第7話 穏やかな日々 後編

 何回目になるんだろう……マスターの好意に甘える形でこの部屋に泊まるのは?

 何度泊まっても、なかなか寝付けない……向かいの部 屋ではヒロミが寝ているのだ。簡単に寝付けるわけがない。少しでも傍にいたい、ただその一心で泊まり、寝不足気味の朝を迎える。あまり、身体にいい事では ないのは確かだが、ヒロミの寂しそうな顔を見ると帰りそびれてしまうのだった。


 コンコン   

 誰かがドアをノックしたようだ。誰だろ?マスターかな?

 ベットから、抜け出し扉を開く。

「!……ヒロミ?どうしたの?」パジャマ姿のヒロミが目の前にいる。寝ぼけてるワケじゃないよな?


「ごめんなさい……」

「?……廊下だと、声響くしマスター起こすと悪いから中に入りなよ」

 ヒロミを部屋に招き入れると、ベットに並んで腰をおろした。

「どうしたんだよ?謝るような事された記憶がないぞ?」

「……」

 ヒロミは黙ってうつむいたままだ。

「もしかして、自分のワガママで僕が泊まってると思ってるのか?」

「……うん」

 小さくヒロミはうなづいた。

「馬鹿だなぁ、マスターの好意に甘えさせてもらってるだけだよ。朝、出直してココに来るより、泊まったほうが楽だろ?」

「だって、いつも朝眠たそうなんだもん……寝付けないんじゃないの?」

 やっと、ヒロミはこちらを向いてくれた。

「それはヒロミのせいじゃないよ。枕が変わると寝付けないんだよ」

 好きな娘が向かいの部屋で寝てるのに、すんなり眠れるかよ。

「昼間は寝てるじゃない?」

「疲れてるからだよ。それに、昼寝すると、なかなか眠れなくなるんだよ」

「……」

 どうやら、そんな事を話にきたのではないようだ。

 ヒロミの膝で握られた手は、よほど強く握られているのか、痙攣している。

「ヒロミも昼寝すると眠れなくなるのか?」

「……うぅん」

 小さくつぶやく声は微かだが、震えている。今日の客に、おかしな奴がいただろうか?記憶をたぐるが、常連客の姿しか見ていない。

「……ヒロミ、不安なのか?」

「…………怖いの」

 聞き取るのが、やっとの声だ。僕が……いや、誰も気付いてなかっただけで、眠れない夜を過ごしていたのか?


「一人だと怖いのか?」

 僕を頼ってくれてるのか?

「……」

 小さくヒロミはうなづいた。

「……横になれよ。朝まで傍に付いてるから……な?」


「……それじゃ、シンが眠れないじゃない。それに……目覚めた時にいないの嫌だもん」

 これじゃ、小さな子とかわらないな。

「それじゃぁ……昼寝する時みたいに寝るか?」

 寝れないよな。どうせ、寝付けないんだ……ため息がこぼれそうになるのを必死で堪える。

「……いいの?」

 仔犬のような瞳で、僕を見つめる。

「いいよ。そのかわり……」

「そのかわり?」

「寝言、いびき、歯ぎしりの責任はとらないからな」

 ニヤリと笑いかけた。

「そうなの?」

 表情に明るさが少しだけ戻った。

「寝てる時の事なんかわかんないよ」

 僕は肩をすくめた。

「そうだね」

 僕らはクスリと小さく笑うとベットに潜りこんだ。


 昼寝する時と同じように、僕の腕を枕にして、ヒロミが横にいる。

 さっきまでの震えは、知らないうちにおさまっていた。心から信用してくれてるのかな……安心したのか、ヒロミはすぐに静かな寝息をたてはじめた。

 この状況、誰も信じないだろうな。付き合ってもないのに、腕枕して一緒に寝てるなんて……キスの一つもしてないんだもんな、ホモ扱いされそうだ。苦笑いが浮かぶ。

 ずっと、眠れない夜を過ごしてきたのかな?……もっと早く気付いてれば良かった。……マスターに話しとくべきかな……怒るよな?

 ため息を堪えると、ヒロミを見つめた。

「安心して休んで……ずっと傍にいるよ」

 ……ヒロミ大好きだよ。心の中で小さく僕はつぶやいた。

 毎晩、こうしてたら安心して、眠れるのかな?ずっと、こうしてられたらいいのに……。

 外が明るくなり始めた頃、僕は眠りについた。

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