第5話 穏やかな日々 前編

 志郎さんとの出会いから数日過ぎる頃には、事の全てを志郎さんに伝えていた。

「シン、後の事は俺に任せとけばいい……彼女の傍に少しでも長くいてやるんだ。彼女は心からお前を必要としてくれてるハズだ。……バカな真似はするなよ」

「でも……本当にいいんですか?」

「信用しろ。安心して彼女の支えになってやるんだよ」

そう言った志郎さんの顔は、とても優しい笑顔だった。

この数日の間で、志郎さんという存在は僕の中でとても大きくなっていた。不信感なんてカケラもなかった。話をすればする程、尊敬と憧れの気持ちが強くなっていった。

「お願いします」

僕は深々と頭を下げると彼女の元へと急いだ。

ただ会いたい、声が聞きたい。そんな思いでいっぱいだった。



「こんちは。マスター、ヒロミは?」

「京香と二人で買い物に行ってるよ。そんな顔をするな、すぐそこのコンビニだよ、京香もついてるんだから」

「大丈夫ですか?」

「お前のおかげだよ。前に比べたら随分と良くなってる。……シン、無理はするなよ?あの娘を悲しませないでくれ」

「……もう無理はしません。約束します」

「そうか……まだ閉店まで時間があるな。上でくつろいでろよ。あの部屋は気兼ねしないで自由に使ってくれていいんだからな」

「甘えさせてもらってすいません。上で休んでるって伝えてもらえますか?」

「わかったよ」

マスターの好意に甘える事にした。自由に使っていいと言われている自分の部屋に向かう。着替えを取り出すと、シャワーを借りる。

仕事の汗を流していく……ふと志郎さんの言葉が頭をよぎった。

「彼女はお前を心から必要としてくれてるハズだ」

そうなのかな?僕はどうしたいんだろう?

部屋に戻り、ベッドに横になる。どうしたらいいんだろう?……志郎さんに任せたままでいいんだろうか?僕ができる事はないんだろうか?そういえば、この部屋でゆっくりするの初めてだな……。




あれ?眠ってたのか……!?何か右腕が重い……重い瞼を開き、右腕を見つめる。

僕の隣にはヒロミが静かな寝息をたてて眠っていた……僕の右腕をマクラにして……。

!?何?……何で?ヒロミが?夢か?

「う……うーん」

起こしちゃったかな?

「ヒロミ……おはよ」

「うん……おはよう」

何事もないように、ヒロミは僕に微笑んだ。

「何で隣で寝てるの?」

「閉店作業も終わったから、呼びにきたの……気持ちよさそうに寝てるんだもん」

「それで?」

「起こすのも悪いし……私も寝ようかなって」

「ビックリするやん?」

「だって、自分の部屋で寝てたら、シン帰っちゃうでしょ?」

「……」

だからって、何で横で?男として認識されてないって事か?すこし悲しい……。

「横でこうして寝てたら、私を起こさないとシン帰れないでしょ?」

嬉しそうに、イタズラっぽく笑う。

「僕だって男なんだぞ?」

「シンはいいの……夕食の準備、叔父さんがしてるから食べてきなよ……ね?」

「うん、ごちそうになるよ」

いいの、かぁ……どう、いいんだよ?

「先に行ってるね」

嬉しそうに微笑むとヒロミはベットから出ていった。

「はぁーーー」

深いため息がこぼれる。確かにここ数ヶ月、犯人探しでゆっくりしてなかったもんな。でも健康な男なんだぞ……このドキドキした気持ちはどうしたらいいんだよ。


支えにならないとな。ヒロミが回復してからだ……この気持ちを伝えるのは……それまでは……。

顔を洗うと、店内に下りた。


カウンターの中でマスターが準備をしている。

「よく眠れたか?」

「すいません」

「謝らなくていいよ。あれはシンの部屋なんだからな。自宅に連絡しなくていいのか?」

「大丈夫ですよ。ここんトコ、外食ばっかりですから」

「ふーん。シン、ここ最近早く帰ってるから、お母さんに何か言われたのかと思ってたのに……外食してたんだ?」

意地悪く、ヒロミがつぶやく。でも、その瞳は寂しそうだった。

「ここの帰りに、本屋のハシゴしてたんだよ。欲しい本があるんだけど、なかなか見つからなくてさ。遅くなったら、お腹減るやん?一人で寂しく外食してたんだよ。……そんな目で見るなよぅ、本はもう注文する事にしたからさ。な?」

嘘だ。犯人を探してた。本当の事なんか話せるわけがない。心配させるだけだ……悲しませるだけだ。記憶が戻ってしまうかもしれない。チクリと胸にトゲが刺さった気分だ。

「じゃあ、ゆっくりしていけるの?」

「もちろんだよ。友達と約束ある時は無理だけどな?」

「そんなのわかってるよぅ」

「二人とも、そのへんにしとけよ。用意できたぞ、冷めないうちに食べてくれよ」

苦笑いを浮かべながらマスターが料理を並べていく。

僕らは他愛のない会話をやめると、マスターの料理をいただくことにした。


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