羨望

きと

前編 兄の憧れ

 俺は、自分の弟にあこがれていた。

 弟は、俺に無いものを沢山持っていた。


 弟は、人気者だった。

 いろんな人があいつのもとに集まって、笑顔の輪ができていた。笑顔の中心にはいつもあいつがいた。中学生の時には、先生からもムードメーカーとして認められて、学級委員長としても指名されるほどだった。高校生の時には、文化祭でクラスの発表でダンスをする際に、メインとして推薦され、他のクラスからも注目された。今でも学生時代の友人と連絡を取り、定期的に顔を合わせて昔話に花を咲かせていたみたいだし、同窓会にも声をかけられ参加していたらしい。また、学生時代を終えた後でも新しい人間関係を築くことを忘れず、さらに人脈を広くしていた。

 対する俺は、内向的で友達など簡単に数えられるほどしかいない。

 小学生や中学生の頃には、クラスの端っこのほうで、弟のような明るいやつを見ながら、子供っぽいとそいつを小馬鹿にしていた。高校生の時に怪我をしても、見舞いに来てくれたのは担任の先生と何人かの友人だけだった。弟が同じような境遇になったら、クラスの皆で寄せ書きでも書いてくれただろう。社会人となった今でも連絡を取る相手は、片手で数得る程度だし、いつしか同窓会にも呼ばれることもなくなった。会社の飲み会でも、端の方で同じように居場所がない相手と静かにしているだけで、新しい関係を築くこともなかった。

 俺は、沢山の人に愛されていた弟に憧れていた。


 弟は、モテていた。

 運動では、足も速いし、球技もお手の物。顔も整っていて、清潔な見た目だった。バレンタインでは、チョコレートをいくつも貰っていた。大学の頃には、弟の友人が別の大学の女性から弟を紹介して欲しいと懇願されたこともあったと言う。街で歩いていたら、女性の方から声をかけられることも珍しくなかったと言う。単に見た目だけではなく、話も面白い。これほどまでに、モテ男を体現したやつをなかなかいないだろう。実際に付き合った人数も二桁に達していたらしい。遊んでいたと言えばそうかもしれないが、それだけ人間として魅力的だったと言うことだろう。

 対する俺は、女性に縁があるほうが珍しかった。

 それは、まぁ、当然だろう。顔も平凡で話しても暗い。女性の話にも、大したリアクションをするわけでもない。初めて女性と付き合ったのも、社会人になってからだ。更に言えば、妻を含めて二人だけしか付き合ったことがない。バレンタインだって、母親か妻、もしくは会社で配られるものしかもらった記憶がない。それだけ、人間としては面白みがないのだろう。

 俺は、多くの人に人間として魅力的に映っていた弟がうらやましかった。


 弟は、自由に生きていた。

 高校生の時には、当時ハマっていたカメラをもっと色んな景色を撮影したいと言い、両親にお金を払ってもらいながらも原付バイクの免許を取った。休日には、原付バイクで夜遅くまで地元の観光地を回って写真を撮り、コンテストに提出したところ、金賞を受賞した。さらには、大学生の時には色んな世界を見て、いろんな人達と触れ合いたいといい、休学し世界を見て回る旅に出た。大学卒業後は、親の反対を押し切り、定職にはつかずアルバイトをして資金を貯めて、バイクで日本一周の出発した。その様子を撮影して某動画サイトに投稿すると、話題を集めて動画サイトで一躍人気者になった。動画サイトで稼いだお金をもとに、ゲストハウスを経営しだした。そのゲストハウスも、日本一周の動画を見た人や大学時代に世界を回って知り合った海外の友人などで賑わったと聞く。最終的には、両親も弟の過去の行動を笑って話すようになり、弟も、迷惑をかけてごめんな、と両親とも和解して和やかに話をしていて人生を思い切り楽しんでいた姿が、とてもまぶしかった。

 対する俺は、あまりにも四角四面だった。

 高校生の時も、教師や校則を遵守し、勉強に真剣に取り組んだ。大学を卒業する時、小説家になりたいとも思い悩んだが、親の、止めておいた方がいい、というアドバイスのとおり、リスクを避けて普通に安定した大手企業に就職した。大学在学中も特にサークルに入って遊ぶこともなく、親に迷惑をかけまいとバイトに愚直に取り組んだり、ボランティア活動をして、小説家になりたいと思いつつも就職活動に有利になりそうなことをした。親はそんな俺を見て、安心していただろうが、俺自身はどうしようもなく無難な生き方に疑問を感じていた。

 俺は、自分を生きた弟を尊敬していた。


 そんな俺のことを弟はどう思っていたのだろう?

 分からないが、きっと嫌っていただろう。

 いつも目上の人や親の言う通りにするだけで、自分の意志を持たないでレールに沿って歩んでいた俺。そんな頼りない俺の姿を見て、つまらない人間だと思っていただろう。

 世間体を気にしているような生き方をしている俺を弟はくだらない生き方をしているなと思っていただろう。

 そんな想いもあり、俺達兄弟は自然と話さなくなっていった。いつの日か、俺のことをどう思っていたかを聞いてみたいとも思ったが、それも叶わなくなった。

 なぜなら、弟は火事で亡くなってしまったからだ。

 ゲストハウスでの火の不始末が原因だったらしい。一酸化炭素中毒だったそうだ。

 昨日、突然の訃報を聞いた時。正直言って、悲しみより怒りが込み上げてきた。

 何をやっているんだと。

 お前は、俺なんかよりもっと生きて、人を笑顔にするべきだったんだ。

 それなのに、何故。

 そんな想いを持ち、俺は弟の通夜に参加し、夜になった今。

 俺は独り、弟の眠る棺の前に立つ。

「……なぁ、聞こえているか?」

 俺は、ぽつりと呟く。

「俺は、お前にあこがれてたよ」

 そうして、俺は今までの想いを打ち明け始めた。

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