第3話 訓練と授業となにか
異世界召喚され三日目、異世界では二度目となる朝を迎えた。
朝食を騎士舎食堂にて全員で
訓練場は僕らが宿泊している施設とは反対側となる西側の
あの高い岩も目を引くが、見上げると首が疲れるので今日はスルーされているようだった。
屋根と柱とで形成された、緩やかに弧を描くように続く回廊を歩きながら庭へと目を向ければだ、
ステンドグラスの黒枠のような物が見て取れる蝶のモノによく似たその羽には、赤から緑そして青へと変わるグラデーションの鮮やかな色が浮かんでいる。羽の形状は蝶に似ているともいえるが
ドラゴンフライの頭部は鳥に近い形状だが鳥類のような
「……す、すげー」
手入れの行き届いた庭を見渡せば、長い
名前は日本語で理解すると守護鳥と聞こえるが、イヤーカフを外して聞き取った感じだと「リーヴ」となっていた。まるでストレス社会で闘うサラリーマン男性の味方のような企業の名前だが気にしちゃ負けだ。守護鳥リーヴとして僕らも
「うはー、可愛い」
植物の見た目は地球と大きくは変わらない。ただ、細い
まあ、植物の全てがそうなのではなく極一部が捕食もするってだけだそうだ。なんだよそれ。異世界怖し。きっと人間も捕食しちゃうヤツもいるに違いない。そんなことはさておき。要所要所に植えられたその植物。大輪の花は
「あ、地面に埋めちゃうんすね、異世界ぱないっす」
さて、そんなことはどうでもいいとしてだ。訓練場に到着した僕らはレベル三の身体能力といったものを体感することになった。
訓練場は室内と室外の二つが在る。その室外の方に集合した僕らは一〇〇メートル
トップバッターはイケメンの修也だ。そして修也自らの手で僕も選ばれた。
背の高い修也と比べて僕は背が高い部類には入るかも?って感じの中二男子になる。けれど、足の速さは僕の方が若干早かった。
「ふっ、足の速さで僕に勝とうなんて一〇〇年早いことを教えてやるよ」
「悪いな
「ハッ。ここだけは譲らん」
「フッ。残念だが、諦めろ」
そんな会話をして僕らは、同級生の合図を皮切りに同時に走り出した。
一歩踏み出した瞬間、ギュンと身体が加速する。それは今まで感じたこともなかった加速感だった。これならいけると僕がほくそ
一歩。また一歩。脚が踏み出される度に、修也との距離が明確に離れて行く。それに追い
「しゃっ!俺の勝ち!」
「……そんな、バカな」
友人は
僅差どころの話ではない。大差だ。今まで一度も負けたことがないのに、これだけは修也に勝てる唯一無二の僕のアイデンティティだったのに、負けた。その結果は、想像以上に僕に衝撃を
いや、あんな口を叩いてはいたけど最初から負けるだろうなとは予想はしてたんだ。修也は勇者で僕は商人だ。同レベルならば勝てる道理など
「何秒くらいだった?」
「ああ、どうだろ、数えてなかったな。でも十秒は切ったと思うな」
「マジっすか。てか、スマホがあればなー」
「マジそれなー」
そんな会話をしながらスタートラインへと戻り、全員の強化度合いを僕らはその後に眺めていた。
ショックではあったが、同時に友人の強化具合に嬉しさと安心感も感じていたことは確かだ。レベル三の時点でこれならば、将来が楽しみと言えるし、友人達の安全にも期待が充分に持てる。そう思ってのことだ。
一通りの身体測定を終えて感じた感想としてはだ。
武器系統とか戦闘系のギフトを授かった面々の身体能力の伸び具合はエグいと言える状態だった。
一方、商人系や生産系のギフト持ちは常識の範囲内で、頑張れば自力でも到達できる程度の変化しかなかった。
魔法系ギフト持ちも大きな変化はないが僕らよりかはマシそうだし、支援系は授かったギフトによって伸びたステータスに多少の違いがあるって感じだった。まあそれは、武器系統にも言えることで、大剣持ちの飯田くんは
そんな確認を終え、午前中は戦闘訓練を行った。
昨日散々振った剣が多少軽くなったように感じて嬉しく思っていた僕だが、修也はその上を遥かに超えていた。
え、ちょっと待って、いま、振ったよね?
そんな驚きを感じるくらいには修也の剣速は目に見えて上昇していた。一方僕は、まだ武器に振り回されている感がある。盾もまだまだ重いと思えるし、身体能力の上昇具合は修也や他の友人達と比べて格段に劣っているといえた。そんな最低限の変化しか感じられなかった人は僕の他にも四名ほどいる。
そして、身体能力的には僕らの少し上を行く、魔法関連のギフトを得た友人は全部で五人になる。その
今気付いたけど勇者修也って
他に支援系が数名。そして戦闘系が残り数名。人数は数えないぞと目を
ここで、多少訓練の内容に差が出ることになった。
修也を含めた戦闘系のギフトを得たメンバーが実戦に近い模擬戦のようなことをやり始めたんだ。残りのメンバーは
修也達はしっかりとした防具を身に着けて、武器に見立てた棒に布か革を巻いた、ちょっと太めな武器を手に騎士達と向かい合っている。そして召喚者組が終始攻撃に徹し、騎士達はそれを受け、悪い箇所を指摘しながらも撃ち込み訓練は止まることなく続いられていた。
攻撃を受けつつ指導する騎士達は全員余裕がありそうだった。流石は近衛騎士といったところだろう。時折攻撃を
そんな訓練が休憩を挟みつつ昼まで続く。
その後、身体の汗を流してから、この世界では常識ではない昼食を食べ、そして午後の授業へと移った。その授業は個別で、誰がどんな内容を受けているのかは僕は知らない。
僕が受けた授業は、僕自身のギフトに関する授業だ。
僕の先生となったのは、うら若い女性だった。間隔を開けて縦に三つ並ぶ大きなボタンが目を引く、ゆったりとしたローブを着ている。それはきっと
目利きとは一般的に商人に多いというか、目利きだったから商人になったって人が多いギフトになる。その効果というか性能は、見た物の良し悪しを明暗にて見分ける。といったものになるそうだ。良いものは輝いているように
試しにと、様々な道具や武具を見るために王城内を移動して魔導具や食材などを目にして行ったけど、よっぽど良いものでない限り見分けることは僕にはできなかった。その理由は、ギフトが育っていないからだそうだ。逆にというか、王城にある品物の中に製品としての状態が悪いものは存在せず、暗く視えるものを見る機会は一度もなかった。なので、悪いものがどんな風に視えるかは僕はまだ知らない。
僕のギフト———目利きの使い方としては、意識して物体を凝視することだそうだ。なので、意識して視ようと思わない限りギフトの目利きが発動することはない。ギフトをいち早く育てるなら常に意識して物を見続ける必要があるようだ。そんな認識を頭に刷り込み、僕はその瞬間から全ての物体を意識して視ることに努めた。ギフトを早く育てて商人になりたいから、という訳ではなく、育ったギフトは進化する可能性があるとその授業の中で聞いたからだ。
まあ。早くても進化には数年は掛かるだろうって話だから気長にやるしかないんだけど、目に見えて変化が実感できると思えば楽しみでもあるし、多少は期待もしてしまう。ま、進化したことろで目利きは目利きの
そんな品定め授業が行われている最中、僕はずっと気になっていることがあった。それは、僕の先生となるうら若い女性についてだ。
年齢は定かではないが非常にプロポーションは良い。そして時折外套を脱ぐ先生の胸元は酷くルーズだ。何もしていなくても谷間というか中チチと呼べる場所まで完全に見えているし、前屈みになればアレが見えそうなほどには危うい服装だ。その上、その生地は薄く、そしてたぶんノーブラだ。その上さらに、スカートの丈は短めときている。
それは、あからさまな色仕掛けだとしか思えない一種の攻撃だった。
いや、修也の先生を務めるのは騎士団長様だった。なので
かく言う僕も我慢できずに手を出した。なんてことは絶対にないけど、他の部屋ではどうかは分からない。そしてたぶんこれは、手を出してもいいというか、そうさせる為の色仕掛けなんだろうと思う。
だって、王城にこんな服装の、
それで手を出したらどうなるのかと考えれば、たぶん何もせずにその女性を当てがって、この国の為に頑張ってねって言うんだろうとは思う。思うけど、それはちょっと
誰も居ない武器庫で、そんな危険な物体を右腕に押し当てられつつ、苦笑いを漏らす僕と、
そんな中で僕が考えていたことと言えばだ。おっぱいって暖かくて柔らかいんだなって素直な感想と、クラスの女子は大丈夫だろうかという、恐怖にも似た感情だった。まあ、流石に無理やり
「もし、僕の友人達を、こんな卑劣な手で傷付けたとしたら、僕は悪魔にでも魔王にでも魂を売りますよ?」
そう言うと、女性はキョトンとした顔を浮かべて
それが演技だったとしたら百点なトボケ方だ。
そして僕の言葉をどう
「私をお嫁さんにして下さい」
と。頬を染めながらにだ。その瞳には薄らと涙すら浮かんでいる。
はい?
ほわい?
あいむのっとあんだすたんど。
展開が急過ぎるというか僕の想像の斜め上を飛び越えていく。
頬を染めつつ短いスカートの丈を指先で握りつつモジモジと身体を
一瞬クラッときたけど僕は鋼の精神力でその暴力的なまでな誘惑から目を背け、女性を落ち着かせ、そして尋ねた。
「えっと、リーリャさんは色仕掛けしろって誰かに指示されて——」
「——違います!先日お見掛けした時にトオル様が私の担当だって言われて、可愛い人だなって思って、それで思ったんです。これは神様が導いて下さった
この子、ガチだよ。
「……あ、そ、そう」
「あ、あの。わ、私じゃ、ダメでしょうか?」
「……い、いや、そ、その」
うん。
そんなキラキラした目で見ないでー。
期待を込めるように祈るような姿をするのは良いけど自分の服装と腕の位置を考えてー。
現実から目を背けつつも僕はこの時知った。
この世界は美しく、そして厳しい世界だと。
その想いが向かう先が何故、僕なのかはよく分からないが。
「えっと、あの……僕はギフト的にイマイチな感じの召喚者でして…」
「そんなことはありません!目利きは商人として非常に優れたギフトです!」
「あ、はい…」
左を見れば鋭利な穂先を
ここって、ちょっと薄暗い誰も居ない武器庫なんだよね。オフィスラブな資料室的な?そんな感じのドキドキシュチュエーションとも言える閉鎖的な密室なんだよね。そんな場所で体温やその感触が直に伝わるほど女性と密着した経験なんて僕にはない訳で。いや、シュチュエーション云々を全て取っ払っても一切ない訳でして。
「お、落ち着いて?ほら、僕らってまだ、今日顔を合わせたばかりな、お互いに初対面でしょ?」
しどろもどろになりつつも必死に頭を働かせ、僕は女性をどうにか引き離した。そして、
そうして今、僕の目の前にはニコニコとした笑みを浮かべている可愛らしい女性が座っている。腕を組むように机に肘を乗せ、その上に乗る物体を惜しげもなく晒してはいるが、概ね危機は回避したと見てもいいだろう。
結婚の約束?してないよ?じゃあ付き合う?ナイナイ。
僕はただ、彼女と約束をしただけだ。この世界に平和が齎された
「トオル」
「リ、リーリャ?」
様付けは辞めてくれって言ったのが不味かったのかな?あれよあれよと僕も名前を呼び捨てにすることになり、今も特に何かを言うでもなくニコニコと彼女は笑顔を浮かべている。
まあ、先生との関係が良好になったと思えばプラスだ。個別授業の度に顔を合わせることになりそうだが、そのうち彼女も気付くはずだ。僕は期待をするような人間じゃなかったと。うん、きっとそうだ。
背中の冷汗は止まらないが、一応笑みは返しておく。そうしないと徐々に身体が前のめりになるからだ。致し方なく僕もニッコリと引き吊った笑みを浮かべた。
「トオルは嫌いな食べ物ってありますか?」
「え、嫌いな食べ物ですか?えっと、特には、ないかな」
「本当ですか?じゃあ、次の授業の時に何か作って持ってきますね!」
「……あ、はい」
なんだよその質問!授業関係ねえ!仕事しろ仕事ぉ!
リーリャの年齢は十六歳だそうだ。最初はもっと上に見えていたけど、この数分でだいぶ年相応には見えてきている。それを喜ぶべきか危険視するべきかはさておき、僕は今後の展望に暗雲が立ち込めた気がして深い溜息を吐き出したとさ。
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