第10話

「―お前達が、この国で召喚されたという異界の人間共か。魔力の流れからして…私の十分の一にも満たないな」


 そう四人を見て笑った、先程から異様なオーラを放つ様々な獣の特徴が混ざり合ったような見た目をする魔物・フレニティダに対し、その時一番前に立っていた銀河は剣先を向け、ただ一言言った。


「―殺す。」

れるもんなら、ってみろ」


 次の瞬間、銀河と恭介がフレニティダへと近づき斬り掛かったが、フレニティダは腕を黒く変色させその腕で刃先を受け止めて掴んだ。止められたということを認識した瞬間に二人は一度離れようとする。だがフレニティダに剣伝いに一瞬で発生した謎の透明な粘液によって腕の動きを固定されてしまい、上手く抜けることが出来なくなってしまった。まずいと思った恭介の口からはポロリと「やばっ…」という言葉が漏れる。


「まずは二人…!」


 フレニティダはそう言って服の中から二本のサソリのような尾を出し、勢いよく突き刺しに行った。二人は大きな汗をタラりと流し、自分達目掛け進んでくる尾の先を見つめる…口をニヤっと笑わせながら。


「“トリプルエンチャント・リフレクション”、“スイッチカウンター”…!」


 湊がそう叫び、フレニティダの尾の先は銀河と恭介にはそれぞれ2回、フレニティダには一回ずつ体のギリギリで屈折し、フレニティダの腕を擦った後、尾の一部に突き刺さった。するとフレニティダの腕は青く変色し、かすった痛みからかフレニティダは苦しみながら掴んでいた剣先を離し、それと同時に自分のものが刺さった尾の外骨格全てが塵のようになって崩壊する。


「グラアアァ…!!」

「湊、一瞬頼んだ!」


 フレニティダが離したと同時に、発生していた粘液は二人から離れて纏まり、それは「ゴトッ…」と岩が落ちるような鈍い音を立てて地面に転がり、銀河は恭介と共に攻撃が当たらないところまで後ろ向きに飛んで下がるのと入れ替わりで湊は盾を正面に構えて突進し、その勢いのままフレニティアの胴を押して吹き飛ばした。

 フレニティダは先程から続く痛みから上手く足に力を込められず、元居た位置から数十m後ろに吹き飛ばされ、突如出現した岩に背中から物凄い音を出してぶつかり、10㎝程奥にめり込んだ。先程までそこに存在していなかった岩に自分がぶつかったことに朦朧とした意識の中、フレニティダは驚くが、正面にいる盾を持った全身装備の少年や勢いよく下がった剣を持った二人の少年のさらに奥。その場所で自分の方を見ながら宙に浮く黄土色の球体…土の精霊を撫でている白い服を着た少女をフレニティダは見逃さなかった。


「ありがとうグノーム…二人とも、大丈夫?」


 響はグノームから手を離すと口元に手で輪を作り、銀河と恭介のそれぞれに向かって言った。それに対して二人は内側の手でサムズアップし、湊が後ろに下がってきたと同時に再び剣を構えながら言う。だが、


「あぁ、問題はな…いや、ある。剣身と鎧の一部が壊されたみたいだ…」

「こっちもだ…」


 二人の持つ剣は刃こぼれが酷くなっており、先程まで粘液が付着していた部分はだんだんと地面へと崩れ落ちていっていた。その事実に対して銀河が舌打ちするが、すぐに次の手を考えなければならない。何故なら状況というものは、そうすぐ簡単に変わるものでもないのだから。


「…情けない。自分の攻撃を耐えられないとは、私はとんだ笑いものだ」


 めり込んだ状態でいるフレニティダがそんなことを言った次の瞬間、岩が爆発し、ちいさな石として周りに散らばり、再び地面へと足を着いたフレニティダは銀河達へと近づいていく。

 フレニティダが近づいてくる中、銀河はその目で見た光景に驚愕した。先程青く変色した部分には蒼白い炎が付いており、その炎が消えたかと思えば、変色していたはずの部分は元の色に戻り、付いている鱗の一部は鋭い刀身のような形へと変化していた。そしてフレニティダが少し体の節々を伸ばし、それを終えた次の瞬間にフレニティダは彼らの目線から消え、湊がフレニティダのいる位置を理解したその時には陣の最後尾にいる響の背中側から10mもしない場所におり、刃のようになった鱗で彼女の胴を切り裂こうとしていた。


(マズい…!!)

「…サラマンダー!シルフ!後ろに魔炎まえん魔風まふうを出してくれ!!」


 そう湊が言った瞬間、契約主である響を守るということで彼の指示を特例で聞き、サラマンダーとシルフは湊の声で振り返った彼女とフレニティダの間に炎と風を生み出したが、それだけでは終わらない。湊は精霊2体に指示を出しながら響の前へと移動し、魔法を発動させた。


「“オアゲナゼーション・ミキシード”、“フィクセドシェイプ・ウォール”!」


 湊がはなった魔力は炎と風を混ぜ合わせる為の割水のような役割を果たし、風の鋭利さを兼ね備えた分厚い炎の壁へと変わった。


「流石に気付くかッ…!」


 対象との間に強大な壁が出来たことでフレニティダは動きを止め、再び違う位置へと移動しようとする。それに気づいた響はウィンディーネとノームを自分たちの元に近付け、銀河と恭介は刃こぼれをした剣を構え何とか対応しようと思う。


「まずいね…」

((こんな状態でも戦うしか…!!))


 そう皆が周りを警戒する中…湊は出現させた壁の役割をそこで終わらせはしなかった。


「“コーディネート・ムーブメント”、“シェイプチェンジ・タワードーム”…!」


 その声と共に炎風の質量は大きく増幅し、フレニティダを囲む空高くまで伸びる円筒状の燃え盛る竜巻の牢へと変化した。

 閉じ込めらえたフレニティアが声を上げず、それを破壊しようとする衝撃が炎風の牢の外壁に出ている中、回復薬を1本飲みきり、魔力を使って手の側面から発生させた歪みの中に腕を入れ、そこから傷が殆どついていない片手剣と両手剣を一つづつ取り出し、それを銀河と恭介にふわりとした軌道で投げ、響を含めた三人に言った。


「今使ってるあれはあくまでも防御用…精霊たちの純粋な属性魔法で一応殺傷性はあるけど、あれの隙を見破られたら内側からはすぐに壊されてしまう…だから担当者魔術砲(仮)例のアレの実行を出来るだけ早めに可能にしてほしい。そして…」

「―湊お前、“魔力宝庫”を使えるようになったんだな」

 

剣を渡された銀河は驚いたように、そしてとても嬉しそうに湊にそう言った。湊はそれに対する反応に困り、少しの間硬直するが、平坦な声色で彼の目を見てその言葉に答えた。


「…まあ、うん。そうだけど、今はそれは置いとくよ」

「あぁ、ごめん…」


 頭をポリポリと搔きながら銀河は彼に謝り、恭介はそれを見守る。そんなやり取りをしている間、響は自分に貼っているお札を介し、それぞれの魔専にいるはずである健三と蛍に念話を使う。


「頼むよぉ、白坂クンの方にも繋がってよ~…!『こちら響、蛍ちんと白坂クンは応答して。―』」


 響は不安だった。二人の手元にある青い札は緊急で作り出した相互通話型であり、同時に同じ札でのみ成功が確認出来たものだった。そして自身の付けている赤い札…それは自分の作っている札全ての中心となる札であるが、元々受信機能は付いていない一方的に発信するものであった。その理由は青い札との発信機能の細かな違いが理由である。

 青い札の発信機能…それは空気中の魔素に周りのを吸収させ、特定の札に送るというもの。だが赤い札の発信機能は少し違い、空気中の魔素に使用者が念じたを疑似的な術者の声に変換させて吸収させ、特定の札に送るのである。その機能の差は札に書き込む術式にとてつもなく差をつくるものあり、彼女に貼ってある赤い札は、希少な素材を使って作りだし、それを理論上発信機能が維持できる最低限まで書き込みを削って、更に脳に直接伝達されるように受信機能を付けたぶっつけ本番の試作品なのである。

 彼女はと共に札制作で試行錯誤した記憶を思い出しながら、二人につながることを願った。その結果…


『―こちら向井、無事聴こえています、どうぞ。―』

『!』


 少し掠れて聴こえてはいるものの、しっかりと付けている札から蛍の声を聴くことに成功した。そのことに響は心の中で歓喜し、続けて健三の応答を待つ。


『蛍ちんOK。白坂クンは聞こえてる?。―』

『―…聞こえてる、どーぞ。―』


 健三の声も聴こえて来た。無事成功したことに響は小さくガッツポーズをしたが、本来の目的をすぐに思い出し、ハッとした表情で札越しに二人に問い掛ける。


『両方とも、準備の方はどんな感じになってる?―』

『―“第ニ魔専”の方は準備出来た…俺の覚悟も決まった…―』

『…』

『蛍ちん…?』


 返事のない蛍に響は札が壊れてしまったのかと不安な声でもう一度聞く。


『蛍ちん、そっちは…―』

『―ごめんなさい、もう少しだけ時間が掛かると思う…―』


 彼女がそう言った声はとても悩んでいるようで苦しそうに響と健三には聞こえた。だが、そんなことを言ってもフレニティダを閉じ込めている壁がいつまで持つかはわからない。それは蛍も響たちと同じぐらい理解している。


『―向井、もう桜木達は戦って―』

『分かった。もう少し頑張って封じるから、蛍ちんは蛍ちんのやることをして。―』


 健三が蛍に厳しい言葉を言おうとしたが、響はそれを遮って彼女の願いを承諾する。健三も最終的に決めるのは響だということを理解している為、出そうとしていたその言葉を呑み込んで結局何も言うことはなかった。

 現在肉体的に一番大変である筈なのに、まったくの文句でない彼女の言葉で蛍側から一瞬、嗚咽が漏れている音がした。だがそれはすぐに聞こえなくなっていき、いつも通りの彼女の声で反応が返ってくる。


『―…っ出来るだけ急ぎます!なので絶対に誰一人として死にだけは…―』


 表情は見えない。だが響にはこの声の吸収している札の奥で、彼女がどんな顔をしているかなんてすぐにわかってしまうのだ。彼女達には見えないその場所で、響は笑顔を向けてこう言った。


『任せんしゃい!この私、桜木響とその愉快な仲間達は、こんな場所で絶対に死なないんだから!!だから準備が出来たらすぐにね?』


 それから彼女はすぐに念話を切ろうとしたが、思い出したようにもう一度、今度特に健三へ向けて念じた。


『あと、白坂クンは一回蛍ちんにごめんと言いなさい!君が心折れたときに彼女が傍にいてくれたなら、君も心だけでも彼女に寄り添うことだよ!―』


 それだけ残すと返事が返ってくる前に彼女は念話を切り、いつの間にか自分の方を向いてジーっと見つめてくる三人に彼女達の現状を伝える。


「…“第一魔専”の方が、もう少し時間が掛かるって「「「知ってた」」」…蛍ちんの言葉でもだめらしいんだけど…~ああ!なんか確実にあんのバケモン倒す方法無いの!?」


 響は頭を軽く掻き乱し、他の三人に迫真の表情で問い掛けた。すると三人はアイコンタクトを取り、恭介が響に問いに代表して答えた。


「あの化け物相手でも戦う方法―可能性に賭けるものなら、一つ思いついてはいる」


 そう言った恭介とその横で自分のことを見続けている銀河と湊が皆、不安そうな表情をする中、響はそれに真剣な表情で言う。


「…教えて。正直今の私達の実力じゃそれに賭蹴るしかない気がするし」


 彼女の“覚悟”というもの再認識し、恭介は話しだす。



「それは―三大封印結界の1つ、“四元贄縛り”でアイツを縛ることだ……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る