第8話 現状と諸々

 異世界召喚から早くも一月が経過し、季節的にはそろそろこの国の夏が終わろうとしていた。


 そんな季節の変わり目の中、僕が自立方法の模索や対人関係で苦労している間に、色々と変化があった。


 まず、一番大きな変化が修也達が王城に居ない期間が伸びたことだ。

 これまでは一日程度の不在だったのが、最近では三日居ないということも増えてきていた。それは次第に四日、五日と延びていくだろうと予測される変化だ。


 そして次に大きな変化だと言えたのが、護衛と監視役を兼ねた騎士一人を付ければ、割と自由に僕ら居残り組も王都の外にも出れるようになったことだ。

 それに伴い、僕らは身分証のようなものを貰った。それは王家の家紋入りの御利益ごりやく増し増しの身分証だった。出れると言っても基本は日帰りになる。


 そんな仮りの、自由の免罪符めんざいふを手にした僕は、一人で薬草採取などに出掛ける機会が増えていた。

 最初は冒険者の真似事まねごとみたいなことをやっていたけど、最近では一般の冒険者には頼めないタイプの植物を採取することが主な目的の外出が多い。なので、同行する騎士も厳選された中から選ばれた所謂いわゆるエリート中のエリート様に変わっていた。まあ、家柄が良いけど継承権はないよって感じの人にはなるけど。


 まあ、そんな訳だから、僕が何をしに外に出てるかは声を大にして言えない訳で、何を採ってきたのかも誰にも言えない訳でして、僕はただ外に出て遊んでいるだけだと思っている人もいるっちゃいる。そんな状態ではあった。


 まあ、そんなことはさておき。


 僕は馬に乗れるようになったよ。乗馬だよ乗馬。テンション上がるよね?馬って大きくて可愛いよね?

 そんな可愛い馬に乗って騎士と共に向かう先はトラウマも新しい湿地帯だ。そこでちゃちゃっと植物を採取して、襲ってきた魔物も斃したりしていた。そして王城に戻れば吉澤さんの助手を務め、指示された通りに工程をこなし、調薬の手伝いを続けている。


 その他にやってることといえば、街に繰り出して生産系の職人さんのところを訪ねて技術を教わったり、知識を頂いたり、逆に知識を提供したり。


 王都に頻繁に入ってくる別の街から来る商人さんの元を訪ね歩いては商品の情報を仕入れたり。購入したり。購入した物を立花さんに届けたり、購入した物で様々な知識の再現、その試行錯誤を繰り返したり。


 何故か羊っぽい魔物をたおして羊毛っぽいモノを糸にしてみたり、その糸に色を付ける為に四苦八苦してみたり。そしてジンギスカン的な物を高田くんに作って貰ったり。作製した糸で大塚くんに新しい衣服の製作を任せたり。

 この世界の羊毛は布団に突っ込む断熱材みたいな用途でしか使われていなかったんだ。服の主な素材は普通の昆虫や昆虫系の魔物から入手できる、最初から糸のような形状をした状態で採取できるものだ。


 ああそうだ。僕自身に起こった一番の変化があったんだ。

 それは、魔法が使えるようになったことだ。

 どうだすげえだろ?とは、口を大にしては言えない。むしろろ公言するのもはばかられる。何故なら僕に目覚めた魔法は、数多の死者をよみがえらせ配下にしてしまう史上最悪の暗黒魔術ネクロマンシーだった。

 なんてことは当然なく、属性魔法が一切使えない、この世界では無色むしょくと呼ばれる魔法使いに分類されてしまったからだ。


 戦闘には役に立たないギフトを贈られ、その上、無色の魔法しか扱えない無能で最弱の召喚者。それが僕に貼られた新たなレッテルだ。


 無色と呼ばれている理由は髪の毛の色に関係している。

 属性魔法を使い続けていると、どういう理屈かは不明だけど髪の毛の色が変わっていく。火属性なら赤。水属性なら青。そんな感じで魔法が熟達していくに連れて髪の毛が属性を表すような色に染まっていくから、属性魔法が使えない人は無色と呼ばれさげすまれている。この世界で目が覚めた時に見たファンキーなおっちゃん達は魔法使いだった訳だ。まあ、そんなことはさておきだ。

 僕が唯一適合した魔法は所謂無属性魔法だ。とはいえ、魔力弾!的な攻撃手段は皆無な魔法になる。その名も付与魔法だ。


 ラノベには付与魔法最強!的な話もあるけど、この世界では残念ながら、そのチート的展開は適用されない別世界線ルートのようだ。

 はっきり言って付与魔法しか使えない魔法使いは立場は弱いし、広く認知もされてないし、効果は今のところイマイチだ。そして、使える魔法も多くはなかった。まあそれでも、魔法が使えるようになったことには素直に喜んだけどね。だって異世界っぽいじゃん?


 そんな小さな変化を喜んでいた僕の近辺にもちょっとした変化はあった。

 美少女な立花さんと授業が一緒になるにあたり、ちょっとした問題が起こったこともあった。


 ———それは立花さんと二人、初めての授業を迎え、街に初めて二人で繰り出し、そして一週間ほどが流れた頃の話だ。


 その日は、課外授業も一旦区切りを置いて、商人系統のギフトについてのより深い知識を身に付ける機会となった日。

 そうして召喚者な生徒が二人となり、現地人な先生も二人となり、そして二人がバチバチに睨み合ったんだ。リーリャと立花さんがね。何故だ?解せぬ。それが僕の本心だった。


 親しげに僕と話していたリーリャに対し立花さんはこう言った。


「私の透に馴れ馴れしくしないでくれない?」と。


 それを受けた僕は「は?」と言った。リーリャも同じような反応だった。最初はね。

 いきなり何言いだすのぉ?と焦る僕を完全に置き去りに二人はバチバチに睨み合って共に僕の所有権を主張した。マテ、どっちのものにもなった覚えはないぞと。そんな風に口を挟む僕を全力の無視で二人は続けた。


 リーリャ曰く、僕とデートの約束があるとかなんとか。

 立花さん曰く、僕は生まれた時から彼女の奴隷だったそうだ。

 ナンジャソラ?初耳なんですけど?


 そこでふと考えた。

 そういえば最近、立花さんの夢を手伝うことを約束したなと。

 そういえば最近、立花さんのスケジュールを管理するマネージャー的な何かに就任したなと。

 そういえば最近、僕が使っているお金は立花さんが善意で提供してくれたものだったなと。

 そういえば最近、資金提供者である立花さんの指示で色々やってるなと。

 そういえば僕は一度も、彼女の要望にNOと言ったことはなかったなと。

 それら全ての過程で僕は、立花さんに足蹴にされることが多かったかなと。


 考えれば考えるだけ僕は立花さんに頭が上がらないことを知った。

 あれおかしいな。とは思っても否定もできない。こんなはずじゃなかったのになと思っても今更後戻りもできないし返却できる資金など僕にあるはずもなかった。


 そんな訳で僕は奴隷堕どれいおちしたとさ、まる。

 完全に屈服せざるをなかったことを自覚した僕に立花さんはこう言った。


「一生面倒みてあげるから安心して?」と。


 それに対して僕はこう言う他なかった。


「お世話に、なります」と。


 そうして敗北を悟ったリーリャは泣きながらその部屋を出ていった。彼女を傷付けてしまったことは僕の完全な落ち度だ。胸は痛むが、恨むなら恨んでくれたっていい。

 それに、これでリーリャが諦めてくれればと打算的なことを考えていた自分もいた訳で、僕は自分がずるくてひどい男だと自分自身への認識を改めることにもなった、まる。そんなことはさておき。


 私の透ってなんかドキドキしちゃうよね?

 でも期待するだけ無駄だ。

 何故なら彼女は完全に女王様気質で、僕は完全無欠の奴隷なのだから。


 まず、扱いが酷い。奴隷というより召使い的な扱いではあるけど、完全にモノを見ているような目で彼女は僕を見る。

 その視線にゾクゾクとしちゃうのは内緒だ。よろこんでいるぶりなんか見せればさらに扱いが酷くなりそうなので平常心をよそおいつつその視線や扱いに耐えている。そんな日々だ。


 何か失敗すれば蹴られる。いや何も失敗してなくても蹴られる。地面を転がれば踏まれる。踏まれながら冷徹な眼差しで見下しながら彼女はこう言う。


「使えないわね」と。僕は「はひ」と返すのが精一杯だ。


 彼女。異世界召喚される一年くらい前から近代格闘技のジムに通ってたらしくてさ、もう色々とエグいの。特に蹴りがエグいかな。ローからのハイなんて当たり前だし、前蹴りは的確に僕の鳩尾みぞおちを捉えるし、どこをどう突けば相手が倒れるかなんて熟知してるんだよね。それに、立技っていうのかな?気が付いたら彼女の下に転がされているなんて朝飯だったんだ。


 全然知らなかったっていうか、わざと実力は隠してるっぽいんだよね。僕だけに見せる特別な一面だってさ。そんな言い回しをされるとなんか照れるな、てへ。んなわけねえじゃん?


 そんなことはさておきだ。


 現在、僕の借金?は日本円にして既に三百万円もある。

 一方、僕の個人資産は日本円で十万そこそこだ。

 このままじゃ一生返済の見込みなんかなさそうだ。と思う。


 資金の提供は彼女の善意だと思ってたけど無償の善意なんてこの世には存在しなかったんだ。僕はそれを学んだ。まあそのお陰で国からストップが掛かることなく色々と自由にやれているのだけど。

 そして三百万円なら返済できるだろうって思いたい気持ちはあるけど、僕の借金は現在進行形で増えていっている。良心的といえる範疇はんちゅうのささやかな利子と、とある実験の為に人を雇っているお給料や、借りている土地の土地賃とちちんとしてね。来月で僕の借金は四百万に増える予定だ。


 立花さんが何故、僕を奴隷認定したのかと言えばだ。

 たぶんだけど、自分が忙しいからその業務を分担させるビジネスパートナー的な人材や、スケジュールを管理するマネージャー的なヤツや、自分に必要な物を用意させる召使い的な人材が欲しかったからだと思う。


 高田くんは料理の修行に忙しいし、その合間に日本食を再現させる努力もしている。

 大塚くんは今やせっせと服を作っているし、こっちもこっちで色々研究している。

 吉澤さんは僕を助手に調薬をやりまくっているし、今は黙々と作業をこなしている。

 僕はというと、やれそうなこと全てに手を出し、様々な知識の再現を試みていて、一見すれば暇を持て余しているように見えるそうだ。

 あれー?そんなはずはないんだけどな。


 この世界に来てさらに板についた道化っぷりが無意識に周囲の人間にそんなイメージを与えているのか、僕の評判は滅法低い。いや、それがなくても最低な評価だったろうけど、それがさらに下がっているって感じだ。


 フッ。計画通りだぜ?あれおかしいな。やりすぎた?

 いや、元々モブキャラだしな。これが通常運転だ。


 陽キャグループのモブキャラだから他の隠キャな人からすれば目の上のたんこぶって感じだっただろうし、別派閥の陽キャからすれば、何あのザコ?って感じだったのは否めない。

 それが上手く作用してるっちゃしてるけど、逆効果を発揮していることもある。そんな感じだ。



◆◇



 この世界の一年は日数だけなら地球より短い。一年は三六〇日になる。

 この世界の一週間といえる単位は日数は地球より長い。一〇日で一週間になる。

 三週間、三〇日が一ヵ月となり、春夏秋冬の四つに区分された季節に月が三つずつある。それぞれ春の初月しょげつ・春の中月なかづき・春の終月しゅうげつ。といった感じの呼び方がされるが、土地によっては気候が当然違うので、これはこのこよみを適用している国にのみ通用する概念だ。とはいえ、別の地域でも一年は三六〇日と決まっている。要は土地によっては季節月きせつづきが違うよ、ってことがあり得るって感じの理解で良いらしい。


 一日の長さは、スマホがないからこれは確定ではないけど、体感的なものから考えると長いと結論に達している。

 だいたいの予想では地球時間でいうところの三二時間。半日は一六時間くらいだろうと予測を立てている。

 そのクセこの世界では昼食は一般的ではない。朝は早く、夜は陽が沈むまでだが基本だが、朝は五時頃から動き始めたと考えると、だいたい夕食を摂るのは二〇時以降って感じの世界だ。その間、体感では一五時間。その間、多くの人々は食事をらない習慣が根付いている。

 まあ、絶対に食べないってことはないけど、昼は食事処の大半は閉まっていて、おやつのような軽食を提供している屋台だけが幾つか開いてるくらいだ。


 昼間同様に夜も長い分、夜中に目が覚めることは当然ながらある。

 体内時計がどうなっているのかは不明だけれど、人間は二五時間周期だとか聞いた覚えがあるので完全に狂っているというか足りてない感はあった。

 夜明けが五時、夕暮れが二〇時。就寝が地球時間で二二時か二三時だとすると、昼の一二時くらいが夜明けって感じになる。まあ、その時間まで一度も起きずにグースカ寝ていられる人もいるけど、大半は遅くても一〇時頃、日の出の二時間ほど前には目を覚ましていることが多い。そんな感じになる。



 この国には貴族階級が存在する。

 そんな中で僕らの地位は一代限りの准男爵って感じの地位が与えられている。とはいえ、その待遇は貴族界ではトップである公爵家よりも高いとされている。但し、命令権や貴族特権などは一切ないって感じだ。

 逆に、全ての貴族から貴族特権を受けないことになっている。これに違反した場合は国から厳罰が下されるので、実質僕らに手を出してくる貴族はいないことになっている。

 僕らは一応、王家の末席に名を連ねる王家の親類って感じの立場だ。勿論、王位継承権なんて与えられてないけどね。


 とはいえだ。絶対に貴族が手を出してこないかというと、そうとは言い切れない。

 特に、居残り組の僕ら……僕を除いた四人は金の成る木に見えるみたいで、あの手この手を使って取り込もうと動いている貴族は多い。

 現在、一番狙われているのは高田くんだ。彼の頭に詰まっている地球レシピはこの世界では貴重だし斬新だし何より社交の場に多大な影響を与える可能性を秘めている。

 なので、しょっちゅう彼を訪ねてくる貴族は多いのだけど、高田くんはそこらの貴族より強いし、今は貴族の誘惑には負けずギフトと調理の腕を磨いている。


 次に狙われているのは吉澤さんだ。彼女は秘匿されていたとある薬物を独自に創り出すことに成功していて、それと同じ効果を持った薬品を独占的に作っていた貴族家からは睨まれている。

 それとは別に、広く安く薬を提供したいと思う彼女の志をよく思っていない貴族もいたりと、何かと敵を作り過ぎている感はあった。

 とはいえ、暗殺なんて馬鹿な方法は取らないはずだ。彼女はその他大勢の貴族からは絶大な人気と信頼を得ているのだから。


 お陰様で僕も大忙しさ。何せ僕の個人資産の大半は吉澤さんから支払われたバイト代だ。ん?ちょっと待てよ。これって、吉澤さんにも頭が上がらないパターンなんじゃ…。うん。まあいいや。


 立花さんの鑑定を目当てに近付く貴族は多いけど、彼女は厳重な国の保護下にあると言って過言ではない。鑑定持ちはレアらしく結構な数の鑑定依頼が彼女の元に届く。その業務だけで彼女はお金を湯水の如く稼げているので居残り組の中で見ても最大の成功者といえる立場を確率している。まあ、あくまで居残り組として、だけどね。


 現状はそんな感じになる。

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