第15話 約束(後編)
部屋に入った僕はルーズリーフを取り出すと急いで原稿を書き始めた。書いてみたいと思う事はあっても、最後まで書き上げた事がなかったからだ。
今書いてる話は、まだまだ完成には程遠い。僕は中学の頃、芝居の脚本用に書いた話を思い出した。
記憶をたよりに原稿を書いていく。一度書いた話だ、仕上げるのに時間はかからなかった。
なんとか、それらしい形にはなったかな。
コンコン
「シン、夕食の準備できたよー」
ドアからヒロミが顔を覗かせる。
「!?」
僕は急いで原稿を引き出しに片付けた。
「シン……今隠したの原稿でしょ?」
「……」
まずいな。
「できたの?」
「……夕食冷めないうちに食べないとね」
「質問の答えは?」
口を尖らせて不満そうだ。
「……」
どうしよう?
僕の横まできたヒロミの視線は引き出しに注がれている。
「見せて!!」
僕の隙をついてヒロミが引き出しを開けようとする。
「ちゃ、ちゃんと見せるよ!危ないって」
ヒロミが引き出しに手をかけるのを止めようとした僕は、折り重なるようにしてベッドにヒロミを押し倒す形になってしまった。
「ゴ、ゴメン……どこも打ってないか?」
「……」
ヒロミは瞳を閉じたままだ。
「ヒ、ヒロミ?大丈夫か?なぁ、ヒロミ?」まさか、フラッシュバック?
「……大丈夫だよ。どこも打ってない……シンのH!」
悪戯っぽくヒロミは笑った。
「!?な、わざとじゃないよ。ヒロミが無理やり引き出し開けようとするから……」
「シン……右手」
少し顔を赤くしてヒロミが呟いた。
「右手?……あ!!」
僕の右手はヒロミの胸の上にあった。
「ゴメン!」
慌てて右手を胸からどける。
「シンのH!」
ヒロミは起き上がると下へと降りていった。
ヒロミ、怒っても、怖がってもなかった……大丈夫なのかな?
「……今夜は眠れそうもないな」
右手を見つめると僕は小さく呟いた。
何事もなかったように三人で食事を終えると、ヒロミがコーヒーを淹れてくれた。
「シンの為のブレンドなんだからね。早く飲んで感想を聞かせて」
「急かすなよ」
僕は目の前に出されたカップに口をつける。
ブラックのままだが、苦味もきつくない。この後に残る酸味が……ほとんどないや。
「どう?」
自信があるようだ、満面の笑みで僕を見つめる。
「うん、美味しいよ」
僕は素直に答えた。
「シンのお子様の舌でも、そのまま飲めるようにブレンドしたんだもの、当たり前じゃない」
当然と言わんばかりだが、本当に嬉しそうだ。
「ヒロミ、ありがとう」
「……じゃぁ、シンも私の為に何か作って」
何か企んでる。……そんな顔だ。
「ヒロミ、無理言っちゃだめだぞ。シンの奴困ってるじゃないか」
マスターが助け舟を出してくれた。
「マスターは知らないだけだよ。シンなら私の言葉の意味がわかるハズだもん」
「……」
小説の事だよな……書けって事か?
「シン、わからない?」
寂しそうにヒロミが呟く。
「……わかったよ」
あきらめるように小さく答えた。
「やった!楽しみにしてるね」
そう言って笑ったヒロミの笑顔は、天使のようにも、悪魔のようにも見えた。
ただ純粋に喜んでるだけなんだろうけど、どんなものを書いたらいいのか?僕にはサッパリわからなかったからだ。
笑顔のヒロミを見つめ、僕は苦笑いを返すしかなかった。
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