第9話 苦悩

 異世界召喚され、既に、一月ひとつきもの月日が経過した。

 最近では仲の良い友人とも会話する機会が滅法めっぽう減り、正直言って身に降りかかる重圧に、耐えきれなくなっていた。


 勇者。

 それが、俺が授かったギフトだった。


 望んでもいないのに魔王討伐組のリーダーにされ、王様や周囲の人々からは、羨望せんぼう盲信的もうしんてきな信頼の眼差しを向けられ、クラスメイトからは全ての責任をゆだねられるような、そんな状況におちいっている。

 せめてとおるがこの場にいてくれたら、俺の苦悩を正確に理解し、その重圧をかなりの割合で軽減してくれただろうにと、どうしても考えてしまう。


 だけど、それじゃダメだ。


 アイツはアイツで自分が全うすべき道を必死に模索している。先日だって味噌を作るとか言って実験めいたことをしていた。

 聞いた話によれば問題を起こしそうだった数名を連れて街に何度も行っているらしい。その行き先が孤児院だったと聞いた時には何をするつもりなのかと首を捻ったが、その目的が如何いかに自分達が恵まれた環境にいるかを理解させる為だったと聞けば、やはり頼りになる奴だと思い、一層いっそうそばに居て欲しいと思った。


 頭では理解していても、やはり求めてしまう。

 まるで自分が恋する乙女のようだなとむずがゆいような気分になるが、どうもアイツがいないと調子が出ないのは確かだった。


 転校した先で、俺が上手くやって行けたのもアイツが居てこそだった。

 バスケ部でキャプテンをつとめていられたのも、俺が無茶をして退場したとしてもアイツが控えているからと思えたからこそだ。

 中学で人気者として過ごせてこれたのもアイツが陰で俺の失敗をリカバリーしてくれていたからに過ぎない。


 打てば響くとはまさにアイツのことだ。阿吽の呼吸という言葉を理解したのはアイツの存在が在ってこそだ。アイコンタクトによる意思の疎通など朝飯前で、アイツは俺が求めていることを目を合わすこともなく目の前に提示してくれる。そんな奴だった。


 常に隣りを歩くアイツが居れば全て上手く行くと思っていた。この異世界だってそうだ。


 目覚めてすぐにアイツの姿を視界に捉え、状況を呑み込んでいる過程で、アイツは既にこの環境に、その状況に、順応しようと必死だった。

 取り乱すクラスの女子数名を俺に当てがうような形でなだめると、パニックを起こしそうになっていた友人に何やら耳打ちして大人しくさせ、泣いている女子にさり気なく温かい飲み物や身体を温める毛布のようなモノを手配していた。


 俺とアイツのポジションは、ポイントガードだ。

 攻めの起点となり、周囲の状況を見て臨機応変に動き鋭いパスを出す。時にみずからが敵陣に切り込み得点を上げ、時に自らを囮に周囲の仲間をフリーにする。


 俺が周囲から持てはやされていたのは単に体格に恵まれていたからだ。

 俺が天才などと不相応な選手に見られていたのは単にプロの真似事を再現できるような膂力りょりょくが備わっていただけの話だ。


 俺は特別じゃない。普通の男子中学生だ。それは自分が一番理解しているし自覚もしている事実だ。

 なのに、この世界に召喚され、俺は特別な人間になってしまった。望んでもいないのに、だ。それがどれほど辛いことか、アイツなら何も言わずに理解してくれる。


 俺が最高にバスケが楽しいと思う瞬間がある。それは、アイツがポイントガードを務め、俺がオフェンスの一枚に加わった試合だ。

 欲しい所にパスが来る。行けると思った瞬間にパスが飛んで来る。味方も相手も予期していなかったような場所にパスを出し、それにアイコンタクトによって反応できる俺だけが、ただ走るだけで圧倒的に優位ポジに立つことができるようなパスを繰り出すことだって何度もあった。

 目立つような動きや行動は意識的に一切しない為、アイツを評価するヤツは少ないが、アイツこそ我がバスケ部の真のポイントガードだと俺は思っていた。

 俺はどちらかというと我武者羅がむしゃらにゴールを目指すプレーの方が好きだ。中学の試合では披露する機会こそ無かったが、たまに休みの日にやるバスケの中ではアリウープをしょっちゅうやっていた。

 3on3の、試合とも呼べない遊びの中ではあったが、アイツが出した無茶振りなパスを強引にダンクした時の快感は言葉にできないほどに爽快だった。そういう時は決まってアイツはニヘラと笑い、緩い感じで腕を高い位置まで上げる。その手に思い切りハイタッチを決めた瞬間こそ、俺がバスケが最高に楽しいと思える瞬間だった。


 そのアシストを、暫く受けれないのかと思うと気分が重かった。


 いや。アイツは諦めない男だ。負け試合の時だってそうだし、窮地に立たされた時もどこか飄々ひょうひょうとした顔で打開策を考え出す。そんな奴だった。今だってそうかもしれない。アイツなら俺に同行する道を諦めてないかもしれない。そう思いたくなるほどアイツはトリッキーな一面も持った奴だった。



◆◇



 その日は久しぶりに、弾んだ調子で飛ぶように駆けて来るアイツの姿を目にした。そこは俺たちが急遽きゅうきょ魔物の討伐に向かった野外活動の場所だった。ちょっと危険な場所なのに護衛の人も置き去りにして走る姿を見て無茶する奴だなと思った。同時に嬉しくもあったのは事実だが。


「修也!」

「ん?おお!どうしたんだ?」


 勢いよく駆けて来た透は俺の前で止まると両手を膝に突きながら弾んだ息を整えるのもそこそこに口を開いた。


「進化、したんだよ!」

「進化?何が?」

「ギフトだよ!ギフト!」


 何のことか分からず困惑した目を付き添いの騎士に向けると、その男性騎士は少し驚いた様子で透に声を掛けた。


「おめでとうございます」

「あ。ありがとうございます」

「確か、目利きでしたよね?」

「ええ、そうです」

「どのように進化されたのですか?」


 どうやらギフトが進化するっていうのは一般的なことらしい。俺は自覚したことがないし、周囲のクラスメイトからもそんな話は聞いた覚えがない。

 聞けばだ、たかが一月程度でギフトが進化することはあり得ないようなことらしい。普通なら何年も掛けてようやく進化するそうだが、流石は召喚者……というより、流石は透だと俺は思った。


 こんなに慌てたような様子の透を見ることは珍しい。その分、ギフトの進化について理解してからは、俺の期待は否応いやおうなく上がっていたことは確かだった。


 やっぱ持つべき者は透に限る。一家に一台透くんとは、俺の中では最早確定事項ともいえる。


「で?どう進化したんだよ?」

「ふふーん。聞いて驚け、見ておののけ」


 透にしては珍しくニヒルな感じに笑うと、こう続けた。


「目利きが、呪い特化に進化したんだ」

「………呪い?」


 再び困惑した目を俺は騎士に向ける。すると驚いた表情を見せていた騎士は、俺の視線に気付き我に返るとおもむろに口を開いた。


「呪い、ですか?」

「そうなんです!聞けば呪いの掛かった武具や装飾品は多いって話じゃないですか。そんな危険な物を勇者が手にしてしまう前に僕が居れば未然に防ぐことが可能ですし、解呪かいじゅするような手前が省けると思うんですよね!それに、呪具じゅぐの中には精神を乗っ取るような危ないヤツもあるんでしょ?そんな物を勇者が手にしたらそれこそ魔王になりかねませんよ!」


 流石は透だ。非戦闘要員ながらもこうして同行する理由を国側に明確に提示してくれるとは。これで心おきなく透を誘うことができる。


 俺と透は視線を交錯させ、ニヤリと笑ってからハイタッチを交わした。そこに、騎士の言葉が、遠慮がちにだったが届いた。


「非常に言いにくいのですが、解呪は聖水一本あれば済む話でして…」

「「…………は?」」

「そもそも、神の使者たる勇者に、その、呪いが効くかどうか怪しいと言いますか……」

「「…………へ?」」

「確かに、呪いの掛かった呪物は多いですが、よっぽどのことがなければ外せなくなるような装備などはその、非常に少なく……」


 その後、透は地面に崩れ落ち両手両膝を着きこう言った。


「オワター」


 その姿は余りにもみじめで、滑稽こっけいで、それでいて妙に堂に入っていた。

 そんな姿を見てしまった俺たちは、悪いとは思いつつも吹き出すようにして笑ってしまった。真面目な騎士様までもがだ。


「お、おい!人が落ち込んでるのに笑うとか酷くね⁉︎」

「いや、だって」

「無理無理、腹痛てえ!」

「ちょ、笑っちゃ可哀想だよ……プッ」


 近頃は戦う魔物の脅威度も徐々に上がっていて、重い雰囲気だった魔王討伐組に久しぶりに屈託くったくのない明るい笑顔が戻った。それだけで俺は、充分に感謝に値すると思う。


「何だよ、ちぇっ。だったら全般的に能力を上げる方を選べばよかった」

「……ん?選べたのか?」

「まあな。なんか変な空間にいきなり意識が飛んで、そこでどれにするかって四択だった」

「変な空間?」

「なんかさ、もやがかかった泉?みたいな所でさ、足元も水面なんだぜ?動けば波紋が広がって行くし、手を伸ばせば冷たい水に腕が沈むんだ。って、そこはおいとくとして、水面から伸びた水の台座みたいな物の上にギフトをチェックした物に似たヤツが乗っててさ、不思議な声が聞こえたんだよ」

「へえ。なんか神秘的だな」

「だろ?」

「その四択っていうのは?」

「うん。美術品とか宝石系特化か、武具系特化だろ、あと全般的に目利きの能力が上がるけど上がり方は少ない感じのヤツと……」

「呪いか」

「……うん」

「……呪い特化ってまさか、それ以外は分からないとか…」


 俺が懸念事項を口にすると、ほがらかな笑みをたたえていた騎士様が一歩前に出ながら口を開いた。


「大丈夫ですよ。これまでの能力に上乗せされたような感じになりますので……まあ、目利きの能力は、このままって感じですけどね」


 ホッと胸を撫で下ろしながら息を吐き出した透を見て、騎士様はクルリと反転すると肩を震わせつつ姿をくらます。そんな姿を目にして苦笑いを浮かべた俺は、周囲を見渡しつつ考える。現状維持でも充分な気がするが間違った選択をしたのは確かのようだ。俺や透に視線を向けられた騎士はスイっと視線をらしわざとらしく武具の点検なんかを始める始末だ。最近は同行しているだけで戦ってもないから傷んでいるわけがないのにだ。


 そんな騎士の態度に暫く口をへの字に曲げながらジト目を向けていた透は、立ち上がって身体の砂埃を払い落とすと一変。き物が落ちたようなスッキリとした顔になっていた。


「まあいいや。目利きって元々大したことなかったし。それに、俺には完全上位互換であらせられる美少女様、いや女神様が付いてるし」

「ああ、立花か」

「そう。立花さんがいれば楽勝で常勝。成功間違いなしだよ」

「………でも最近、なんか変なことしてるって聞いたけど?」

「ああ。アイドル目指してっから、そのせいかな?」

「アイドルねえ…」

「夢だったって言うんだ。元の世界ではそれが実現する直前だったんだぜ?仕方ないっていうか、叶えてあげたいじゃん?人生は一度きりな訳だしさ」

「まあ、俺は好きにやればいいと思うよ?不満の声は、多少は耳にするけどさ」


 俺たち魔王討伐組は戦い続けることが義務付けられている。そこには当然女子も含まれている訳で、遊んでいるようにしか見えない同級生に不満の声が上がったとしても仕方のないことだとは思う。思うが、応援してやって欲しいと思っているのも事実で、逆に何やってんだよと思っている自分がいることも自覚はしている。


 そんなクラスメイトにキリッとした視線を向けた透は堂々とこう宣った。


「ふん!後でサイン頂戴って言ってもやんねーからな!同郷のよしみとか言っても関係ねーかんな!歌って踊れる鑑定アイドル様を舐めんじゃねえぞ!」


 と。


 鑑定アイドルが何かはさておき、この時の透の判断が、後に俺達の命運を救うことになるとは_| ̄|○状態の透の姿を目の当たりにしてしまった俺や同級生は微塵も考えていなかった。


 まあそれは、かなり先の話にはなるんだけどさ。



◆◇



 修也や同級生がいた手前、強がって気にしてないフリをしたが、正直ショックが大きかったのは事実だ。

 無駄進化してしまったギフト。それは後戻りの利かない一度きりの機会だったからだ。


 いや、ギフトがいずれ進化する可能性があることは知ってたよ?

 一度選ぶと後戻りできないことも聞いてたよ?

 でもでも、そうなるのは数年は掛かるって聞いてたしさ、その詳しい内容までは知らなかったんだよね。


 なんで呪い特化を選んだかと言うとだ。不思議空間で質問すれば誰かが明確に答えてくれたからだ。その中で、最も有用性が高いというか、修也に同行する理由となるモノを選んだ訳なんだけど……まさかギフトをどぶに捨てるような羽目になるとは僕自身、これっぽっちも考えていなかった訳だ。

 なので、ショックは相応にあるけどもだ。だからといって足を止めて傍観者になる訳にはいかない。僕ら居残り組は自分の足で立って自立することを望まれているのだから。


 腐って死ぬくらいなら最後の一瞬まで私でいたい。とか言っちゃう系女子のように僕も強くあろうと思うわけだ。それに、今は色々と手広くやっていて休んでいる暇なんてこれっぽちもないし、休ませてくれそうにもないしね。


 女神様というか悪の女帝……いや、ご主人様が許してはくれない。


 おかしいな。目覚めそうだったのは僕のはずなのに、結局目覚めちゃったのは立花さんの方だった。「私、アイドルになりたい」とかいきなり言われても只々困惑するしかなかったけど彼女の瞳に宿ったほのおは紛れもなく本物だった。


 この際、元の世界の楽曲を丸パクリすることは大目に見てもらうとしてもだ、その楽器や楽曲の再現には正直苦労させられている。

 まあ、それはそれで楽しいとも言えるから別に良いんだけどさ、けれどもだ。本気の彼女を陰で笑うようなヤツは許す訳にはいかない。絶対にだ。そうしなきゃ僕が殺されるかもなんて口が裂けても言えないけどな。

 なので、この王都で成功することが最低限の目標である。長く茨の道だろうとも一応は遣り遂げる気でいる僕は、商人というより楽器を作る職人のていそうしていると言っても過言ではなかった。


 この世界でエレキギター作れってちょっと無理があると思わないか?電気はない世の中なんだぜ?スピーカーもなければアンプも無い。それでもヤレって無茶振りするご主人様に足蹴にされながら、時に踏んでもらいながら、毎日馬車馬のように働かされている。

 その間、自分は孤児院の少年少女と仲良く算術や文字のお勉強とか正直巫山戯てるとしか思えないが、楽しそうで幸せそうなので、そこは良しとしておこう。

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