透明な独裁

「張博士?」

 過去を思い出し、黙り込んだ私の顔をジョンソン議員がのぞき込む。

 アランの懺悔を聞いた私は、黙って彼の部屋を出て、自ら見つけたGSAIのバックドアに気づかないふりをして開発を進めた。一年後、GSAIは正式に稼働を始め、今に至るまでアランが仕掛けた裏口は私以外の誰にも気づかれることがなかった。

 あのバックドアが見つかれば、自由主義からこうして糾弾されることは予想がついていた。アランが私に語った理由だけではおそらく許されないだろうとも。

 独立に稼働する標準AIが世界的な共有地の悲劇を引き起こす。そんな大それた悲観論は多くの人に受け入れられないだろう。

 それでも私が彼の考えに従ったのは、私の生い立ちによるところが大きい。

 アランがプロパガンダかもしれないと言いながら語った中国の家族の物語。私はその家族の一員だった。強権的な情報公開に助けられた家族。私は健康的な兄のほう。その後、弟は遺伝子治療を受け、健常者と変わらない生活を送ることができるようになった。その遺伝子治療を支えていたのはAIで、AIを育てたのは膨大な情報量を持つデータベースだった。

 そんな現代の魔術に心をうたれた私は、高校生になるとAIの研究者となるという意志を固め、AI技術の中心地だったアメリカへと大学生のときに旅立った。

 アメリカで研究をする中で感じたのは、自由主義の不透明さだった。個人情報保護のもと、データベースに登録できる情報やアクセスできる権限は制限され、研究に支障を感じることが少なくなかった。研究に限らず、例えば人種差別的な行動をした人間が、個人情報保護のお題目のもとに守られるなど、矛盾を感じることも多かった。

 強権的な全体主義から自由主義の世界へ引っ越してきた私だからこそ、アランの言葉に納得できる部分があったわけで、生まれてからずっと自由主義に浸っている人たちに同じことを言っても理解されるとは思えなかった。

 それでも私はあの夏、アランから言われたことをありのままに話そうと思っている。

「GSAIのバックドアのコードを書いたのは私ではありません」

 私が声高に宣言すると、公聴会の場は静まり返った。そんな嘘、誰が信じるものかと出席者の全員が心の中で決めているようだった。一方で、私のバイタルは正常値の範囲内で、私が真実を話していることを示していた。

 世間は、中国出身の私が全体主義的なアルゴリズムをGSAIに潜ませたという論調で固まっていた。アメリカ人であるアランが始めたことだと言っても信じてもらえないだろう。監視されている私のバイタルデータが、私が嘘をついていないことを示しても関係ない。人は信じたいことを信じるわけで、その信仰に都合の悪いデータなんて無視する方法はいくらでもある。例えば私が狂人で、妄想を真実だと信じ込んでいると理由づければ、バイタルデータは関係ない。

 あの夏のアランとの会話が録音されていれば良かったのにと思ったが、自由主義のもとでそんなことを望んでも無理な話だろう。私の故郷であれば、当人たちも知らぬところで情報が収集されている可能性はあるけれど。そして、真実はこうであると当局がお墨付きを出してくれるかもしれない。

 故郷の、あの透明な独裁をうらやましく思いながら私は言葉を続けた。

「コードを潜ませたのはGSAIプロジェクトを率いていたアラン・ラブレス博士。アメリカ人です」

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透明な独裁 伊達 慧 @SubtleDate

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