第4話 小さな不幸④

「-ですか!大丈夫ですか!?」


誰かが独の体を揺らす。深い眠りについていたのだろう、日は沈みかけ夕焼けの光が彼の顔に直射している。

独は寝起きの目をこすりながら起こしてくれた人間の方を向いた。

そこには自分の学校の女子生徒が膝をついて心配そうな顔を出こちらを覗いていた。

彼女の制服を見ると黄色のリボンをつけており、独は彼女が一年の生徒だと理解した

「ありが…とう…な、誰だか分らんがだいぶ寝てたみたいだ。いつからそこにいたんだ?っとその前に自分の名前を名乗らねーとな、

俺の名前は兎野 独だ」

    「兎野 独先輩ですよね。」


「なんだ知ってたのか。」


「ええ、一年でも色々と有名ですから。」


「俺様の人気は学年を超えちまうか…もう罪だな俺はよぉ。っと悪い悪い、えーっと…名前から聞いていいか?」


「あ、麻鎌 ゆり(あさがま ゆり)っていいます。えぇと…少し前にここへ来て、そしたら倒れていた先輩を発見しました。」


「そうか、サンキュなゆりちゃん。あ、ゆりちゃんって呼んでいいかな?そんで感謝はやまやまなんだけど気になることが一つあってよ…なんでこんな時間まで学校に残ってるんだ?俺が言うのもなんだが今日は昼で帰れるはずだぜ。」

別に独は疑わしく思ったり警戒していたわけではない。彼はただ知りたかっただけである。


しかし、その質問は今の彼女にとってあまり聞かれたくない質問であったらしく、彼女は動揺した。

「え…その…なんていうか、いろいろあっ…たんです。」


「そうか、別に深追いとかはしねーけどよ。困ってんだったら助けになるぜ。俺はめちゃくちゃヤサシーからな!」

そう言うと独はゆっくりと立ち上がり制服についているほこりを払った。

「俺はもう帰るからよ。あんま夜遅くまでいない方がいいと思うぜ。センコーにバレたらやべぇし、例の通り魔とか…まぁいいや。俺は帰るわ、じゃあな。」


「あ、私も帰ります。その…先輩が起きるのを待ってただけなので。」


「そうか、じゃあ途中まで送ってくよ。家はどっちだ?」


「駅超えた辺りで…今日はバスで帰ります、暗くなってしまうので。」


「それがいいと思うぜ、じゃあ帰るか。」


二人は屋上のドアを開け階段を下りた。

階段を下りながら他愛もない会話しているとふと思い出したように独はある話題を出した。

「しっかし知ってるか?例の通り魔のウワサ。ダチが言うには影が怪しいとかなんとか。嘘くさいと思うだろ!?俺も思ったぜ?でも写真のいかつい顔した奴とか見ると何か関連性あるんじゃねぇかって疑っちまうのもわからなくもないけどなっておい!大丈夫か!?」


彼の話を聞いている途中に彼女はひどく動揺し手すりに寄りかかるようにして倒れ込んだ。



~ 麻鎌 ゆり 高校一年生 日垣市にある高校に通っており成績優秀、性格もよく誰からも好かれる人気者であった。部活は吹奏楽部に入っており先日もコンクールのために夜遅くまで練習をしていた。

そう!夜遅くまでである!

その日もいつも通り同じ部の友人である女子生徒と二人で帰っていた。談笑しながら路地を歩いていると電灯の下に黒コートを着た男が立っていのが見えた。普段なら気にしないが、男はこちら側をずっと見ているような不気味さを感じたため彼女らは方向を変え駅へ直通する大通りへ抜け出した。

そして大通りに出た瞬間目の前から先程の黒コートの人物が現れ友人を切り裂いた。〜



つまり、彼の出した話題は彼女の地雷原を正確にぶち抜いたことになる。


落ち着いた彼女は自分の身に起きた一通りの話を独にした。

独は話を聞き終わった後、彼女は自分の話のどの部分に動揺したのか、おそらく沢山の人間から通り魔の質問を聞かれただろうになぜ自分の発言に反応したのかが気になったがそれを追求すべきではないとおもい言葉を飲み込んだ。

その後なるべくこの話題を会話に出さないように気を付けながら二人は校門へ向かった。


校門前


「先ほどはすいません、あんなみっともない姿をお見せしてしまって…」


「いや!こっちこそすまなかった。そんなことがあったなんて知らなかったし…」


腫れ物に触れるみたいに急によそよそしくなっている独を見て麻鎌は申し訳なくなったのか、隠していたことを打ち明けだした。

「その…やっぱり気になりますよね、なんであんな取り乱したのか。」


「え!?いやぁ…悪ぃよ。そのいろいろあるだろうってのは分かったし。」


「ふふっ下手な気遣いは人を傷つけますよ。それに先輩だったら打ち明けてもいいと思ってるんです、情に厚いというか…良い人そうですし。」

分かりやすく焦っている独を見てクスリと笑ったあと、麻鎌は真剣な顔をして話を続けた。

「では本題に入ります。信じられないと思いますが、通り魔が影を奪っていくというのは本当です。友達のアユちゃんは影がなくなって別人になってしまいましたから。そしてもう一つ、おそらく先輩が発見したいかつい顔をした男の人は通り魔とグルです。」


「え…」

独は言葉が詰まった。様々な考えが頭にめぐる中最初に出てきたのは

「それはけ、警察にちゃんと言ったのか?」

であった。ごく普通な質問だが彼にとってそれが一番気になってしょうがなかった。なぜなら、彼にとって警察はなによりも信頼している組織であり、幼少期に自分の身の回りに起きた事件から警察が力の象徴でありこの世の黒と白を裁く唯一の絶対的存在だと信じてやまなかったからである。


「一応は説明しました。でも影がなくなるなんて科学的にもまだ説明がつかないし不味な点が多いって…」


「そうか、それでまだ疑問に残ることがあるんだがいかつい顔の奴がグルってどうして分かったんだ?」


「私たちは大通りを出てすぐに刺されたんです、発見者は数人いました。そこにその男の姿もあったんです。通り魔は急いで逃げ数人が電話をかけたり詰め寄ってくれました。しかしあの男はこちらを冷たく見るだけで何もしませんでした。」


「それだけではグルってわからないだろ。」


「えぇ、もちろんそうです。そのあとその男は携帯を取り出して一言『しくりやがった、ここはバレちゃいけねぇってのによ』とものすごい形相でこちらを見ながら喋っていたんで仲間なんだなって理解しました、もちろん警察にも言いましたよ。」


「そうか…シンバの言ってたことは間違いじゃないってことか…いやちょっと待てよ『ここはバレちゃいけない』ってよぉ」

何かに引っかかったのか独は難しい顔をしている。


そんな彼に答えを出すように

「その通り魔たちはまだこの街に潜んでるってことですよ。まったく困っちゃいますよね、先輩。」

と言って彼女は笑った。


独は麻鎌の頭をゆっくり撫で抱きしめた。彼女の笑顔は恐怖や怒り、悲しみを隠すために作り出したまがい物であり、今の彼女には安心できる何かが必要であると思ったからである。


麻鎌は強く抱きしめ返し独の胸の中で嗚咽を漏らした。

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