第12話 買い物。冒険

 剣は国から借り受けた物を持ってはいるが、僕は防具類は何一つとして持ってはいなかった。高くも安くもない、普通の服が唯一の防具だ。


 そこで、最初に向かったのは手頃な値段の装備を多く扱った武具店になる。最早もはや習慣といえる目利きを使いつつの品定めをしながら、身体に合いそうなサイズの防具を手に取っては値段を確認していく。


 とりあえず、盾は捨てたスタイルの僕は、両腕にそれなりの防具を身に付けたいと思っていた。


 盾を持たなくなったのは単純に膂力りょりょくが足りなかったからだ。

 片手武器だとどうしても一撃の威力が足りず魔物の殲滅に時間が掛かり、時間が掛かる分、疲労や危機的状況は増える一方だった。なので、盾は捨てて両手で扱える武器を使うようになった。そんな経緯がある。


 でもそれだと咄嗟とっさの場合困ることがある。それを解決するのが所謂ガントレットだ。手の甲から肘までを守る丈夫な防具があれば盾を持つ必要はないし、腕に装着する小型の盾のように若干動きを制限したり嵩張かさばることもない。そんな防具構成を思い付いたのは高田くんの存在が大きいといえる。

 その発想に一番近い小型の盾、所謂バックラーとか呼ばれる盾はあれで、実際微妙な盾だと僕は思っていた。エッジ部分に強い力が加われば腕に巻きつけたような状態の盾は割と簡単にクルリと回転してしまうんだ。そうならないようにうまく攻撃を受けるといったテクニックも必要だし、視界も少ないながら遮断してしまう物でもある。


 一応は、居残り組最弱認定されていた僕にも、国から支給されていた防具はあるにはあった。けどそれは、騎士団仕様の防具だったので冒険者となる僕には貸し出しては貰えなかった。唯一、剣だけは豊富に種類があり、好きな物を一本選ぶ権限を貰えたので、使い慣れた物を借り受けて今に至るといった感じだ。


 なので、こうして欲しい防具を買いに来たのだけど、僕自身の貯蓄はさほど多くもない。アレンに半額を手渡した今、精々が二月ほど遊んで暮らせる程度しかなく、その範囲内で色々と物資を充実させたいと思っていた。だが、そうするには資金不足が否めなかった。防具類は以外と割高だ。


 そこで、僕が打開策として白羽しらはの矢を立てのが、大きく分けて二種類存在する武具の中の、鉄や銅などは一切使っていない廉価れんかな方だった。


 その素材が何かと問われると魔物由来ということになる。

 鉄製などとは違いメンテナンスが非常に難しく、使い捨て。とまで言われている部類の武具になるが、その分値段は安く、それなりに性能は良いモノになる。


 そんな装備を作る人々は創具師そうぐしと呼ばれていて、鍛冶師とは全く違う方法で武具を生み出している。


 どんな方法で武具を作製しているかといえばそれは、魔法で。ということになるのだけど、その製法は弟子入りでもしない限り教えてはくれないそうだ。

 とはいえ、弟子入り希望が多いかといえばそうではないらしい。何せそこまで儲からない職業なのだ、その上生まれ持った才能が無ければ何年修行しようとも意味がないらしい。わざわざ鍛治師を辞めて創具師に弟子入りしようなんて思う酔狂すいきょうな人間は誰も居ないし、鍛治師から言わせれば邪道な武具ってことになる。その為、取り扱いのある店は自然と限りられてくるのだ。というか、創具師が経営している店以外には置かれていないのが現状だった。


 鉱物系の装備を取り扱う中では良心的な値段の商品が多い店を後にし、僕は目当ての店を足速に目指した。


 その店は、売り場面積こそ誇れるほどの広さを持っているが、建っている立地、外観、かもし出す雰囲気ふんいきにおいては、避けて通ろうかな。と思わせるほどの哀愁あいしゅうを漂わせている店だった。

 幽霊屋敷。或いは、廃墟。そんな言葉がぴったりな店を前に、僕はしばし衝撃的な外観を堪能してから店の扉に手を掛けた。

 その取手は、元は真鍮しんちゅう製だったのだろうと思う。思うが、黒ずみ見る影はなく、表面にこびり付いたさびか汚れが酷くザラザラとした触感を与えてくる。そんなドアノブは回さなければ扉が開かないのだが、錆び付いているのかやけに硬い感触が返ってくるだけだった。まさか閉店したか?そんな思いがよぎった頃にギャリリッといった破壊的な音と共にノブが回転し、扉は軋む音を立てながら開く。握力を弱めてもドアノブが元に戻っていかないのが若干不安だけど、店の奥からは胡散うさん臭そうにこちらを見ている店主らしき人物の目もある。このまま入らずにいると不審者丸出しなのでとりあえず店内へは進むことを決めて脚を動かした。


「いらっしゃい」

「…こんにちは」


 何ともヤル気なさげで覇気のない声音だ。ふわわと欠伸あくびが続いたことがそれに拍車を掛けているが気にしても仕方ないだろう。後手で扉を閉めると手首を使ってドアノブを回転させておく。これで勝手に扉が開くなんてことはないだろう。


 店主らしき人物の視線はれた。なので勝手に店内を物色させてもらうことに決め、店の端から商品を眺めていくことにする。

 創具師そうぐしつくる武具は鋼鉄製の武具とは大きく違い素材の特色が色濃く出ているユニークな物が多い。この場合のユニークは唯一性ではなくファニーという意味が強い。

 色彩。形状。そのどちらも個性的な見た目をしており、身に付けていれば一発で創具師が造った装備だと見て取れるだろうと思う。鋼鉄製と比べれば奇抜な、といえるデザインだが、これは店主の趣味なのか、はたまた素材が持つ特性上仕方ないことなのかは僕には分からない。


 目の前にある小型の剣?を手に取ってみる。その刀身は根元から段階的に折れ曲がっていて階段にようで何とも個性的だが、刃となる部分は緩やかに弧を描きながら比較的真っ直ぐに伸びていて、その刃は如何にも鋭そうで切れ味だけは充分にあることがうかがえる代物だった。

 ある意味、RPGなどをやり尽くして来た現代っ子には馴染みの深い形状ともいえる。無駄とも思える独創的なデザインの武具は、そういった世界では至極しごく当たり前のことだった。この店に並ぶ商品は大方そんな感じの武具だ。色彩は鮮やかというより魔王や暗黒騎士といった面々を彷彿ほうふつとさせそうな色合いが多いが、店主が厨二病ちゅうにびょうこじらせた転生者でないことは確かだろう。


 この手のサイズの短剣にしてはやけに軽い。そこが若干気になるところではあるが、それも素材の特殊性がもたらす影響の結果なのだろうと納得しつつ商品を棚に戻して次へと視線を向ける。

 その隣りに置かれていた武器は、これまた衝撃的な形状をした曲刀だった。曲刀といってもカトラスやシャムシールといった、日本刀のような感じの緩い反りのある物ではない。三日月状。とでも言えばいいのか、有名なところではショテルに一番近いといえるが、これは短刀の部類に入る短い物だ。この長さでは盾越しに相手を傷付けることは不可能に近いだろう。その点、鎌として代用するなら軽くて切れ味があり、そりなりに有能そうではある。それは手にすることもなく目利きをした後に視線を外した。


 こうして店内の商品を一つ一つ確認して周り、目当ての防具類を多く載せた棚の前にようやく辿り着いた。やはり悪魔的というかダークな印象を受ける形状と色彩だが値段はお値打ち価格なのでこの中から相棒を探そうと思っている。

 そこに問題があるとすればだ、サイズが合う物が少ないということだった。いや、ぴったりフィット感を求めなければギリギリ妥協できる物も中にはあった。あったが、やはり命を預ける武具は、しっくりくる。という信頼感のような物が大事というか求めてしまうのは理解して欲しいところだ。


 最高に満足のいく出来栄えの商品がなかった為に、僕は勇気を出して店主との会話をすることに決めた。

 店主は眠た気な眼差しをした四十代後半といった年齢の、緩み切った顔をしている男性だ。愛想はなくとも怖くはない。服装は思ったよりしっかりとしているし、よくよく見れば小綺麗にもしている。そんな店主に声を掛ける。


「あの」

「ん?どうした?」

「防具、オーダーメイド、頼めます?」

「んん?言葉ことばづかいがつたないな、この国の出身じゃあないのかい?」

「そうです」

「そうかいそうかい。そりゃあ苦労しただろう。で?オーダーメイドだったかい?」

「はい」

「そりゃあ問題はないが、素材が無いと受けれないよ」


 店主の口調は比較的緩やかだ。そのお陰で聞き取ることに問題はなく単語の意味を咀嚼そしゃくしながら暫らく会話を続けた。

 値段も思った以上にお値打ちだったしオーダーメイドを改めて決意する。ガントレットと所謂グリーブの作成に必要な素材は何かと尋ね、指定された幾つかの魔物の名称を羊皮紙ようひしに書き起こしてもらった。


 毛皮などの採集を目的に動物系の魔物は狩られることは多い。一方、創具師が必要とする素材の回収だけを目的に指定された魔物は狩られることは少ない。どちらかというとその手の魔物は数を減らす間引き目的で冒険者ギルドでは依頼を扱っていることが多いそうで、運良くそんな依頼が有れば一石二鳥だろ?と店主は教えてもくれた。しかも、オーダーメイドならば作製する過程を見学しても良いときている。


 中々気の良い店主に御礼を述べ、素材が手に入り次第また来ると言って、その日は店を後にした。

 夕暮れまではもう少し時間がありそうだ。ここからは手早く買い物を済ませて宿に戻ろうと駆け足で街を進み始めた。


 その後に買った物は、火熾ひおこしグッズ。調理器具や器。小型のナイフに砥石。廉価な照明器具にテント。それから寝袋といった遠征を見越した買い物がメインになった。

 その全てを中古品を扱う店で購入したのでそこまで痛い出費ではなかったが、懐具合ふところぐあいが寂しくなったのは言うまでもなく、明日からの冒険者活動は金銭面も考慮こうりょした依頼を受けようと考えている。


 そんなこんなで宿へと戻るとアレンは既に部屋の中にいた。


「ごめん、待たせました?」

「まあ、結構、待った」

「ごめん。じゃあ、食べに、行きましょう」

「うん」


 互いに荷物を置いた状態で、外から施錠して宿を出る。通りに出ると先導して歩き出そうとしたアレンを呼び止め、行こうと考えていた店にアレンを案内していく。

 宿は利用する機会がなかったので情報は皆無に近い僕だが、食べ物屋やその他の商品を扱っている店には多少なりと自信がある。そのことを口頭で説明すると多少胡散臭そうな視線を向けられたが、店に着いてその値段や皿に盛られた量を見てアレンも納得してくれたようだ。

 お互いに食べたい物を遠慮なく注文し、二人の初めての晩餐は盛大に行われることになった。


「美味しい」

「ですよね?この店、おすすめ」


 アレンが注文した物は肉多めな料理ばかりだった。聞けば肉を口にする機会は少なく、一度でいいから思いっきり食べてみたかったとのこと。一方、僕は栄養価を計算してバランスよく注文している。生野菜は勿論、緑黄色野菜をふんだんに使ったスープや麦芽パン。肉は鳥にしてこんがりと焼き上げたローストチキンを選び、魚のパイ包焼きにまで手を伸ばしている。


 料理に舌鼓を打ち、味と感動を噛み締めるように咀嚼するアレンは年頃の男の子の顔だ。僕もアレンもお酒を飲もうと思えば飲める年代にはなるが、僕は特に好きになれなかったし、アレンも飲む気はないようだ。

 値段にしては大盛りな料理を次々と胃袋に収め、当たり障りのない会話をたまに挟みつつ晩餐は終盤へと差し掛かる。


「そういえば、アレンさんは、何買った?」

「着替え」

「そっか」

「トオルは?」

「色々。テントとか、食器とか、遠出、道具」

「ふうん」


 その会話で、そういえば着替えも買っておいた方がよかったなと思い、アレンが着替えを買った店の名を聞いたが、店名は覚えていないと返ってくる。そこで、そうだと思い付いたことがあった。


「アレンさんに、後で、渡したい物、あります」

「なに?」

「部屋に戻ったら、渡す」


 そんな会話を挟みんでから注文したものを全て平らげると晩餐の経費は僕が持って宿へと戻った。


「はい」


 僕がアレンに手渡したのは大塚くん特性の靴下だ。

 その形状から足に装着する衣服だろうということは分かった様子のアレンはベッドに腰を落とすと靴を脱いで足先を靴下に突っ込んでいた。


「はあ……良い」


 ひとしきり感動した後で御礼を述べたアレン。僕の友達が作ったんだよと宣伝しておいてから、友好の証にと言葉を添えておく。


 その後僕は、宿の一階にある身体を綺麗にする場所で昼間の汗を流した。アレンは既に終えていたようで、もう寝ると言って先にベッドに潜り込んでいる。

 この世界で身体を綺麗にする一般的な方法は、身体を拭く。になる。宿だと使用する水温の違いで値段は変わり、水だけなら一杯の桶で鉄銭五枚。お湯にすると値段は跳ね上がり、鉄銭が十枚で一枚に換金できる銅貨が二枚も必要となる。

 とはいえ、銅貨一枚は百円相当だと考えていい。二百円でお湯が使えるなら寒い時期なら迷わず使うべきだろう。


 お湯の方が汚れも落ちやすいし、風邪を引く心配を減らせるし、効率も予防も良い方を今後も選択していきたい。

 狭いシャワー室のような場所で全身を綺麗に拭き上げると、最後に残ったお湯の中に頭を突っ込んで全体を濡らし、持参した石鹸を使って指先で揉み洗いしてから頭皮をさっぱりとさせた。


 部屋に戻ると、アレンは既に寝息を立てていた。

 昼間の経験は、相当に疲労させ、その小さな身体の精神を削ったはずだ。この時間まで眠気を感じさせずに起きていれたことの方が奇跡ともいえるような体験に近かったはずだ。


 そんな思考を一瞬展開した僕は、そっとアレンに近付くと布団から出ていた指先を、そっと自分の指先でつまんだ。


「ウィル、ク、フィル」


 唱えのは、魔法だ。それは補助魔法の一種。いや、回復魔法の一種にも分類される、付与魔法だ。

 その効果は疲労を回復させるなどの自己治癒能力を向上させるもの。相手に触れてしか魔法を付与できないので、こうしてアレンに触れた状態で詠唱を唱えたということになる。この付与魔法は休む時にこそ真価を発揮するもので、休んでいない時に使ってもほとんど意味のない代物らしい。


 アレンの輪郭りんかくほのかに輝いたのを見て小さく頷いた僕は音を立てなうように気をつけながら自身のベッドへと潜り込む。


 目覚まし時計が欲しいところだが、その辺も魔法でなんとかなってしまう世界だ。僕は眠りに落ちる前に燭台しょくだいの灯りを消火し、自身に目覚めの付与魔法を付与してから重い目蓋を落とした。


 急加速的に眠りに堕ちていく意識の中で、自分にも疲労回復を助ける魔法を掛けるべきだったなと暫し後悔した。が、目を覚ますのも億劫おっくうなのでそのまま微睡まどろみの海の中にダイブして、心地良い眠気に全身を委ねた。寝具は硬いが、まあそれはいい。



◆◇



 翌日。


 前日の反省点を経験値に変える為、今日は亜人種の討伐依頼を受けた僕らは、昨日とは違う場所へと徒歩で向かっていた。


 朝方。僕が自身に掛けた付与魔法の効果によって悪夢にうなされて飛び起きたのをきっかけに目覚めた二人の足取りは既に軽いものとなっている。


 あの付与魔法の欠点は覚醒の為に見る記憶を自分では選べないという点だ。今回見た記憶は悪夢ともいえない内容ではあったが、僕のトラウマの一つであることは間違いない……のだろう。こうして目覚めに選択された記憶だったのだから。

 どんな記憶だったかといえば………バインバインな記憶だったとだけいっておこう。

 朝からそんな記憶で飛び起きたからか、ベッドから立ち上がるのに若干の時間を有したがパンツは汚れていないとも追記しておく。

 そして、悲鳴を上げつつ飛び起きた僕の無様な姿を見てか、アレンの硬い態度も更なる若干の軟化を見せていた。そりゃあそうだよね。寝ぼけ気味に「ひぃぃ、おっぱい怖いぃぃ」とか口走りながら涙を浮かべてる男なんて強そうにも見えなければ怖くも見えないだろう。いやある意味では怖かったかもしれないけど……。そんな無様な姿が奏してアレンの態度は若干軟化している。まさに一石二鳥。とでも納得して早く忘れることにしよう。


 そんなことはさておき、今日僕らは、二人きではなかった。

 周囲を見渡せば三〇名の冒険者の姿がある。その全員が同じ依頼へと向かう所謂仲間で、お互いに協力的な立場となる所謂レイドパーティのようなモノだ。

 とはいえ、大規模であるという点以外レイドの要素はなく、この依頼自体にも人数から考えても危険は少ない内容となっている。


 今日の依頼の内容は所謂山狩りだ。広範囲に展開した僕ら冒険者が一気に、横一列に並列して、山中を進み目当ての魔物を狩り進めるといった感じの内容になる。


 実績が少なく、また、冒険者として一番経歴が短いのが僕らだ。何せ二日目だし。そんな僕らは一番安全なポジションを陣取ることが既に確定していて、活躍する機会はそれほど与えられないだろうなとは見ている。二人。という少ない人数も相まって、僕らの扱いは完全にオマケ程度だ。


 この依頼を受けようとした時、所謂不良少年的な冒険者から多少の絡みはあったものの、比較的穏便に経緯は進んでいるといえるだろう。

 その最たる理由が、アレンの容姿に惹かれたベテランチームのショタ好きお姉さんの存在と庇護ひご的な発言だが、当人もそれほど嫌がる素振りを見せていないので特に言及げんきゅうはしていない。何に対してかと言うと……

 必要以上に肌と肌を触れ合わせイチャイチャとしている様子は羨まし……いや微笑ましい限りだが、実際にその矛先が僕に向けば逃げ出す自信しかないので内心はホッとしている。いまアレンは、そんな状況だった。


 女性関連に関しては、この異世界に来て以降色々とあって正直トラウマしかない。主にご主人様がそのトラウマの主役ではあるのだが、あから様に敵対心を向けられたことも何度もあったので、今は女性はいいやといった心境なのが正直なところだ。


 まあ、そんなつまらない話はどうでもいいとして、僕は密かな目標を、この依頼と並行して遂行するつもりだった。


 実は今回、この依頼を受けようと思った最大の理由が、僕の防具の素材となる魔物もその地域に棲息しているという情報を知っていたからになる。

 その魔物とは一度戦ったこともあるし、そこまで脅威度の高い相手ではないことも知っている。前回は素材の回収すらしなかったが、今回発見すれば素材を回収させて欲しいとベテランチームのリーダー様に話は通してある。


 魔物素材由来の武具は下に見られがちだが初心者の登竜門でもある。その点をリーダー様も身をもって理解度がありこころよく承諾を頂いている。


 そうして三時間ほど街道を歩いただろうか。

 森を突っ切るようにして切り開かれた街道が続いている場所まで到着し、暫しの休憩タイムとなった。休憩後は東側の森へと入り、全体的に連携を取りつつ山頂付近まで進む予定だ。


 昨日と何一つ変わらない朝食は食べたが、起床から既に三時間以上が経過し、腹具合はいい感じに空いている。周りを見渡せば軽く食料を口にしている冒険者も多く、僕も遠慮することなく買い込んでおいた食料を取り出した。


「アレンさん、食べましょう」


 そう言って干し肉と堅パンの一切れを差し出しばアレンは遠慮がちに御礼を述べ食料を手に取った。それでも、食べ始めれば遠慮なんてしないのが子供だ。


「塩気が、いい感じですね」

「うん。このお肉も、美味しい」

「ちょっと、歯応えが、強すぎますが」

「うん。確かに」

「パン、どうぞ」

「ありがとう」


 ぶちり。と引き千切るようにして干し肉を小さく噛み分け、口に広がる塩気と肉の味が唾液を補充する。口内の温度でゆっくりと溶ける脂肪分は甘さを仄かに感じさせ、スープに入れれば出汁としても活用できそうな強めの塩気を風味豊かなパンで中和させつつ咀嚼そしゃくを繰り返す。

 その全てが口の中で一つのハーモニーをかなで、味は満足できるものだった。最後にゴクリと水を一口飲み干し、軽い食事を終えた僕らはベテランチームへと視線を移した。


 ベテランチームのパーティ名は、爽やかな音。といった意味合いの言葉になる。そのパーティ名からさぞかしイケメンな男性が登場するのだろうと思っていたけど、実際に目にした男性陣は男臭そうな面々ばかりだった。

 名称詐欺感はあるがベテランだけあって経歴は長い。昔は爽やかイケメンだったのかもしれないが今は違う。まあそれはいい。

 今回、ベテランチームは依頼を遂行すいこうする筆頭メンバーという訳ではなく、どちらかというと引率いんそつのような役割をになっている。

 ベテラン以外の冒険者は皆若い。経歴も短い者が多く、そんな新人に対してベテランチームは広範囲にバラけて護衛のような立ち位置で行動することになっている。

 僕らはその中でも、中央を進む一番安全なパーティの一つに選ばれ、僕らを含む七名の冒険者を左右から挟むようにベテランチームの二人が進むことになっていた。


 お姉さんの方は僕らや周囲の冒険者の護衛的役割も果たすが、もう一人、左手を進むリーダー様は不測の事態に対応すべく臨機応変に動く予定だそうだ。


 三〇名中二五名は新人といえる冒険者だ。横一列となった両端付近に二名のベテランメンバーが陣取り目を光らせ、一人は斥候せっこう役として少し先を進む。そんな布陣で三百メートルほどの広範囲を追込み漁の要領で進み始めた。


 その森は日本の森林ように間引きなど行われていない原生林だった。当然、見通しも悪ければ行手を阻む草木も多く生い茂っている。とはいえ、そこに獣道と呼べる道筋が時折現れる。そこを巧く活用しながら自前の武器やナイフで道を切りひらき進むべき道を確保していった。


 リーダー様やお姉さんはしきりと周囲に目を向け、耳を澄ませ周囲の様子を目視や音で確認しながら進んでいる。接敵があれば斥候役の男性が合図を上げる手筈になっているので、二人は新米冒険者の動きを把握することに努めているようだ。


 そんなことをアレンの先を進むお姉さんの様子から見てとると、その状況把握をなるべく邪魔しないようにと静音を心掛けて進んだ。

 アレンは、今回は僕の様子も注意深く見ていたようだ。払えば済む枝を払わずに潜り抜ける姿や多少遠回りになるが迂回した姿を見て理解したらしく、自分も同じように静かに動くことに努めていた。

 しかも今回は、既に剣だけは抜いている状態だ。見通しが悪いという視覚的不安要素もあってかもしれないが、臨戦態勢を常に意識して進んでいる様子からは成長しようという意思が垣間かいま見れるようだった。


 そんなことに笑みを零しつつ、両隣りの音に合わせて進むことに意識の半分以上を割いていた。



 ———最初に聞こえた音は鳥がさえずるような高い音色だった。

 それと同じ音色が右隣りから上がり、続けて左隣りから上がった時、それが合図であることを把握した。

 その音は遥か遠くからも連続して聞こえ、続く音色の調子で大まかな位置を伝えたらしい。


「右ね。もう暫く進むわよ」


 同じようなリーダー様の言葉が左からも微かに耳に届いた。


 暫くすると明らかに戦闘音といえるものが右手側から森に響いた。

 金属と金属が触れ合う剣戟の音が何度か続き、枝をへし折る高い音が断続的に続く。その戦闘音が収束した頃、再び指笛の合図が鳴り響きリーダーの声が続いた。


「マルス、ベンジャに注意しろと回せ」

「はい!」


 僕ら中央を通り越して次の接敵は左手だった。伝達の声の感じから百メートルは離れているだろうと想定して進んでいると微かな剣戟が耳に届き始めた。その音も直ぐに止み、森は再び静寂に包まれる。


 そうして四時間以上の時を掛けて森を進み続けた結果、僕らは最終到達ラインとして定めていた森が絶える山頂付近にまで歩を進めていた。


「休憩後、下山を開始する。それまで充分身体を休めておけ。刻限は、この木の影がこの枝を超えるまでだ」


 休憩地点とした岩肌剥き出しな斜面に各々のが自由に座るなどして休憩を取っている。リーダーが示した木の影は全員から見易い場所にあり、その影が伸びるだろう先の地面に枝が一本置かれていた。


 時間的に見て三〇分ほどだろうか?そう見当を付けた僕は上空をあおぎぎ見て日没までの時間を陽の角度から計算する。

 日没まではおよそ五時間といったところだ。下山は登りよりも迅速に行われるだろうから二時間も見ていればいいだろう。そこから徒歩で街へと向かったとして、ちょうど陽が沈む頃に辿り着く頃合いになると予想される。


 山を降り街道に出れば少し暗くなったところでそれ程問題はない。流石はベテランといったところか、時間配分も見事な采配で依頼は終わりを迎えそうだった。


 そんなことを考えながら再びの軽い栄養補給を済ませながら空を見上げていると、斥候役の男性が戻ってくるのを視界の端で捉えた。

 その男性がリーダーに耳打ちする。何度か遣り取りをした後にベテラン組が一箇所につどった。そして。


「山の裏手に小規模な集落を発見した。これより予定を少し変えて下山班と強襲班に別れ行動したいと思う。誰か名乗りを上げるチームはないか?」


 これで帰れると思っていたからか、はたまた疲労が溜まっていたのか、僕の予想とは裏腹に声を上げるチームはなかった。


「やりたい」


 そう言ったのはアレンだ。その目は僕を捉えている。

 ピクリと反応したお姉さんを視界の隅に、僕はアレンへと視線を向けると口元に笑みを浮かべた。


 何せ、亜人種と戦うべく街を出て結局一度も戦えなかったんだ。消化不良となって当然だし、新米組で戦っていないのは僕とアレンだけになるだそうだ。

 このままじゃ、追加の報酬は僕らだけ一切出ない。まあ戦闘がなくても最低限の報酬は当然用意されているので問題はないが、正直戦いたいなと僕も思ってはいたところだ。それに、僕の本命といえる魔物の姿も報告も聞いていない。亜人種が増えたことでどうやら生息地が少し変わったらしい。裏の目的も達成できずアレンの経験値も稼げなかったとなると、この依頼を受けたのは少々見込み違いになってしまう。


 コクンと頷くとアレンは直ぐに二人でも良いかとお姉さんに尋ねた。正直、二人だと人数不足だったのだろう。それに加えて僕らは一番弱いと思われている。その為すぐに返事はなかった。ベテランチームが会議を始めたがその進捗しんちょく具合はかんばしくはない。


 ここで変な意地を見せても仕方ないし目立つこともしたくなかったのでアレンに声を掛けておくことにする。


「今日は、諦めましょう」


 アレンは少し悔しそうにしながらも頷くと木の影の位置を確認してから出立の準備へと入った。


 その後、僕が辞退する言葉を入れても、我こそはという立候補者が出なかったのでベテランチームが一つのチームに声を掛けていた。そのチームは新米組の中では一番経歴が長く、また、功績もある三人組のパーティだった。


「リディ」

「えー。もう帰る気満々だったのにー」

「お前は戦ってないだろ?」

「しょうがないじゃない。こんな森じゃ、私の魔法は使えないんだし」

「この先の地形は存分に遣えるぞ?」

「ゴブリン何匹か燃やしたって仕方ないのよね。悪いけどパスよ」

「そう言わずに、な?」


 ベテランチームは平均年齢が二五前後といった感じだ。対するリディと呼ばれた女性は、女性という言葉が適切かどうか微妙な年頃の若い女の子だった。

 会話の内容はアレンに通訳を頼みつつ理解したけど、まるで対等といった感じの言葉遣いだったことだけは僕にも辛うじて理解できていた。


 この新米三人組パーティの構成は、正直馬鹿げているというか、大丈夫かなと首を捻りたくなる構成だ。

 リディと呼ばれた女の子は会話からも分かる通り火系の魔法を遣う魔法使いだ。そしてもう一人の女の子は、こちらもスタッフを手にした魔法使いの様相をしている。その女の子は明らかに回復系とは思えない装備だ。そして最後に、大きな盾を持った少年がいて、彼はどう見ても所謂タンクといった役割を果たす超絶前衛職の少年だ。


 そんな三人の戦いの様子を想像すると、最前線で敵を一挙に引き受けた少年諸共、高火力魔法で後方から薙ぎ払う女子二名の姿が頭に浮かんで仕方がない。

 というか、その戦法以外成り立たないと思うんだ。魔法使いにターゲットが向かえば少年以外に前衛職が居らず危機に瀕することになる。例えそれを補うようにもう一人の女の子が魔法を放ったとしても仲間を助けるという結果を齎すかもしれないが、単体に対して魔法を放つという愚行を犯す行為ともいえる状況になる。それが続けば魔力は次第に底を尽き、底を尽く前に少年が引き受けている魔物を全て殲滅できなきれば終わりだ。

 ゲームとは違い後衛職が真っ先に狙われることが当たり前な世界で、この構成は明らかに頭がおかしいとしか思えない。

 仮に女子二人が近接戦闘も強いタイプだったとしてもだ、それなら剣の一本でも持っていそうなのに、二人は杖以外の武器と呼べる物を身に付けてはいなかった。


 赤毛を二本の小さな角のような見た目に束ねた髪型が印象的な少女リディがこちらを横目に見ている。その口がNOを意味する言葉をつむぐ。どうやら僕らを加えることを拒否したようだ。それならそれでいい。というか、紙装甲の僕らが彼女らのフレンドリーファイアを耐え切れるとは思えないのでむしろありがたいくらいの申し出だ。


 このままここに座っていれば連れて行かれそうな予感がした僕は腰を上げる。そして下山する道へとアレンを連れて進むと可愛い顔をしたアレンにこう言って貰った。


「そろそろ下山しましょう」


 リーダーが示した休憩時間は既に刻限を迎えている。これなら誰も文句はないはずだ。


「ちょっと待って、行かないの?」


 文句ではなかったが少し残念そうな声が上がった。その声の主は当然リーダーチームのお姉さんからだ。チラリと僕を見たアレンは多少不満そうではあるが今日は大人しく街に帰るとお姉さんに伝える。そう言われてしまったお姉さんが話の矛先を変えて近付いてくる。


「このままじゃ追加報酬出ないけど、いいの?」

「はい、大丈夫です」


 明確に聞き取れたのは報酬といいのか?という言葉だけだったが脳内補填で言葉を繋ぎ僕は答えた。お姉さんは眉尻を下げるとリーダーへと視線を移している。


「諦めろサラ。その代わり、集落へは俺とデイス、バーンとリディ達で向かう。サラとティオは下山して皆を街へ送って行け」

「……そう。わかったわ」

「三人で大丈夫ですか?」

「問題ない。火力面はコイツらに補ってもらうさ」

「私は帰りたいんだけど?」

「協調性がない冒険者だった。そう報告されたいのか?」

「はいはい。行けばいいんでしょ行けば」


 こうして山を降り始めた僕ら一行は、予定よりも三〇分ほど早く麓の街道へと何事もなく辿り着いていた。そのまま街道を進み、夕陽が稜線りょうせんに沈む前に門を通過する。冒険者ギルドへと向かい、少額な報酬を受け取って解放となった。


「アレン、食事行かない?」

「いいですよ」

「ふふ。おごってあげる」

「ありがとうございます」


 と、にこやかにお姉さんと会話しているのはいいが、アレンはわかっていて了承しているのだろうかと少し心配になった。まあ、何事も経験は大事だ。たとえアレンが多少のトラウマを抱えようとも、その相手が概ね好意的な相手であるなら全然セーフだし、男色ショタ変態野郎でもないので僕は一切止めはしない。ま、本当に食事だけって線もまだ残ってはいるしね。


 食事中、お姉さんはいい感じにお酒が入り、元々醸し出していた色気に蠱惑こわく的な魅力が追加されていた。そんなお姉さんに声を掛けてくる男性も多く、それを軽くあしらうお姉さんは終始楽しそうで、僕としても会食は楽しいものとなった。けど、その目は段々と肉食獣めいた眼差しへと推移していた。その瞳が捉えるのは、当然アレンただ一人だ。なので……


「じゃあ、僕は先に、宿に戻ります」


 え?といった顔を見せたアレン。分かってるじゃないとでも言いたげなお姉さんの流し目を受けつつ奢って貰ったことに感謝の言葉を述べてから、アレンをチラリと見る。


「朝……いや、昼までには、戻って下さい」


 困惑気味なアレンの肩に手を置いて、僕はきびすを返すと店を後にした。

 アレンの帰還する時間によっては明日は休みだ。朝に戻らなかったら明日は一日訓練にでも当てようと思いつつ宿を目指し、部屋に荷物を置いてから一階で身体を清めると、硬いベッドに座り吉澤さん特製の塗り薬を取り出した。


 下着一枚の姿は何ともだらしないが、虫刺されを放っておくと大変なことになることは身を持って知っている。念入りに身体のあちこちを確認して塗り薬を塗り込み、服を着込むと布団をかぶった。


 二つ歳下な男の子に先を越される心境は、まあ、さざなみ程度の穏やかなものだ。羨ましいと思う反面、自分には無理だなと臆病になっていることを自覚している。そんなことを考えていると部屋の扉がノックされた。


 ……まさか、お姉さんの相方が僕を誘いに?


 そんな思考を展開し一瞬固まってしまったが、続くノックの音で我に返った僕はベッドを抜け出して施錠を外しゴクリと生唾を呑み込みつつ扉をゆっくりと開いた。


「……アレン、さん?」


 うらめしそうな視線を向けたアレンは何も言わずに扉の隙間から部屋の中に身体を滑り込ませる。そのまま装備品を外して身軽な姿になると着替えを持って「水浴びしてくる」と言い残して扉の前に立ったままだった僕の目の前を通過した。その背中に慌てて声を掛ける。


「お湯、使う」


 ピタリと動きを止めたアレン。そのまま向けられた視線は恨めしそうな感じには変わりないが、その視線に若干違う成分が混じっている。ああそうか。と走って荷物を漁り銅貨二枚をアレンに握らせると、まだまだ不満そうなアレンの背中を押して廊下へと進ませた。歩き出したアレンを見届けてから扉を閉める。


「なんだ。アレンもチキンだったのか」


 ハハ。と乾いた笑い声を上げたがアレンを馬鹿にしたわけじゃない。仲間が居たんだと安堵し、我ながら情けないなと思うことに対しての自嘲じちょう嘲笑ちょうしょうだ。


 アレンが戻って来たら塗り薬をあげよう。今日は虫刺されが酷かったからな。そして念の為に、あの薬も渡しておくか?いやまだ早いか?暫くは女性はり懲りって状態だろうし時を見てからでも遅くはないか。


 こうして、その日の夜は、ちょっと重い空気のまま夜が更けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る