爆音エモーショナル

柚葉

第1章……君がいた季節

第1話…プロローグ



準備していたはずの言葉を



飲み込んだ。



ひとつ小さく息を吐いて。



だから、か。



切り取ったフィルムの先に映る、



あの日の背中。



ふと見上げれば。






1……プロローグ








「ん、だからさ……もう。」




『ん……っ…分かったよ…。』




昨日までの予行練習が全て無駄になった。



いっそのこと、空気読んで、



そっちから言って欲しい、とか。



ほんのちょっとでも、



そんなことを思ってしまった。



俺はいつだって自分勝手だ。



上手く云ってるつもりでも、



何だか上手く噛み合わない。



自分のバカさ加減に、



視線を下げると、絡まるように重なった自分の両手。



そして。



上手く伝えられなかったのは、



俺のバカさではなく、不器用さのせいだと



気がついた。



何と言えば正解で、



何と応えれば不正解なのか。



それが今この瞬間も分からない。



『夢、叶うよ。』



「ん…ありがと。」



左耳に届く声は、



ずっとずっと俺のもんで。



叶うといいね、じゃなく。



叶うよ、って。



そうやっていつでも言い切ってくれたから。



大きく見せていた言葉の奥の弱さが、



脆さがいつだって和らいで。



声が好きだった。



嬉しい時、半音上がる声が好きだった。



その声が今、震えてること。



それは他でもない俺のせいで。



視界の端っこに映った肩が小さく小さく震えてた。



それに耐えられるほど、



俺は強くなんてなくて。



地面に映った2つの影が



ふと、目に入った。



あの曲のあのギターの音がカッコイイんだ、とか。



夢叶えてあんな曲作るんだ、とか。



ギターかき鳴らしすぎて、ボディの上の方が錆びてきたこと、とか。




俺が饒舌になってしまう瞬間、



手が触れそうな距離感で、



頷いてくれて、話を聴いてくれて。



そんな時にも、目の前に見えていたのは、



やっぱり2つの影で。



今、この瞬間と同じ光景なのに。



俺、さっき何て言葉にしたのかな。



『じゃあ…ね。バイバイ……っ』



立ち上がった瞬間、



力が出せず少しだけバランスが崩れて、半歩だけスニーカーがズレた。



俺はまだ、そんなことにも気付けるのに。




「あ、うん……じゃあ……。」




また、と言いかけて、飲み込んだ。



あの日、何で髪型が変わったのか、



そのことがずっと気がかりで。



あの日、フワフワした自分の気持ちにも気づいた日で。



あー、そうだ。



去年のクリスマス、口許まで隠してたマフラー。



すげぇ、似合ってたな、なんて。



この瞬間、思い出すことでも何でもなくて。



見送ろうと自分も立ち上がったくせに、



「………っ!」



この期に及んで、あのはじまりの日を



記憶の奥底から引っ張り出してしまったせいで。



ふと見つめた横顔に、



目から大粒の涙が溢れる瞬間を見てしまったせいで。



きつく拳を握って涙を拭うその手を、



掴んでしまったらどうだろう、と。



そんなことを思ってしまった。



ごめん、って。



言いかけてやめたのは。



何に対してのごめん、なのか。



それが分からなくて。



無責任な言葉だと思ったから。



言葉尻を汲み取るのか上手かった。



言いたいことの半分を分かってくれる、



想像力もあって。



何より笑ってくれるだけで。



救われて幸せになる。



「髪型、何で変えたの?失恋?(笑)」



『気分転換だよ!ヒドイー!』



寂しそうに笑った横顔に、



あの日、俺は「嫌いじゃねーな。」って。



恋をして。



その下手くそな笑顔を見たくて必死で。



誰より傷ついた傷口を、優しさで隠してるのを、



俺はちゃんと見てきた。



あの日より今の方が、絶対。



笑顔は上手くなったと思う。



俺のおかげだって自負してるくせに。



その目から伝う涙が、



他でもない俺のせいだという矛盾。



ホントお前、無責任でいいな、って。



心のどっかで思ってた。



昨日まで想ってたことと、



この現実がしっかり結びついていない。



心の違和感みたいなのがあって。



一歩、また一歩と遠ざかる足音に、



心の中で準備していた言葉を必死に思い出す。




頭で心で、昨日までの予行練習してた、



言葉だとか、伝える間合いだとか、



表情だとか、声のトーンだとか。



必死に必死に思い出そうとしても。



相反するように、心を覆い尽くそうとする、



夢を叶えなきゃ!っていう意思。



やらなきゃいけないことが山積みで。



ふと、目に映ったのは、



地面に映った長く伸びた自分の影。




………心の中で準備していた想いが解らなくなった。




グルグルというより、ユラユラと。



混ざり合うみたいに溶けて、見えなくなった。








「明日までにミキシングしなきゃ、やべぇ時間ない……っ!」









飲み込んだ言葉を思い出したのは、



ずっとずっと先の未来で。



記憶の片隅に残るには充分すぎた記憶の束。



それはきっと俺の中にずっとずっとしこりのように、



気持ちが残ってるからで。



ふと、辺りをキョロキョロと見渡すと。



「あった……。」




垣根の先から顔を出す金木犀。



オレンジ!って断言されるだろうけど。



マーブルみたいに溶けてった俺のどっちつかずの想い。



それに絡まるように香る金木犀のせいで。



あの日の背中も、大粒の涙も、



小さく震えてた肩も、大好きなその声も、



リアルに記憶の奥底から引っ張り出せてしまうから。



オレンジ!なんて言ってやんない。



どっちつかずの俺の気持ちに似てる、



赤と黄色が混じり合う、そんな色。



これのがしっくり来ると思うんだ。



その香りが記憶と結びついてしまえばいい。



俺はずっとずっと、



囚われたひとつの想いしか歌えなくて。



それはあの頃に飲み込んだ、



心の中準備をしていた君へのこと。



多分、一生嫌いになんてなれなくて。



それがどういう意味、なのか。



言葉尻を汲み取るのが得意な君なら分かるはずで。



相変わらず、君のことばっかり。



温度は多少、違ってきてしまってはいるけど。



あの頃より、感傷的になったりすることも。



今ではほとんどないし。



それは俺が思ってたよりもずっとずっと期待はずれなほとで。



なんて言ったら、きっと。



『ヒドイー!』って。



笑ってくれるだろうけど。



どうせ君は僕のことを忘れてしまっているだろうから。



俺が作った曲を万が一どこかで聴いて。



それが記憶と絡んでくれたら。



俺の作戦勝ち。



あの日、半歩だけズレたスニーカーが地面の砂をすり潰した音を。



目から溢れる大粒の涙を。



急いで帰った誰もいない道を。



ただひたすら、必死に足を進めたことを。



そこで香ってきた金木犀の香りを。



忘れることなんて出来ないから。



同じ場面の俺とは違う記憶の束。



どうか、今でも残っていますように。



これは、俺と彼女のあの頃の物語。



甘酸っぱい、でも、



ほんの少し、しょっぱい。



青春、なんてそんなもん。



そんなあの日々の物語。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る