第2話 ギフト鑑定

 重厚な観音開きの扉が開かれると、その先の空間には虹色のような光りが満ちていた。


 王族が居並び、そして貴族や騎士とおぼしき面々が多く控える謁見えっけんの間には、厳粛げんしゅくな空気が漂っている。


 壁の高い位置に見える縦に長い灯窓あかりまどは鮮やかな色彩をしたステンドグラスだ。全ての壁面に設けられたステンドグラスのうち二面から陽射ひざしが射し込んでいて、白い石材の床や壁に色鮮やかな影を落としている。その色彩は何かの物語の一幕を表したようなものだった。

 ステンドグラスの下、左右の壁面だけに見える上部がアーチ状の開口部は全てが開かれていて、そこから心地良い風が吹き込んできている。

 見上げた天井にも円形の大きな灯窓があり、そこに施されたステンドグラスの模様は幾何学模様きかがくもようの花のような色鮮やかな図柄だ。足元には金の刺繍ししゅうが施された朱色の絨毯じゅうたんが真っ直ぐに続き、その先に王族と思しき面々が控え、僕らの左右を挟むように貴族や騎士が居並んでいる。


 入口から続く朱色の絨毯の上を進み、そして足を止める。僕らと王族との間には十段ほどの階段が在り、王族は少し離れた高い位置に皆が座していた。

 王族の人達のみ、年配の女性———ウィズさんの口から軽く紹介されていき、名前が出る度に王族の皆さんは全員が軽い会釈えしゃくを返していた。


 そんな空間に運ばれて来た一つの台座。僕らと王族とを隔てる階段の前に置かれた台座の上には豪奢ごうしゃな布に包まれるようにして透明な物体が載せられていた。その台座の隣りに一人の年配の男性が立つ。その人物は豪華ごうかな刺繍が施された貫頭衣かんとういをローブの上から身に付けている。一目見てくらいの高い人だろうと分かる威厳いげんを感じさせる男性が、緩く伸ばしたてのひらの指先を持ち上げ、手招きのような仕草を僕らに向けた。


 一瞬、視線を交錯こうさくさせた僕らは一人の人物の背中を迷わず押した。

 トップバッターに選ばれたのはクラス一の人気者。イケメン秀才バスケ部キャプテンの長身男子。雨宮修也あまみや しゅうやだ。

 修也が五歩ほど前に進み、そして促されるがまま透明の小箱のような物に触れる。すると、その物体が光りを放ち始め、僕らはそれを見て感嘆かんたんの声を上げていた。しかし、その光は収まることなく明度を急速に高め続けていた。そして気が付けば、目がくらむほどのまば光彩こうさいが広い空間を息苦しいと思うほどに満たした。


 驚愕の声が場を一瞬満たし、そして静寂が訪れて、その静寂が破かれる。


「こ、これは⁉︎」

「え?何て書いてあるんですか?」


 光がようやく収まると、すぐに声が上がっていた。威厳があり、落ち着いた様子だった年配男性の驚きように修也が若干じゃっかんあせりつつ言葉を発する。すると、先程までとの様子とは一変。ひたいに玉のような汗を浮かべた男性は口をわなわなと震わせた後に、喉の奥から絞り出すようにして言葉を口にした。


「ゆ、勇者です!」


 その言葉の直後、周囲で見守っていた貴族達からどよめきの声が一斉に上がった。クラスの女子からも悲鳴のようなモノが上がっているが、それは当然の結果だろう。


「なんと……まさか勇者のギフトを持った者が現れるとは」


 国王が最も豪奢ごうしゃな椅子から立ち上がり、そう言って修也の方へと歩き始める。そんな光景に目も向けていない数名の女子たちは場をわきまえる。なんて言葉とは無縁に、はしゃいだような声を上げていた。


「さっすが修くん!」

「絶対勇者だと思った!」

「……カッコいい」


 女子達の黄色い声が上がる中、ゆったりとした歩調で近付いた国王様(推定年齢四〇歳前後)は、驚くことに修也の前で膝を折ると、まるで臣下しんかのような姿勢を取った。

 その様子に驚き、おそおののく修也を他所よそに、それと同時に全ての王国側の人々が恭順きょうじゅんといえる姿勢で膝を折りこうべを深々と垂れる。


 そうして、興奮冷め止まぬ様子から一変。一瞬にして静まり返った空間に、国王の威厳のある声がうやうやしく響いた。


「世界を救う勇者殿よ。我々は全力で貴方をお支えすると誓います。どうかこの世界を、ひいては我が国の民を、お救い下さい」

「……ちょ、や、やめて下さい!あたまを上げて下さい!」


 性格もイケメン?な修也は、王様より低い姿勢となりながらそう言ったが効果はなかったようだ。


 そんな様子の国王や臣下の人々の姿を目の当たりにした僕は、この人達は純粋に世界を救いたくて僕らを召喚した良い人なんだろうなと、そう思うことができていた。


 そう思えたことは少なからず救いになったともいえた。我知らず胸につっかえていた冷たいシコリのようなモノが溶けるのを感じ、不安と疑念が薄れるのを感じたことは確かだ。とはいえ、まだ完全に信頼しきった訳ではない。初見で未知の相手を手放しに信頼することほど危険な行為はないからだ。


 そんなことを考えていた頃、視界の中では一向に頭を上げる様子のない王様を見て焦るように視線を泳がせていた修也がいた。その泳ぎ切った瞳が僕を捉え、そしてすがるような視線を向けてきていることに気付く。その視線の意味を正解に捉えた僕は、周囲の大人達と同じようなポーズを迷わず取った。


 驚愕に見開かれる純真無垢な瞳。

 まるで裏切ったな!とでも言いたげな目が細められる前に、僕は首を小刻みに振り、周囲へと一瞬視線を向ける。

 すると修也はその意味を悟り、手振りで近場にいた女子を座らせた。


 その女子の動きに釣られるようにしてクラス全員が膝を折ると、その場に王様よりの高い人はいなくなり、偉そうに国王陛下を見下ろしてしまうという構図だけはなんとか回避できたようだ。


 ちょうどその頃、国王が頭を上げ、目の前の修也に視線を向けた。


「勇者殿。どうかお立ち下さい。皆様も、どうか」

「こ、国王様こそ!いえ、全員立って下さい!」


 こうして、厳粛な雰囲気ながらも興奮冷め止まぬといった感じの雰囲気に包まれた会場。そんな空気が漂う中でギフトの鑑定は進んでいった。



 ———後に聞いた話だが、勇者というギフトが確認されたのは遥か昔のこと。それこそ二千年ほど前に辛うじて勇者が居たと記述が書物に残っていたらしい。

 魔王の復活が長くて三百年に一度。短くても百年ほどの周期であることを考えれば、今回の異世界召喚組はツイテいると考えてもいいのかもしれない。逆に言えば、勇者が必要な程に危険ともいえるかもしれないので、まだ断定するのは少し早いとは思うが。

 ちなみに、前回の召喚は二百年ほど前らしい。現代から二百年前といえば、江戸時代が始まった当初になる。その為、当時の召喚者が残したような文化や影響はそこまで残っていないらしい。その情報は少し残念だった。

 というかそもそもだ、二百年前の召喚者は五名と少なく、全員が所謂武家の若い男児だったそうだ。その五名は地位もそこそこあったのか、これといって文化や独自の食材など、何かを残したということもなかったそうで、今に伝わるような物が無かった感じになる。



 そうこうしているうちに順番は進み僕の番が回ってきた。できれば修也をサポートできるようなギフトであれば良いなと思いつつ透明な本のような物体に触れる。その瞬間、修也とは違いショボい規模で光がきらめいた。その色は黄色というより黄金色こんじきいろのようで美しかったが、その光り方で大したことはないだろうとわかってしまうような輝き方だった。


 光が収まると、落ち着きを取り戻した男性が透明な物体の中に浮かび上がった文字を読み上げてくれる。


目利めききです」


 男性が放った言葉を脳が理解すると、僕はガクッと膝が折れそうになった。そのことを誤魔化すどころかオーバーに表現すると背後で小規模ながら笑いが起こる。その笑い声を聞きながら僕はこんなことを考えていた。


 戦闘系でも補助系でも魔法系でもなく商人系か。

 これじゃ、修也とは別行動かな……。

 となれば、僕はここに残りこの国の真実を見極めることにつとめるか。

 それには一人くらいは僕と意識を共有している協力者が必要か…。


 ちなみに、このイヤーカフ型の魔導具では文字までは読むことができない。着けているだけで勝手に脳が言葉を理解してくれはするが、こちらから発する声は通訳機能が働く有効範囲があるような、そんな代物になる。その有効範囲は短く五メートルもない。精々が三メートル程度だが、身につけている側は耳に届けば距離は関係なく通訳はしてくれる。


 僕のギフトは大したことがないことが判明した。けれど、勇者である修也への期待値が高い分、僕らへの期待値は今や重要ではない。できれば同行できるだけの能力を秘めたギフトが良かったが、こうなってしまえば足手纏いとなるよりギフトを活かした生きる道を模索すべきだと思う。


 そうしなければ最悪切り捨てられた時に生きて行くことすら危うくなるし、それが最適解な答えだろうと自然に受け入れることができた。

 そもそも僕は、あらそい事や荒事あらごと忌避感きひかんを感じるタイプの人間だし、昔っからビビリで有名だ。ついて行ったところで足を引っ張りそうな自信だけは、悲しいかな有りすぎるほどにあるとしかいえない。


 そう、頭を切り替えた直後。


「つ、ついて来いよ透」


 そんな僕を見かねてか、或いは自身の心境を反映させてか、修也が目を泳がせながら隣りに立つと小声で話し掛けてきた。それにいつも通りな調子で返答を返す。


「いや無理だろ」

「えー」


 えー。じゃないし。

 そんな裏切られた的な顔をしても無理なものは無理なんだよ。と、そんなことを考えながら驚き顔をしている友人を見遣みやる。


 僕と修也はこう見えて仲が良い。小学校三年生の二学期からの付き合いだけど、昔っから何かと馬が合い、同じ部活で汗を流す仲でもある。まあ、ポジションが被っているので僕は完全に修也の下位互換かいごかん。所謂交代要因でしかないのだけど、休みの日も一緒にバスケで汗を流すような仲だ。


 そんな僕が同行できないことがほぼ確定してしまうと修也は目に見えて落ち込んでしまった。そんな可愛い親友の肩に手を置き、ニヤリと笑ってから声を掛けた。


「よかったじゃん。あやちゃんは一緒だ——」

「——ちょ!おまっ!」


 意中の女子が同じクラスにいるという豪運の持ち主たる友人を揶揄からかうとその頬を染めつつ小声で抗議の声が上がる。

 イケメンのクセに照れ屋で奥手で一途。何の進展もないまま既に四年もの月日が流れていることを思えば、この異世界召喚も良かったのかもしれない。


 そんなことを考えつつ、詰め寄る友人に参ったのポーズを取っていると、今現在ギフトの確認を行っていた女子から注意の声が上がった。


「ちょっと、うるさいんですけどお」

「あー。ごめんごめん」

「覚えてろよ、透」

「はいはい」

「ふふ。楽しそうに何話してたの?」


 と、そこに笑みを浮かべつつ話しかけに来たのは友人の意中の女子だった。

 その声を耳にし、素早く反応を見せたクセに目が合うと慌ててソッポを向き頬や耳朶みみたぶまでを赤く染める友人。そのクセ気になって仕方がなくチラチラと見ている。これで周囲に想い人がバレていないと思っているのだから可愛さ百倍だ。

 そんな友人の姿を見ても一切不思議に思ってもいない女の子もどうかとは思うが、物語の主人公は常々鈍感系と相場は決まっている。


 あ。これは無自覚ハーレム系主人公か。じゃあ違うな。


 正直なところ、目の前の小柄で髪の長い女の子———白崎彩子しろさき あやこがどう思っているかは知らないが、二人が相思相愛そうしそうあいとなるのは時間の問題だろうと睨んでいた。何故なら、彩ちゃんのギフトは回復魔法系のギフトだったのだから。


 聞けば、この世界の回復魔法はRPGのように手元を離れ対象者に向かって飛んではいかない。相手に触れた状態でなければ効果を発揮しないのだ。と、なればだ。最前線で戦い続けることが確定している修也と、傷を癒す魔法しか使えない彩ちゃんとの距離は常に触れる程に近いというわけだ。


 アオハル真っ盛りな男女が連日肌と肌を触れ合わせ、それでも何も起きないともなれば、この世に恋愛という甘い物語は一切存在しないだろう。


 そんなことを考えていたからか、ニコニコと微笑んでいた僕の頭に雷が落ちた。


「何考えてんだよ?」

「痛った。あははー、ナイショだよ?え、言っていいの?」

「え?なになに?」


 そこに、食い付くように近付いた彩ちゃんに僕は満面の笑み持って答えた。


「うん。実はさ」


 そんな何気ないやり取りが一度凍てついてしまった心を溶かしていくような、温かい気持ちを保たせてくれていることを強く実感しながら。


「おまっ!」

「痛っ⁉︎」

「ちょ、修也くん?」

「あ、アハハ、な、なんでもないから!」


 再びの拳骨げんこつを食らった後、修也は驚いた様子の彩ちゃんにぎこちない返事を返し、僕にヘッドロックをしつつ距離を取った。そこから再び小声での抗議が始まる。


 修也の身長は僕よりも一〇センチ以上も高く中学二年生にして既に一八五センチもある。なので体格的にもフィジカル的にも僕は一切いっさいかなわないのだ。迅速じんそくに僕を連れ去った修也は頬を染めつつも小声でまくし立てるように口を動かす。僕はそれにヘッドロックされたまま返事を返していた。


「おま!内緒だって言っただろ!」

「はん!そんな約束は異世界では無効だよ」

「な、なんでだよ!」

「墓場まで持っていくって約束はさせられたが、思い出してみろよ?僕らは一度死んだんだぜ?向こうじゃ今頃、墓に入っているかもな」

「な、ば、おま、それ……卑怯だろ!」


 そんな僕らをニコニコとお日様のような笑みで見守る女の子に修也の視線を無理矢理にでも向けさせれば僕の身体を拘束する力が抜け落ち、その顔がだらしなく緩む。その隙間にヘッドロックから抜け出すと元の位置へと友人ごと押しながら戻って行った。


「二人ってほんと仲良いよね」


 そう声を掛けて来たが、修也がまったく口を開こうとしないので仕方なしに僕が答えることにした。


「まあね」

「でも、別行動になっちゃうかもね」

「ああ、それは良いよ。離れててもいつかは会えるだろうし」

「マジでついて来ないのか?」

「いや、だから無理だって。僕のギフトじゃ足手纏いが過ぎるよ」

「いやでも…」


 最後にそう口にした修也は目に見えて落ち込んでいた。僕一人ついて行ったところで何一つ好転することなんて無いと思うが、ついて行かなかったが故に修也が本来の力を発揮できなった。なんて事態は辞めて欲しい。


「おいおいキャプテン。しっかりしてくれよ」

「そうだよ。修也くんがしっかりしないと」

「うっ…」


 言葉同様引きった顔を見せた友人を見兼ねてか、ロングヘアの似合う可愛い女の子は僕へと視線を向けた。


「ついて行ってあげたら?」

「うーん。なんとかなりそうなら、それもやぶさかではないけどさ」

「本当か⁉︎」

「いや、ここで嘘付いてどうすんだよ?でも期待はするなって。最初のギフトが商人系や生産系だと筋力とかの伸びが戦闘向きではないって説明されただろ?」

「う、そうだった」

「せめて支援系か戦闘系ならなあ。サポート役として同行できたんだけど」

「あ!怪我しても私が治せるかも!」

「そうだ!その手があった!」

「いやいや。勇者が戦うような相手に怪我って、それって僕に死ねって言ってる?」

「「そ、そん訳ないだろ!(でしょ!)」」


 二人が仲良くったところで僕は意味深に笑って見せたが効果は一人にしかなかった。残念と肩を竦めつつ、僕は今後の展望を軽く述べる。


「まあ、先ずはレベルを上げてみないと何とも言えないな。ってことで修也くん。とりあえず訓練受けようぜ?」

「……あ、ああ。そうだな」

「よし。コテンパンにしてやっから、彩ちゃんは修也の回復よろ」

「はーい!あ、でもどうやって使うんだろ」

「ふん。透には負けなから回復なんて必要ないよ」

「ふっふーん。誰が僕がヤルと言った?」

「は?」

「騎士団長様自らが鍛えて下さるとよ」

「え?……」


 僕の視線と指先が示すその先を目で追った友人の身体が固まる。

 そこには歴戦の猛者感もさかんがハンパじゃない偉丈夫いじょうぶが立っていたからだ。その人物は修也より拳一つ分は背が高い。


「勇者殿。お手柔らかに」


 それが騎士礼なのか、その男性は右手の掌を自身の左胸、やや肩寄りに当てながら軽くお辞儀をする。


「………こ、こちらこそ!宜しくお願いします!」


 一方、修也はビシッと両手を揃えて背筋を伸ばすと腰を九〇度に曲げてお辞儀をしていた。体育会系だからかな?目上の人にはついついこんな感じになっちゃう。それは僕も一緒だ。


 その頃、周囲を見渡せばギフトの鑑定は全員が終わったようだった。


「はは。そう固くならなくとも」


 騎士団長様の年齢は国王様より若干上といったところか。顔は精悍せいかんさと勇猛ゆうもうさを体現たいげんしたようなナイスミドルのしぶメンだ。それでいて人好きのする笑みをたたえることもできる穏和おんわさも兼ね備えているときている。一目で人望が厚そうだなと思える人だった。


 そんな騎士団長様の名前はジル。本来はもっと長い名前があるが今はそれはいいだろう。

 金に白が混ざったような、繊細な金糸きんしのような長い総髪そうはつを後ろで束ね、きらびやかながらも使い込まれていることが一目で分かる重装な鎧を着込んでいた。腰にはカッコいい剣を帯刀たいとうし、背中からは抽象的な模様が描かれたマントが垂れている。


 おおう。これは〝目利き〟の効果か?騎士団長様の鎧や佩刀はいとうが輝いているように見えるぞ。

 正直、鑑定の完全なる下位互換だと思い微妙なギフトだと思っていたけど、良い物がこうして一目で分かるのなら商人としてなら上手くやっていけそうだ。


 僕が商人としての自信を密かに身に付けていた頃、友人はギフトの使い方について簡単にレクチャーを受けていた。そんな光景を見守りながら、僕も、僕にできることはなんでもやってみようと決意を固めていた。


「大丈夫かなあ」


 修也の様子を見て心配そうな声音を上げる可愛らしい女の子。その瞳は憧れの対象を見るというよりは手の掛かる弟を見るような眼差しに近いが本気で心配していることだけは確かだった。そんな横顔をチラ見してから僕も心配な友人へと視線を向ける。


「まあ、修也なら大丈夫でしょ」

「……そう、だよね?」

「うん。でも、彩ちゃんには心身共に修也のサポートをお願いします」


 言葉を終えてから気持ちを切り替え、普段はまったく見せない真面目な表情を作り、深々と頭を下げると彩ちゃんは驚いたような顔をしていた。しかし、顔を上げると一転。大輪の花が咲いたような弾ける笑顔を見せると、同じく弾んだ声音でこう宣言してくれた。


「うん!任されました!」


 うん。良い返事だ。そんなことを思っていると、こちらの様子が気になって仕方のない友人がチラチラと視線を向けていることに気付いた。

 そこでニヤリと悪い笑みを浮かべた僕は、隣りの女の子にしか聞こえない声音で友人を見ながら口を動かす。


「僕は将来」

「え?なになに?」


 先程もまったく同じセリフを聞いた覚えがあるが、先程とは違い興味は無さそうだが気にしない。僕はいつでも修也の影。キングオブモブだと相場は決まっているからだ。


「僕は将来、大商人になる」

「大、商人?それで?」

「ふっふっふ。そして、第二皇女だいにおうじょ様と結婚する」

「……あっはは!なにそれ!」

「一番美人、っていうか、可愛いよね」

「うーん、私は第一皇女様派かなあ」

「うん。全員美人なのには違いない」

「そうだね」


 こうして、不遜ふそんと取られても仕方ないような内容で、ある意味で僕と彼女との仲にくさびを打ち込んだ僕は、気が気じゃない友人の元へと向かって歩き始めたのだった。



 その後、場所を移した僕らは全員が訓練を受けた。

 自分に合った武器選びから始まり、戦闘の基本的な、本当に基礎中の基礎だ。それこそ、武器の握り方や構え方から始まり、正しい振り方や切り返し方などを懇切丁寧こんせつていねいに教わっていくことから始まった。


 ちなみに、僕に選ばれた武具は片手で扱うショートソードと然程さほど大きくはない小さめの盾だ。腕力はそれほどないのでその二つでも重いくらいだったけど、これが一番安全で安定するからと騎士の人にお勧めされたので選んでいる。


 それがある程度様ていど さまになってくると、今度は形稽古かたげいこのようなことをやった。ゆっくりとした動きで動作の一つ一つを確認しがら武器を連続的に振り、徐々にその動きに速度と加える力を上げていくような訓練だった。


 そんな訓練を行っていると、普段使わない筋肉がこんなにもあったのかと自覚し驚くことになった。ゆったりとした動作だけでも筋肉に疲労が蓄積していくのが有り有りと感じられ、動きの速度を上げればその分だけ全身の負担が乗算されていくことを自覚する。


 僕らは平和な国に生まれた現代っ子だ。部活や習い事。あるいは剣道や空手といった武道を習っていた人もいるが、重量のある武器を振り回していた人は誰一人としていない。慣れない動きに身体がついていかないのは当然だといえるし、その程度の身体能力しか持ち合わせていなかったとしても何の不思議もないし仕方ないことだ。と、強く実感させられた。


 召喚者といえど弱いんだ。チートなどそこには存在しない。

 勇者という、一種の称号のような、それこそ抽象的としか表現できないギフトを得た修也だってそうだった。いきなり身体能力が爆破的に上昇するようなこともなく、強力な力や魔法を意のままに操れるような全能感などもなく、只々訓練をこなし、身体を順応させようと必死に汗を流しながら動き続けていた。



 そんな基礎訓練が終わった頃には身体は疲労困憊ひろうこんぱいとなっていた。

 そうして時間も良い頃合いに差し掛かり訓練場を後にした僕らは、かなり豪華な部類に入る食事を摂ることになった。

 疲労からか、口数こそ少なかったけど、見たこともない料理は満足のいく味と見た目をしていた。特に文句など出ることもなく食事を終えると、今度は高級ホテルもかくやといった大きな風呂を堪能し、質素ながらも割と広い個室の一室へと各自が案内され、僕は気絶するような速度で眠りに落ちた。


 ちなみに、僕らに割り当てられた居住空間は、普段は王国騎士団の騎士が詰める宿舎しゅくしゃ、その二棟ふたむねを男女別で使用している。騎士の中でも近衛兵に当たるほまれ高い騎士が常駐しておく建物なので造りは割と豪華だし、風呂も大きくて部屋も広めとなっている。部屋の大きさは大体十畳くらいだろうか。

 室内にはダブルベッドサイズの大きなベッドと、僕らの為に用意された真新しい寝具。それから衣装箪笥いしょうだんすと呼べる物やワークデスクサイズの机と椅子。それから各自に与えられた鎧などを掛けて置く木製のスタンドなどがあり、着替えも充分な量が用意されていた。

 各部屋にある窓からは王城の中庭に当たる場所と高い石壁が見える。食事をする場所は男女共有で食堂と呼べる広い空間。各部屋にはトイレもあり、一応は何不自由ない生活が送れるようになっていた。

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