第12話
―響が念話を切ってすぐまで時間へと戻り…
蛍は自分の頬に向かって顔を軽く挟むように叩き、目の前にいる男の顔を見て真剣な表情で訴えかける。
「お願いです…私の作戦に協力をして下さい!でないとその強敵と戦っている私の友人達が、あなた達にとっても重要である勇者の仲間が…!」
「いえぁい!そんなこと言ってワシらを皆殺しするつもりなんじゃないのか!!」
「どうしてそうなるんですか!!」
彼女の目の前にいるローブを纏った、胴が太く汚らしい髭を生やした男…第一魔専のまとめ役である王国直属魔導隊“第一魔専”副隊長、マリス・ファレーリは手に持っている杖を蛍の首元に突き付け、彼女を睨みつける。その様子を見ている外野を他所に、向井は熱い眼差しを向けたまま言葉を続けた。
「私達がしようとしていることは明日、この国が存在するしないを決める程のものなんです!もし、この作戦が失敗すれば…戦場で戦っている私達は勿論、後ろにある首都で避難している守るべき国民達からも重傷者が出るのは間違いなく、酷ければこの国そのものが崩壊してしまいます!!」
「ぐっ…だが、もしその作戦を実行することでこの国が滅んだらどうする!その時、お前は己が命を持って責任を負う覚悟はあるのか!!」
「それはッ!……やれると、思っています…」
向井は地面すらまっすぐと見ずに曖昧な返事をした。するとマリスはそのまま更に目を鋭くさせ、杖が完全に首に当たる様に近付ける。そしてそのまま蛍の顔についてしまうのではないかという程の唾をまき散らして暴言を吐き続けた。
「…強い覚悟すら無いのなら絶対に協力はしない!!というか、ワシはお前の様な召喚者がいたのかも怪しいと思っているんだ…!この戦況の中で一人で伝令にこちらへ向かっていき、そのまま作戦指揮を執ろうとすることは…こちらからしてみれば完全に患者に見える!!更に言えば、お前の様な碌に戦闘を経験したこともなさそうなガキが出しゃばって…お前の様な女は男の下でへこへこと従え…」
『そこまでですよ~』
マリスが言ってはならぬことを言い始めようとした瞬間、マリスの後方にあるテントの入口から女性の声が聞こえ、その場にいた多くの者がテントに視線を向けた。その中にマリスは漏れず、蛍とテントを何度か見返し、マリスは乱暴に蛍に突きつけていた杖を降ろす。そしてマリスはそのまま振り返ると、ズカズカとテントの中にある手のひらからはみ出るくらいのサイズの水晶の前に立ち、嫌悪が滲み出ているような声でそれに話し掛けた。
「…邪魔をするな、ヴィサシア」
『いや~、貴方が国を護る者の長の一人としてあるまじき発言をすると思ったので、止めさせてもらいましたよ』
マリスにそう水晶の奥から笑いかけるその声は、マリスには乾いたものにも聴こえた。マリスはそれに対してか、テントの外からでも聞こえる程の舌打ちをし、再び水晶に話し掛けた。
『~ッ!要件はそれだけなのだな!!なら切らせてもらおう!ここにいるガキの所為で時間を食ってしまったんだ。早く部隊に指示をしなけれ―』
『いいんですか?これ、私のすぐ近くにいる人の感想でもあるんですよ…ねぇ、国王陛下?』
その言葉が聞こえた瞬間、マリスは突然硬直し、冷や汗を垂らす。
『…ヴィサシアの言う通り、目に余る行為だとワシも感じたぞ、マリス』
「ッ…!しし、失礼しました陛下!!」
次に水晶から聴こえた声…それは向井もはっきりと聞いたことのある、サンドロクス王のものだった。サンドロクス王の声が聞こえ始めた途端にマリスは膝を地に付け、お互いに見えるはずがないその水晶の向こう側へと首を垂れている。そして向こう側にいるはずのヴィサシアは、まるでその光景が見えているかのように、押し殺した笑い声を響かせる。だがその間、サンドロクス王は一切笑わず、声を出すこともなかった。
それから暫くして、ゆっくりとヴィサシアは笑うのを止めると、落ち着いた声色で向井へと話しかけた。
「ふぅ…弓使いの女の子!」
「はいっ…!!」
「君の作戦はある程度盗み聴きさせてもらっていたんだけど、今は召喚者の子達の中でも、特に腕の立つ子数名が幹部級のと戦っている…それで間違いない?」
「はい、その通りです」
向井がそう答えるとヴィサシアは「そうか…そういうことか」とぼそりと呟き、一呼吸おいて次の言葉を発した。
「…君の名前は?」
「む、向井蛍です!」
蛍の名前を聞いたヴィサシアは「OK」とだけ返して指を鳴らした。その指の擦れ弾かれる音は、王城にて策を練り続ける参謀や、戦場で戦う王国側の戦士達皆の脳に内側で直接響き渡る。それに例外はなく…
−師匠の術…』
一瞬も休まずにフレニティダを封じ込め続けていた響達四人の頭の中でもその音は響いていた。
ボロボロな右手を地に着け魔力を流し込んでいた響が、疑問でも喜びでもない…ただ単調にそう心の中で呟く。
それからすぐ、音の響いた者達の脳内に、今度はヴィサシアの声が広がら始める。
『我らが王と、その下で平和を望む民の為に戦う勇敢なる者達よ。私は王国戦術参謀長にして“黄昏の魔導師”、ヴィサシア・テウメサロである』
王国側の戦士達は敵である魔物を殺し、一区切りついたところで体勢を整えて、彼女のその
『現在こちら側の者である“勇者”ギンガと、一部の召喚者が敵将の一人と接敵した。その敵の力については、勇者を含めた四人の召喚者と互角以上の戦いを繰り広げる程のものらしい』
その言葉は兵士達を恐怖という感情で襲い、皆、身体を小さく震わせてしまいだす。だが、ヴィサシアはその状況も含めて考えていた。皆が怖れを露わにする中、ヴィサシアはただ淡々と言葉を続けた。
『だが幸か不幸か。現在、その敵将を勇者達が自らの身を一分として組み込んだ封印術式で押さえ込んでいる。』
兵士達はホッと息をつこうとするがヴィサシアはそんな猶予を与えない。『気を抜くな!!』とヴィサシアは叫び、元の声色より少し荒らげた声で話す。
『それは敵の最高戦力と思われる一手を封じる代わりに、こちらの切り札の1つも封じられているということ。考え方によっては、更に危機的状況へと追い込まれたと言える』
ヴィサシアの言葉は多くの者の喉元で壁となり、吐き出そうとしたものを押し戻し、酸素が少なくなったかのように顔を青くさせた。
『−だがそれはまだ、追い込まれただけ。』
けれどそれは、絶望を与えるだけの言葉ではない。それに込められたものは身体中から力を湧かす―
『ならこれから先お前達がすべきことは…分かるな?』
―呪いだ。
ヴィサシアの言葉が聞こえなくなると、その瞬間から各地で空気中の魔素が揺らめき、炎や水等の形ある姿で現れていることに響は気付く、それは皆同じようで、共に地面に掌を着けて魔力を流し込んでいた銀河達三人は一斉に視線を響へと向けた。その視線に響はただ一度頷き、四人は結界が解かれぬように結界への集中力を高めた。
念話の後、各組織のトップに司令を伝えたヴィサシアが一息つくと、すぐ横で一際目立つ椅子に坐し、じっと地図を見つめたままの王が彼女に話し掛けた。
「―なあ、ヴィサシアよ…〈〈私達〉〉は何を間違えてしまったのだろうか…」
「…申し訳ありません陛下…自分がいながらこんなことになってしまった…!!」
部屋にいた参謀役達は2人の言葉に何も言えず、多くの者がいるはずのその場所が静まり返った。その部屋にいる誰もが過去の行動への答えを知らない…未来も全て。
モブ勇者一行の帰還後日常伝 高菜哀鴨 @TakanaKunAIKamo
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