saloon. sport (※チェスト注意)

春嵐

saloon. sport

 昼には、だいたいスポーツバー。いろんな人間が集まって、試合を観戦している。

 今日は仕事仲間が捕まったので、ひとりで向かう。


「よお」


 サルーンの用心棒。ここに来ると、必ず彼か彼の恋人と喋ることになる。地味だけど確実なセキュリティ。


「お子さまは来てないのか?」


「ああ、俺の同僚ね。たぶん今、恋人に捕まって搾り取られてるところだよ」


「じゃあ、お子さまじゃねえな。ミルク出すのやめてあげよう」


「牛乳は出してやれよ。まだまだ成長途中なんだから」


 用心棒。ちょっと目配せ。


「来てるぞ。奥の個室」


「ああ」


 言われた通り。奥の個室に向かう。

 すだれがかかっていて、意外と、部屋があるようには見えない。

 ノックの仕様がないので、簾をかさかさといじる。中から手が伸びてきて。引き込まれた。


「なにしてるの?」


「いや、ノックできねえなあと思って」


「それで簾かさかさしてたんだ。変なひと」


 おまえのほうが変だ、と言いそうになって、やめた。


「あっ今わたしのこと変だって言おうとした」


「はは。んなわけあるかよ」


 どう見ても変だった。胸がはだけている。


「あっつ」


 彼女が試合をまた眺めはじめる。机に置いてある酒を、とりあえず呑んだ。

 点数が入ったらしい。彼女が叫ぶ。


「おい」


 声を出すなよ。そう言おうとして。

 ちょっと気づいた。


「なんだ。ここ防音なのか?」


「あ、そうらしいよ。なんか、わたしのために作り替えてくれたんだって」


「さすが芸能人さまは違うねえ」


「まあね」


 街どころか、この国や世界中でも知らない人間がいないほどの女。目の前で、胸をてぬぐいで拭きながらスポーツを見てる。なんか、おかしかった。


「勝ったらセックスね」


「なんでだよ」


 簾が気になる。外に見えないのか。


「あなた、わたしがどれぐらいセックスしてないか分かってないでしょ?」


 芸能人の性事情など知らない。知っても特に意味がない。同僚の恋人の異常情報のがまだ有益だった。


「3年よ3年。ばかみたいじゃないの」


「3年ね」


 3年か。

 待てよ。


「俺とセックスしたのが最後なのか」


「そうよ。人生初だったのに。3年間も放っておかれたんですけどわたし」


「3年前のことを持ち出されてもなあ」


 3年前は、狐を祓うついでのようなものだった。あんまり性欲がないので、そういえば3年間自分もセックスしていない。彼女が最後で最後だと、なんとなく思っていた。


「ああ」


 彼女が呻く。

 どうやら逆転されたらしい。


「じゃあ、俺は敵チームを応援しようかな」


「なんでよ」


 一瞬、さびしい顔をした。仕事柄、そういう機微を勝手に目がキャッチしてしまう。


「敵チームが勝ったらセックスするからだよ」


「なにそれ」


 怪訝けげんな顔。すぐに、ぱっと明るくなる。


「どっちが勝ってもセックスだね?」


 彼女が迫ってくる。


『お客さま。行為は別な場所でなさってくださいね?』


 声。何故か立体音響。


「はぁい」


 彼女が引っ込む。

 スポーツバーの片隅。

 また点数が入った。

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saloon. sport (※チェスト注意) 春嵐 @aiot3110

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