第9話 ぬぐえぬ闇…… 後編
劇場についた僕らは、売店で買い物をする事にした。
「ヒロミ、ポップコーン食べる?」
ジュースを買うついでだ。
「うぅん、いらない。集中して観たいもん」
首を横にふるヒロミから、微かだが緊張が伝わる。
「大丈夫?」
僕はヒロミの顔を覗きこむように訊ねた。
「何が?平気だよ」
そうは言うもののヒロミの顔は強ばったままだ。
「無理しなくていいんだからな?」
館内で照明が落ちた時、大丈夫だろうか……。
「……うん」
館内は平日の午前中という事もあって空いていた。
誰も座っていない、最後部の列の真中あたりに、僕らは並んで席についた。
「いいタイミングだったな。すぐに上映だなんてさ」
「……うん」
照明は消えていないが、やはり緊張しているようだ。
「気分悪かったら、無理しなくていいんだからな?」
館内で照明が落ちた時、大丈夫だろうか……。
「……うん」
まだ照明は消えていないが、やはり緊張しているようだ。
「気分悪かったら、無理しなくていいからね」
「……うん」
今にも消えてしまいそうな声だ。
照明が少しずつ落とされ、館内が薄暗くなる。
「ヒロミ、大丈夫か?」
周りに誰も座ってはいないが、迷惑にならないよう小声で問いかけた。
「……」
暗がりでもわかるほど、ヒロミの表情は強ばり、顔色も悪くなっている。
そんな僕らの事など無視するように、スクリーンには次回上映作の予告が映し出される。
「ヒロミ……出よ、な?」
抱きかかえるように立ち上がらせると、僕らはロビーのソファーに腰を下ろした。劇場のスタッフが不審そうに僕らを見つめている。
「大丈夫か?ヒロミ?」
スタッフには見えないと思うがヒロミは小さく震えていた。
「……ごめんなさい」
振り絞るような声でヒロミが謝る。
「謝らなくちゃいけないような事したか?具合が悪くなっただけだろ?誰だってあるさ。ジュースより、冷たいお茶の方がいいよな?買ってくる」
ヒロミの背中をさする手を止めると、返事を待たないで僕は立ち上がった。売店からはヒロミの姿は確認できる。もちろん、ヒロミからも僕の姿は確認できる位置だ。
「お客様、大丈夫ですか?常備薬程度のモノでしたら御座いますが、用意いたしましょうか?」
女性スタッフが声をかけてくれた。
「ありがとうございます。でも、休めば大丈夫だと思いますから……ご迷惑おかけしてすいません」
「必要でしたら、声をかけてくださいね」
女性は優しく微笑むと業務に戻っていった。
「はい、お茶」買ってきたお茶を手渡す。
「……ありがとう」
さっきに比べると声もハッキリとしているようだ。
「気にするなよ。ヒロミだって、僕が気分悪くなったら同じ事してくれるだろ?」
「……わかんないよ。放っとくかも……」
そう言うと、顔色はまだ優れないが、笑顔を見せた。
「ヒロミはそんな事しないよ」
さっき買ったジュースを飲みながら笑いかけた。
「……シン」
「どうした?」
「ナンパしてたの?」
「!?誰が?」
「シンがよ」
「へ?誰を?」
「スタッフの女の人」
「ヒロミの心配してくれてたんだよ。薬が必要なら声かけてってさ」
「……本当に?」
映画は無理みたいだけど、これなら帰れるな。
「当たり前だろ。そんな軽口が言えるなら、もう大丈夫そうだな?」
「映画、観るの?」
申し訳なさそうにヒロミが呟く。
「観るよ」
「……」
悲しそうな表情を浮かべるとうなだれた。
「レンタル借りに行こうよ」
「!?」
「レンタルじゃ嫌か?」
「うぅん、シンありがと」
大きく首を横に振り、明るくヒロミが答えた。
「立てるか?」
「うん」
「じゃ、帰ろう」
スタッフの女性にお礼を言って、僕らは劇場を後にした。
帰ってからビデオを見た僕らは他愛のない話を続けた。劇場の出来事を忘れるように……。
マスターの夕食の誘いを辞退すると、その日は早々とヒロミの家を後にした。
僕がいない時……薬から目覚めた時、暗がりで震えるヒロミの姿が脳裏に浮かんでは消える。劇場でのヒロミの姿が忘れられない。
彼女の心の恐怖は消えてはいないのだ……。
僕はどこまで『力』になれるんだろう……。
まだ何一つ手掛かりは掴めていない。
犯人への憎しみが膨れ上がる……。
唇を強く噛み締めると、僕は志郎さんの家へと急いだ。
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