第9話
―響と向井が接触していたと同時刻、魔物の量の方が多い戦場の奥側にて、銀河と恭介は進んでくる魔物達を何度も倒し、感じ取ったオーラの源へと向かって走っていた。二人は魔物に傷付けられ疲労しながらも、腰に着けた巾着の中から取り出した回復薬を開けた状態で咥え、少し音が籠った状態でそのまま会話する。
「恭介…回復薬の本数は?」
「今加えているの抜いてあと…5本だな。そっちは?」
「同じで5本。…正直、相手が回復薬を摂取するタイミングをくれるかどうか分からないけど、どちらにしろ俺達だけじゃ厳しいだろうな…」
そう言っている二人…そこに突如、全方向からいろいろな属性で出来た魔法の矢が無数に近づいていくが、二人はそれにはすぐに気付いた。だが、それでも迎撃のために剣を構えようとはしない。
(ここで避ける為に魔力を使ってしまえば、魔力回復の為にもう1本回復薬を開けなければならない…つまり、回復回数が一回減り、このあとに待つ強敵との戦いでの生存率が格段と下がってしまう…だが、魔力を使わなければここでハチの巣になる可能性が高い…)
「…俺が殆どを斬るわ」
同じことを考えていたのだろう。恭介はほんの少し前にしたように両手剣を構え、矢を斬ろうとしたその瞬間、何かが爆発したような音が彼らの後方で響き、二人の周りの地面がいくつも長方形に凹む。それは彼らの身体を円状に囲むように出来ており、それに困惑した様子を見せた後、二人は後方へと振り向いた。そこには質素な大盾を片手で持ち前屈みに走ってきている湊と、その少年の背中に乗っかり、左手で望遠鏡を持って右手で二人に向かって手を振る響がいた。その少女は下にいる少年の肩を軽く叩きながら、望遠鏡を持ったまま銀河達を指さした。
「湊あれ良いねぇ!このまんま合流しちゃおうぜ~!!」
「いや、降りてよ!!どんだけ疲れると思ってるの…」
「大丈夫だって、私が現在進行形で回復してあげてるし」
そう言っている少女の手からは淡い光が出続けていた。そんなやり取りの中に、二人は遠くから入っていく。
「響、湊!!」
「あ、二人とも安心して!そのままそこでじっとしててね~!!」
「いや、じっとしてたらハチの巣…」
そう不安そうな表情をして両手剣を構えたままの恭介に比べ、銀河は言われた通り平然とした態度でその場に佇む。
それから響はニシシと笑うと背中から下り、湊の肩を掴み指差して言った。
「湊、私がサポートするから固有名だけで問題ないからね?」
「OK…」
湊は大盾を地面に突き立て両手を持ち手に
「行くぞ…」
「よし、やっちゃえ!」
「“エンチャント・ディヴィジョン”&“エンチャント・ドレイン”!!」
湊がそう溜めて叫んだ次の瞬間、魔法陣の上空を飛んだ矢は一つが小さな二つへと分裂し、その状態になった矢は全て当たった二人の身体へと吸い込まれていった。
「これどうなってんだ!?」
「YES!YES!!」
矢が自分の身体に入っていった事に驚きを隠せない恭介と、自分に向かってサムズアップする銀河…そして自分の横で両腕を繰り返し前後に押したり引いたりし喜びを隠せない様子の響。それを気にもせずに盾に重心を掛け、回復薬の一本を開けてそのまま飲み干した湊に銀河は聞いた。
「さっきのは新しい付与魔法?」
「うん、た…植物属性の一部を強化付与に加える方法がわかったんだ。因みに凹みの方は肉体を入れても大丈夫になっているからね…」
そう言いながら湊は冷静に周りを見渡す。すると、ある方向を見た途端に彼は少し離れたところから放たれている異様な殺気が近づいてくるのを感じ取り、すぐにそちらに身体を向けた状態で周りの三人に叫び、その声で全員が殺気に気付いて四人で陣形を組んだ。
「ッ!?…全員警戒態勢ッ!!目標がこっちに来ている!」
「「ッ…!」」
「来たかぁ…!そりゃそうだよね。今いるここは、敵の陣の方が近いんだもん…」
響は笑ったような表情をしているままだが、その下で殺気を認識してしまったことで精神面が少しずつ不安定になって顔が恐れる表情にならぬようカバーしているだけであった。
精神面が不安定になっていってるのは銀河と恭介も同じで、咄嗟に構えた剣を持つ手は震え、目の焦点のぶれが大きくなっている。
(怖い…恐いこわいコワイ…なんでこんなに心が乱れるの…!?)
(勝たなきゃ全てが終わる…勝たなきゃ死んでしまう!?)
(俺は勇者なんだ…すべてを救わなきゃいけないんだ!!)
三人の鼓動はどんどんと速くなり、何も考えられなくなっていく…だがその状況はすぐに変わった。
「おい!」
湊が三人のおでこに強烈なデコピンを食らわせ、三人は赤くなった額を掌で擦りながら言った。
「痛ェ…」
「痛ッ!!」
「ッ~!!痛いぞ湊!…ってあれ、怖くない…」
響のその言葉で、他の2人も先程まであった手の震えが収まったことに気付く。それから困惑を隠せず、何故かそれぞれ自分の身体を見回す三人の方は見ず、盾を構えた状態で少し不思議そうに言った。
「いや…僕が解除したからね?」
「「「…はぁ!?」」」
「いや、僕は精神系のデバフには強くてさ…簡単に言えばウイルス絶対不可侵セキュリティLv.1ってところかな。僕の職業と魔力の素質は土、防御、付与で、魔力の練度が上がったことによって形の変わっていない僕の魔力で充満しているこの身体は常に防御系統の魔法が発動しているんだ」
「いやいや…意味わからないって」
湊の言葉に恭介は理解が追い付いておらず、途中から少し疲れた表情になってしまった。
「…まぁ、そんなことは今は良いんだ。目標がもうそこまで来てる…皆にかなり強めの“アンチ・マドネス”の付与をしたから、ある程度はデバフなしで戦えるはずだよ…!!」
その言葉に三人は息を呑み、再びしっかりとした陣形を組む。それぞれが武器を構えたタイミングで響は全部で四枚の赤と白のお札を取り出し、白い三枚を三人の耳の後ろへと投げて貼り付け、一枚だけ赤く色付いたお札を自分の耳の後ろへと貼り付けて念じた。
『ワンツー、ワンツー…』
脳に直接伝わる響の声に三人は驚くが、全員体勢は崩さずにそのまま聞いた。
『聞こえたら右足で軽く土を削って』
響の声の言う通り、三人は踵や爪先、足の裏を使って軽く破片が出来る様に地面を軽く蹴る。そうすると響の声は続いた。
『今、あなた達の耳の後ろにお札を貼った。それは簡単に言えば盗聴不可の無線の受信機の様なもので、こちらから一方的に話し掛けられる。本当は私が付けている全札・特定の札への発信機能のどちらもある物を量産できればよかったんだけど、今出来上がっているのはこの一枚だけ』
「「「…」」」
三人は表情を変えずに聞いた。
『それでこれからの戦闘中について一つ…この後の戦いの中で一度か二度だけ、蛍ちんや白坂クン達による長距離魔術砲(仮)を撃ってもらう』
「「「…!」」」
『発射指示は私が決める。その際、私達の退避のタイミングで敵に気付かれるまでの時間も決まるし、私達はそれを出来るだけ気付かせない工夫をしなきゃいけない…それを頭の片隅に置いて。でも出来る限り、私達はそれを使わずに生き残れるように相手を殺す気で戦うの』
「さぁ…いくよ」
四人は殺気の出ている方向に意識を集中し、雄叫びを上げながらその方向へと走り出した。銀河と恭介が目の前の敵を斬り、他からの奇襲を響の球体が返り討ち、遠くからの攻撃を湊が防ぐ。そうやって彼らは進んでいき…敵味方どちらの死体もが倒れる開けた場所へと出ていき、そこで遂に対峙した。
今まで戦ってきた魔物と違い、本当の意味で魔物らしいと言えるだろう。一部が黒く変色した刃のような白く鋭い爪、ソレの付いた人間のものに爬虫類や猫科のものが混ざったものを付けたような手足、ゴリラのような強靭な胴、丸々とした全てを見回すような目とどんなものでも飲み込みそうな嘴の付いた鳥のような頭…その身体のほぼ全てが、血を思わせる“赤”き色をした獣…ソレの名は―
―フレニティダ」
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