後編 弟の憧れ

 俺は、兄貴にあこがれていた。

 兄貴は、俺に無いものを沢山持っていた。


 兄貴は、一人一人を大切にする人だった。

 兄貴は、ハッキリ言って友達は少ない方だっただろう。でも、その代わりに友人との繋がりが強い人だった。小学生や中学生の頃も、遊び相手はだいたい決まっていて、また同じ人と遊ぶのかとも思ったが、真に気の合う人と遊んでいたのだろう。高校の時、怪我をして入院した時も昔からの付き合いがあった人達がお見舞いに来てくれていたし、担任の先生も真摯に兄貴に向き合ってくれていたと両親から聞いた。社会人として働きだし、結婚式を開いた時も、呼んだ友人の数こそ少ないが、友人一人一人が心から兄貴の幸せを心から願っていた。

 対する俺は、人数が多いだけで、薄いつながりしか持てなかった。

 俺は、他人からも言われるように、確かに友達が沢山いた。小学生や中学生の時は、クラスの中心人物だったし、先生から学級委員長にも任命された。高校生の時にも、文化祭のステージ発表でメインのキャストとしても推薦されたし、卒業後も同窓会にもよく誘われた。学生時代が終わっても、新しい友人もたくさんできた。でも、それは深い付き合いではなかった。よく遊んだよな、と思う子供の頃の友人でも結婚したことを同窓会で知ったことなど何度もあった。また遊ぼう、また飲みに行こうと口約束をした人でも、実際にその誘いが来たことなど手で数えられる程度だ。昔の付き合いで電話番号やSNSを知っている人は沢山いるが、それも知っているというだけだ。日本一周や海外で知り合った人達も経営していたゲストハウスに来てくれることもあったが、それも知り合った人の1割くらいしか来なかった。

 俺は、本当に自分を大切にしてくれる友人が多い兄貴が、うらやましかった。


 兄貴は、誠実な人だった。

 運動が得意というわけでも顔がいいわけでもない兄貴は、子供の頃のには女子に人気がなかった。でも、目の前の困っている人がいたら、よく助けていた兄貴のことを見ている人は多く、女子からはそういう目で見られていたことがあったらしい。もっとも兄貴は、気づいていなかったようだが。浮ついて遊びたい気持ちが強いの大学生頃にも、女性を無下に扱うことはしなかった。社会人で働きだし、遅いながらもはじめて女性と付き合った兄貴は、浮気など毛頭考えたこともなかっただろう。兄貴は結婚した後も奥さん一筋で、子供にも恵まれて幸せな家庭を築いた。親も孫が見れて、満足そうだった。

 対して、俺はフラフラとして真剣に女性と向き合ったことがなかった。

 子供の頃から、男子だけではなく女子からも人気があった俺。そのことを悪用して、相手の気持ちを適当に考えて、誠実に女子と向き合うことをしなかった。遊びたい盛りの高校生の時や大学生の時でも、女性が寄ってくることをいいことに何人もの女性ととっかえひっかえに遊び倒していた。結局、俺は結婚もすることなく、女性を悲しませたことしかなかった。

 俺は、誠実に女性と向き合っていた兄貴に憧れていた。


 兄貴は、人のために自分を犠牲にできる人だった。

 高校生の時も、反抗期になることなく、親に迷惑をかけることもなく、真面目に勉強に打ち込み、有名大学にも現役合格した。大学時代にも、ただ遊ぶお金を稼ぐためのだけのバイトではなく、生活費などのためにバイトに励んでいたし、ボランティアもして、大学に入った時から就職活動に有利であろう行動をしていた。遊び惚けて勉学をおろそかにすることなく学生時代を真っ当に過ごしていた。大学を卒業する際には、自身の夢である小説家目指したこともあったが、親のアドバイスを聞き、夢を諦めて、実直に大手企業に就職してこれまで世話になった親に恩返しをしっかりしていた。

 対して、俺は自分勝手に生きすぎた。

 自分の好奇心の赴くままに、親の心配をよそに行動していた。親にお金を払ってもらって原付バイクの免許を取ったと思ったら、休日は夜遅くまで帰ってこず、親と言い争いになったりもした。大学時代も休学をして、世界旅行に行ったりもして、さらに親に迷惑をかけた。大学卒業後も周囲の反対を押し切り、日本一周の旅に出て、また周囲に心配をかけた。ゲストハウスを開いて、不安定ながらも社会人として働いてからは、親も過去に迷惑をかけたことを笑って話してくれたが、心のどこかでずっと引っかかっていた。

 俺は、自分のことを犠牲に生きてきた兄貴を尊敬していた。


 こんな俺を兄貴はどう思っていたのだろうか?

 確証はないが、きっと嫌われていただろう。

 いつも周囲の気持ちを思いやらず、好き勝手に生きていた俺。そんな俺を心配する人の心を考えない、なんてひどい人間だと思っていただろう。

 自分のことばかりで、他人に迷惑をかけていても平気な顔をしていた俺をひどく薄情な人間だと思っていただろう。

 そんな想いもあり、俺達兄弟は自然と話さなくなっていった。いつの日か、俺のことをどう思っていたかを聞いてみたいとも思ったが、それも叶わなくなった。

 なぜなら、俺は火事で死んでしまったからだ。

 俺自身が経営するゲストハウスの火の不始末が原因だった。一酸化炭素中毒だったらしい。

 昨日、俺の訃報を聞いた時、兄貴は何を思ったんだろう?

 もしかしたら、清々したのかもしれない。

 でも、それも当然のことかもしれない。そう思われても、仕方ない生き方だった。

 今、俺の通夜に参加している兄貴は、深夜に俺の棺の前に立っている。

 そんな悲しい顔をしないでくれ、兄貴。兄貴みたいな人が生きていてくれるほうが、みんなが笑顔になる。

「……なぁ、聞こえているか?」

 それを見ていることなどつゆ知らず、兄貴は語りだす。

「俺は、お前にあこがれてたよ」

 そこで初めて俺は、兄貴の本音を聞いた。

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