チートもざまぁも特に無いけど異世界召喚されたのでとりあえず頑張ってみた。

@NekomeDo

王都編

第1話 召喚

 微睡まどろみの中を漂うような不明瞭ふめいりょうな意識の中、不思議な匂いを感じていた。


 どこか懐かしいような、郷愁きょうしゅうを感じるような、胸が切なくなるような、甘いノスタルジックな匂いが鼻腔びくうを満たしている。


 頬に当たる感触がやけに硬い。その硬質な感覚にまゆしかめながら腕を動かす。ツルツルとした硬質な手触りと暖かさが指先から伝わっていた。


 身体が痛い。けど、もう少し寝ていたい。


 うつ伏せのまま寝返りを打つと目蓋まぶたが紅く染まった。目蓋越しに感じた陽射ひざしは暖かく柔らかだ。枕が硬いという以外、不快と思えるものはない。けれど、どんなに寝返りを打っても身体が痛いことは変わりない。このままじゃ眠れそうにないなと仕方なしに身体を起こした。


 地べたにペタリと座った姿勢のまま目蓋を開く。逆光の中に人のシルエットが浮かんでいた。そのシルエットを一つ、二つと数える。五つまで数えて、数えるのを辞めた。数えるのが億劫おっくうになったんだ。


 その中の一つのシルエットが動き、暖かな陽射しをさえぎった。

 徐々に視力が慣れ始め、立っている人の姿を視覚では認識し始めていた。


 ゆったりとしたワンピースを着た小父おじさんが沢山見える。いや、ローブと言った方が正しいかな。その中に一人だけブロンドの美女がいるのが謎だけど。

 視界が鮮明になり認識したのはそんな光景だった。まだ意識というか思考がぼんやりとしている中で年齢層高めな小父さんを順番に眺めていく。

 髪の色は金髪や茶色といった明るめの色が多いが、中には青や赤といった小父さんにしては少々ファンキーな感じの人も何人か居た。

 そんなオジサンたちの背後には鎧にしか見えないモノを着込んだ人々が綺麗に整列している。中世ちゅうせいの騎士を彷彿ほうふつとさせるような、そんな鎧を着た人々を目で追っていくと、ぐるりと周囲を囲まれていることは分かった。それと同時に、見慣れた姿の同級生たちが紺色の地面の上に倒れている姿も視界に捉えてはいた。


 そんな光景をぼんやりとした思考のまま見渡して、脳がようやく認識して、えっと、何が?と首を傾げた瞬間。


 ———ッ⁉ ︎そうだ!

 フラッシュが弾けるようにして一気に思考や記憶が覚醒かくせいした。


 感覚的には直前としか思えない事故の光景を鮮明に思い出し、自分の身体をまさぐるように触り、胸に突き刺さっていたはずの鉄パイプを手と目を使って何度も確認する。けど、そんな物体は何処どこにもなかった。


 ドキドキと、心拍は一気に急上昇したがホッと安堵もしている。けれど即座に周囲の状況を思い出して今度は勢いよく立ち上がっていた。


 ———誰だよコイツら⁉︎何処だよここ⁉︎なんなんだよこの状況⁉︎


 ざっと見渡しても見知らぬ人々は一〇〇人以上はいる。周囲を無数の見知らぬ人々、特に鎧を着込んだ人々に囲まれているその状況が只々恐ろしくて仕方がなかった。


 驚愕し、最大限に警戒しつつも、言葉を発するかいな逡巡しゅんじゅんしていた僕に、見た目は温厚そうなブロンドの美女が笑みを浮かべながら近付いて来る。思わず後退あとずさりそうになったが、後ろに倒れている友人たちを守れるのは自分しかいない。そう思い、何とか踏みとどまった。


 女性が近付く前にサッと視線を走らせる。

 周囲の男性たちに動く気配はない。男性達の背後に広がるのは果てしない青空だ。遮蔽物しゃへいぶつといえる物は男性達のすぐ後ろにそびえ立っている太い柱以外にはない。その柱を目で追って上を見上げると高い天井が見え、自分が大きな建物の中央付近に立っていることは分かった。ただ、そんな建物の記憶など頭の中にはありはしない。


 未だゆっくりとした歩調で近付く女性はその両手に何かを持っていた。両腕を前へと差し出すようにしながら歩を進めている女性を注視ちゅうしし、その手に視線を落とした。

 その手にはハンカチ程度の大きさの高そうな生地の布が一枚載せられていた。その布の上に何かが載せられている。それは銀色で小さな物体だった。それを何かにたとえるとすれば、一番近い物は耳に付ける装飾品の一種、イヤーカフだと思った。


 ———何故、そんな物を?

 ———着けろ。そう言っているのか?


「……あの」


 二メートルほどの距離で立ち止まった女性に対し勇気を振り絞って声を掛けてみた。が、返って来た言葉はまったく理解できない、聞き覚えすらもない、そんな言語だった。

 女性は僕の前でゆっくりと膝を折って膝立ちになると、そのまま捧げるようにして布と銀色の物体を載せた両手を此方こちらへと伸ばした。取れ。そうとしか受け取れない行動だった。


 周囲を見遣みやる。無数に居並ぶ人々は未だ動きをみせないが、その顔には多少の緊張の色が見て取れる。ローブ姿の男性へと視線を注いでいると鎧を着た男性が一歩前へと進み、その男性をいつでもかばえるような、そんな動きをみせる。それを見て僕はゴクリと喉を鳴らした。


 視線を目の前の女性へと戻し、おそる恐る、銀色の物体をつまみ上げた。すると女性は、自身の手を耳元に持っていき、指先で耳を挟むような仕草を見せる。その動きで、やはりこれはイヤーカフなのだろうと理解した。

 しばらく、そのイヤーカフを細かに凝視して危険がなさそうだと判断してから右耳に装着する。すると、先程耳にした女性の声音こわねとまったく同じ声音で、先程とはまったく違う言語が響き渡った。


「突然のことで、さぞ驚かれているかと思います」

「……え?」

「どうか落ち着いて、私どもの話を、聞いては下さいませんか?」

「……………言葉が、わかる?」


 女性は一度頷き柔和にゅうわな笑みをたたえる。そしてゆっくりと立ち上がった。僕はその姿を只々ただただ凝視ぎょうししていた。


 年齢は二十歳前後だろうか。長いブロンドの髪が降り注ぐ陽射しに美しくきらめいている。肌は透き通るほどに白く、鼻筋も高く、瞳の色は海のような深い青い双眸そうぼうだ。ひらひらとした高いえりが目を引く白いシャツを着ていて、ハイウエストなベージュ色のロングスカートをいている。見た目は非常に清潔感があり、世界的に見ればやはり美女と呼べるような女性だろうと改めて思う。


 だが、その見た目だけで言えば絶対に日本人じゃないなと考えていた。医療関係者でも消防関係者でもないことは改めて理解した。じゃあ、ここは何処どこなんだ?と、直前の記憶との誤差があまりにも乖離かいりし過ぎていて理解が追い付いていない。


 僕らは修学旅行の帰り道、事故にあったんだ。

 対向車線側から何故か飛んできた無数の鉄パイプがバスと接触し、僕はその一本に胸をつらぬかれた。そして、バスは加速しながら左へと大きく進路を変え、壁を突き破るようにして高速道路から飛び出し、そのまま地上へと真っ逆さまだったはずだ。


 事故の状況を改めて思い出して、僕は目の前の女性へと言葉を投げた。何も分からないからたずねるしかないと思ったんだ。


「……ここは、どこですか?」

「ここは、ルイドリック王国という名の一つの国になります」

「ルイドリック、王国?」


 日本語を口にしたはずの僕の言葉も正確に伝わっていることに正直驚く。そんなことは女性にとっては当たり前なのか、特に気にしたふうもなく言葉を続ける。


「はい。貴方様のお名前を、お聞かせ願ってもよろしいでしょうか?」

「……佐々木です。佐々木、透」

「ササキ、トオル、様ですね。では、少しだけ私の言葉に耳をお貸しください」


 そう言って女性は、丸暗記したような感情の乗らない言葉を、つらつらと語り始めた。


「ここは、ササキトオル様が住う世界とは異なる世界———」


 薄々は感じてはいた。そうじゃないかとも、心の何処かでは確信に近い形で考えてもいた。けれど、女性の口から直接言われるまでは、否定し続けていた自分がいたことも確かだった。


 ここは異世界だったんだ。僕らは異世界召喚されたんだ。

 驚愕と理解。相反あいはんするような思考が渦巻く中、女性の言葉は続いていた。


の世界で不運の死をげてしまわれたあなた様方を、我々は特別な秘法により此方こちらの世界へと呼び寄せ———」


 そんな言葉を耳にした瞬間僕は、もう帰ることは叶わないのだろうなと、そう感じていた。

 女性の言葉を意識の何割かが認識している中で、生まれて初めてといっていい強い郷愁を感じていた。

 悲しみや切なさで肩が落ちそうになる。膝が崩れそうになる。立っている地面が泥のように変化して身体が沈んで行くような不安定な感覚に襲われている。


 失ってしまったモノが余りにも大きいことを、この瞬間悟っていた。親しかった様々な人々の顔が脳裏を無数に駆け巡っていく。それは一種の走馬灯そうまとうのようなものだった。

 気が付けば視界は涙でかすんでいた。もう二度と、会えはしないのだろうと、そんな諦念ていねんが最後に脳裏のうりぎる。


 目をつむり、深呼吸をして、自分を落ち着かせようとした。


 けれど唐突に、頭の中でカチリと音がする程に、様々なピースが組み合わさって一つの答えが導き出された。同時に、胸が締め付けられるように苦しくなり、両目から止めどなく涙が溢れ出した。僕は立っていることもできずに膝から崩れ落ちると、只々静かに、涙を流し続けた。

 驚いた様子で目の前の女性がこちらを見ているが、そんなことは一切気にはならなかった。


 ———そうか。この匂い。

 この少し甘いように感じる匂いは、この惑星ほしの匂いなんだ。


 排気ガスや化学成分、化石燃料が燃焼する臭いなどを一切含まない、無垢で純真な大気の匂い。

 八〇億もの人類が生み出す生活排水やゴミ。人間そのものの臭いがほぼ存在しない世界の匂い。

 本物と呼ぶに相応ふさわしい、高純度で清浄な酸素に満ちた、惑星ほしの匂いなんだ。


 だからこんなにも胸が痛むのか。

 だからこんなにも愛おしいと感じるのか。


 溢れる涙は止まることを知らない。

 こんなにも涙を流したのは生まれて初めての経験だった。


 僕らは、あの惑星をけがし過ぎていたんだ。無臭だと思っていた大気は既に重度に汚染されていて、異臭を無臭だと勘違いしてしまうほどに身体が慣れてしまっていただけなんだ。そんな異常な状態にこの身体が順応できるというのならば、人はどこだって生きていけるはずだ。


 深呼吸をする。空気が甘いと感じる。強く吸い込めば鼻の奥がツンと痛む。それはこの清浄な大気に僕自身の身体が慣れていないからだ。それは僕の身体が穢れてしまっている証拠でもある。けれど生きている。こうして僕は生きている。この果てしなく、そして限りなく美しい世界で、僕は生きているんだ。



 この時感じていた感情は言葉では尽くし難いほど複雑なモノだった。



 ひとしきり静かに涙を流したことで多少は心が落ち着き、それでも僕は泣きながら様々ことを考えていた。



 目の前の女性はこう言った。ここは僕らが住んでいた世界とは異なる世界だと。そして僕らに、この世界を救って欲しいと。

 この世界には〝ギフト〟と呼ばれている神から与えられる恩寵おんちょうがあると。

 召喚者はそのギフトと呼ばれている〝力〟に恵まれる傾向にあり、この世界を救えるだけの力やすべを授かるはずだと。

 その力で、この世界の脅威と戦い、レベルを上げ、そして来るべき日に備えて欲しいと。


 それが事実だとすれば、僕らは辛く厳しい立場に立つことになるだろうな、と思っていた。


 だって〝特定の誰かを〟どころではなく〝この国を救う〟どころの話でもないんだ。この世界を、この惑星ほしを、救えと言われているんだ。そのプレッシャーは想像しただけは正確に認識もできない程に大きく、そして重たいはずだ。その重圧に耐え切れなくなる人も必ず出てくるはずだ。だって…


 だって僕らは、なんの変哲もない、唯の中学生なのだから。


 とはいえ、そうしたい。やるべきだと思う人も当然出てくるだろうとは思う。自分達に特別とも呼べる力が与えられたんだと知れば、それを使命のように受け入れる人も出てくるはずだ。そうすることができる立場の人間なのだと自覚すれば、正義感に目覚める人だっているはずだ。


 逆に、元の世界に返せと言う人は必ず出るだろう。世界を救え?知るか勝手にやってろ。そう思う人も絶対にいるはずだ。何故なら僕らは唯の中学生なのだから。

 けどだ。これはあくまで僕のかんだけど、元の世界には帰れない気がする。だって僕は、あの時死にかけていたんだ。下手すればあと数秒、召喚されるのが遅かったら此処に居ない可能性だってある。その根拠は…。


 ざっと見た感じ、クラスメイトの数はどう見ても足りていない。バスに乗っていた人々のおよそ半数もの人がこの場には居ない。それは分かっている。その人達がどうなったかは、考えるのすら恐ろしい。だから僕は、今現在もその事実から目を背けている。そこに、僕自身が含まれていても何らおかしくはなかったと強く感じているからだ。かもすれば、今この瞬間にもこの身体が透明になり、この世界から消えてしまうような、そんな恐怖感がある。


 自分の胸の奥底に広がっている恐怖心から目を背け、次に考えたのは、異世界召喚を行った人達のことだった。


 どんな国なのかは分からない。どんな世界情勢なのかも分からない。常識は違うだろうし、勿論法律だって違うだろう。そんな人々が僕らに対し、どんな対応をし、どんな待遇で迎えるかも未知数で、僕らが今後、何を成さなければならないのか、具体的なことも分からない。


 僕は、今後に起こるだろう様々な出来事を想像した。

 今後に起きる全ての事象が僕らにとっても都合の良いハッピーエンド。それとは逆に、僕らにとっては不都合なバッドエンド。

 終始ハッピーエンドな流れだが最後にどんでん返しが起こるバッドエンド。とにかく、考え得る全てのパターンを想定して、僕はこう結論付けた。


 この世界の、目の前の人々を手放しで信用することはできないと。するべきでもないと。但し、信用や信頼は絶対に勝ち取るべきだ。そして、信頼していいのかを慎重に見極めるべきだと。


 そんな警戒心を悟られれば相手にも警戒心や猜疑心さいぎしんを与えてしまう。そうならない為には、道化どうけでも何でも演じてやろうと。


 まあ、小学校の頃から今までずっと違う自分を演じるようにして生きてきた自覚はある。だからそれは、これまで通りだともいえる結論と決意だった。


 とはいえ、まずはこの世界や相手のことを知らないことには判断することなんてできない。そう、孫子曰くってヤツだ。

 最悪な未来も起こり得る状況だが、最高といえるような未来だって、まだ捨てた訳じゃない。全ては、物語が始まらないことには判断できない。


 僕は涙を拭いて身体を起こすと、最も仲の良い友人を起こしに向かった。



 その後、全員が目を覚まし、改めて説明を受け、僕らは最初の分岐点に立たされた。


 それは、この国の意向に従い世界を救う道を歩むか、召喚者という立場を全て捨て、この国の外で不自由としか思えない自由を手にするか、という二択だった。


 前者を選んだ場合、与えられたギフトが喩え戦闘向きでなかったとしても国が自立するまで面倒は看てはくれる。但し、一年という期限付きではあるが、その期間のあいだに様々な知識を学び、高待遇といえる立場で自立の道を探すことができる。

 与えられた力が戦闘向きのギフトだった人は戦闘訓練などを徐々に積み、段階を持って強くなるという工程を積み重ねていくことになる。


 後者を選んだ場合、一年間は余裕を持って生活が送れるだけのお金を手渡された状態で隣国へと追放される形になる。追放されれば当然、この国へ戻ってくることは不可能に近い。

 この場合、言葉を相互通訳そうごつうやくしてくれる魔導具———イヤーカフは返却することになる。その上、自身に与えられたギフトを知る前での追放だ。自由に生きる道とも言えるが、それは余りにも危険で、不自由な自由としか思えない道だった。


 そんな選択肢を突き付けられ僕らは話し合った。

 中には反対する人も当然いたけど、結局は全員で国に従う道を選んだ。


 その後僕らは、国の意向に従い脅威と戦うという誓いを立てた。

 その誓いを破れば、与えられたギフトを消失することになる。


 そうして場所は移され、垂直に切り立った高い場所から降りた後に城の中へと進んだ。


 そして、この国の王が待つ場所にてイベントを迎えようとしていた。

 それは、ギフトの鑑定だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る