第13話 素材を求めて

 昨夜の一件からアレンがにらむような目を向けて来ているなぁとは思っている翌朝。アレンの機嫌をとることなどはせず、決して美味しくはないけど不味くもない朝食を食べて向かったのはギルドだ。


 そこまで悪い感じではいんだ今のアレンは。たぶん、恥ずかしいとかそんな感情だと思う。


 ギルド来て早々に薬草採取の依頼を受けた僕らは、北門から出て三時間ほど歩き、そこから更に二時間ほど掛けて山頂付近に到着した。

 昨日来たばかりの場所だ。山腹には魔物の姿はなく野生動物が活発に動いている気配しかない。昨日と同じ場所で休憩を取り、軽く栄養補給してから、地面に残された複数の足跡を辿りつつ魔物の集落を探した。


 何故、そんなことをしているのかというと、一縷いちるの希望を求めてだ。って少し遠回しに言ってはみたけど、所謂クズ拾い的なことをしようと僕は考えていた訳だ。アレンは不服そうだが大規模な戦闘の後には僕らと同じようなことを考えて動く動物も魔物も当然居る。討伐依頼は受けてはいないが事後でも報告はできるし、それなりに報酬も出るので問題は無しだ。


 そんな訳で、意気揚々と進んでいると、ある場所を境に焦げ臭い匂いが鼻を突き始めた。山肌を滑るように噴き抜けていく風には、火事現場直後のような臭いが確かに乗っている。相当派手にやったらしい。やはり、あの女の子はめぐ○んタイプだったのだろう。とか勝手に想像しながら臭いや足跡を辿って足を進める。


 ガサガサと枝葉が揺れる。見ればキツネに似た動物が驚いた様子でぴょんぴょんと跳ねつつ森の中に消えて行く。鳥の声は聞こえないが敏感な野生動物が周囲は多く居る。そのような状況下では魔物はいないことが多い。が、これほど強い匂いが広範囲に広がっている可能性をかんがみると、多少なりとは警戒しておいて損はない。


 僕の歩みが音を立てない慎重な物に変わるとアレンも自然と足場を確認しがら足を進めるように変わった。そうして暫く進むと集落がったであろう場所を、高い場所から見下ろせる岩の上に到達した。


「………怪しい影はなし、か」

「え?」

「ああ。大丈夫、そうです」


 ひとり言はつい日本語が口をく。現地語でアレンに返事してから降りる道を探し、暫くして地形が原型を留めていない場所へと降り立った。


「うわ……これじゃ望み薄だな」


 何箇所か盛大に黒焦げ、山肌や地面が破壊されている場所がある。そこには当然ゴブリンがいたのだろうけど、残っている建物は見る影もないほどに瓦礫がれきと化していた。そうなると、僕のお目当てだったモノは戦火に巻き込まれてしまった可能性が高かい。


「洞窟とかに住んでるイメージだったけど、集落って本当に集落だったのか…」


 集落だった場所には、木材とまでは形状的に呼べないが、多くの黒焦げた木が密集して残されていた。それは焚火などではなく住居として組み上げられたものだろう。


 数の暴力で、時に新人冒険者に多大な被害が出ることもある。というだけで、ゴブリン一体一体の脅威度はそれほど高くはない。経験値としての実入りも低いので僕ら召喚者は一度しかゴブリンと戦ったことはなかった。ま、全体的な育成カリキュラムの中ではって話だけど。

 その為、集落を見るのは今回が初めてだ。って既に集落でもない、もはや爆撃の中心地のようなていそうしているけど、ゴブリンの集落にはそれなりの旨味があることは知っている。

 それは、斃した魔物や動物の素材というか死体。それから冒険者や旅人などから剥ぎ取った装備品や金銭などが集まっていることが多いことだ。

 当然、目星しいものは既に回収されているだろうけど、僕の求める物はスルーされている可能性が高い。目当てのものを探して二人で彷徨っていると瓦礫の下からようやくソレを発見した。


「おお!原型を留めてる!」


 それは、かつてこの一帯に多く棲息せいそくしていた魔物。見た目は蜘蛛というか、蟹というか、長い尻尾が特徴的で若干エイリアンの幼生体っぽい見た目をした気持ち悪いヤツだ。さほど大きくはないが背中部分の外殻は非常に硬質で素材としては充分。他の部位はそれほど使い道はないらしいが全くない訳でもないらしい。今回は背中部分だけあれば充分だった。


 見事に背中の部分だけが残された物を指先で摘み上げると、内側にこびりついていた肉片に群がっていたはえのような羽虫はむしが羽音を立てて五月蝿うるさく飛び回る。それを手で追い払いつつ袋の中に仕舞い込むと、その一帯の瓦礫の下を重点的に探索を続けた。


「アレンさん」

「……なに?」


 昨日の夜から若干様子がおかしいが気にしちゃ負けだ。生憎、裏切り者!的な視線には慣れている。そんな視線を華麗に無視しつつ口を開いた。


「この魔物、知ってますか?」


 アレンは嫌そうな表情を作りながらも僕が摘み上げた魔物だったモノをチラリと見る。


「知らない」

「そっか」


 僕も最近まで名前は知らなかった。身体の大きさ的にプレステくらいだなと思っていたのでプレガニとか勝手に呼んでいただけだ。


「これは、掃除屋、呼ばれる、魔物です」

「掃除屋?」

「何でも食べる、骨も、鉄も、食べる」

「……鉄?それは嘘」

「嘘違う。本当」


 コイツの外殻が異常に硬いのは食生活の所為せいだろう。斃す時は裏返してからじゃないと剣が通らないくらいには硬い魔物なのは確かだ。剣で斃すよりもハンマーで叩き潰すって方がコイツに対しては有効的だけど。


 そんな魔物の外殻だけを六つほど回収した僕は満足気に笑みを浮かべて集落だった場所を後にした。あとは、依頼通りの薬草を採取して戻ることにする。


 ただ、その場所からだと、山頂へと戻るより、森を突っ切る形で伸びている街道へと、一度降りた方が戻りは早そうだった。なので下山ルートは未開の地を突き進むことに決める。

 その道中、薬草を探しつつ森を進み、幾つか有用性の高い薬草を発見したので、それも採取しておくことにした。依頼品はこの辺では採れないようだ。


 先日のように手分けして薬草を採取しようとすると、アレンが採取の仕方を教えて欲しいと、素直な感じでは決してなかったが、一応は素直に口にしたので、本日は教えながら進めることにした。


 何故そんな、まるでツンデレのヒロインみたいな態度で「別に教えてくれたっていいんだからね」的な上から目線な言われ方をしたのかはさておきだ、とりあえず僕の採取も腕前を認めてくれていることには素直に喜ぼうと思う。


「アレンさん、抜く、禁止」

「どうして?」

「一番下、大きな葉、二枚、根、残す、また伸びる」

「……ふうん」


 ジェスチャーを加えつつ説明して、上部を切り落とした薬草を大量に採取すると袋に詰めた。これは量が多くないと意味がない薬草だ。その為、見つけたヤツは片っ端から袋に詰めた。


「アレンさん、これは、根が必要」

「知ってる」

「でも、全部はダメ」

「どうして?」

「半分残す、また生える」

「半分って……」

「見て」


 半分とは言ったが正確には半分ではなく七割くらいは切っても良い。とはいえ、切り方は注意が必要だ。大事なのはちゃんと水分が葉へと吸い上げれる道を確保しておくことだ。

 若干枯れるが生命力は強く、切った所から根が伸びて次第に再生する。その為、一度抜いて根が大きいか確認しないといけない。葉っぱは大きく成長してても根がまだまだ成長段階ってことは多々ある薬草だ。とはいえ、こんな山中だとその可能性は限りなく低い。


 根を傷付けないように掘り返してから七割ほどを切って薬草を元に戻す。その様子を見ていたアレンも見様見真似で掘り上げて根を切り、確認するような視線を向けてきたので頷いておいた。評価点としては七〇点後半といったところだ。その後、採取した根は布に包んでから袋に入れた。


 次に見つけたのは樹木に実る果物の一種だ。新鮮な状態の果肉と果汁が必要なので採取後は迅速じんそくに受け渡した方が良い物だ。もぎ取ると傷むのが早い。なので今回は採取を見送り、おおよその位置を頭の中に描き、その果実がどんな物なもかをアレンに説明しながらさらに先へと進んだ。


 そんなことをしつつ森を進んでいた為、予定していたよりは遅く、森を突っ切る街道へと徐々に近付いていた。

 遅くなったから、だろうか?そろそろ街道が近いなと地形や木々の様子で察知していた僕の耳が、不穏な音を拾ってしまった。アレンに視線を向けるが薬草の採取に夢中で気付いていない。そんなアレンに言葉を掛ける。


「人と人が、戦っている」

「えっ⁉︎」


 人対人。と思ったのはかんのようなモノだ。そこに明確な理由や確証があるわけではない。

 弾かれたように顔を上げたアレンは採取を放り出して背中の盾を構えようとしている。そんなアレンに採取を続けるよううながしてから腰を上げると、剣戟けんげきと微かな声が聞こえる方角へと視線を向けた。残念だが、ここからじゃ姿は見えない。


「見に、行こう」

「うん」


 薬草を袋に詰めて駆けるように森を進む。次第に剣戟と喧騒けんそうの音は増し、戦闘の激しさが伝わって来た。


 この時、僕の掌はしっとりと汗に濡れていた。緊張からか胃の辺りが痛むが今は無視する他ない。

 音が間近に迫り、速度を落とした僕らは、大きな木の陰に隠れるようにして街道を見下ろす。と、戦っている二つの勢力が視界に入った。


 片方は五台の馬車から構成された所謂キャラバン隊のような人達だった。一方、僕らとは反対側の森を拠点とするように広がっているのは、その装備や見た目から山賊や盗賊の類いだろうと見当を付けた。

 勢力としては商人側が圧倒的に劣勢だ。護衛の人数は然程さほど多くはなく、盗賊側はそれを倍する勢力を有に持っていた。その上、街道は倒された倒木によって一時的ではあるが塞がれている。馬車が方向転換できるほどの余裕はない為、逃げるという選択肢も選べないようだ。


 ここで僕らが出て行ったとする。と僕はすぐに考えた。


 レベル一二の商人系ギフト持ちと、レベル二の戦闘系ギフト持ち———戦闘系といってもアレンのギフトは防御系だ———の二人が加勢する。護衛と合わせても人数は絶対に覆せない劣勢のままだ。遠巻きに、主に街道の前後を警戒している盗賊もいるほど盗賊側は人数的にも、そして状況的にも余裕が見て取れるほどだ。

 僕は、強くはない。出て行けば高い確率で怪我をし、最悪死ぬことだって覚悟しておかねばならない。

 

 そこまで考えてチラリとアレンを見た。アレンは緊張した面持ちながも今にも駆け出しそうな強い視線で盗賊側を睨んでいる。そんなアレンは、ハッキリ言ってしまえば、この状況では足手纏あしでまといだった。


 正直、助けに行くにしてもアレンには待っていろと言いたい。出て行けばアレンは高確率で死ぬ可能性しかないからだ。

 この世界の盗賊や山賊は舐めてはいけないのだ。レベル一〇以上なんてザラに居るし、何より人を殺すことに何の抵抗も躊躇ためらいも感じずに実行できる精神や覚悟を持った恐ろしい人間だからだ。僕はそのことを知っている。何せ野外訓練に向かった先で盗賊に襲われたという過去があるからだ。



 ————その日、僕らは、居残り組と三名の騎士とで魔物の討伐に向かっていた。盗賊と遭遇そうぐうしたのは山中でだった。相手はこちらに国の騎士がいると判ると一瞬いっしゅん躊躇ちゅうちょする素振そぶりを見せたが騎士が三名だけなことに気付くと勢いを取り戻して襲い掛かって来た。

 その時、僕自身も戦った。そして、この手で生まれて初めて人を傷付けもした。けれど、トドメは、どうしても刺せなかった。


 震えた。どうしようもなく剣を持った手が震えた。その震えはやがて全身に伝染し、視界は急速に光彩を失い、自分が息をしているのかもわからなくなった。


 そして、反撃を受けてしまい僕の腕は千切れてしまいそうなほどの深い傷を受けた。そんな僕を救ってくれたのは立花さんだった。その傷を傷痕きずあとが残らないほどに綺麗にいやしてくれたのは吉澤さんだった。騎士と共に奮戦を続けてくれたのは高田くんと大塚くんで、この四人が居なければ僕は今頃死んでいるはずだ。

 僕だけが何もできず、皆の足を引っ張り、その場にいた全ての人を危険に晒した。騎士からはあわれみのような視線を向けられ、四人からは何ともいえない微妙な目を向けられ、王城につとめる世話役の女性達からは影で笑われていたことは知っている。



 そんなことを考えていたからか、僕の覇気のない視線に気付いて顔を上げたアレンは、失望。或いは、絶望したような眼差しを浮かべた。そうして肩を落とし視線を地面へと落とす。握られていた剣は頼りなく地面に突き刺さった。


 先程までアレンの瞳に宿っていた強い光。その原動力は純粋に人を助けたいと想う正義感や、人として当然持ち合わせている人情からきたモノだろう。それは褒めこそすれ、けなすようなことではない。それは寧ろ育むべきであり、実力が無いからと無碍むげに叩き折るべきではないはずだ。


 僕にも似たような経験は山ほどある。自分が無力だと知った時、味わう絶望感や自己嫌悪は身にみて体験している。この世界に来た時だってそうだ。戦闘訓練で思い知らせれたことだって何度もある。魔物と初めて戦った時だってそうだった。それから、勉強や情報収集、楽器の作成や曲の再現、そして練習。本当に様々な理由で自分が無力なことを思い知らせれ続けてきたと言ってもいい。


 だから僕は、細心の注意を払いながら、ゆっくりと口を開いた。


「アレンさん、護衛の人、協力。前、出過ぎない、約束」


 弾かれたように顔を上げたアレンの瞳に輝きが戻り、今にも駆け出しそうになった肩を掴む。


「待って。魔法、使う」


 僕はアレンの盾にてのひらを当てた。

 アレンの盾は木製だ。盾のエッジ部分と中央部分こそ鉄で補強されているが、僕が思い切り剣を突けば突き抜けるほどの強度しかない。そんな盾だ。当然相手もそこを突いて来るだろう。そこで付与魔法の出番だ。効果は然程さほどでもないが無いより断然マシになる。一度か二度、手痛い突きを貰ったとしても耐え得るくらいにはなってくれるはずだ。それは、硬質化という効果を秘めた強化魔法の一種。勿論、付与魔法だ。


「ウィル、ク、ディズ」


 盾の輪郭りんかくが光に包まれるのを見届け、続けてアレンの頭に手を乗せた。頭を選んだのは盾が身体を隠す感じになっていたからで、そうなると置きやすい位置にあったのが頭だったというだけだ。別に身体に直接触れればどこだって構わない。


「ウィード、ク、ヴィジ」


 それは身体能力の中でも特に膂力りょりょくを強化するバフの一種。同時に二人に付与した為、多少唱えた語句は違うが、効果が半減することも倍化することもない。


「アレンさん、前、頼む」

「わかりました!」


 一番戦況が危ういのは前方だ。とはいえ護衛が一番多いのも前方で、アレンが加われば、そこだけを見ればの話だが、戦力は拮抗きっこうするどころか一枚は増える。そう判断してアレンを向かわせたが内心は不安と恐怖で満たされていた。

 その二つを迅速に排除する為にも、僕は全力で、ことの終息に尽力する決意と覚悟は既に決めている。


 駆け出したアレンの背中を目で追いつつ僕も走る。五台ある馬車の二台目と三台目の隙間から戦況をチラリと確認して、僕は一気に飛び出すと地面を滑るようにして駆け出した。


 目指すは、一番ヤバそうな男だ。


 その男は、一眼で周囲の盗賊と装備のグレードが違うことが分かる男だった。手に持つ盾は装飾過多気味だが鋼鉄製だ。身にまとう鎧も同様の装飾が施された物で、守る箇所こそ、それほど多くはないが防御の性能自体は非常に洗練されていて無駄な物が何一つとしてない物だ。その手にかかげた剣は木漏れ日を反射させてまばゆい光を放ち、手入れが行き届いていることをうかがわせる。一眼で醸し出す雰囲気が只者ではないと分かってしまう。そんな男だった。


 三台目、中央の馬車の荷を狙うような位置に立つその男は、一人の護衛と対峙していた。


 走りながら見てとった戦況は、数人の盗賊らしき男達が地面に倒れているが、立っている盗賊側の男が優勢そうだ。余裕を充分に感じさせる笑みを口元にたたえているのが遠目にもはっきりと見て取れる。

 その笑みが崩れ、素早く向けられた視線が僕を捉える。その頃、既に地を蹴って跳んでいた僕は片手に握っていた剣を両手で握りながら全力の一撃を振り降ろした。咄嗟に盾で受けた男は唸るような声を上げて一歩、大きく後退する。そんな威力が出せたのは間違いなく付与魔法のお陰だろう。そうなるようにと願いながら全体重を掛けた僕の決死の一撃を誰か褒めて欲しい。と思った直後、盾の死角から突き出された剣の切先が木漏れ日を反射してギラリと光った。

 その反撃を予想していた僕は、密着状態だった男の身体が離れる前に盾を蹴って後ろに跳んでいた。迫り来る剣を自身の剣で逸らそうと動いたが、その機会は訪れない。身体は既に安全圏へと空中で逃れ、着地後に勢いよく飛び出す為に体勢を整える余裕すらある。


 その視界の中で動く影が、一つだけあった。


 男と対峙していた護衛だ。髪は短いが全体的な体型や顔から女性だと見て取れるその護衛が、逆手に握る短刀を鋭く振り上げていたのだ。その攻撃は防具の切間となる男の二の腕を切り裂き一瞬、木漏れ日の中に紅の花を咲かせた。

 男は顔を歪めながらも引き戻した腕で女性へと攻撃を放つ。が、既にその場所に女性はおらず空を切った剣が虚しく過ぎ去るだけだった。


 僕と女性を交互に見て舌打ちを決めた男。チラッと周囲の様子を確認して、苛立ち気味だった男の口角が上がった。


 戦況は依然としてこちら側が劣勢だ。このままでは押し切られることが目に見えている。それがわかっているからこその男の笑みだ。僕も充分、それは理解していた。


 そこで僕は、大きく両脚を広げて腰を落としながら、片手で握る剣の切先を男へと水平に向けて構えた。折り畳んだ腕や構えた剣は目線の高さだ。そこに突き出すように左手を伸ばして刀身に指先だけを添え、誰が見ても突きを放つと分かる構えを取った。


 その構えを見た男は、驚愕に目を見開いた。

 男と僕の位置は、充分に射程の圏内といえる距離だ。


 それは何度も目にした構えだ。

 あの騎士団長様が一番得意とし、そして自身の技に絶対なる信頼と自負を寄せていた構えである。


 こっそりと、コソ練していた甲斐があってその構えだけは僕でも再現はできる。こんな姿を修也に見られれば後で笑いのネタとして散々イジられることは目に見えているが、幸い、この場に知り合いは居ない。


 そうこれは、ただのハッタリだ。


 ギフトを得るか、長い研鑽けんさんの末に辿り着く境地。通訳魔導具ではスキルと和訳される能力の一種。騎士団長様が修也を相手にする時だけに見せていた特別な構え。それは一撃必殺といえる強力な技、スキルを放つプレモーションだ。


 僕の構えを見て、目に見えて動揺した男は、背後に回り込もうと動いている女性と僕を警戒しながらジリジリと後退を始める。盾を油断なく構え、そして忙しくなく視線を動かし、突然、その手に握る剣を器用にくるりと逆手に持ち替えたかと思うと、その指先を口に咥えた。


 男の口から高い音が鳴り響く。それを耳にした周囲の盗賊達はハッと上空を見上げるような動きを見せた後に引き始めた。中には戦利品を手にしている盗賊もいるが、今は引いてくれるだけで良しとするべきだ。


 暫くして完全に盗賊側が馬車から離れると奮戦していた護衛達が退がる盗賊達を追うよに馬車の陰から次々と姿を現した。その中にアレンの姿は無かったが、きっと無事だろう。そう思って意識を切り替え、あの男と視線を交錯させつつ見送っていると、一つの魔法が放たれた。


 キラキラとエメラルド色に輝く風の刃が鋭く飛翔し、二人の盗賊を地面に斃した。それ以降放たれることはなかったが盗賊側の逃げる速度が上がったのは確かだ。


 そんな状況を目で追っていると、すぐ隣りから声が聞こえた。


「感謝する」

「いえ」

「名は?」

「トオルです」

「トオルか。変わった名だな。私はカレンという者だ」


 可憐か。見た目は可憐というより強そうなクールビューティーだけど。って、違うか。


 そんな思考と共に差し出されていた手を取ると、アレンの姿が目の前の女性の背後からひょこっと現れるのが見えた。距離は離れているので表情はイマイチ見えないが、その様子から慌てていることだけは分かった。


「トオル!怪我人が!」


 飛びつくような勢いで慌てて駆け込んで来たアレンの肩を左手で軽く掴み、少し落ち着かせてから口を開く。


「酷い?」

「うん」


 昨日の夜、良く効く塗り薬をあげたからか、アレンは僕のことを薬師か何かだと勘違いしているようだ。期待の籠った眼差しを向けられても困るのだが、その期待に応えるのもやぶさかではない。

 握られたままだった女性の手からそろりと手を引き抜き、その女性に会釈してから、走り出したアレンの後を追って馬車の前方へと向かう。すると、お腹を刺され血を大量に流している男性が馬車の陰に倒れていて、必死の形相で応急処置をしている一人の女性の姿があった。


 急いでバックパックを下ろしゴソゴソと中身を漁って目当てのモノを取り出した僕はアレンに手渡して傷口に中身を注ぎかけるように指示する。

 更に別のモノを探して取り出した僕も男性の元へと向近付き、苦しそうな呻き声をあげる男性に薬を少しずつ飲ませていった。


「ありがとう、ございます」


 傷口が塞がり、なんとか言葉を口にできるくらいまでは体力も回復させた男性に御礼を言われ、ホッとした表情を見せたアレンと目が合う。

 そのまま屈託のない笑みを初めて浮かべたアレンの顔は可愛かったが、それを堪能する暇もなく差し出された拳に、軽く拳をぶつけ合い、互いの健闘を称え合った。


 が、その手は真新しい鮮血に塗れていた。怪我をした男性の血だろう。

 手当てをしていた女性もアレンと一緒に血を洗い流してもらう。その時、女性の服にべったりと付着した血のシミを見て、シミ抜きに使える薬剤の入った小瓶を手渡すと御礼を言われながら軽くハグをされた。二十代半ばといった大人な女性だったので多少ドギマギとしたが、そこはバスケで培ったポーカーフェイスを駆使してなんとか乗り切ると、怪我をした男性に手を貸して馬車に乗る手伝いをした。


 その後、馬車はすぐに進み出した。街道を塞いでいた樹木は一部が木っ端微塵に吹き飛んでいたので誰かが魔法を使ったのだろう。

 最後の方に魔法で倒れた盗賊二人は息があったので縄を打って馬車に繋がれている。

 他の倒れていた盗賊は息絶えていたが、懸賞金の掛かっている盗賊も中にはいるので死体を回収して街へと向かえば報酬が貰えることもある。懸賞金がなくても処理だけはしてくれるので運んでみる価値はあるのかもしれない。そんなことはさておき。


 手助けをした僕らは護衛の一部として向かい入れられ共に街まで行くことになった。そして、この商隊を率いる商人の小父おじさんから御礼の言葉を何度も投げられた。


 正直、誰一人として撃退もしてないし、相手が勝手に勘違いして引いただけなので若干バツの悪い気持ちにはなったけど、僕らが駆けつけなければ全滅もかくやといった状況だったのは誰が見ても明らかだった。

 まあ、盗賊はあれで狡賢いヤツらだ。商人は殺さず身代金などを請求したり、物資だけ奪い尽くして去って行くことも多い。なので、仮に全滅するとしてもだ、その場合は高い確率で護衛の皆さんということになるのだけど、そこは護衛の宿命ともいえる。逃げ出さなかっただけでもこの護衛の人達は褒めていいと僕は思っていた。


 命に危機のあった怪我人もある程度回復し、他に大きな怪我を負った人も、商人の中にはいない。その上、商品のほぼ全てを守れた事実は商人の小父さんから見れば喜ばしいことだろう。護衛の人達に悪態を突くようなこともなく非常に心配した様子を見せていた主人だが、今は一刻も早く街に辿り着くべきで、自ら馬に鞭を入れて馬車を急ぎ気味で走らせていた。


 一方、手酷い怪我人を抱えた護衛の皆さんは怪我の度合いから暗い顔をした人も多かった。

 時間がなくて話す機会がなかったし、今は別の馬車に乗っているので薬を渡すこともできないが、命に別状があるかというと、そうではないみたいだし、その辺のフォローは街に着いてからといった状況だ。


 とはいえ、まだ目当ての薬草を回収していないのが現状。なので、このまま街に戻られても困るので、僕らは途中で降ろしてもらうことにした。その場所はいうまでなく薬草が群生するエリアに近い場所でだ。


 後の再会を約束して小父さんとは別れ、護衛の皆さんに薬を手早く渡して走り出した馬車を見送る。その馬車の一つから顔を覗かせて手を上げている人がいたので手を振り返しておいた。その人物はカレンと名乗ったあの女性の護衛だった。


「また……」

「え?」

「……なんでもない」


 馬車が去るとブツブツと何かを言って歩き出したアレン。その背中を首を捻りつつ暫く凝視みつめ、歩き出すと現在の損失を軽く頭の中で計算した。


 怪我をした男性の身体にかけたポーションは高価だ。あれは善意で提供したので請求しないとしても売ればそこそこのお値段で売れた商品であったことは確かだった。その金額は金貨一枚ほどだが、まあそれはいい。使ったのはあくまで善意であり、人が亡くなるところを見たくなかったのは本心だし。


 飲ませたポーションは然程でもない。護衛の人に渡したポーションも同種の物だ。全部で普通の銀貨一〇枚ほどだが、こっちは遠慮なく請求することに決める。


 なんでもかんでも無償で提供する馬鹿な奴らだと思われても困るからね。勿論、護衛の手助けをした報酬だって貰う手筈になっている。

 その収入はきっと、今の所持金を優に超えるはずだ。そうなれば暫く生活面の心配はしなくて良いし、久しぶりに自分のやりたいことをやろうと思えるほどには心に余裕が持てた気がした。


 さて、ここで問題なのは、なんだか様子がおかしなアレンだが、考えても良く分からないので一旦先送りにして話し掛けてみることにする。


「アレンさん、報酬出たら、装備、買いましょう」


 チラッと視線だけを送ってきたアレンは背にある盾を手に取って、それを眺める。

 思い入れのある盾なら手放すのは心苦しいだろうけど、だからといって命には変えられない。そのことを伝えようと口を開きかけた時、アレンは空を見上げながら口を開いた。


「兄さん、私もようやく、自分の装備が持てそうです」


 その言葉に、どんな意味があったのか、僕には分からない。分からないけどアレンにとって、何か大事な節目を迎えようとしているのだけは理解できた。


 先程の一戦で真新しい傷が増えた盾をアレンは大事そうに胸に抱く。まるで感謝の言葉を誰かに祈るように両目をつむったアレンは、暫くして歩き始めた。その顔は、どこか晴れやかだ。


 と、なればだ。繋ぎで適当な装備を選ぶ。なんてことは絶対にしたくない。まだまだ成長途中だから繋ぎでしかないことは確かなんだけど、それでも可能な限り長い期間使い続けることができる現状最高といえる装備を、できれば用意してあげたい。


 いや。最高はちょっと無理か。主に経済的な理由でっていうのが我ながら情け無いけれど。とはいえ、アレンの強化は、ひいては僕の強化だと考えている。なので、ここで出し惜しみする理由は特にない。金銭面的事情からも考慮した最高の物を用意するとして、後でアレンと話を詰めよう。


 そうして街道沿いから森へと入った僕らは森を彷徨いながら薬草を探した。

 その作業は二時間ほどで終わり、途中で三体の魔物とも戦うことができた。相手は大型の蜘蛛。そいつは意外と食欲で狩られることも多い魔物だ。見てくれはともかく、味はそれなりに良いらしく、そんな食材を扱っている店に持ち込めば多少の収入にはなる。どうする?とアレンにたずねると、彼は幼児のように首をブンブンと振ってそれを拒絶した。どうやら蜘蛛が苦手らしい。戦闘前からそのことは見てわかったけど、戦ったのは全てアレンだ。女の子のように悲鳴を上げたのは何とも情けない姿だったが、僕も人のことはいえない記憶はありすぎるほどにあるので笑うことなんてできなかった。


 僕はビビリだ。どのくらいビビリなのかというと、オモチャの昆虫を見ても飛び上がってしまうくらいビビリなのである。まあ、特定の昆虫に限定されるけどさ。

 あの忌まわしき、そして恐ろしき黒き悪魔———GOKIBURIと対面した時の僕のBPMは天井を振り切っている自信がある。


 とにかく僕はあの黒いヤツが苦手だ。怖くて仕方がない。

 喩えば、部屋で漫画とか小説を読みながらくつろいでいたとしてだ。その視界の本当に隅っこ、ギリギリ視界とも呼べなくもない、一般的には死角と呼ばれるような場所をGが一瞬通過しただけも僕は一〇〇パーセントの確率でその存在を察知する。それほど敏感であり、それほど僕はビビリだった。

 視界を一瞬横切った感覚的で直観的な視覚情報からその可能性があると脳が判断する前に僕は飛び上がり部屋の出口を目指す。そうして心臓が爆発しそうなほど鳴り響く中、常に常駐させ、常に手に取ることが位置に置いている対G兵器を手に廊下まで飛び出す。そこから無意味とも思える遠距離攻撃を放つ。アレが少しでも動く素振りを見せれば即退散の構えだ。そうして徐々に追い詰め、死してなおも不安に駆り立てられるように追加爆撃を放ち、完全に死んだことを確定させてから回収に移っていた。

 今の時代っていいよね。回収にも便利なアイテムが発売されたんだから。それが販売される前は掃除機様にお願いしていた。しかし母に怒られて以降その手が使えなくなると僕は本気で落ち込んだ。


 話がだいぶれたけど、蜘蛛恐怖症なんて世界的に見れば沢山いる。だから僕がアレンを笑うことはないし、アレンが嫌だというならお金になるとわかっていても持ち帰ることもしなかった。まあ、多少の糸を出してくれる糸袋なる物は回収させてはもらったけどさ。


「なあ、アレンさんや」


 アレンさんはそれ以降、僕と三メートルは距離を取り目も合わせてくれなくなった。いや、うん。ちょっと衝撃的すぎたかな?ついつい素材に目が眩んでアレンの目の前で解体なんてしちゃったけど悪気があった訳じゃないんだ。って言ったけど、まったく聞く耳も持たずアレンは反発し合う磁石の如く一定の距離を保ち続けている。


 うん。今後は自重しよう。蜘蛛の魔物と遭遇したら即退散。そう脳内メモに赤文字で書いておこう。僕はそう決意した。


 街中でも距離を保ちつつ冒険者ギルドへと向かう。そうしていつものお姉さんに報告を済ませて先日も行った薬種屋に足を向けようと思った、その矢先だった。


「トオル!」


 声が聞こえた方に視線を向ければギルドの一室から出てきたばかりな様子な護衛の一人がそこには居た。


「カレンさん、ここで、何して?」

「よかった、探してたんだ」


 カレンさんは階段を階段と思わせないような速度と華麗さで駆け降りると僕の肩を両手で掴みながら言葉を発する。その表情は和かだ。若干肉食獣っぽさはあるが、それはこの際おいておこう。


「説明する暇がながったが私はあの商隊の護衛ではない。いや、護衛の依頼を受けて同行していた冒険者、と言った方がいいか。実際は依頼などなく乗せてもらう代わりに何かあれば手助けをするといった軽い内容だったんだが、一応は護衛という扱いにはなるな」

「えっと、すみません。あの、僕は言葉が」

「ん?」


 助けを求めるようにアレンへと視線を向けるが今は絶賛避けられているのでその距離は遠い。通訳としての援護が期待できない中、ちょっとテンションの高いお姉さんにあれこれと事情を掻い摘んで説明をする。


「そうだったのか……」


 全てを聞き終え、そして何を思ったのか、カレンさんは強烈なハグで僕を締め付けた。冒険者として格が上なのだろう、その力は抗えないほどに痛烈なハグだった。ミシミシと音を立てるのが自分の骨でないことを切に願う。いや、バックバックの中身だったら悲惨だ。それなら骨の方がまだマシかもしれない。そんなことを思うと同時に、今日は良くハグをされる日だなと、ぼんやりと考えた。残念なことにお胸は鋼鉄製な胸当てにガードされていて鉄壁どころか寧ろ凶器的だ。


「あの…」


 なんとか、声を絞り出すと我に返ったような様子で身体を離したカレンさん。すまないと短く言葉を発すると肩に置いた手を離し「場所を変えよう」と提案してくる。


「すみません。納品が、行かないと」

「ああ、そうだったのか。これは本当にすまない。では、納品に同行させてもらおう」

「……了解です」


 まるで先導するように歩き出したカレンさん。その背中を目で追っているとアレンにも声を掛けていた。どうやらそれが目的で歩き出しただけらしい。


「まあ、いいか」


 特に断る理由もないし、いずれ再会する予定だったのだ。それが少し早まったというか、一日ばかり短縮されただけだ。ソロの冒険者なら色々とタメになる話も聞けるだろうし、ちょっと肉食獣っぽい以外は概ね歓迎だ。


 そうして、薬種屋のいつものご主人に納品を終えて、食事も取れる高級宿のレストランに僕らは来ていた。


「改めて、礼を言おう」

「いえ。お互い無事で、何よりです」

「遠慮なく、食べてくれ。アレンも好きなだけ食べてくれ。遠慮はするな」

「……はい」


 高級感漂う宿の雰囲気や、周囲の席を埋めている客層の雰囲気もあいまり、若干浮かない顔だったアレンも、上質なステーキと呼べる物が目の前に出されてからはその表情は一変した。その様子を見たカレンさんがアレンには気付かれないようにウィンクを送ってくる。

 アレンがお肉好きだという情報は僕がリークしたからだ。アレンの前には肉料理をメインとした食事が並び、僕の前にはオススメの料理が並んでいる。


「まるでフランス料理だな」


 スプーンやホークの数こそ少ないがオシャレな皿に盛られた料理は色華やかで小振りな物が多い。微かな記憶を頼りにスープから手をつけ、それを飲み終えてからメイン料理へと向かう。

 本日のメインディッシュはムニエル風の焼き魚だ。白身で甘さのある身は表面がカリっと焼き上げられていて中はほっくほくに柔らかい。ナイフを入れると微かな抵抗の後にするりと通る。フォークを突き刺せば旨味の詰まった液体が溢れ出し、芳ばしい香りを堪能するように口に運べば至福といえる時間が訪れる。


「うーん。デリシャス」


 そんな言葉を思わず口走りたくなるほどには美味しい料理を堪能しているとカレンさんの声が耳目を打った。


「トオルは貴族だったのか?」


 その顔は驚きというより純粋な好奇心といった感じだ。


「まさか。普通です」

「そうか……それにしてはやけに」


 ちょっと上品に食べた方がいいかなと、周りの雰囲気でそうしただけなのに、それは完全に裏目だったようだ。


「アレンさん。気にせず、食べた方がいい」


 先程までの喜びは嘘のようだ。萎縮したアレンは若干頬を染めつつ遠慮気味に手を動かしている。そんな姿を見て僕ができることといえば。


「見て、アレンさん」


 大きく切り分けた魚を強引に口に頬張ると僕は栗鼠りすのように頬を膨らませながら咀嚼する。


「うん。うまい」


 若干呆気に取られた二人。そして呆れたような視線を向けるウェイターと客。そんな視線に晒され若干の居心地の悪さは感じるが僕らは庶民だ。これでいいだろうと思いつつ食事を続ける。そんな僕らを見てカレンさんは視線を落とし落胆したような様子を見せた。

 長い睫毛が頬に影を落としている。食事を中断してテーブルの上で組み合わせた指先は、とてもしなやかで綺麗な指をしていた。


「すまない。もう少し気楽な店を選ぶべきだったと反省している」


 その声は小さく、僕には聞き取れなかった。そんな様子の僕を見てアレンが代弁するかのように口を開いてくれる。


「……そんなことはないです。どれも美味しくて、夢のようです」

「そうか?それなら良いのだが…」

「はい。今日はご馳走して頂き、ありがとうございました」

「いやいや、もっと食べてくれ。そうだ、食後のデザートはどうだ?ここのはいけるぞ?」


 アレンに向けて何かを言ったシレンさんの顔には、まだまだ本調子とはいえないが笑みが戻っている。


 会話をしている二人を見ていると、なんだか姉と弟のような雰囲気に見えてくる。名前も非常に似てるしね。ちょっと他所他所しいが久しぶりに再会する姉と弟。そんな構図だ。

 さしずめカレンさんは騎士として王都で働くエリート。アレンはそんな姉に憧れ冒険者となって王都まで来たはいいが、なかなか軌道に乗らずに燻っている。そんな弟の情報を聞き、姉は弟を食事に誘った、まではいいが、数年離れていたこともあってお互いに距離感を掴めないでいる。短い会話を交わし、食事を挟み、時折り見つめ合う二人。テーブルに乗った燭台が二人の頬を照らす。アレンの瞳にはキラキラと輝く星空が映り込んでいる。それは、姉への羨望が体現した憧れの輝きか、はたまた許されざる恋慕……いかん。変な妄想するところだった。いやだいぶ暴走していたけども。


 と、ちょっとした脳トレを展開した直後に自分にツッコミを入れ、僕は水を飲んで気分を落ち着かせた。

 ここで、なんだか姉弟きょうだいみたいですねって声を掛けるのも変な話だし、会話の内容は半分くらいしか理解できないので迂闊うかつに変なことも言えない。でも、あの単語だけは聞き取れたよ。


「デザートですか?」

「ああ」


 この世界で甘味は庶民的ではない。庶民にとってのデザートは自然界でも入手可能な果物で、この場で言うデザートは、きっと想像の物に近い物だろう。

 と、思ったが、それはデザートとは呼べないような、甘さの要素が一切ないホットケーキのような物だった。まあ、決して不味いわけではないのだけど、甘い物を想像していた僕からすれば期待外れもいいところだ。そんな僕にカレンさんは「美味いだろう?」と自信たっぷりに同意を求めてくる。

 返答に困った僕とは対照的に、アレンが美味しいと声を上げたのを見て笑みを浮かべることには成功した。そのまま「はい」とだけカレンさんに返すと全てを食べ終えて高級宿を後にする。


「今日は、突然誘ったりしてすまなかった。きちんとお礼も言えてなかったのでな、どうも座りが悪いというか、落ち着かなくてな」


 事情を説明して以降、僕にも聞き取り易いようゆっくりとはっきりと喋ってくれるようになったカレンさん。その一語一句を噛み締めるように理解すると笑みを返して御礼を述べた。


「私は明日、この王都を発つ。その前にどうしても、二人には会っておきたかったんだ」

「え、そうなんですか?それは、残念です」

「お仕事なんですか?」

「まあ、そんなところだ」


 アレンの問いに言葉を返したカレンさんは視線を一度どこかに向けると一変。少し名残惜しそうだった顔に笑みを浮かべて僕らを見たままこう言った。


「また会おう。いつ戻るかは分からんが」

「ええ、僕らは、王都周辺に、います」

「お元気で!」


 カレンさんは片手を上げて踵を返す。ばさりとマントが舞い、そのまま颯爽さあそうと歩き去って行った。


「かっこいい女性だな」

「……帰りましょう」

「そうですね」


 姿が見えなくなるまで見送った僕らはいつもの宿を目指して歩き始めた。

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