六は大字で陸と書く

@littleleaflilac

六は大字で陸と書く

大字だいじを知っていますか?数字を漢字で書くときに、一、二、三と書く他に、壱、弐、参って書くことがあるでしょう?それを大字と言うんです。」

 かの有名な探偵のように帽子をかぶり、コートを着て、くわえ煙草を持った探偵が話を進める。

 探偵は集まっている5人、一人一人に目を向けた。殺された家の主の息子3人と使用人だという女性、そして現職の刑事。

 探偵はふぅっと息をはいて言葉を続けた。

「殺された零治さんの残したメッセージは1という数字だけ。これだけでは犯人の特定はできません。」

 そう、なぜならここに集まっている者は皆、なぜか1に関わりがあったのだ。まず浮かぶのは1番目の子である長男。しかし次男の名前は紘一、三男の名前は壱成と、下の2人にも1との関係がある。そして女性は苗字が一ノ瀬といい、この家の住人からはイチさんと呼ばれていた。現職の刑事は、まぁ事件に関係はないだろうが、誕生日が1月1日だ。

「そこで私はあることに気がついたのです。」

 探偵はぐるぐると歩きながら話を続ける。そして、ある人の前でピタッと止まる。

「この家の家紋が冠のマークであるということに」

 探偵の目の前の人の顔が青ざめていく。

「零治さんが服の胸ポケットの位置にある家紋を握りしめていたことが気になっていたんですよ。最初は苦しくて心臓を押さえたからかと思いましたがね。」

「かっ家紋がどうしたっていうんだ。」

 青ざめた顔に問われる。

「まだわかりませんか?」

 探偵はふっとばかにしたように笑って続けた。

「冠から想像されるのは、王様、王子といったところでしょうか。ただメッセージのヒントとしてなら王子が正解なんでしょう。

イチさん、あなたは先ほど、零治さんには"大"という字を"おお"と読むくせがあったとおっしゃっていましたよね?」

「はぁ、そうですけど、そんなこと関係あるんですか?」

「はい。だとすると、大字のことを"おおじ"と呼んでいたとしてもおかしくない。王子、おうじ、おーじ、おおじ、……そうですよね?壱成さん?」

「まさかそんなギャグみたいな……って、えっ、まさか、本当に壱成なのか?」

 青ざめた顔からさらに血の気が引いているのがわかった。

「なぜだ?どうして?」

 2人の兄が壱成に詰め寄る。

 壱成は今度は肩をわなわなと震わせて話し始めた。

「……俺は、俺は————」


 "ブチッ"

 テレビを消すと辺りは一気に静まりかえった。そこへ一本の電話がかかってきた。

「もしもし」

「あぁ、陸斗先生?お疲れ様です。」

「先生って呼ぶなって」

「いやいや、先生の脚本があってこそドラマが成り立っているんですから。今回の『数の探偵』シリーズ評判良いですよ?」

「それは、ありがとうございます。」

「次回も期待してますよ?ところで、昨日放送の冠のやつって、もしかしてあの未解決の連続殺人事件、参考にしています?」

「もしかしなくても、そうだよ。今日で時効みたいだしなぁ。」

「そうみたいですよね。あー、あれはなかなかグロい事件だったなぁ。」

「実際の事件では、犯人がトランプのキングと6を置いていったんだけどな。昔、俺キングを王子だと思ってたの思い出してさぁ、少しアレンジしてみた。」

「先生のが実は当たってたなんてことがあったら面白いですけどね。じゃあ先生、次回もお願いしますね。」

 その面白い結果なんだよなと、電話を切って俺は思う。

 実際は大を"おお"と読むくせなどなく、連続殺人だと分かるように置いたトランプが、遠回しに、だけど皆が確信を持てないような形で犯人の名前に結びつくように無理矢理こじつけた、それだけの話だ。

 そう考えると、あのドラマの設定は少し無理があったか。まぁいい。

「2006年6月6日18時6分、時効成立だ」

 俺はにやりと笑ってグラスに入ったワインをあおる。

 そこには2枚のトランプが並んでいた。

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