第3話 訓練と授業となにか

 異世界召喚され三日目、異世界では二度目となる朝を迎えた。


 朝食を騎士舎食堂にて全員でり、その日の予定を聞いてから各自が準備すると訓練場へと向かう。これから行われようとしているのは、軽い身体測定だそうだ。


 訓練場は僕らが宿泊している施設とは反対側となる西側の一画いっかくる。そこまでの道のりも異国いこく情緒じょうちょというか異世界情緒が溢れていて綺麗で楽しい行程だが、何よりも目を引くのは異世界ならではの昆虫や鳥類、または植物たちだ。

 あの高い岩も目を引くが、見上げると首が疲れるので今日はスルーされているようだった。


 屋根と柱とで形成された、緩やかに弧を描くように続く回廊を歩きながら庭へと目を向ければだ、あでやかさがぎる昆虫がヒラヒラと飛んでいる光景が目に飛び込んでくる。一見いっけんしてちょうのようにも見えるが、その昆虫はドラゴンフライとでも呼びたくなるような見た目をした昆虫だった。


 ステンドグラスの黒枠のような物が見て取れる蝶のモノによく似たその羽には、赤から緑そして青へと変わるグラデーションの鮮やかな色が浮かんでいる。羽の形状は蝶に似ているともいえるが蜻蛉とんぼと蝶の中間といった方が正解だろう、少し長めのものになる。その翼長よくちょうは四〇センチほどもあり、地球では大物と呼べる類いのサイズ感だ。


 ドラゴンフライの頭部は鳥に近い形状だが鳥類のようなくちばしはない。眼は二つではなく六つくらいは在る。脚は地球の昆虫と同じく六脚だが、その表面は小さな鱗っぽいモノに覆われている。尾は長くカメレオンのように上部で渦巻いている。そんな未知の昆虫と思しきヤツはヒラヒラと舞っては花の蜜を吸っていた別種の昆虫に何かしらのブレスを吐きかけ、地面に落ちた昆虫を食してはヒラヒラと舞い上がっていた。そんな昆虫かどうかも怪しいヤツを見た僕の感想はこうだ。


「……す、すげー」


 手入れの行き届いた庭を見渡せば、長い尾羽根おばねが鮮やかな鳥類が四阿あずまやの一画で羽根を休めている。不死鳥のように赤い羽根を持つその鳥は、この国の国鳥として国旗にも描かれている鳥と同種だそうだ。

 名前は日本語で理解すると守護鳥と聞こえるが、イヤーカフを外して聞き取った感じだと「リーヴ」となっていた。まるでストレス社会で闘うサラリーマン男性の味方のような企業の名前だが気にしちゃ負けだ。守護鳥リーヴとして僕らもあがめるべきだろう。大きさ的にはコンゴウインコと大差ないサイズである。


「うはー、可愛い」


 植物の見た目は地球と大きくは変わらない。ただ、細いつたと動いて捕食行動を取っている、という以外には。

 まあ、植物の全てがそうなのではなく極一部が捕食もするってだけだそうだ。なんだよそれ。異世界怖し。きっと人間も捕食しちゃうヤツもいるに違いない。そんなことはさておき。要所要所に植えられたその植物。大輪の花は石楠花しゃくなげに似ているとも言える。その鮮やかな花弁の赤が一際目を引くが、やはりどうしても目で追ってしまうのは、まるで狡猾こうかつな蛇のごとく動く細い蔦だ。獲物を待ち構えるが如く普段は動かない。そして何かしらの器官で獲物を察知すると素早く、そして的確に動き、瞬く間に獲物を絡め取る。今回、獲物となってしまったのはドラゴンフライだった。そして、ドラゴンフライが今まさに食そうとしていた小型の甲虫類だった。


「あ、地面に埋めちゃうんすね、異世界ぱないっす」


 さて、そんなことはどうでもいいとしてだ。訓練場に到着した僕らはレベル三の身体能力といったものを体感することになった。

 訓練場は室内と室外の二つが在る。その室外の方に集合した僕らは一〇〇メートルそうから行うことになった。一〇〇メートルといっても目測でしかないけどね。


 トップバッターはイケメンの修也だ。そして修也自らの手で僕も選ばれた。

 背の高い修也と比べて僕は背が高い部類には入るかも?って感じの中二男子になる。けれど、足の速さは僕の方が若干早かった。ほとん僅差きんさではあったけど駆けっこで負けた記憶は小学生から一度たりともない。なので僕は自信たっぷりな笑みを浮かべつつこう言ってやった。


「ふっ、足の速さで僕に勝とうなんて一〇〇年早いことを教えてやるよ」

「悪いなとおる。お前が俺に勝てるところが、また一つ減ることになる」

「ハッ。ここだけは譲らん」

「フッ。残念だが、諦めろ」


 そんな会話をして僕らは、同級生の合図を皮切りに同時に走り出した。

 一歩踏み出した瞬間、ギュンと身体が加速する。それは今まで感じたこともなかった加速感だった。これならいけると僕がほくそんだ時、修也は僕を横目に見ながら余裕のある笑みを浮かべていた。


 一歩。また一歩。脚が踏み出される度に、修也との距離が明確に離れて行く。それに追いすがろうと必死に脚を蹴り前へと踏み出すが、結局置いて行かれるばかりだった。


「しゃっ!俺の勝ち!」

「……そんな、バカな」


 友人は屈託くったくのない笑みを浮かべつつ拳を握る。僕は_| ̄|○状態で荒く息を吐き出していた。


 僅差どころの話ではない。大差だ。今まで一度も負けたことがないのに、これだけは修也に勝てる唯一無二の僕のアイデンティティだったのに、負けた。その結果は、想像以上に僕に衝撃をもたらしていた。


 いや、あんな口を叩いてはいたけど最初から負けるだろうなとは予想はしてたんだ。修也は勇者で僕は商人だ。同レベルならば勝てる道理など微塵みじんもないのだから。でも、想像以上にショックだった。ただ、それだけだ。それでも気持ちを切り替えると修也に話し掛けた。


「何秒くらいだった?」

「ああ、どうだろ、数えてなかったな。でも十秒は切ったと思うな」

「マジっすか。てか、スマホがあればなー」

「マジそれなー」


 そんな会話をしながらスタートラインへと戻り、全員の強化度合いを僕らはその後に眺めていた。

 ショックではあったが、同時に友人の強化具合に嬉しさと安心感も感じていたことは確かだ。レベル三の時点でこれならば、将来が楽しみと言えるし、友人達の安全にも期待が充分に持てる。そう思ってのことだ。


 一通りの身体測定を終えて感じた感想としてはだ。

 武器系統とか戦闘系のギフトを授かった面々の身体能力の伸び具合はエグいと言える状態だった。

 一方、商人系や生産系のギフト持ちは常識の範囲内で、頑張れば自力でも到達できる程度の変化しかなかった。

 魔法系ギフト持ちも大きな変化はないが僕らよりかはマシそうだし、支援系は授かったギフトによって伸びたステータスに多少の違いがあるって感じだった。まあそれは、武器系統にも言えることで、大剣持ちの飯田くんは俊敏性しゅんびんせいよりも膂力りょりょくが格段に上昇したって感じだ。


 そんな確認を終え、午前中は戦闘訓練を行った。

 昨日散々振った剣が多少軽くなったように感じて嬉しく思っていた僕だが、修也はその上を遥かに超えていた。


 え、ちょっと待って、いま、振ったよね?


 そんな驚きを感じるくらいには修也の剣速は目に見えて上昇していた。一方僕は、まだ武器に振り回されている感がある。盾もまだまだ重いと思えるし、身体能力の上昇具合は修也や他の友人達と比べて格段に劣っているといえた。そんな最低限の変化しか感じられなかった人は僕の他にも四名ほどいる。

 そして、身体能力的には僕らの少し上を行く、魔法関連のギフトを得た友人は全部で五人になる。その筆頭ひっとうは言うまでもなく勇者修也の想いびと、彩ちゃんだ。

 今気付いたけど勇者修也って語呂ごろが悪いな。まあそれはおいといて。

 他に支援系が数名。そして戦闘系が残り数名。人数は数えないぞと目をらす。


 ここで、多少訓練の内容に差が出ることになった。

 修也を含めた戦闘系のギフトを得たメンバーが実戦に近い模擬戦のようなことをやり始めたんだ。残りのメンバーは所謂いわゆる案山子カカシに向かって剣筋などをゆっくりと確認しながら振り下す基礎を重点的に学んでいた。


 修也達はしっかりとした防具を身に着けて、武器に見立てた棒に布か革を巻いた、ちょっと太めな武器を手に騎士達と向かい合っている。そして召喚者組が終始攻撃に徹し、騎士達はそれを受け、悪い箇所を指摘しながらも撃ち込み訓練は止まることなく続いられていた。


 攻撃を受けつつ指導する騎士達は全員余裕がありそうだった。流石は近衛騎士といったところだろう。時折攻撃をなしつつも脚を引っ掛けたり、攻撃を放った直後の間隙に、隙だらけの場所に武器を突き付けたりと、どうすべきかを説明し、何度か同じことを繰り返して戦闘技術を身体からだに叩き込んでいた。


 そんな訓練が休憩を挟みつつ昼まで続く。


 その後、身体の汗を流してから、この世界では常識ではない昼食を食べ、そして午後の授業へと移った。その授業は個別で、誰がどんな内容を受けているのかは僕は知らない。


 僕が受けた授業は、僕自身のギフトに関する授業だ。

 僕の先生となったのは、うら若い女性だった。間隔を開けて縦に三つ並ぶ大きなボタンが目を引く、ゆったりとしたローブを着ている。それはきっと外套がいとうたぐいと呼べる衣服で、前合わせの長い裾からチラリと覗いた脚は素足だった。そんなことはさておき。


 目利きとは一般的に商人に多いというか、目利きだったから商人になったって人が多いギフトになる。その効果というか性能は、見た物の良し悪しを明暗にて見分ける。といったものになるそうだ。良いものは輝いているようにえ、悪いものは日陰に置いた時のように暗く視えるらしい。

 試しにと、様々な道具や武具を見るために王城内を移動して魔導具や食材などを目にして行ったけど、よっぽど良いものでない限り見分けることは僕にはできなかった。その理由は、ギフトが育っていないからだそうだ。逆にというか、王城にある品物の中に製品としての状態が悪いものは存在せず、暗く視えるものを見る機会は一度もなかった。なので、悪いものがどんな風に視えるかは僕はまだ知らない。


 僕のギフト———目利きの使い方としては、意識して物体を凝視することだそうだ。なので、意識して視ようと思わない限りギフトの目利きが発動することはない。ギフトをいち早く育てるなら常に意識して物を見続ける必要があるようだ。そんな認識を頭に刷り込み、僕はその瞬間から全ての物体を意識して視ることに努めた。ギフトを早く育てて商人になりたいから、という訳ではなく、育ったギフトは進化する可能性があるとその授業の中で聞いたからだ。

 まあ。早くても進化には数年は掛かるだろうって話だから気長にやるしかないんだけど、目に見えて変化が実感できると思えば楽しみでもあるし、多少は期待もしてしまう。ま、進化したことろで目利きは目利きの範疇はんちゅうでしかないそうだけど、低性能より高性能の方が良いに決まっている。


 そんな品定め授業が行われている最中、僕はずっと気になっていることがあった。それは、僕の先生となるうら若い女性についてだ。

 年齢は定かではないが非常にプロポーションは良い。そして時折外套を脱ぐ先生の胸元は酷くルーズだ。何もしていなくても谷間というか中チチと呼べる場所まで完全に見えているし、前屈みになればアレが見えそうなほどには危うい服装だ。その上、その生地は薄く、そしてたぶんノーブラだ。その上さらに、スカートの丈は短めときている。


 それは、あからさまな色仕掛けだとしか思えない一種の攻撃だった。性春せいしゅん真っ盛りな中学二年生男子が、そんなガードの緩い服装をした若い女性を目の前にして、しかもそれが二人っきりな空間だったとしたらだ。どこかで間違いが起こってもしかるべきことだと思う。


 いや、修也の先生を務めるのは騎士団長様だった。なので一概いちがいにはそうは言い切れないが、修也は勇者だ。王国側からストップが掛かっている可能性は高い。


 かく言う僕も我慢できずに手を出した。なんてことは絶対にないけど、他の部屋ではどうかは分からない。そしてたぶんこれは、手を出してもいいというか、そうさせる為の色仕掛けなんだろうと思う。

 だって、王城にこんな服装の、たとえるとすれば胸元が大胆でミニスカなナース服みたいな服を着た女性がいることの方が不自然だ。ハニートラップと見てまず間違いはないだろう。

 それで手を出したらどうなるのかと考えれば、たぶん何もせずにその女性を当てがって、この国の為に頑張ってねって言うんだろうとは思う。思うけど、それはちょっと卑怯ひきょうじゃないかなとも思う訳で、こんな卑怯で卑劣ひれつな手には絶対に乗ってやらないぞと、左腕に感じる柔らかな感触に心引かれつつも僕は考えていた訳だ。


 誰も居ない武器庫で、そんな危険な物体を右腕に押し当てられつつ、苦笑いを漏らす僕と、妖艶ようえんな笑みを浮かべ続けている女性との水面下の攻防は、暫くは続いた。


 そんな中で僕が考えていたことと言えばだ。おっぱいって暖かくて柔らかいんだなって素直な感想と、クラスの女子は大丈夫だろうかという、恐怖にも似た感情だった。まあ、流石に無理やり手籠てごめに。なんてことは絶対にないとは思うけど、この世界には魔法は存在するし、それと似たような効果を持つ魔導具も存在する世界だ。手籠にされた記憶は一時的に封印され、とかあったら笑えない。むしろそんなことがあったと知ったならば僕はだ。この国と全面戦争をしてやるぞ、くらいには怒りといきどおりを覚える自信はあった。だから一応は、一言くらいは警告してやっておくことにする。女子の貞操ていそうを守ることは、道化どうけ云々うんぬんなど言ってられない程には重要な案件だからだ。


「もし、僕の友人達を、こんな卑劣な手で傷付けたとしたら、僕は悪魔にでも魔王にでも魂を売りますよ?」


 そう言うと、女性はキョトンとした顔を浮かべてまばたきを何度か繰り返し小首をかしげるといった可愛い仕草を見せた。


 それが演技だったとしたら百点な方だ。

 そして僕の言葉をどう解釈かいしゃくしたかは知らないが、女性は身の上話を唐突に語り出した。なんでも、実家は貧乏で、父は既に亡く、母は病気がちで、幼い妹や弟がいて、王城で働く給金だけじゃ仕送りが大変だとか。そう涙ながらに語った女性は先程までの非礼を詫びた後にこう言った。


「私をお嫁さんにして下さい」


 と。頬を染めながらにだ。その瞳には薄らと涙すら浮かんでいる。


 はい?

 ほわい?

 あいむのっとあんだすたんど。


 展開が急過ぎるというか僕の想像の斜め上を飛び越えていく。

 頬を染めつつ短いスカートの丈を指先で握りつつモジモジと身体をよじる女性は中々に破壊力が高い。それが上目遣いで、たわわに実った果実が今にも零れ落ちそうになっていたとしたら、尚更だ。

 一瞬クラッときたけど僕は鋼の精神力でその暴力的なまでな誘惑から目を背け、女性を落ち着かせ、そして尋ねた。


「えっと、リーリャさんは色仕掛けしろって誰かに指示されて——」

「——違います!先日お見掛けした時にトオル様が私の担当だって言われて、可愛い人だなって思って、それで思ったんです。これは神様が導いて下さった良縁りょうえんなのかもしれないと!悪い女だと、いやしい女だと思われても仕方がないと思いますが、この日の為におめかしして、普段は着ないような服を買って、トオル様に少しでも気に入って頂けたらと!私は!」


 この子、ガチだよ。


「……あ、そ、そう」

「あ、あの。わ、私じゃ、ダメでしょうか?」

「……い、いや、そ、その」


 うん。

 そんなキラキラした目で見ないでー。

 期待を込めるように祈るような姿をするのは良いけど自分の服装と腕の位置を考えてー。


 現実から目を背けつつも僕はこの時知った。

 この世界は美しく、そして厳しい世界だと。


 優雅ゆうがにしかえない王城にも、こうして困窮こんきゅうした人がいる。

 目麗めうるわしく一見して貧困ひんこんとは無縁に見えた女性でも、誰かにすがりたいと思う程に逼迫ひっぱくしているという事実を。


 その想いが向かう先が何故、僕なのかはよく分からないが。


「えっと、あの……僕はギフト的にイマイチな感じの召喚者でして…」

「そんなことはありません!目利きは商人として非常に優れたギフトです!」

「あ、はい…」


 左を見れば鋭利な穂先をあらわにした槍が並んでいる。右を見れば白くしなやかなで形の良い腕がある。背中は宙ぶらりんだが腰は低めな棚に限界にまで押し当てられていて僕は身動きが取れないでいる。


 何故所以なぜゆえに女性に人生初の壁ドン的なモノをされているかもよくは分からないが、彼女の必死さだけは充分伝わった。充分過ぎるほどには伝わった。だから、その胸に当たる物体を少し遠ざけてはくれませぬか?後ろに棚がなくて直に壁だったら僕は既に詰んでたかもしれない。


 ここって、ちょっと薄暗い誰も居ない武器庫なんだよね。オフィスラブな資料室的な?そんな感じのドキドキシュチュエーションとも言える閉鎖的な密室なんだよね。そんな場所で体温やその感触が直に伝わるほど女性と密着した経験なんて僕にはない訳で。いや、シュチュエーション云々を全て取っ払っても一切ない訳でして。


「お、落ち着いて?ほら、僕らってまだ、今日顔を合わせたばかりな、お互いに初対面でしょ?」


 しどろもどろになりつつも必死に頭を働かせ、僕は女性をどうにか引き離した。そして、迅速じんそくに自室へと戻った。


 そうして今、僕の目の前にはニコニコとした笑みを浮かべている可愛らしい女性が座っている。腕を組むように机に肘を乗せ、その上に乗る物体を惜しげもなく晒してはいるが、概ね危機は回避したと見てもいいだろう。


 結婚の約束?してないよ?じゃあ付き合う?ナイナイ。

 僕はただ、彼女と約束をしただけだ。この世界に平和が齎されたあかつきには、一度ゆっくりと食事でもしましょうという彼女の願いに応えただけだ。いや、応えざるを得なかったと言っても過言ではないが、それだけだ。僕は悪くはない。そう思いたい。


「トオル」

「リ、リーリャ?」


 様付けは辞めてくれって言ったのが不味かったのかな?あれよあれよと僕も名前を呼び捨てにすることになり、今も特に何かを言うでもなくニコニコと彼女は笑顔を浮かべている。

 まあ、先生との関係が良好になったと思えばプラスだ。個別授業の度に顔を合わせることになりそうだが、そのうち彼女も気付くはずだ。僕は期待をするような人間じゃなかったと。うん、きっとそうだ。


 背中の冷汗は止まらないが、一応笑みは返しておく。そうしないと徐々に身体が前のめりになるからだ。致し方なく僕もニッコリと引き吊った笑みを浮かべた。


「トオルは嫌いな食べ物ってありますか?」

「え、嫌いな食べ物ですか?えっと、特には、ないかな」

「本当ですか?じゃあ、次の授業の時に何か作って持ってきますね!」

「……あ、はい」


 なんだよその質問!授業関係ねえ!仕事しろ仕事ぉ!


 リーリャの年齢は十六歳だそうだ。最初はもっと上に見えていたけど、この数分でだいぶ年相応には見えてきている。それを喜ぶべきか危険視するべきかはさておき、僕は今後の展望に暗雲が立ち込めた気がして深い溜息を吐き出したとさ。

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