がったことは確実だろうと思いながら、僕も
「今日は観客が多いな…」
「昨日、斃しすぎたんですよっ!」
「はは。それは言えてますね。今日は昨日の半分を、一応は目標にしましょうか」
「半分って……まあ、いいですけど」
そんな会話を挟み、
すると、今日は待ちきれなかったのか、それとも蛙にしか興味を持たない変わった人間だとでも判断されたのか、歩き出して暫くすると背後で獲物に群がる野生動物が
「気にせず続けて下さい。そちらから手を出して来ない限り何もしませんから」
本日一番乗りを
湿地帯の周辺には幾つかの群れが展開しているようで、そのうちの
「アレンさん、上空注意!回収作業を!」
「はい!」
一応、大きな
バッサバッサと大きな羽音を立てて降り立つ鳥は巨大だ。アレンも僕も捕食対象となって
鋭い眼で僕らを
食事現場を見れば鷲が食べた様子が良く分かる。皮は食べれるがあまり好きじゃないらしい。多くが残っていた。毒があるのでそりゃそうだろうと思うけど、全てを避けて食べていた訳じゃないのでこの程度の毒ならばモノともしないのだろう。それを見て生物としての格の違いを見せ付けられたような気分になった。
ふと視線を上げれば、
この国は、本当に豊かな国だ。
王都の東側一帯は広大な
野生動物は豊かな
季節や土地によって様々な植物が各地に自生し、その植物と共に
そんな命の営みを、肌で
焚火に足の裏を
「アレンさん」
「なんですか?」
「強くなった感じはありますか?」
「うーん……どうなんでしょう?自分ではよく…。見ててどうですか?強くなったように見えますか?」
「まあ、きっとレベルは上がってますよ。昨日より動きは良いですからね」
「本当ですか!」
「ええ。なので、もう少し頑張りましょう」
「はい!」
「あ、たっぷり休憩してからでいいので」
「……了解です」
よしやるぞ!みたいな感じで立ち上がったアレンに、まだ休憩だよ?と伝えると、複雑そうな顔をしてから若干恥ずかしそうに唇を
現在、この世界全体の魔物の活動は
僕らが召喚され、魔王討伐組が王都周辺の土地を転戦して数を大きく減らしたのにも関わらず、最近はその勢力図を確実に広げているという実感が確かにある。
ここの蛙は毎年見られる
それでも、今年は例年に比べて数は多いと言われている。それに、これは昨日の夜に聞いた話だが、本来この時期の蛙の討伐報酬は一匹当たり
少し話は変わるが、元の世界に帰りたくないかと聞かれれば、正直帰りたい。けど、この世界で知り合った人々も多くいる訳で、そんな人々がこれから先、生存も
弱いから僕一人が帰っても、居なくなったとしても、誰にも迷惑は掛からないだろうとは思う。けれど、こんな僕でも誰かに感謝されることもあれば手を貸すことだってできる。見捨てなければ救える命もあるかもしれないし、見て見ぬフリをすれば失われる命だってあるはずだ。そう考えると、それは嫌だなと思う。後味が悪いというか、寝覚めが悪いというか、とにかく落ち着かない気分になる。そんな状態で帰ったとしてだ、
修也に任せておけば問題なく解決できる気もするが、それはほんの一部の限られた地域の範囲であって、流石にこの国の全てなど、
僕らは、この世界を形成するピースの一つに選ばれた。
そんな僕らにとって、ここが第二の
そうと決まればだ。守りたいと思う。見える範囲、手の届く範囲、小さな小さな範囲だが、関わりを持った全ての人々を、救うことができればいいな、とは思っている。それは願いに近いものだけど。
そんなことを考えながら、昨夜一度返却し、そして今朝再び借り受けて来た道具を取り出すと、ぬかるむ地面にズブズブと棒を突き刺して準備をしておく。焚火に薪を追加してから、僕は魔法を
「オプ」
カチリ。といった感覚が両脚に伝わる。
全ての指と指の間を冷たくぬるりとした感触が抜けてゆく。埋まった足首は気持ち良いといえる冷たい感触に包まれ、大地に足を掴まれた。そんな感覚を
「何してるんですか?」
「ああ、ちょっと、
「……?」
童心とは言ったが、生きていると思いたかったんだ。
自分が生きていて、この世界と確かに繋がっていると思える証拠のようなモノを感じたかったんだ。
幼い頃、
僕が笑い掛けるとアレンは困惑した顔を返す。変なヤツだなと確実に思っているだろうが、そんなことは気にしない。手を差し出せば困惑したままアレンはその手を取った。アレンのまだ小さな指先から熱が伝わる。確かな熱だ。心地良いと思える熱だ。その手を握りしめて引き寄せると、アレンは若干嫌そうに身を引いたが、
「ていっ」
「うわあっ」
素早くアレンを抱き上げて投げた。べチャリと湿地に埋まるアレンを想像したが、アレンは空中で体勢を器用に
そこからは雪合戦ならぬ泥合戦だ。泥を投げ、躱し、被弾した相手を
何でこんなこやったんだろう。冷静になって考えればそんな思いが胸を
そんなことをやったお陰で、迎えに来た馭者の女性に酷く驚かれ、また心配はされたが、実は遊んでいただけなんですとは言い出せず、ちょっと戦闘が激しくて。的な言い訳を口にした僕らだった。
その後、王都に戻ったのは日暮れにはまだ早い時間だ。
斃した蛙の数は予定にはまったく届かず四〇〇ってところだ。ギルマスから借りた魔法鞄を使用し、それなりに多いといえる食材を今回も持ち帰っている。
夕食に全然間に合う時間帯の
討伐報酬と食材の売却によって銀貨二六枚を手にした僕らは目標金額の三割ほどを既に
多少減額はしたがそれでも充分に美味しい。王都の人口は多く、まだまだ全ての人の口には届いてもないし、まだまだ
まさか明日も行くのか?なんて顔をアレンはしていたけど、明日は一日休みにする予定だ。今日はこれから、もう一仕事する予定だとしてもだ。だから明日は休みだよって一応は言っておいたんだ。保険的な意味でね。
素早くギルドでの手続きを終わらせると、待たせていた馬車に僕らは再び乗り込んだ。アレンは街でゆっくりできると考えていたようだ。服も汚れているしそうしたかった気持ちは分かる。分かるけど、僕もやっておきたい、というか、確認しておきたいことがあったんだ。なので、
向かったのは王都から東一帯に広がっている広大な穀倉地帯だ。その先にある
その道中に広がる景色は、
緩やかな
大きな麦わら帽子をかぶる農夫が
平和だ。素直にそう思う。同時に、この平和が奪われる日が来るのかと、恐怖のような感情も湧き起こる。
そんな長閑で平和な光景をゆっくりと眺めるのも
整備の行き届いた街道はそれほど揺れることはない。車輪を
アレンが
「大きいですね!」
一度振り返りそう言ったアレンは、それ以降荷台へと視線を向けることはなかった。手招きされるまま馭者席へと
一人になったので、僕も準備を始めることにした。バックパックの中から幾つかの袋を取り出して、ナイフを片手に素材を
そうして、馬車は停車する。大きな湖畔の近くに停車すると、馬を馬車から解放して
それが終わり、馭者のお姉さんを連れて桟橋のような感じになっている場所まで進んで行く。桟橋というよりは高原地帯にあるような遊歩道のような感じだが、その場所に立つと多少深い状態になった湖の
「はい、アレンさん」
「……え?」
「はい、これはお姉さんに」
「ありがとう。さあ、釣るわよ!」
「え?」
一人困惑しているアレンはお姉さんに任せることにして釣り道具一式を置いて、ついでにアレンも置き去りに僕は歩き出す。そうして向かったのは、二人から一〇〇メートル以上は離れた場所だった。
釣り
この湖には
一方、僕はというと、魚でも、正確に言えば生物でもない、魔物狙いだった。
二人から距離を取ったのは釣りの邪魔をしないって意味もあるけど、魔物の巣を確認する為に
泥んこな服を脱いで軽く洗っておく。そうしてパンツ一丁な姿で湖の中へと足を進ませた。
それは、白っぽい、風船のような見た目のモノだ。
湖底に近い水中の中で球体状のモノが幾つか組み合わさるようになっていて、その下に、白くて細い糸のようなモノが伸びている。その糸は湖底に広がっている網目状なモノと結合していて、浮上することを
これが魔物の巣だ。
生態や見た目も蜘蛛を連想させるような魔物だが、普通の蜘蛛とは若干の
アレンに黙っていたのはこの為だ。蜘蛛嫌いなアレンに話せば行きたくないと言われると思ったから黙っていたということになる。
球体状の巣の中は空気で満たさせている。空気を取り込むホース的なモノは一切無いが、それが無くともあまり問題はないらしい。何故なら、魔物の特殊性がそれを解決するからだ。
魔物自体のフォルムは蜘蛛というよりもだ、
そして、ヤゴやタガメ同様、前脚の二本は鎌状な形状をしていて
頭に
大きさ的には、胴体は長さ一五〇センチほど、両腕を広げた長さは三メートルに届くかどうかといったサイズ感になる。
結構大きなこの水蜘蛛の一番の特徴は、
この水蜘蛛。空気のジェット
なので、
巣の位置を確認しながら水面へと顔を出す。そうして、ある程度位置を把握して僕は陸へと引き返した。
そして釣り竿を手にして、長い糸へと付け替えて、その針の先に、皮は
この水蜘蛛はなんでも食べる。魚だろうが、海老や蟹といった甲殻類だろうが、兎や鳥といった動物だろうが、溺れた人間だろうが、しまいには同族の水蜘蛛すら食べる。非常に
ずっと観察していると、時折水面に上がってお尻の先を突き出して空気を溜めてから水中に戻るといった行動をする。巣に戻る時の泳ぎ方は必死すぎて可愛い感じだが、そうやって巣まで新鮮な空間を持ち帰っては酸素の入れ替えを、一日に二度ほどはするらしい。二度ほどしかないので、それを待ってから巣を位置を確認するのは
巣の見た目は非常に幻想的とも言える。全体的に白っぽいが、中は透けて見ている箇所もあって、上空から降り注いでいる陽の光に照らされてキラキラと輝いているように見える。まあ中には紺色なでっかい蜘蛛がいるので嫌いな人は恐怖しか感じないかもしれないが、無数の球体状の風船が連なったモノで構成された居住区だけを見れば、充分に美しいと言える見た目をしていることは確かだ。
そんな巣の位置をある程度把握したらだ、湖底まで確実に沈む餌を付けて罠に引っ掛かるまで餌を投げては引くを繰り返すんだ。
そうして、罠に引っかかる手応えを感じると、暫く待っていればいい。
そして、糸から伝わる感触から、水蜘蛛が餌に糸を巻いていることを確信した頃にだ、後ろに向かって軽く引き、水蜘蛛が餌の逃亡を図るように抱き着くのを暫し待つ。これは重要だ。そして、暫く待った後に、今度は一気に後ろに向かって走り出すだけでいい。
水蜘蛛は捉えた獲物に糸を巻く
その特性を活かして向かってきたヤツの背後に周り込み続けて、完全に背後側から襲い掛かる感じがベストだ。鎌状な腕は鋭いから、そこだけに注意していればいい。地上での動きは水掻きが邪魔してイマイチだから動きは速くはなし、空気のジェット噴射も地上ではあまり意味がないので足場が良ければ下手を犯す危険性は無いと考えていい。そんな魔物だ。
引き上げ、トドメを刺した水蜘蛛の見た目は、やっぱりタガメに一番近い。
側面が
そんな見た目をした魔物から回収するのは両手の鎌だけだ。空気袋も上手く利用すれば鍛冶師などが使う手持ちの
そうして目当ての部位を回収した僕は、アレンに文句を言われる前に魔物を湖へと投げ入れておいた。
それから、アレン達に背を向けて濡れてない服を鞄から取り出し着替える。そうして回収した部位を鞄に詰め込んで二人の元へと戻っていった。
その後暫く釣りを楽しんで、夕暮れ前に王都へと戻った。
三人の釣果はイマイチだった。釣れた魚はお姉さんに全部あげることにして、料金を支払い馬車とお姉さんとは門の近くで別れた。
「夕飯の前に行きたい場所があるんですけど、いいですか?」
「……どこに行くんですか?」
蜘蛛っぽいヤツを遠目に見たからか、アレンは
「
「……それなら、べつに」
まだまだ懐疑的な目を向けているアレンを連れてお店へと向かった。
店に入ると店主はこっくりこっくりと舟を
店内を歩きながら声を掛けると眠そうな目を僅かに開き、ふわわと
「ん?今日はどんな御用かね?」
「
「昨日買った槍かい?」
「そうです」
「ふんふん。もう壊れなすったか。どれ、見てみよう」
その後、作業場へと移動し、店主の修繕を見させてもらうことになった。
素材は先程回収した水蜘蛛の腕だ。元々、比較的近場で素材の入手が可能な槍だと聞き、それを購入したんだ。修繕の様子も一度見ておきたかったら。
作業台の椅子に座った店主は一本だけ素材を手にしている。そして作業台の上には穂先が半分からへし折れた槍が載っている。素材を両手で真っ直ぐに伸ばしてから、店主は口を開き、
「ウィル、リーム、ア、デア」
店主の口はそれ以上の
店主はそのまま
その光景を一言で表すなら、怖いになると思う。
それまで普通の状態だった素材が、槍と触れた瞬間にドロっと溶けたようになったかと思うと、液体状なモノがニュルっと広がって一気に槍全体を包み込んだんだ。
まるで生き物のようだった。喩えるならそう、
包み込まれた槍は現在、青い光の波が走っていて、徐々に形状を変化させていた。その変化が起こっている場所は主に穂先だ。これまた粘菌が倍速再生されるような感じでブルブルと波打つようにして穂先が失くなった箇所に液体が集結している感じだ。それが徐々に伸びていって、失われた穂先を完全に再現するような形状へと変化している。そんな光景と同時に、槍が震えてカタカタと音が鳴っている。その音も若干ホラー要素だった。太さ的には全体的に元の大きさより太くなっている。
その後、穂先だった箇所が完全に元通りな形状へと戻ると大きな変化は終わり、作業場は
「これで、暫く待てばいい。掛かる時間は
「………なるほど」
その後、店主とアレンを交えて世間話をしていた。
魔物の餌用にと少し多めに回収していた湿地帯の蛙の肉が余っていたのでそれを
突然、ピシッといった音が聞こえて、全員の視線が作業台へと向けられるまで、僕らの世間話は続いていた。
「お、完了だな」
そう言って店主は作業台の上へと手を伸ばす。
若干太くなっている槍にはその時、ちょっとした変化が起こっていた。
店主が白っぽいモノを片手で掴んだ。そして、その手を一気に穂先方向へと向かって動かし始めた。
その光景を喩えるならこうだ。箱に入ったお菓子の箱を開けるが
そして、穂先部分まで完全に剥がし終えると、新品な状態の槍の穂先がしっかりと形成されていた。そんな光景を目の当たりにして思ったことと言えばだ。
これは、
そんな馬鹿げた感想だった。
剥がれたモノは半透明な白いものだ。手に持つと意外にも軽くて、そこそこ硬い物体だった。その後、その副産物とでも言うべき半透明な物体は、暫くすると原型を留めることなく粉状なモノへと、みるみると変化していき、驚くことにその全てが綺麗に消滅していった。
エコロジーどころか、ゴミなどは一切出ない、地球に優しいクリーンな設計だった。修繕費は素材持ち込みで銅板五枚。五〇〇〇円ときている。値段を見ても非常に経済的だ。
驚きのあまり言葉も出ないが、それは隣に立つアレンも同じだったようだ。
「この残りは買取でいいかい?」
「……え、ええ。それで
「じゃあ、修繕代と差し引いて、ほれ、銅板三枚のお返しだ」
「……お釣りが返ってきた、だと?」
「んん?」
「あ、いえ。なんでもないです」
ついつい日本語を口にしちゃうほど、創具師ってつくづく
こんなにも優れているのに、その事実を認めようとする人間は、この王都には居ないらしい。
そんな感じで修繕の様子も見た僕らは夕飯を食べに向かった。
今日は魚が食べたい気分だったので迷わず魚料理を注文すると、散々迷った
ブレないなあと思いつつ笑みを浮かべると若干睨まれたが、そんなことは気にしない。
アレンとの関係性は今ぐらいで丁度いいだろう。
そんなことを考えつつ、柔らかな白身魚にナイフを突き立てた。
お
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