第5話 大きな不幸へ

帰り道、独は色々な事を考えながら黙々と家に帰っていた。

しばらく抱きしめていたのだろう、夕陽は完全に落ち辺りは暗闇に包まれている。

新羽や麻鎌に言われたことが気になるのか蛍光灯に照らされ伸びる自分の影を目で追ってしまい彼の歩幅は徐々に小さくなっていった。


(ダメだ…フワフワするっつーか気になってしょうがないぜ。そもそも影ってなんだ!?と、取れんのか!?半信半疑だが当の被害者が言うなら間違えじゃねーんだろーがよぉ)


「だー!クソッ!!俺には何が何だかさっっっっっっぱり分からねぇ!分からねぇってことだけが分かったぜクソッたれ!」

そう言い足元にある石を蹴り上げた。

石はカーブミラーのポール部分に当たりカーンというきれいな音が響いた。

その音が聞こえた瞬間に独はとあることに気が付いた、自分がいる場所は大通りから離れた路地に立っているということを。

そして路地の奥を見ると数人の影が見えた。


一瞬、例のアレかと思ったがその考えはすぐ撤回された。理由は至極簡単、その人影の奥に警察車両が見えたからである。


(なんだ、サツがいんのか。そりゃ昨日あんな事件あったんだから当然っちゃ当然だが…とりあえず今日の所は安心して家帰れそうだな)

そんなことを思いながら再び歩を進めるとぼんやりとした影は形を帯び声も聞こえた。


(2人の警官と1人の人間だな、なんか口論になってるみてぇだが何話してんだ?ちょっと聞かせてもらうか。)


独はなるべく足音を消し3人の話している方向へ全神経を集中させた。


「君、さっきからおかしいよね。発言とか動きとかがさ。」

「そうそう、だから署まで来て欲しいんだ。別に何も無ければすぐ返しあげるし、身内の方とかにもこっちから説明するからさ。」


「いや、その…これから用事がありますねん。だから帰らんとアカンし…」


「だからその用事を教えて欲しいんだよ、それに帰らないと行けないと言っているのにさっきからずーっとそこにいたよね。おまわりさん達パトロール中ずーっと見てたよ。」


「う、うぅ…」


どうやら取り調べを受けている男は警察に不審がられて職質されているようだった。

そしてその男の格好は白い服とマスクをしていないがテレビでよく聞く犯人像と似ていた。


これがもし犯人なら世紀の瞬間に立ち会えたと目が釘付けにされていると、取り調べを受けていた男はうずくまって頭を抱えだした。


「あぁどうしよ。また怒られてしもう…バレちゃイケナイって釘刺されたから場所変えて服変えてマスクもしなかったのに…なんでバレるんや!なんや、マジシャンでもおるんか!…あ!せや!分かったわ、マジシャンや!ワイがマジシャンになればええんや!ふふ…ふふふふふふ!」

そんなエセ関西弁をブツクサ言いながらゆっくりと立ち上がり警官たちの方を見て、独とも目が合った。


その瞬間独は男のよく分からない殺気に気圧されて咄嗟に電柱に隠れた。

その判断が良かったのか独は生き延びた。

独自身電柱の陰に隠れていたので彼自身この数秒の間何が起きていたのかは分からなかった。


彼が電柱から顔を覗かせた時には既に警官たちは倒れており、その警官を踏みつけながら誰かと会話する男の姿があった。

「すまねぇ!警官に見つかったが全部始末しちまった!あぁ本当に申し訳ねぇ!…いや、頭に血が上ってあんま覚えてないけど、もう1人おります。そいつを始末してから落ち合おう。」


その言葉を聞いた時、独は絶望の淵に叩き落とされた。


逃げられるのか?!彼が導き出した答えは不可能である!警官を一瞬で仕留めることが出来るパワーとスピードは自分がどうこうできる問題ではないと本能的に理解してしまっていた。

蛇に睨まれた蛙!睨まれてすらいないのに竦んでしまうほどの恐怖!動けば死ぬ!しかし、動かなければどの道死んでしまう!


独は判断力を失った。そして電柱から飛び出した!


恐怖や絶望などという精神的な話ではない。ただ彼の本能である「生きたい」という思いが体を動かしたのだ!


しかし、独は電柱から出なかった!正確には出して貰えなかったというのが正しいだろう!


誰かが独の事を引っ張り電柱に叩きつけてこう言った。

「影に隠れてろ、そうすりゃお前はとりま安全だからな。」

その男は自分の白髪の前髪を耳にかけたあと、口元に人差し指を当てシーっという仕草を見せ、通り魔の方へ近づいて行った。


「さて、ボスの言ったことは当たってここに根を張ってたわけだが…お前さん達は何の目的で影を奪うんだい?」


「あ?自ら出てきたかチキン野郎め。影はなぁ…なんだっけ?博士が言うには杯がどーのこーのって…ガアアアアア!どうでもいいんだよ!お前を始末!する!これが俺の答えだ!テメェが質問すんじゃねぇよ!このタコッ!」

通り魔が激昂すると彼の腕が黒いモヤで覆われ始め形が変わっていくのが見えた。

その形は曲線で先端は鋭利な鎌のようになっていた。


その腕の形が変わっていくのを見て独は開いた口が塞がらず、白髪の男はゆっくりと上を向いた。


「ま、影を奪えるっていうから『使影者(しえいしゃ)』だろうと思って腹括ったが、案外大したこと無かったかもな。」

独り言を呟いた後、白髪の男は通り魔と同じように黒いモヤで覆われた。

ただ、一つ違う点があった。彼から出た黒いモヤは彼の腕ではなく胸部を覆いかぶさったのである。

そしてモヤは背中から突出し形を帯び、完全にモヤが消えると彼の背中から翼が生えているのが分かった。


「お、お前ェー!俺、俺たちと同じ…なんでその能力持ってんだよぉー!」


白髪の男は翼を見て驚いている通り魔に特になんの反応もせず通り魔の方へ走り出した。

そして翼を広げ天高く舞うと、今度は狙いを定め通り魔に急降下していった。

通り魔は攻撃が来ると判断し咄嗟に腕を構えたが白髪の男が攻撃したのは足であり、足を崩して転倒させ鬱向けになった体ごと押さえつけた。


ゴキィッ


「ウゲェ!」

肩の関節を外された通り魔は叫び声を上げたがそんなのもお構い無しに白髪の男は締め上げている。


「なんで能力使えるかって、そりゃおめぇ

…お宅らが1番自覚あんだろうっがっ!」


バキィッ!


もう片方の関節も綺麗に外していると通り魔は弱音をポツポツとこぼし始めた。

「ううッ…なんでこんな目に…俺はよぉ、博士に言われたことをやってただけなんだよ。それなのによぉたった一度のミスで滅茶苦茶怒られてよ…捕まったなんて聞いたら俺はどうなっちまうか分かんねぇよ…」


「知るかそんなの、お前にはぜーんぶ吐かして死んでもらうかんな。だから永遠にお仲間さんと会えることはないから安心しな」

静かな怒りを見せながら白髪の男はスマホを取り出して電話をかけようとした。


その時


「大丈夫だ、間切。この男を消せばミスは取り消せる。」


一体いつの間にいたのか分からなかった。

振り返ると影を切ろうとしている人間の姿があり、その人間は独や新羽が見つけた共犯者であるいかつい顔をした男であった。

白髪の男は間に合わないと自分の死を覚悟し目を閉じたが、なぜか助かっていた。



恐る恐る目を開けるとそこには倒れ込んでいる独の姿があった。

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