第14話 創具師

 商隊の皆さんと再会したのは、カレンさんと別れた、翌日の夕刻だった。


 商隊は商品を運ぶ輸送隊を兼ねた商人の集団だ。護衛だと思っていた人達も全員が身内か、関係の深い間柄の人々となるそうだ。その為、誰かが死ぬということは即ち、家族が死ぬということと同義だと理解していいそうだ。

 全員が護衛でもあり、商人でもあり、商隊一つが一つの家族だ。各地を転々とすることもあれば、暫く根を下ろして店を開くこともある。移動中に出産ということも珍しいことではなく、誰かが亡くなればその土地に埋葬して墓参りはすることはない。


 日本人からしてみれば理解しがたい感性を持った人達ともいえる。代々土地に根付き、墓を立て、親から子へと受け継がれていく財産と墓を持つ。土地を守り、墓を守り、墓参りをし、先祖を供養する。それが日本人だからだ。

 とはいえ、理解し合えないような人達では決してない。死者との向き合い方が、ほんの少しだけ違うというだけだ。


 僕らはその日の午前中、仕事を休みにして久しぶりにゆっくりと過ごした。

 アレンから言わせれば、何もしない日など考えられないといった様子で、暇を持て余しては依頼を受けに行こうと少し困ったような様子で口にしていた。が、休むのも冒険者の仕事のうちだぞ。とかいう意味不明な言い訳を口にしてのらりくらりとアレンの不満を回避していた。


 朝は一緒に剣を振ったし。昼食も一緒に食べに行き、買い物……はしなかったがウィンドウショッピングならぬショップインショッピングは堪能した。所謂冷やかしなので店主は良い顔はしなかったがそんなものはこの際気にしない。

 そうして残りの時間は宿で過ごし、連絡を受けていた時刻までダラダラと過ごしたんだ。そこでわかったことといえば、この世界には休日がないということだ。


 日本人も働きすぎとか言われている国の一つだったけど、異世界に比べればなんてことはない。まあ、生活水準が低く、機械化なんて便利な物もない世界だ。それは仕方のないことなのかもしれないが、休息の大事さをもっと知るべきである。


 と、話は逸れたが商隊との再会は特筆するようなことはない。強いて言えば沢山お金を貰えたということ以外、有力な商人と知り合う、所謂人脈チート展開などは一切ないと考えていい。


 手にした金額は日本円にしておよそ二〇〇万円。

 異世界通貨で換算すると、銀貨なら二〇〇枚。銀板で二〇枚。金貨なら二枚になる。

 目の前に用意されていた硬貨の内訳は、銀板一〇枚と銀貨一〇〇枚になる。


 これが少ないとみるか、多いとみるか、妥当だとみるかは個人によって別れるだろう。

 全滅も充分に考えられる状況を覆し大きな怪我人も今はいなかったといえる。その上、商品に出た損害は最小限。そして攫われた人もおらず、捕らえた盗賊を突き出したことで多少の褒賞金も出ているときている。


 アレンの場合は口をポカンと開けて放心するくらいには多く感じたようだ。僕の場合はもう少し頂けたら、なんて当然考えてないし、多すぎるなと焦りを感じたほどだ。だって、考えてもみてほしい。


 チョロっと出て行って、ハッタリかまして、知り合いが作った薬飲ませただけで二〇〇万円。


 作戦ともいえない作戦が上手くハマったのは単にタイミングが奇跡的に、しかも神がかったほどによかったからだ。

 頭目と思しき男が孤立している状態で、僕より遥かに強いだろう冒険者と対峙している状況で、付与魔法によって強化された一撃でレベル的なモノを誤魔化すことに成功し、予想が上手くハマって華麗に攻撃を躱してみせ、カッコ良すぎて思わず真似していただけの構えを取っただけ。


 それで二〇〇万は流石にない。ナイワーと言いたい。

 だって僕、ついこないだまで銀板五枚くらいしか持ってなかったんだよ?地球では小市民代表といえる家庭の中学生だったんだよ?


 そんな小物感を出しても商人の小父おじさんは僕らの足元を見ることは一切かった。とにかく感謝してもしきれないといった様子で、もう少し今回の商売で稼ぎが出せたらよかったのにと悔やんでいたほどだった。


 という訳でだ。受取拒否はできなかったのでそのままお金は受け取った。当然アレンと折半だ。そんな大金を手にしたアレンは迷わず僕に預けてきた。ふっふっふ。百万ならまだしも二百万はちょっとキツイっす先輩。って悪い笑みで返還しようとしたけど断固拒否られた。何故だ?解せぬ。


 アレンいわく、自分は何もしてないからということらしいが、僕はきっと、あの場にアレンがいなければ助けには行ってないと思うんだよね。

 だって、盗賊の怖さってヤツは身に沁みて体験してるしさ。


 対人戦の最たる恐怖感は自分が死ぬかもしれないということより、自分が人をあやめてしまうかもしれないって恐怖感なんだ。それは平和ボケした日本に生まれた召喚者ならではの感覚なのかもしれないけど、あの時、アレンがいなかったら僕は絶対に躊躇ちゅうちょしていた自信しかない。だってビビリだし。


 まあ、正確に状況を把握できていなかったアレンもアレンだけど、一時の感情で冷静な判断を無視して突貫とっかんした僕も僕だ。あそこで死んでいたって不思議じゃないし生きていることの方が奇跡だといえる。


 とりあえず今は、その奇跡の連続をありがたく享受きょうじゅすることにして、早速アレンくんの装備を揃えることで消費してやろうと思ったわけだ。


「行きましょう」


 そう言って向かった先は、鍛冶師が経営する武具店だ。

 長い期間使うなら鍛冶師が作製した武具でないと話にならない。そういった理由もあって鍛冶師のお店を選んだわけだけど、そうなってくると資金は潤沢とも言い切れない。


「とりあえず一五〇万かな…」

「???」

「うん。気にしないで」


 パチクリと瞬きを繰り返すアレンのことはとりあえずスルーして、店主にアレンの装備一式をオーダーメイドで注文する。

 オーダーメイドにしたのはアレンの身体がまだ小さいからだ。僕でもしっくりくる装備は多くはないのに、身体が小さいアレンなら尚更合わない防具ばかりだ。


 僕が発注した注文内容はこうだ。

 メンテナンスがしやすい物。丈夫なこと。冒険者なので重量は控えめに。そして成長をある程度見越した物が良いこと。話し合う上で何かアドバイスがあれば遠慮なく言って欲しいと伝え、そして予算は銀板十五枚前後で頼むとカッコよく注文してやった。


 それを聞いた店主は嬉しそうだった。奥にアレンを連れて行き採寸から始めるそうだ。が、店主はすぐに戻ってくると僕の装備はどうする?と商魂しょうこんたくましく尋ねてくる始末だ。


 残念がら僕の装備は他で揃えることが確定している。僕だけ低予算なのは、べつにあのやる気のない店主に悪いと思ったからではない。そして厨二病ちゅうにびょううずいたわけでもない。単に、作製するところを見せてやっても良いぞと言った店主の言葉にかれたからだ。その予算は銀板一枚もあれば足りるときている。実に経済的だ。

 注文するのが剣などの鋭利な武器だったら僕も鍛冶師を選んでいただろうけど、幸い注文するのは防具だ。それは摩耗品だったとしても暫くは保つ。何せ強度だけは素材の時点で充分にあるのだから。

 なので、この店の店主の言葉にはそのうちとだけ返しておいて、店内を適当に見て周ることにした。


 進化して以降、僕のギフトに今のところ変化はない。

 呪いの籠った何かを発見したこともなく、育っているのかも判断できない状況だ。毎日、行き交う人々の装備やらを目利きしてはいるけど、それでも変化が一切ないということは、本当にオワタなのかもしれない。そんな不安はあった。


 まあ、別に良いけどね。僕には付与魔法があるし、防御系とはいえ戦闘系ギフトを授かっているアレンもいるわけだし。

 そんな言い訳を展開しつつも全ての商品を目利きしていく作業に入る。


 暫くするとアレンは戻ってきた。ふくよかな女性と一緒だったのは店主の奥さんが採寸をしたからだろう。

 アレンは本当に歳上の女性から好かれる属性を持っている。今も目の前で女性とハグしているが、不思議といやらしさは感じない。喩えアレンの頭がふくよかな胸元に完全に埋もれていたとしてもだ。


 アレンは奥さんと離れると今度は店主と会話を始めた。どんな武器が良いか。どれくらいの重さなら問題なく振れるか、様々なことを確認し、武器、盾、そして防具を選んでいく。当然、レベルアップを前提にしているので武器の重さは今のアレンでは振れないくらいには重くしてもらう予定だ。

 暫く暇になりそうだったので僕は全ての商品を目利きしてから店を出ると近場のお店で店先を冷やかし続けて時を潰した。


 その後、武具店を出てきたアレンと合流すると、今度は僕の装備を整えるべく歩き出した。


「………廃墟」

「違います。お店」

「嘘」

「嘘じゃないです」

「オバケ」

「出ないから」


 いぶかしむ視線を向けるアレン。そんなアレンは無視してギャリバキッと音を立てて扉を開き酷くきしむドアを奥へと押し開ける。


「……え?ナニコレ…」

「うん?創具師そうぐし、知らない?」

「知らない」

「まあ、田舎には、ないのかな?」

「初めて見た」


 視線をキョロキョロとさせているアレンを置き去りにして歩き出した僕は、すっかり僕の顔は覚えていた様子の店主に声を掛ける。


「こんにちは」

「いらっしゃい」

「今日は素材を、持ってきました」


 若干臭う袋を見せると店主は指先でカウンターの上にと指示をする。

 どのくらいの量が必要なのか詳しくは分からなかったので全てを回収してきたけど、若干多かったかなと思いつつ袋を乗せる。すると店主は満足気に頷き、そして袋が臭うことに気付いて顔を顰めた。


「なんだ。もう食べたあとか」

「……ええっと、食べられた、後、回収した」

「そうかい。そりゃあ残念だ」


 んん?あのエイリアンって食べれるの?

 そう聞こうかとも思ったけど聞くのもなんか怖い。まあ、地球でアレに一番似ているといえるカブトガニは食べる地域もあるらしいし、食べられないことはないのかと納得はする。


「ってことは、ちと量が多いな」

「ですか」

「まあいいさ。素材は腐らないからな。で?作製はいつにする?」

「そうですね。では、今からで」

「後ろのツレは?」

「あ。ちょっと、待って下さい」


 アレンに宿に戻っているかと聞くと自分も見たいと言った。店主に視線を送ってみると快く頷いてくれたのでアレンと共に店主の後に続いた。


 作業場は、機械や道具といった物がほぼ皆無な状態の、作業台といえるテーブル一つと、ちょっとした道具だけが置かれた場所だった。

 置かれている道具は主に二種類だ。切る。彫る。それ以外の用途と思える物は木槌だけ。それも彫る時に使うのだろうと想像できてしまい、本当にこれで防具や武器が作れるのだろうかと心配になるほどだ。


 一度臭う素材を洗いに行った店主が戻って来るとアレンが若干僕の陰に隠れた。原型はほぼ留めていないが蟹に近いともいえるナニカだ。アレンの本能は敏感に察知して拒絶を選択したようだ。


「まず、綺麗に洗う」

「はい」

「そして、魔法を使う」

「どんな魔法、なんですか?」

「まあ、見ていれば分かる」


 そう言って素材の一つを無造作に手に取った店主は唱えた。


「ウィル、ラル、ラシード」


 その発音は僕より遙かに綺麗だ。そして目に見えて変化が起こった。


 店主が手にしていた素材が端から徐々に光り始めたのだ。というか、水面に波紋が広がっていくように光る場所が移動し、その光には明暗あって本当に波が動いているような感じだった。光の色は青い。素材は黒いので、地球のとある地域に起こる幻想的風景を僕は想起していた。

 夜間の浜辺。打ち寄せる波。刺激などを受けると発光する微生物の影響で蒼く光る波へと変化し、打ち寄せる蒼い波が絶え間なく続くといった現象が起こる光景だ。


 そんなことはさておき、目に見えた変化はそれだけではなかった。

 ビックリするほどに硬くて黒いアレが、今やなめした革のように、ぐでーん。となっていたのだ。それは硬さを知っている人から言わせば衝撃的な光景だった。


「おお!す、凄い」


 思わず日本語を口走ってしまうほどには衝撃的だった。そんな僕の様子を見た店主は言葉はわからないながらもニヤリと笑みを浮かべる。

 そして、僕の持ち込んだ素材ではない別の素材を作業台の引き出しから取り出した。


「これは、牛皮だ。コイツは装備と肌の間に使う緩衝材になる」


 少し知らない単語はあったが脳内補填しながら見守っていると、革をサイズに合わせて切り出し、店主は魔法を唱えて二つの素材を貼り合わせるように一体化させ一枚の素材にしてしまう。


「これで成形前の準備は完了だ。あとは、素材のサイズにもよるが、装備者のサイズに合わせて素材を切り出すなりして、再び魔法を使って形状を固定する」

「………すみません、もう一度」

「知らない言葉だったか?」

「……たぶん、そうです」

「じゃあ、後で調べるなりするといい。お前さんは分かったか?」

「はい」


 店主に視線を向けられたアレンが返事をし、僕はとりあえずニュアンスで脳内補填してから頷いておいた。


「一度形状を固定すると二度と元には戻らん」

「……」

「形、決める、二度目ない」

「ああ!そういうことか!ってことは、リーグ、形?」

「そう」

「フラッグ、決める?」

「うーん。ちょっと違うけど、今は、それで間違いじゃない」

「なるほどなるほど。大体分かった。ありがとう、アレンさん」


 きっとリーグは形状とかそういった意味の言葉だ。そしてフラッグは安定化か固定するって意味だろう。そう納得しておく。


「いいか?じゃあ続けるぞ」


 店主は会話が終わるのを待ってから、僕の腕を突き出すように真っ直ぐに上げさせ、その上に素材を乗せる。そうして余分な素材はカットする、のだろうと思ったけど、素材の大きさがそれほどないのでこのままでいいらしい。


 店主はそんなことを言ったけど、どう見ても素材は余っていた。元がプレステ本体のサイズだ。そして丸みを帯びているので今はそれよりも一回りは大きくなっている。が、それは素人目で見ればという話で、ベテラン職人の店主がそうだというならそうなのだろう。

 だがしかし、一度形が決まれば後戻りできないとなると、腕全体を一気に覆ってしまえば一生外せない呪いの装備のようなことになってしまう。そんな一抹いちまつの不安を胸に抱きつつも店主を信じて僕は成り行きを見守った。


「もう一度聞くが、お前さんの名前は?」

「トオル、です」

「それは、本名か?」

「ええ。あ、いえ、本名は、ササキ、トオル。ササキ、は、家名になります」

「ん?お前さんは召喚者だったのか?」

「ええ。そうなんですよね、実は」

「そうかいそうかい。そりゃあ苦労しただろう」


 店主はそう言った後、何度か僕の名前を連呼し、口に馴染ませてから素材に向かって手を翳した。そして。


「ウィル、ラル、ドルム、ササキトオル、ラド」


 店主が少し長めな魔法を唱えると、波紋が広るように同心円状の光が素材に広がっていく。その美しい光景を固唾を呑んで見守っていると、劇的といえる変化が起こった。

 それを一言で表すとすれば〝気持ち悪い〟としか言えないだろう。素材全体が、雨粒が無数に落ちる水溜まり。のように激しく波打つ。波打つといっても高さ二センチほどの水柱が無数に隆起しては収まり、また隆起するを無限に繰り返すのだ。一瞬ぞわりと肌が粟立あわだち、マジで呪われそうとか考えてしまった。

 そんな僕とは対照的にアレンは魔法に対する憧れの眼差しで口を縦に開いたまま、蘭々とした眼差しでことの成り行きを見守っていた。


 気持ち悪いくらいに波打つ素材が徐々にその形状を変化させる。

 大きすぎた素材は収縮しながら形状を大きく変化させている。それでも僕の腕にピタリと吸い付くように決して離れず、手の甲から肘までを覆う大きさになると、そこから素材の端が腕の方に引き寄せられ、そして水が混ざり合うように一体化すると一際眩い光を放った。


 真っ青な光を放つ素材。光が収まっていくに連れて形状は次第にハッキリとした形を形成する。そうして全ての光が収まった時、僕の腕には漆黒のガントレットが装着されていた。


 そのガントレットは、腕全体を覆っていた。

 ハイ。呪いの装備の完成である。

 なんてことには、当然だけどならなかった。と思いたい。


 手の甲まで覆われているが手首は何故か可動する。よくよく見れば重なり合う瓦のように二段階の構造をしていることが分かった。

 親指だけは装備から直接生えているような状態だが、きっと綺麗に抜けてくれるはずだ。そう信じたい。

 そして、腕をひっくり返せば、留め具にしか見えないような物体が、そこには幾つか並んでいたのだ。その留め具周辺をよく見ると装備には甲羅と甲羅が合わさるような感じで切れ込みが有り開閉できそうだ。反対側を見れば蝶番ちょうつがいのような場所も見受けられ、ホッと息を吐き出した。


 これは紛れもなく、僕専用の装備だ。サイズが合えば身につけることができる人はいるだろうが、僕だけの為に作られた装備であることは確かだ。

 微塵の隙間もなく腕にフィットする装備。かといって無理のあるような箇所は一切なく、どれだけ腕を動かそうとも過剰な圧を感じる箇所は一切なかった。

 腕の可動域や形状を完全に掌握し、まるで精密に計測と計算されて再現された高性能な義手の如く腕に馴染んでいることが分かる。その感覚は、まるで皮膚の一部のようだった。


 この感覚を味わってしまうと、もう他の装備には浮気できそうもない。それほどの一体感と、僕だけの為に作られたという特別感がある。そんな装備だった。これで料金は装備一つに付き銀貨二枚だ。正直言って安過ぎる。というか、値段設定がアホすぎて笑えてきてしまう。


「………凄い」


 変な笑みが浮かびそうになるのを抑えて、思わずといった感じで唸ると、主人はニヤリと笑った。そしてテンポ良く次の作業に取り掛かり、左腕もガントレットで覆われた。

 そうして脛を守る装備へと取り掛かったが、店主はそこで僕に尋ねた。


「脛を守る装備って話だったが、素材も余っているし、ブーツのような形状にするか?」

「……足りますか?」

「太腿までを覆うとなると足りんが、膝までなら丁度ってところだ」

「……じゃあ、それで、お願いします」

「はいよ」


 こうして僕は、装備を新調した。

 どちらも漆黒色で形状は独特なフォルムをしているが悪魔的ではないし割とシンプルだし概ね満足だ。いや大満足である。そんな僕に店主は声を掛けてくる。


「装備を外す時は、軽く魔力を流しながらオプと唱えるといい」

「オプ?」

「一回やってみるといい」

「あ、はい」


 主人に言われた通り左腕のガントレットに魔力を若干流しつつ「オプ」と唱えると、カシャンと微かな音がして留め具らしき物が全て一気に外れた。

 オプってオープンに似てるな。そんなことを考え、装備する時はクローズ系統かなと少し期待しつつ店主の言葉を待つ。


「装備を装着する時はテムだ」

「……テムか」

「ほれ、試しにやってみな」

「はい」


 ガントレットを手で挟んで閉じさせ「テム」と唱えればカチリとハマるのが分かった。


「おお!ワンタッチ!というか音声認識じゃん!ははっ」


 日本語を口走る僕を見て店主は満足気に頷くと料金を口にした。当然、銀貨八枚である。それは日本円換算で八万円。それでは余りにも安い。安過ぎる。この装備は確実に、その値段以上の性能があり、創具師はもっと評価されるべき職業だ。


 でーん!と作業台の上に僕は銀板八枚を迷わず置いた。


「ハハ。トオル、硬貨の種類を間違えてるぞ?気をつけろよ、悪い奴もいっぱいいるからな」


 そう言って店主は硬貨を摘み上げて僕に渡そうとするが、僕はそれを拒否した。


「作製、過程を、見せて頂いた、御礼です」

「………いいのかい?」

「ええ」

「そうかい……こりゃあ久しぶりに美味い飯が食えそうだ」


 店主はニコリと笑うと胸のポケットに銀板を落とし込む。そんな店主に経営状態を聞いてみたが、それなりに収入はあるようだった。

 ただ、僕の予想とは違い、防具を買い求めに来る人は少ないらしい。逆に武器はコンスタントに売れているらしい。その理由は値段の割には切れ味が鋭く、ここの武器を足掛かりにしてお金を貯めて行き、纏まったお金を手にすると鍛冶師が作った装備に乗り換えていくようだ。

 そう言われれば確かにと納得するが、メンテの利かない装備なら傷みやすい刃物より防具の方がよっぽど経済的だと思う。

 そんなことを伝えると店主はこう返した。


「修繕ができない訳じゃないよ、ただ、まったく同じ素材を消費するってだけだ」

「……まったく同じ素材、とは?」

「そのまんまだ。その小手を修繕するのに同じだけの素材が必要になる。喩え小さな傷でもそうだ。ま、見た方が早い。修理が必要だと思ったら素材を持ってまた来るといい」

「……はい!是非、そうします」


 装備を新調した僕は意気揚々と店を後にした。


 が、店を出た直後から周囲から向けられる目は鼻で笑うような小馬鹿にしたようなモノだった。が、そんなことは一切気にしない。気にすらならない。


 この装備の素晴らしさを知らないなんてアホな奴らだな。

 逆にそんなことを思えば心は晴れやかだ。恥ることなど何一つとしてない。寧ろ無知で偏見的な奴らが可哀想なほどだ。


 このフィット感。硬質でいて軽量な重量感。鍛冶師作製の防具より遙かに性能は高い。というより、隙間が一切ないのだ。付け入る隙がないとはまさにこのことである。

 鍛冶師作製でここまで再現するとなると、非常に手間が掛かるし、もろい部分も出るだろう。が、創具師作製の防具は全体的に一定以上の防御力はある。


 鍛冶師をギフトを使った人力装備だと評価するとすれば、さしずめ創具師はギフトを使った魔法装備だ。

 鍛冶師とは違い天が与えし才能こそ求められるが掛かる手間暇は格段に少なく、経費と呼べる物は存在しないとまで言えるかもしれない。

 強いて言えば、売り場の確保くらいか。しかも人気はないときている。泣きっ面に蜂状態だ。


 ただ、創具師の作る武具に忌避感を覚える理由は僕にも理解はできる。何せ素材が完全に魔物由来であり、形状は奇抜で、一見して呪いの装備だ。魔物に対して強い恨みのようなモノを抱いて生活してきた人々にとってこれは、魔物と一体化するような、そんな認識なのかもしれない。


 そんな装備を身に付けていれば、当然絡まれることもあるだろう。そんな無駄な未来を回避する為にも、僕は全力をすべきだ。そう思って、王国から発行されている身分証を首から提げることにした。それは冒険者一人一人に配られる身分証と良く似た形状の物だ。少し大きめのドッグタグといった感じの物で、誰が見ても身分を示す物だと判断できる物だ。

 その身分証には王家を示す意匠いしょうがデカデカとあしらわれている。それは王国の紋章ではなく、王家を示す意匠だ。それは王国の、ひいては王家にゆかりのある人物にのみ身に付けることが許された身分証だ。それを見て喧嘩を売ってくるような輩がいたとすれば、それは他国から流れてきてまだ間もない他所者か、王家に対して反感を抱く不穏分子ということになるだろう。

 そんな奴らは成敗してやればいい。またはふんぞり返った態度でこう言ってやればいいのだ。「この印籠が目に入らぬかー」ってね。ま、印籠ではないけど。


 アレンを見ると若干複雑そうな顔をしていた。

 自身の装備は発注した直後だが、創具師が作る現場を見ていた限りでは反応は好感触だ。魔法に対する憧れもそこには含まれていただろうけど、おおむね好感を持っていると見ていいだろう。だが、そこに長い年月掛けて培われた偏見というものが介入してくる。冷静になって考えれば自分は鍛冶師だと思う一方、創具師も良いなあ、なんて思考が過っていることは確かだ。

 値段を考えれば創具師に天秤は大きく揺らぎ、この装備感を知れば確実に天秤は創具師に傾くだろう。


 とはいえ、アレンに創具師の武具を与える予定はない。何せ彼は僕と別れた後騎士団入りする予定なのだ。騎士団は鍛冶師一派の筆頭ともいえる集団だ。そんな中に創具師の装備を身に付けたアレンを送り込ませるのは無謀すぎる判断だ。パワハラが待っている未来しか視えないので、アレンには諦めてもらおう。ま。武器くらいならギリギリセーフだけど、このフィット感のある防具は絶対に作製してはあげない。絶対にだ。



 身分証を身に付けて歩いていると、さげすむような視線を向けてきていた輩がギョッと目を見開くといった光景が何度か繰り広げられた。

 行手を阻もうと立ち塞がったニチャニチャと気持ち悪い笑みを浮かべていた輩も身分証の存在に気付くと一変。海を割るモーゼが如く、サーっと左右に引いていき素通り状態である。


 ここは王家のお膝元、王都だ。

 この身分証はこの王都に至っては絶大なる効果を発揮するのだ。

 王都で王家に対して立て付けば、自分がどうなるか、ここの国民は良く知っている。


 不尊罪。それはどんなこともまかり通る免罪符なのだ。


 ま、僕がイジメられたよーと仮に王国に泣き付いても「ああ、そうですか。大変でしたね」って程度の会話しか起きないと思うけどね。

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