第11話

 恭介の提案から暫くした後、フレニティダの攻撃で遂に炎風の塔を完全に切り裂き外へ出たとき、ソレが見たのは新しい剣を持って自分を軸にして対称に20m程離れた位置で構える銀河と恭介と、その二人の直線に対して直角で全く同じ様に対象の位置にいる湊と響…そして、一人一つ付いている赤・青・黄土・緑の四色の浮遊する球体だった。


「これは…なるほどな。“四元系”の魔術をするのか」

「「「「!!」」」」


 ある程度バレていることを理解しながらも、響は三人からの提案を思い出しながら次の手を考え始める―



―…“四元贄縛り”、だって?』


 そう疑問形で聞いた響に三人はコクコクと頷き、その中で湊が言い始める。


『“四元贄縛り”とは本来、大人数で時間を掛けて一定の区域の邪気なんかを魔力で絡み閉じ込め、完全自然消滅させる術であり、そして一定の有色魔力を喰らうものなのは、聖女である響も知っているよね?』

『それは勿論知っているけどさ、多分アイツ相手じゃ流石に私達だけの力じゃ封じ込められるわけないよ?というか、そしたら魔術砲アレが…』


 そう彼女は目を瞑って自分の耳の上を両手の人差し指でトントンと軽く叩きながら、クルクルと回る。彼女の言う通り、その結界の殆どの用途は長期的な監視いらずの封印結界であり、同時に中を封じる代わりに陣の柱以外外的衝撃全般が効かない。つまり魔術砲で大幅に敵の命を削ろうとしている今の彼らの状況には正直かみ合わない。 

 だが三人ともそれを理解出来るはずなのにそんな提案をすることに困惑している響の頬を銀河は押さえ、それに反応して彼女は目を開ける。その状態から響の瞳をまっすぐと見て、銀河は言った。


『話は最後まで聞くものだぞ、幼馴染よ』

『…ふぉっふねそうっすねうさふぁなじみ幼馴染みさん』


 それからしばらくの沈黙の後に二人は何も言わずに離れ、再び湊は話し出す…


『それはあくまで大多数の使い方であり…理論上、もう一つの発動方法と効力の強さがある―



―彼女は思考を加速させ、再び札を通じて他の三人に伝令を出した。


『…このままいくしかないけど、少し手間をかけてやるよ。まず…』


 それぞれフレニティダに向けて構えながら頭に伝わってきた彼女の思考を聞き三人の表情はハッとさせ、剣を持つ銀河と恭介の二人はグリップを更に強く握り、湊は持っていた盾を地面に突き刺したかと思えばまた歪みを発生させ、そのの中から手斧を取り出しそれをフレニティダに向けて構え始め…響は自分に付いているシルフをそこで待機させ、自分は少し円から外れた位置に移動した。

 一番最後まで動いていた響が止まるのをフレニティアが見ていたその瞬間、ほんの少しの砂埃と共に二つの正反対の方向から刃がフレニティダの身体を触れるほんの少しの距離まで迫っていた。


(また同じような攻撃か…なら!)


 先程と全く同じ様に腕を変色させ、再び刃先を掴もうとする。だが剣と腕が完全に触れるというその時になってフレニティダはちょっとした違和感に気付く。


(…変だ。剣持ちの二人の魔力の流れが先程とは少し変わっているな…だがそれは結界ように流している魔力か?いや、それにしては一点より…いったいどういうことだ…?)


 そんなことを考えつつも結局前回と変わらない対応をしようとしたその時、銀河と恭介は柄を強く握って叫ぶ。


「「“マジック・ブレイド”!!」」


 叫んだ次の瞬間、剣身から火と電気のそれぞれ得意な魔法で更に刃が形作られ、その新しく出来た部分が綺麗にフレニティダの身体に二つの傷を付けた。傷口周辺は焦げ切り塵と化し、剣を振ることで発生した風に乗って肉体を離れて行く。フレニティダは抉れた傷の片方を押さえると片腕だけを使って、そのまま来る銀河と恭介の攻撃を避け始めた。


「しょうがない…!!」


 そう言いながらフレニティダは先程と同じ蠍の様な尾を二本、全体に無数の鱗が付いた先に鰭のある魚の様な尾を二本出す。だが銀河と恭介はそのまま斬り掛かり、手で押さえていない傷口を狙った。それを盾よりも円の内側に立って観察していた湊は有ることに気付く。


「二人ともマズい!!」


 湊は二人に向けてそう叫びながらグノームに向けて手をまっすぐと伸ばした。それと同じタイミングで二人の刃をフレニティダは魚の方を使ってそれぞれ一対一本で迎え撃った。銀河と恭介はどちらも(今度こそは自分の手で斬れる)…そう思ったがそんな簡単にはいかなかった。刃は鱗の一部を焦がし切込みを入れたが、それだけで止まってしまう。そしてそのまま、尾は二人をとてつもない勢いで吹き飛ばした。


「うぐぁあ!!」

「ヴっ…!!」


 その勢いは弾かれたピンボールの様に速く、そのまま円の外側へと行ってしまいそうになるが、二人の飛んで行く先の地面が突如宙に浮かび始め、柔らかいクッションの様に勢いを吸収し、円を出る手前で二人を軽く埋めた状態で受け止めた。だがそこで終わらない。フレニティダは出してあったもう二本の尾を今度は地面へと潜らせる。それを見て湊はすぐに手斧を構えて言う。


「警戒ッ…!この状況じゃさっきの補助魔法エンチャント・リフレクションは意味がない!!」


 銀河と恭介も土から離れ、円内にいる三人は周辺の地面を警戒する。しかし、尾が次に地上へと現れた場所は…認識阻害を使って円に術式を書き込んでいた響の足元だった。尾の先が響に迫ると同時に銀河はそっちに走り出そうとした。


「響!!」

「大丈夫だから!」


 そう銀河が叫ぶのに対し響は書き途中の術式を放置し、シルフの出した風を尾との間に挟んでから更に後ろへと飛んで下がった。だがそれと同時に響は気付いた。フレニティダがニヤリと笑みを浮かべたこと。地上に現れた尾が、フレニティダが本当に狙っているのは、自分が書いていた術式だということを。

 それに気づいた響は宙に舞ったまま服の内からお札をいくつか取り出し、それをそのまま尾やフレニティダ本体向けて放つ。が、フレニティダはそれを使えないように切り裂き、四人に手を出される前に中途半端になっている術式を尾の先端で破壊し、描いていた術式にはすべて割れたガラスの様にヒビが入り、最後には粉々になって崩壊してしまった。


「…サイアクだね」


 そうポツリと呟きながら響は地面へと着地した。それからすぐ、響は無言で足に巻き付けていたポケットから両手用にメリケンサック二つと太い指輪を二つ取り出し、指を通すとそのまま勢いよく…フレニティダを殴り飛ば

 フレニティダが自分が殴られて飛んでいることを一瞬理解できなかった。自分が次の行動を少し予測し終えるより前に相手の行動が終わっていたということ。


(宙を舞っているのに気づくまで一秒…そんな速く動ける人間なんて普通いないはず…?)


 地面に足を着け、そんなことを考えながらフレニティダは響の二撃目を振動で震わせながらも素手と魚の尾で受け止める。その状況にも響は全く表情を変えず、脚技も加えた高速の打撃を繰り出し、フレニティダはそれを受け止め続ける。

 そんなことを十数秒間していたところでフレニティダは気付く。少し離れた位置から目視で分かるほどに異常な量の炎を剣に纏わせ、それを自分と目の前の少女がいる方向へと斬り掛かれる構えをした銀河がいることに。


「避けろ響!!」

「りょっ!」


 銀河の言葉に反応して、響は風らしき紋様の描かれた白っぽいお札を6枚取り出し、それをフレニティダの前後左右上下のそれぞれに一枚ずつ投げ、右手の人差し指と中指を揃えて立てた状態で言った。


「…“サモン”!」


 すると彼女の放った札の周辺に小規模の竜巻が起き、六方向からフレニティダの眼や身体を無理矢理押さえ付け、響はその間に銀河のいる方へ逃げた。その間、フレニティダは動けない状態で叫んでいた。

 それからすぐにフレニティダの周りから風は消え去り、落ち着いたそれが目を開けたときに気付いたのは、自分の周りにある湿と…つい先ほどまで気付けなかった。そして後方から聴こえる電流が走る音。


「“ライトニング”!!」


 恭介の魔力が電気へと変化し、周辺にある水溜まりを伝ってフレニティダの肉体を襲った。フレニティダに流れる電流は目視できるほどの物であり、何度もソレの身体の周りをパリパリと伝っていることが解る。だが、それでもフレニティダが意識を失うことはなかった。

 だが、響としてはそれで充分だと言えるものである。響はすぐに四枚の札と書き途中の術式のあった地面に貼ってある十

「“ふだ式捕縛術”…“チェイン”!」


 フレニティダに貼った札一枚につき地面の札二枚が別々の魔力の鎖で身体を何回も回した状態で繋がり、更に地面の十枚の札は響のメリケンサックの輪と指の間、指輪にあるリングを通して彼女の元に鎖の元が集まっていた。しかし、フレニティダもそこで終わろうとはしない。フレニティダは対抗しようと身体を無理矢理捻じり、響は踏ん張ろうとするも、ゆっくりと鎖は戻されていく。

 響が顔を赤くして引っ張り続ける中、それを見ながらフレニティダは余裕そうな声色で一人話し出す。


「少々お前たちのことを舐めていた…だがその程度じゃ私を捕らえることなんて…」

「…フッ」


 フレニティダが言い切る直前、響は笑う。その行動をフレニティダは奇異の目で見ていた。この数秒間に多くの汗水を垂らし、目の前の敵と自分との力量の差を解った上で、疲労しながらも目一杯力を入れている目の前の人間の少女のその目は、未だ狩る者の持つ光を宿しているのだから。


「それがねぇ…」


 彼女の声色を聞いた途端、フレニティダは本能で|理解した。別世界において、己が世界の魔獣と同格程の生物達との食物連鎖の頂きに大した魔法を持たずして君臨した生物、人間が奥底に秘めた…恐ろしいほどに強い|本能を。


「思ってないんだなぁ!」


 フレニティダはすぐに鎖から無理矢理抜け出そうとしたが、数秒前よりも鎖を締められる力が強くなっており、身動きが上手く取れなく鎖からは抜け出せなかった。

 フレニティダはもう一度響を見て、驚愕で顔を歪める。響が両手に付けているメリケンサックのリングと親指に着けた指輪はどちらも共に彼女の指に半分以上めり込んでおり、両手からは大量の血が汗と混じって滴っていたのだ。だがそんな中でも彼女は笑顔を見せ、逃がさないと言わんばかりの眼光でフレニティダに向けて放っていた。


「その表情、私の指を見てなんだろうけどさぁ…この程度でこの鎖を緩ませることはないからね」


 フレニティダの中の恐怖心は大きくなる。ただ、ただほんの少し魔力の多い目の前の人間の少女。数分前までは脅威に感じる程のオーラ、というよりは雰囲気と呼べるものを纏っていた少女が、突然とドラゴンの幼体以上の狩る側のオーラへを醸し出し、行動の1つ1つが自分を追い込んでいると感じさせるのだから。


「くッ…異常者が!!」


 焦りを感じて奥歯を剝き出しにしたフレニティダはそう言って響を睨みつけたが、彼女は息を漏らすように笑った。何故ならフレニティダは今、自分にばかり意識を向けていることでのだから。


 響が笑った瞬間、フレニティダの足元にあった札全てから更に鎖が湧き出し、二方向に分かれそれぞれ一つの位置に収束した。そしてその位置には…


「「急げ響!!」」


 己が持つ剣に鎖の先端を巻き付け、逆へと引っ張る銀河と恭介がいた。

 二人の声を聴いた響はすぐに自分で湧かせた鎖を一瞬で崩壊させ、すぐに自分へと回復魔法を発動させた。


「ごめん、2分で良いから耐えて…!」


 苦しそうな表情の響が指の治療をしている間、銀河と恭介によって鎖できつく拘束されたフレニティダはゆっくりと目を閉じて考えた。“手の指がすべて潰れている状態で、目の前の少女は2分以内に結界を張る為に場を整えることが出来るか”と…そして出た答えは“不可能”であった。


(現在、少女の手の指はすべて凹んでいて結界術で重要な精密な魔力操作を行って術式を描くことは不可能…!そして回復魔術において最高効率は指を媒体として発動することであり、それ以外の方法では魔力消費が大き過ぎて結界を貼ることの出来る時間が短くなるはず!”…なんて思っていそうな顔ですが、残念でした!」


 ほんの一瞬前まで苦しそうに笑っていたはずの少女の発する元気に聞こえる声でフレニティダは勢いよく瞼を開いた。そこにいたのは先程とあまり変わった様子のない状態の指をした響がフレニティダに向かっていらBADを送って立っていた。それに対してフレニティダは怒らず、響を見て笑う。



「アッハハハハハァ!!…結局お前は指を治せなかったのか!またそんな指で私を引っ張ろうとでも!?無理無理!!もう私はこの鎖を解け」

「…効果覿面とはまさにこのことかぁ」


 そう響がポロリと溢したその言葉にフレニティダは啞然とするが彼女は黄色い粉末上の何かの入った瓶を取り出し、話を続けた。


「お前には勘違いしている点が二つある。さぁどれだ?」


 響はそう言いながらも間髪をいれずに右手を握り拳にして前方に突き出した。


「一つは私の手。お前は“私が指を治せなかった”というような言葉を言いましたが残念ながら私の指は治っているんだな。ほら」


 そう言うと響は右手の親指を自由に動かして見せた。


「私の場合、目一つでもそこそこの魔力操作が可能でね。手一つ治すのの半文程度の魔力消費で指一本に集中的に魔法を発動させることだってできるんだな」


 そう自慢げにも卑下するようにも言わず…響は変わらぬトーンで現実を突きつけた。その言葉にフレニティダは、のめり込むほどに何度も強く地面を蹴るという方法で感情を露わにした。

 それからだんだんと落ち着いてきたのであろうフレニティダは俯き、息を荒げ、ゆっくりと顔を上げて勝ち誇ったように言った。


「ぁ…だが、一本治し…た程度で術式を描ける訳が…」


 息継ぎをしながらで、ゆっくりと話すフレニティダのその言葉を聞いて、響は声を荒げることなく話す。


「二つ目は…これ」


 そう言って響は治した親指を縦向きに地面につけると、それをそのまま内側へ九十度回転させた。すると地面は光り出し、精霊のいた場所を四つの区切りとした術式が浮き上がった。


「術式の準備が終わっていないと思っていたこと。けど後悔してももう遅いよ」


 それを聞いても、フレニティダはまだ抵抗するように言葉を発する。


「それでも!!その術式の内側には私を縛るこの二人がいる!この二人が発動に必要なくても、二人ごと私を縛りなどお前は出来ない…」

「―“バインド”」


 響とは反対の方向から放たれた魔法でフレニティダは身体が硬直し、巻かれていた鎖がぼとぼとと地面に落ちる。それを放った相手を見て、フレニティダは驚く。そこには手斧を持った男…少女達の仲間の一人だったから。そして同時に混乱した。いつから自分は、“その男の忘れていたのか”と。だがその答えはすぐに出た。少女の見せたあの瓶の中身…それは自分にとって最も弱点と言える種類である吸引型の毒であったのだと。

 だがもう遅かった。そんなことを思考している間に相手は術式を発動させていたのだから。

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