第11話 冒険者

 僕が冒険者となる為に王国側から提示された条件は四つ。


 一つは、監視者を一人同行させること。

 一つは、言語通訳機能を有した魔導具の返還。

 一つは、街を移るなど大規模な移動の際には必ず行先を明確に伝えること。

 一つは、冒険者としての依頼を受けている状態でなければ王都を出ることもできず、街を移ることもできない。

 正確にいえば五つだが、五つ目の条件は条件ともいえないような内容なので割愛しておく。


 監視者に選ばれる人物には悪いことをしてしまったなと、正直気が滅入めいりそうな気持ちはあったけど、その人物と面会をたした時に、その後ろめたい気持ちは綺麗に払拭ふっしょくされた。

 何故なら、その人物は僕よりも二つ歳下で、騎士見習いとなる試験に落第してしまった、所謂いわゆる落ちこぼれくんだったからだ。


 彼が国から提示されている報酬は、この任務を遂行すれば騎士としてり立てるという内定予告が提示されているそうだ。その上、毎月多少の報酬金が付くそうだ。とはいえ、その報酬は任務が終わった時にようやく受け取れるそうで、ちょっとした定期預金をしながら冒険者となり、冒険者として活動する期間を自身を鍛える期間に当てれるということになる。


 これはお互いにウィンウィンな関係だ。

 僕は通訳代わりとしても期待できる仲間を、彼は閉ざされたはずの騎士への道が開かれたことになるのだから。

 と、騎士団の人から説明を受けた時はそう思ったのだけど、その考えはどうやら楽観的過ぎたようだと、考えを改めた方が良さそうだなと、監視者となった少年を前にして僕は思った。


 これからよろしくやっていくはずの彼の態度はかたい。あまりにもだ。

 にらみ付けるような視線には拒絶きょぜつ怨嗟えんさのような物が明らかに含まれている。今日が初対面であり、召喚されて以降人畜無害な平和的人物として活動してきた僕に対してこの態度だ。そんな態度から考察するに、国から何らかの指示を受けていることは明白だろうと考えた。その指示は僕を敵対視するに充分なモノだったと考えるべきだろうと、そう僕は考えた訳だ。


 かもすれば、騎士になんかなりたくなかった。って線もあるかとも考えたが、彼の家は裕福という訳ではなく騎士になることは最高のほまれともいえるような底辺階級の家の出らしい。他に兄や姉、妹や弟もおり、彼一人が抜けたからと家族が路頭に迷うこともなさそうだ。そもそも彼の両親は健在である。経済面からこの線はないと判断したした僕は、彼が受けたであろう指示の内容にしばし想いをせた。


 この、明らか敵対心を感じさせるような視線の根底にあるモノは拒絶だ。その原動力となったモノは、目の前の見知らぬ男と仲良くなりたくはない。なるわけにはいかないと思う心の裏返しだろう。

 行動を共にし、冒険者としての活動を手伝いはするが、あくまで自分は監視者であり、お前は国にあだす可能性のある危険人物だ。彼はそう説明され、それを鵜呑うのみにしているのかもしれない。

 その上、僕が国側に対して不利益となるような、あるいは、行方ゆくえをくらませるよな姿を一瞬でも見せれば、僕を殺すよう指示を受けていると見るべきだろう。

 、宿は必ず同じ部屋を取るようにと条件の一つとして提示された程だ。夜間の監視も彼の任務には含まれていて、その為に何らかの拘束具などを使われる可能性すらある。毎晩手枷足枷をめられた状態で寝るのは正直に言えば嫌だが、それが彼の任務ならば甘んじて受け入れる他ないな、と考える。


 そんな堅すぎる、反抗的ともいえる態度を見せている彼の名はアレンだ。

 背は僕より頭一つ分以上も低く、金髪のベリーショートヘアに幼さが色濃く残る顔立ちをしていて目元はパッチリとしている。日本人とは違い多少顔の造形のホリは深いが非常に子供っぽいというかワンピースでも着せれば女の子にも見えそうな顔立ちをしていた。

 ここにショタ好きなお姉さんがいればよだれを垂らしただろうし、男色ショタ趣味な変態野郎がいれば軽く殺意をいだいただろうことは言うまでもないほど、彼の顔は幼さと中性的な様相ようそうていしていた。


 そんなことはさておき、彼に僕から与えた最初の任務は、今から二人部屋の宿を手配し、が沈んでから暫く待ち、夜もけた頃に王城の門の前に迎えに来ることだ。

 何故そんな時間帯にわざわざ迎えに来させるのかというと、僕が冒険者になることは居残り組に対して内緒の案件だからだ。


 修也一行が旅立って早くも三日。

 未だ僕ら居残り組は王城内部に在る宿泊所で寝泊まりをしている。


 修也達との別れは盛大に、涙なしでは語れない呈をしていたが、その内容に特筆とくひつすべきことはなく、自分でも恥ずかしいほどにグダグダだったので記憶の奥隅おくすみへと追いやっておくことにしている。


 そして三日という期間で国から許可を取り付けた僕は、僕の冒険者としての活動を確実に邪魔してくるであろう友人達に内密にしたまま王城を出ようと考えていた訳だ。


 皆には悪いが、どうか理解して欲しい。

 これまでに手掛けてきた全てのことは僕が居なくても回るようにはしてある。

 立花さんからマネージャーは消えるかもしれないが代わりの人材は幾らでもいる。エレキギターは無理だったけどもだ、音楽は問題はない。僕以上にギターを上手く弾ける人は既に確保してあるし、楽曲の再現だって皆で力を合わせれば僕以上に上手くやれることは確実だろう。

 吉澤さんから助手が消えるが、これも代わりの人材は幾らでもいる。寧ろ、僕が居ないと回らないことなんて一つもないんだ。


 だからどうか、理解して欲しい。

 


 門兵や王城内部を巡回じゅんかいしている騎士にはすでに話を通してある。後は気付かれずに僕が宿泊所から抜け出すだけでいいところまでは来ていた。

 幸い、女子部屋と男子部屋は別棟べつむねでそもそも離れているし、夜間の移動は当然のように禁止されている。各部屋にはトイレも有り室外に出る理由は一切ない状況だ。

 失敗する未来なんて微塵みじんも無い状況だけど少し緊張してしまうのは仲間に対する裏切りからくる罪悪感か、はたまた、女のかんは馬鹿にはできないぞという身を持って感じた教訓がもたらす警告の現れか。

 なんてことを考えている間に夜は更け、僕は中身は少ないけども大きなバックパックを背負って自室だった場所を後にした。


 サイドテーブルの上には慣れ親しんだイヤーカフが置かれている。

 私物は多いがその殆どを残してきた。皆がそれぞれ活用してくれるだろう。手紙とはいえないモノも各自宛に残しては来たが、その内容が家出する子供のような台詞にいろどられた内容なので割愛する。


 着替えや必要な物が詰まったバックパックを背に、腰には使い慣れた剣をたずさえ、静かに扉を閉める。小さな蝋燭ろうそくあかりを頼りに足音を殺すでもなく廊下を進み、巡回する騎士達に別れの挨拶の言葉を述べつつ僕は長い回廊かいろうを進んで行った。


 その先に、ご主人様が仁王立ちで待ち構えていた。


 なんてこともなく王城と王都を隔てる門の所まで辿り着くと軽く挨拶と別れの言葉を口にし、僕は王都へと降り立った。


「ごめん、待たせた?」

「いいや。それほど、待ってない」


 僕の現地語はいまつたないとしかいえないレベルだ。僕が単語を並べるように言葉をつむぐと、彼もそれに合わせたように返事を返してくれた。

 そのことから見ても気配りはできる少年なのに、二、三歩引いた状態で敵対的な視線を向け続けていることは残念だなと思ってしまう。

 とはいえ、彼の為にも仲を必要以上に深めようとは思わない。僕がいつトチ狂って王国から逃げ出そうと考えるかなんて僕自身にも分からないことだし、そうなった場合辛い思いをするのはお互いだといえるからだ。


 無言で歩き出した彼は先導するように暗い街中を進む。そうして会話を一度も挟むことなく歩き続け、冒険者ギルドから近い宿に辿り着き、部屋にそのまま案内された。


 質素しっそ。そんな言葉がぴったりな部屋だ。

 ベッドは二つ。それ以外に家具と呼べるモノは存在しない。トイレも共同で一階に在り、荷物を置ける多少のスペースがある以外に特筆すべき点は何一つとしてないシンプルな部屋だ。窓はガラス窓ではなく木製の開閉式。溶けかけた蝋燭が乗る燭台しょくだいが唯一の灯りで、その灯りはアレンの手に握られている。


 入口から正面は通路と荷物を置くスペースを兼ねた場所だ。その先の壁に閉ざされたままの窓が見えている。入口から右手に見えるベッドの幅もシングルサイズより若干狭めだ。長さこそ充分な長さではあるが二つのベッドの距離は近く、部屋も二人部屋にしては余りにも狭い。そんな部屋を一頻ひとしきり見渡してから口を開いた。


「値段、幾ら?」

「一泊、朝食、銅板、三枚」


 荷物を床に置きつつ尋ねるとそう返事が返って来た。朝食付きで銅板三枚なら大体三千円といった感じの値段設定になると考えていい。それは想定していた金額内であり、僕が彼に提示した条件にも合致がっちする。

 優秀な相棒に頷くことで感謝を表した僕は、奥側のベッドに座ると一転、顔をしかめた。


「硬いな…」


 日本語を耳にしたアレンはいぶかしむような視線を向ける。その視線に硬いという単語を返しながらベッドを軽く叩くと「そうか?」って感じで言葉が返ってきた。どうやらこれくらいは普通の硬さに入るらしい。まるで畳に直接寝るような硬さだが文句は言ってられない。これが普通だというのならば順応するだけの話だ。

 気持ちを切り替えて靴を脱ぎベッドに横たわると、立ったまま此方こちらを見ているアレンと一瞬だけ視線が交錯こうさくした。そこで、ああそうかと思い出した。


「拘束、する?」

「???」


 言葉が上手く伝わらなかったのか、僕が口にした単語が間違っていたのかはよく分からなかったが、疑問符を浮かべたような顔をしているアレンに続けて言葉を投げる。


「拘束具。付ける。僕、逃げない」

「………いや。拘束具、無い」

「あ、そうなんだ。じゃあ何で………何で、立ってる?」


 最後の言葉は現地語で尋ねると彼は葛藤かっとうするような仕草しぐさを見せてから、背中に背負うようにして身に付けていた盾を外し、腰から剣帯ごと剣を外しベッドに置くと、くるりと反転して腰を落とした。

 かちゃかちゃと装備の留め具を外す音が聞こえる。安そうな皮の鎧を外すことに多少苦労している様子だったけど、えて僕は手伝おうとも、声を掛けることもせずにその背中を見ていた。


 彼は今年で十二歳の少年だ。日本なら小学六年生の歳になる。

 そんな彼が親元を離れ、騎士となるべく試験を受け、しかしそれに落第し、実家に戻ろうとしていたところに今回の話を突然持ち掛けられた。

 彼にしてみれば願ってもないチャンスだったかもしれない。或いは、従うしかなく不本意だったかもしれない。本当は実家に戻り兄姉や両親の手伝いをしたかったかもしれない。或いは、冒険者として生きる方法しかなく助けに船ともいえる状況だったかもしれない。


 まだ、その辺の話は聞けていないので現状ではいくら考えても〝かもしれない理論〟にしかならないが、そんな彼に対して想うことといえばそれは「今現在の彼は異世界召喚された直後の僕らにような状態だろう」ってことだ。

 右も左も分からない王都で騎士ではなく冒険者として生きることを強制されているような状態だ。給金は出るといっても微々たるものだ。そこに保証もなければ労災ろうさいもない。げれば騎士になる道が開かれはするが、それが何年掛かる任務なのか明確には期限は告げられてはいない。その上、死ねば終わりだ。何一つとして残りはしない。


 きっと、不安で仕方がないはずだ。

 僕とは初対面だし、その僕は得体も知れない異世界人だ。お互いに名前を名乗り合った程度の間柄でしかない。

 そんな彼と、どの程度仲を深めるか、線の細い背中を見つめながら暫く考えていた。


 期限としていえることは僕からも何もない。何せ修也一行任せで僕には荷の重い話でしかないのだから。

 彼らが魔王を討伐したあかつきにはアレンも晴れて騎士となることができる。そして僕も晴れて自由を手にし、お互い別れることになるだろう。


 反抗的。といえるような態度ではあるが、文句を言ってくることはないし普通に喋ってはくれる。だが、その理由の大きな要因を締めると思われるのが、レベル差だ。

 僕自身のレベルは伝えてあるし、それなりに戦闘経験も積んでいることは伝えてある。たとえ彼が戦闘系のギフトを授かった人物であったとしても、喩え僕が非戦闘系のギフトを授かった人物だったとしてもだ、開き過ぎたレベル差は覆すことは難しく、今はまだ僕の方が圧倒的に強いといえる状態になる。

 そのレベル差が、というより、実力差が埋まる頃には、多少は仲を深めておくべきだろう。反抗的態度を隠す必要がなくなり、その結果冒険者生活に支障が出ては困るからだ。

 ではどの程度かと考えれば、ビジネスパートナーのような仲が望ましいと思える。付かず離れずというより、お互いのプライベートには一切感知せず干渉もしない。そんな間柄を目指すには言葉遣いなどにも気を配っておく必要があるだろう。


 僕は彼をアレンさんといった感じの敬称けいしょうを付けて呼ぶことに決めた。

 そして言葉遣いは目上の人に対して使う敬語のようなものだ。その辺は既に習っているので問題はないし、現地語を使う時は大体敬語だったのでその方が慣れてもいる。


 そうと決めてから、アレンから視線を外してゴロリと転がると、暫くして「消す」と言葉が聞こえた。それに「うん」と返事を返し、しまった敬語だったと思いつつも、そのまま目蓋を閉じると次第に意識が微睡まどろみの中へと沈んでいった。



◆◇



 翌朝。特に不味まずくもない朝食を食べ終えると、僕らは早速冒険者ギルドへと向かった。

 僕には国から支給された身分証がある。それを提示すれば話は通っていたようで、すんなりと冒険者としての登録は終わった。その後、綺麗なお姉さんから冒険者としてのルールをきちんと説明して貰い、分からないことは全て質問して認識の擦り合わせを行うと、早速依頼を受けてみるべくオススメの依頼を聞いた。


「戦闘経験もあり、レベルが十二もあるのでしたら、討伐依頼が実質的には一番実入りは良いですよ?」


 お姉さんの言葉は半分くらいしか理解できなかったけど、そこは有能な彼が補填ほてんしてくれ言葉の内容を理解すると、彼とどうするか暫し話し合うべく視線を向ける。


「レベル、上げたいですか?」

「二人は危険。辞めるべき」

「了解。依頼、選んで下さい」

「……わかった」


 彼は幾つかある依頼の中から定番といえるものを迷わず選択した。注意事項の説明を少し長めの時間を持って理解し、向かうべき場所を簡易的な地図で説明を受けると、充分に紙といえる媒体ばいたいに書かれた依頼書を持ってギルドを後にした。


「薬草、分かりますか?」

「当然」


 街と外とを隔てる門へと向かって歩きながら少し会話をすると、彼の出身は農村といえるような田舎だったことが分かった。

 受けた依頼は僕も見知っている薬草の採取だ。彼も仕事や手伝いの一環で薬草などを採取する機会は多かったらしく、その点には自信がありそうな様子だった。対する僕も、自信は自画自賛するほどにはある。


 僕が居残り組の中では一番レベルが高い理由がこの辺の事情になる。吉澤さんを手伝うに当たり上質な薬草類がどうしても必要だった。そこで僕は護衛と監視を兼ねた騎士を付け薬草採取に足繁く通った経験があったから、他の皆より多少レベルが高いということになっている。


 そんな僕の経験は知らない騎士見習い候補の少年は、何処どこか自信たっぷりに先頭を歩き続け、そして現地へと辿り着いた。

 そこは山のふもとだ。森の奥へと進めば危険な魔物も多い場所になる。そのことを知っているかはさておき、アレンの歩く速度は経験に裏打ちされた確かさが感じられた。


 周囲に視線を向けつつ目当ての薬草を探すアレン。しかし、そこに警戒や索敵といった要素は皆無で、その点は素人丸出しだ。それでも僕は何も言わずに彼の後に続いた。仮に失敗したとしてもそれはアレンの経験に成り、その失敗は成長に繋がると思ってのことだ。


 暫く山道を進んでいると、アレンが立ち止まり指を指した。


「薬草」

「了解です」


 アレンは盾はおろか、剣すら抜いてはいない。僕もそれにならって武器は抜いていないが、いつでも抜ける心構えと準備だけはしている。左手は常にさやを握ることで瞬時に抜けるようには常にしているんだ。

 割と遠目から薬草を見分ける観察眼や洞察眼は賞賛に値するが、その視線をもっと別のモノにアレンは向けるべきだった。


 山道を外れて歩き出したアレン。その後に続いていた僕は明確に異変を捉えている。

 まず、結構前から鳥の声が聞こえない。そしてほのかに鼻をつくような匂いが森の空気の中に混ざっている。

 その分かり易い変化を見逃している時点で彼が住んでいた地域が平和な場所だったことは確定した。けれど、今はそれを喜ぶべき時ではなく、如何に失敗を失敗として認識させ、同時に危機感を芽生えさせつつも安全にことに対処するかが求められていた。


 依頼を受ける時点である程度予測は立てられたはずなんだ。この地域に魔物の討伐依頼が出ていることはアレンも目にしたはずなのに、その依頼と今居る場所を結び付けることができないでいる。

 アレンがこの依頼を受けようと言った時、僕は大丈夫かなと言ってしまいそうだった。それをグッと呑み込んだのは、お姉さんの意味深いみしんな笑みが視界の端で見えていたからかもしれない。


 そんなことを思い返しつつ音を立てずにさやから剣を引き抜く。そうして引き抜いた剣は右腕の後ろに隠すように逆手さかてに持ち、左手をアレンを掴み易い位置に固定させて歩いた。


 アレンがその存在に気付いたのは、目当ての薬草を目の前にして腰を落とそうとした、その瞬間だった。


「———ッ!敵だ⁉︎」


 膝を折り掛けて、跳ね上がるようにして膝を伸ばしたことでアレンは後ろに二歩ほど下がった。その右肩を左手で掴むと、そのまま左方向へと強く押して射線から強引に外した。


 粗末そまつな弓から殺傷能力のある矢が放たれる。その矢を逆手で握っていた剣で弾き上げると視線は向けずに言葉を発した。


「アレンさん!武器、構え!」


 それだけで充分に伝わったようだ。慌てて剣を引き抜く音が耳に届き、四苦八苦しながら背中の盾を構えようとする音が届く。

 とはいえ、そんなことをしている間に相手が律儀りちぎに待ってくれることなど絶対にない。粗末な棍棒を持った亜人種———ゴブリンが二体、僕へではなくアレンへと向かって走り込んで来ていた。

 それともう一体、矢を放った個体がいるのでそちらも注意しておかねばならない状況だ。


 僕は両手持ちもできる剣を走りながら順手じゅんてに持ち替え、そのまま片手を突き出す。その動きに気付き目標を僕へと変えたゴブリンがかわそうと試みるが既に遅い。喉元を抜けた剣が不気味な色をした血飛沫ちぢぶきを上げさせ、同時に仲間から耳障りな声を上げさせた。


 それでも、一体はそのまま真っ直ぐにアレンに向かっている。一瞬視線を向けて確認すると盾を構えて迎撃の構えだけはどうにか見せていた。なのでそのゴブリンは任せることにして僕は視線を右へと振った。


 直後、風を切り裂きながら迫る矢が視界に迫る。首を倒す動作だけでそれを躱すと、そのまま走り出した。


 グギャグギャと理解不能な声が上がり、矢を躱されたゴブリンが弓と矢を再び構えようとしたが間に合わないと判断したのか、近接武器代わりに持ち替えるとこちらへと向かって走り出す。そいつを軽く斬り伏せると確実にトドメを刺してからアレンへと視線を向けた。


 アレンは既に肩で息をしていた。開かれたままの口からは荒い呼吸が続いている。額にはきらめく汗が浮かび、右手一本で持つ剣は如何いかにも重そうに前方へと突き出すように構えていて、今にもその腕が下がってしまいそうだ。


 初陣なら誰でもこうなる。僕だってそうだったし、あの修也だってそうだったし、騎士団長様でもそうだったそうだ。寧ろ、初めての亜人種の魔物との戦闘で、命の遣り取りを行う時に無感情になれる人の方がどうかしているし、そんな人間がいたとしたら危険人物としてマークしておくことを推奨したいくらいだ。それに、本能的に臆病な方が危機を察知する能力に長け、その分生まれながらに勇猛な気質を持った人より長生きはし易いらしい。


 だから、これでいいんだ。喩え何もできなかったとしてもアレンは何も恥ずかしがる必要はないし、初めて命の遣り取りを行う現場にフォローしてくれる人が居たことを喜ぶべきなんだ。


 僕も狼以降に戦った、亜人種の魔物との初の戦闘では無様だった。


 レベルが上がり、目に見えて身体能力の上昇が感じられ強くなった気でいたけど、ちっとも強くなっていないことを痛感させられ、まったく思い通りに動かない身体を不思議に思い、そして困惑した思いに囚われつつ、冷静であろうとするほどに自分が冷静でいられなくなっていく感覚———まるで蟻地獄に嵌っていくかのような絶望感に打ちひしがれながら、絶叫と悲鳴を同時に上げ、涙を流しながら意味も分からず謝罪の言葉を口走る自分が無様ぶざまでいてどこか滑稽こっけいで、このまま殺されるんだろうなと覚悟し、けれどそれに必死で争おうとして剣を振り回していた。


 それに比べればまだ、アレンは上等だといえる。何せ盾で身を固めつつ剣で牽制けんせいを続けているからだ。その結果戦況は拮抗きっこうし未だゴブリンも攻め入る隙を見いだせないでいた。


 僕ほど無様だった人はなかなかいないんだ。それでもこうして低級の魔物と渡り合えるほどには強くもなったし、平常心に近い状態を保てるだけの精神的な強さを身に付けることができたんだ。何も恥ることはないし、寧ろ誇りに思ってもいい。少なくとも僕はそう思う。


 経験は力だ。努力なしの天才などこの世には存在し得ない。

 未熟は恥じゃない。寧ろ先達せんたつを超える可能性を秘めていると考えるべきだ。

 アレンは僕以上の原石だ。磨けば光り、その純度や透明度は高いことが確定している宝石の、大振りの原石だ。


「アレン!」


 僕は自らに課したルールを破りアレンを呼び捨てにした。

 ビクリと跳ね上がった肩が徐々に落ち着いていく頃、視線を彷徨さまよわせていた瞳が僕の姿を捉え、そして弱々しく揺れる。

 その瞳に向かって僕は頷いた。大丈夫だ。そう想いを込めて。死なせはしない。そう伝えるようにゆっくりと。


 視線を切ったアレンがカラッカラに乾いているだろう口を閉じ、そして無理矢理に生唾を飲み込む。大きく息を吸い込み、ジリジリと両脚の幅を広げ、何百回も繰り返してきただろう構えを見せた。突き出すように伸ばしたままだった腕は引かれ、見開かれたままだった瞳は細められ相手だけを捉えている。


 相手が持つ武器は棍棒だ。当たりどころが悪ければ一撃で死ぬこともあるが、盾持ち剣士と棍棒のみの蛮族とならば高い確率で剣士に軍配が上がる。


 そのことを、ようやく理解しただろう。

 乱れていた呼吸は徐々に落ち着きをみせ、腰を落とした姿勢からは踏み込む機会をうかがっている気迫のような物が漂い始めた。


 そうしてみると、追い詰められたのはゴブリンの方だった。

 明らかに相手の隙が消え、虎視眈々こしたんたんと狙う瞳が自分の挙動を正確に捉えている。それは恐怖以外のナニモノでもないだろう。

 威嚇するように、或いは自分を鼓舞するかのように、一声上げたゴブリンは、明らかに無謀といえる選択を選び取った。


 跳び上がり、そして振り下ろした棍棒が盾に止められる。そのまま取り付くように伸ばされた左腕が、一歩引きながら繰り出された剣によって切り裂かれた。

 悲鳴の直後、怒り狂ったように声を上げたゴブリンが決死の形相でアレンへと跳びかかって行く。

 冷静に身を躱しながらアレンは剣を突き入れたが、それは当たらなかった。

 着地後すぐにとって返したゴブリンが上段から鋭い攻撃を撃ち下ろし、バランスを多少崩した姿勢から咄嗟とっさに盾で受けたアレンが更にバランスを崩しながら後退する。


 多少の怪我は剣士の誉れだ。怪我や痛みすら経験となり、それは剣士の血肉となる。怪我も経験しておかねば、痛みも知っていなければ強くなんかなれはしない。

 再起不能となりそうな危機的状況以外、僕は手を出すつもりはなかった。


 攻防を繰り返すうちに次第に呼吸を荒くするアレン。そして次第に勢いを増しているゴブリン。

 着地後にすぐに飛び掛かろうと腰を落としたゴブリン。偶然か、或いはそれを予期してか、バランスを崩して後退させられていたアレンが大きくバックステップを踏んで距離を取った。


 戦況はそれで振り出しに戻ったといえた。

 悔しそうに声を上げたゴブリンがジリジリと、盾の死角に入り込もうと右方向へと動く。その動きに盾を合わせジリジリと後退しつつ回転していたアレンが、自分の犯したミスを悟った。


 背後にある樹木のことに気付けなかったんだ。

 アレンが背中に当たった感触にビクリと肩を震わせ意識の何割かをそちらへと向けてしまった、その瞬間。ゴブリンは地を這うように飛び出していた。


 驚愕に見開かれた目が辛うじてゴブリンの動きを捉える。咄嗟に脚を引こうとしたが背後は樹木だ。それは叶わずバランスを崩すという最悪な結果を招く。が、右へと傾いた身体の反動をうまく利用してアレンがその場から跳び退いた。脚目掛けて棍棒を振り抜いていたゴブリンは強かに樹木の幹を叩き怨嗟の籠ったような声を上げた。


 地面に無様に倒れるアレン。棍棒を取り落としてしまい、それを拾い上げるのに若干の時を有したゴブリン。

 再びゴブリンが地面を蹴った時、アレンはまだ立ち上がれずにいた。


 振り上げられた棍棒がアレンの頭を砕こうと振り下ろされる。

 アレンはようやく地面から立ち上がろうとしていた。

 そこに、僕が放った魔法が飛来した。


 それは付与魔法に分類されるデバフの一種。

 唯一、僕が適合した魔法の中では戦闘中に相手に対して使えるモノともいえる支援魔法の一種。


 その魔法に撃ち抜かれたゴブリンの輪郭りんかくは淡い光りを一瞬放つ。

 慣性かんせいの法則と重力による法則が作用するまま自然降下するゴブリンの身体から放たれる一撃は、目に見えて速度を減速させていた。

 そこに、ようやく体勢を立て直し起死回生となる斬撃を放ったアレンの剣が滑り込んだ。その刃はゴブリンの胸の皮膚を切り裂き、致命傷となる痛烈な一撃でゴブリンの身体ごと跳ね返した。


 どさり。重い音が耳に届いた頃、立っていたのは僕だけだった。

 アレンは膝から崩れ堕ちるようして、今は仰向けに倒れている。ゴブリンは追記する必要もなく絶命の寸前で地面をのたうっていた。


 ゴブリンにトドメを刺すことなくその最期を看取った僕は、荒い呼吸を繰り返しているアレンへとゆっくり近付いて行った。


「おつかれさま」


 そう声を掛けたが、返ってきたのは向けれた視線と小さな頷き一つだった。疲労困憊といった状態のアレンに水の入った皮袋を差し出して、僕は周囲を確認した。


 アレンが見つけた薬草は採取できるような状態ではなくなった。

 ぐるりと視線を回せば、おこぼれに与ろうとこちらの様子を窺っている野生動物の姿が幾つかあった。そのどれも危険なしゅではない。ただ単に食事にありつけると思って様子を見ている動物だ。

 ゴブリンを斃したのなら死体の後始末も冒険者の役目となる。放っておけば疫病の発生の恐れがあるし、何より不死者化して動き出す恐れもある。

 どのように処理するのかといえば基本的に焼却になるのだが、こうして野生生物が処理してくれるというのならば任せてもいいそうだ。それはこの一月ひとつきほど僕に付いていてくれた男性の騎士から教わったことだ。


 アレンの体力が回復するのを待つ間に、僕は討伐の証となる部位を回収しておくべく歩き出した。回収する部位は統一すればどこでも良いらしい。耳や親指を含む手の一部。鼻や足首といった部位の中で、その時に統一できる物を選択するのがベターだそうだ。まあ、耳が最もポピュラーらしが、状況によっては親指や足首って場合も多いらしい。

 今回は左耳にしておいた。最も嵩張かさばらない部位だし、何より回収が簡単だから。それを厚手の布袋へと詰め終わった頃、ようやく身を起こしていたアレンがヨロヨロとした動作で立ち上がった。


「アレンさん、大丈夫、ですか?」

「……はい。大丈夫」

「じゃあ、行きましょう」

「はい」


 水の入った皮袋を受け取り、今度は僕を先頭にして暫く森を彷徨った。


 薬草の納品数は最低でも五株ごかぶだ。多い分には追加で報酬を支払うとあるが、状態が悪い物は減額、或いは受取り拒否となっている。依頼成功の条件は最低でも五株、合格ラインの薬草を納める必要のある依頼になる。


 暫く歩いていると森の中に小鳥の唄が戻ってきた。まるで平和になったことを喜ぶようなそのさえずりに耳を傾けながら、見つけた薬草の元まで歩を進めるとバックパックから採取用の道具を取り出した。


「一つ、任せて、いいですか?」

「はい」

「じゃあ、そっちを」


 僕は二枚の布を広げてから、根を傷付けないように広い範囲に木製のスコップを入れた。

 対してアレンは、疲れた様子を見せながらもグッと剣を地面に突き刺すと、まるでたけのこでも掘り返すかのように梃子てこの原理を使って薬草を一気に掘り上げた。


 口を開き掛けて、それを閉じる。


 これも経験かな。それとも収入を優先すべきかな。と迷う僕を他所よそに、手早く掘り上げたアレンは僕が用意した布の上に薬草をどさりと置いた。


 扱いが雑だなあ。と思う。すぐに個人分だけを調薬するならそれでも問題ない場合もあるけど、複数の数を調薬する人から言わせれば可能な限り自然の姿のまま持ち帰って欲しいのが本音だ。ともあれ、そんな状態の薬草に対しては文句は言わずに減額か受取り拒否をするのだろうけど。


 広く深く土を掘り返す僕を見てアレンはまだか?と言いたげな視線を向ける。そんな視線を気にすることなく、掘り上げた薬草の根本に挟むように指の根本を添え、掘り返した土の下に手を差し入れ、全体を持ち上げてひっくり返すと余分の土を落としていった。

 そうして、ほぼ根を傷付けることなく薬草を採取し、用意した布で多少の土を含み根を包み込むとアレンの分も受け取って左手に持つ。立ち上がると次の薬草を求めてまた歩き、合計で八株を採取して街へと戻った。内訳は勿論、僕とアレンで四、四だ。


 街を出た時と同じ門を通過し冒険者ギルドへと向かう。

 そして数時間前に受付をしてくれたお姉さんの所へと向かい、依頼の報告を済ませる。そして別の報告もしておく。


「ゴブリン、斃した。証拠」

「確認しますね……三匹分、確かに。では討伐依頼も合わせて処理させて貰いますね。それに今回は危険手当てが出ますので、それも追加しておきます」

「………はい」


 聞き取れなかった単語も多かったのでアレンに視線を向け、彼が頷いたのを見て適当な返事を返した。処理して貰っている間にアレンに詳細を聞いてようやく理解する。


 この依頼は通常、薬草の買取り額がそのまま報酬となる依頼だ。今回追加された危険手当ては魔物と遭遇そうぐうしないと出ることはない。それほど危険のある場所ではない森の浅い場所で採取できるからこそ成立している依頼内容だといえる。ちなみに、危険手当は想像より安く銅貨五枚だった。日本円なら五百円といったところだ。ちなみに、討伐依頼の出ていたゴブリン三体の討伐報酬は銅板六枚。六千円といった程度だ。


 討伐依頼と危険手当ての報酬を受け取るとギルドを出て薬草を必要としている人の元へと向かう。


 向かった先は、僕も何度か脚を運んだことのある薬種やくしゅ問屋どんやだった。依頼を受けた時点で店名は確認していたので僕が迷わずに歩いていると、逆にアレンが不安そうな視線で口を開く。


「道、知ってる?」

「はい。問題、ないです」


 王都に関して言えば僕の方が詳しい。アレンは田舎から出て来たお登りさんだし、王都の滞在期間は今日でたったの七日目だ。七日も前から王都に滞在していたのは、遠ければ遠いほど余裕を持った日程で移動して来るからになる。騎士団の試験は二日前だったそうのなので、アレンもそれなりに街を見て周っただろうが、流石に店名などはまだ把握し切れていない。

 薬種屋の前に辿り着くとアレンは看板の名前を確認して安堵したような表情を見せた。まだまだ信頼はされていないなと感じつつも扉を開けて店の奥へと進みカウンターの前に立つ。そこには誰の姿もなかった。普段なら四〇代くらいの男性店主が座っているのだけど。暫く待っても誰の気配もなかった為、僕は店の奥へと向かって声を上げた。


「すみませーん」

「はーい、ちょっと待ってねー!」


 店のさらに奥から聞こえて来た声は女性のものだ。それは聞き覚えのあるご主人の声とは全く違った声だった。

 娘さんかな?そう思っていると、歳の頃は僕より歳上な若い女性が姿を現した。僕ら二人の姿を見て冒険者だと察したのだろう、営業スマイルに若干の陰りを見せつつも「御用件は?」と明るい声で尋ねてくる。


「依頼書」

「ああ、納品ね。ハクラ草は?」


 ハクラの部分は日本語で表現するとそう聞こえるって感じだ。

 実際の名前は鎮痛って意味の単語になるので、これが痛み止めなどに使われる薬草であることが素人でも分かるだろう。


「これです」

「はい。確認させてもらうから暫く待って」

「……了解です」


 了解という単語は余り使わないからか若干眉を寄せた女性がまあいいかといった感じで視線をハクラ草に移し、一つ一つ布を解いて状態を確認していく。そして真剣な眼差しで全ての薬草をチェックし終えた後に女性は口を開いた。


「こっちの二つは、まあいいわ。でも、これはダメね。それと、こっちの三つは最高とまでは言えないけど良い状態ね。そして、これは最高の状態よ、これだけは追加で報酬を払うわ。でも、ダメなヤツ二つは受け取れないわ。こっちで処分くらいならするけど、それでいい?」


 言うまでもないが、良質判定を貰った四つは僕が採取した物だ。一方、二つも受取り拒否をされたアレンは納得がいっていない様子で前に出ると口を開いた。


「何がダメなんですか?」

「ハア。これはあなたが採取したの?」

「そうですけど」

「あなたね、依頼書に株で採取って書いてあったでしょ?それって全部必要って意味なの、分かる?」

「全部って、ちゃんと根はあるじゃないですか」

「ハッ。全然ダメ。こんなに根を引き千切っておいて根はあるですって?確かにあるけどこれじゃあ薬にはできないのよ、ちゃあんと、隣りの人のことを見習って、今後は採取しなさい」


 会話の単語は半分も理解できなかったが、その様子からアレンが怒られていることは分かった。それでも納得がいかない様子のアレンに恨めしそうな視線を向けられたが、そこはにっこりと微笑んで躱すと、可愛らしく頬を膨らませたアレンはカウンターの前から離れ入口側へと向かった。そんなアレンの背に視線を向けていると女性の声が聞こえた。


「あなた、良い仕事するわね」

「ありがとうございます」

「初めて見る顔だけど何度か依頼受けてくれた?」

「えっと…」


 女性の言葉が聞き取れずにアレンを見たが、彼は店内を見渡していて話は聞いていなかったようだ。苦笑いを浮かべてから正直に言葉が聞き取れなかったことを伝えると、何故か女性の反応が大きく変わった。


「まさか、勇者様御一行の?」

「……ああ、居残り組です」

「やっぱり!」


 どうやらこの店の主人である父に僕のことは聞いていたらしい。トオルね?トオル。と、ちょっとイントネーションがおかしな感じで親しげに名前を呼ぶと自己紹介を始めたようだった。


「私はハンナ。ハンナよ?分かる?」

「ええ、分かります」

「今年で一八歳なの、独身よ」

「一八歳……?」

「独身。未婚よ」

「ああ未婚!………?」

「誰かいないの?私をもらってくれそうな人、あなたでもいいわ」

「……?」

「結婚よ結婚」

「ああ、結婚?……は?」

「結婚、しましょう?私と」

「……ええっと?ごめんなさい?」


 断ったがハンナさんは特に残念そうでも不快そうでもなかった。どうやら本命は魔王討伐組のようで、帰って来たら誰かを紹介してくれとしつこく頼まれた。

 まあ、顔は美人といえるし、出るところは出ていて発育も良さそうだ。明るい性格だし、身分もちゃんとしているし、僕ら召喚者は全体の割合としては女子の方が若干数多いし、可能性は多いにあると見てもいいだろう。

 そんなことを伝えると、絶対ね!と念押しされたのでメモに残しておくことに決め、報酬を受け取ってからお店を後にした。


 アレンが終始不満そうだが、経験を積ませる意味で失敗させたのだからそこまで怒らないで欲しいなとは思う。思うが、目の前で採取の仕方は見せていたので次からは大丈夫だろうとも思ってもいた。まあ、株で採取する薬種のみに適応される方法だけど。とは敢えて言わない。


 まあ、この依頼を受けて良かった点を挙げるとすればだ。それは、反抗的だったアレンの様子が多少は軟化したことだろう。そして、怪我もなく亜人種系の魔物との初戦闘を終えることができた点だ。見た目が人に近い分、亜人種系の魔物との戦闘は強い忌避感を覚える。その忌避感を克服する第一歩を踏み出せたことは非常に大きな意味と意義がある。


 そんなことはさておき、店を出た頃には昼はとっくに過ぎていた。お腹は空いたが、この世界では三食は当たり前ではなく朝と夜にしか基本的に食事はらない。なので、ご飯食べに行こう!は、まだ早すぎる訳で、かと言って宿に戻っても夕飯は無いし、ぷらぷらと出歩く訳にもいかず、何か目的を持って行動しないと暇を持て余す時間だという感じだった。その判断をアレンにあおごうと僕は口を開く。


「アレンさん、何か、しますか?」

「……買い物したい」

「そっか、じゃあ」

「別行動に、しょう」

「……分かった。陽が、暮れる、前に、宿に」


 そう言いながら今日の稼ぎである報酬を全額と、僕の軍資金の半額ほどを渡すと、平常といえた表情が急変し懐疑的で警戒したような目を向けられた。

 そんなアレンに、そこそこお金は持っていることを伝え、遠慮なく使って欲しいと言葉を添えて無理やりに握らせる。

 それでも暫く考える素振りを見せていたアレンだが、最後に、そのお金は僕が冒険者になる為に身を犠牲にしてくれたアレンへの報酬と謝罪金だと思って受け取って欲しいと伝えると、どうにか納得してくれたようだった。


「……了解」


 アレンは短く言葉を残して歩き出した。


 どこか行きたい店があれば案内しようと思ったけどアレンは一人を望んだ。そのことに若干の寂しさを感じつつも、僕も今のうちに色々と買っておこうと、アレンとは逆方向へと歩き出したのだった。

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