最高スペックの御曹司、クラスの女子に告白されたと報告したら彼を愛するメイドたちに迫られる

三氏ゴロウ

第1話 御曹司の朝

しき様、起きて下さい」

「ん、んぅ……」


 体を揺すられ、せせらぎのような綺麗な声がこの俺、遠神式とおがみしきに起床を促す。

 俺はゆっくりと目を開けた。

 そこにいたのは無表情なクールビューティーで肩まで伸ばした白髪が特徴的な俺のメイド、天霧那由他あまぎりなゆただ。


「あー……おはよう。那由他」

「おはようございます式様」

「じゃ、そういうことで」

「『そういうことで』ではございません。二度寝をしないで下さい」

「おぉう」


 那由他に無理やり起こされる。


「本日は月曜日、学校に行く日でございます。ご準備を」

「那由他。世間一般の学生が休み明けの学校に行くのがどれだけ億劫か分かるか?」

「分かりません」

「そうか」


 せめてもの抵抗で口論に挑もうとしたが、軽くあしらわれてしまった。


「仕方ない。では着替えるとするか」


 そう言うと、俺は衣服を脱ぎ、クローゼットに入っているワイシャツと制服に身を身に纏った。

 ちなみに那由他はというと俺の着替えを恥じること無く一心に見詰めている。正直子供の頃からのことなので俺も慣れてしまい、彼女の目があっても全く動じなくなった。


「頼む」

「承知しました」


 俺は脱いだ服をかごに入れて渡すと、那由他はそれを受け取った。俺の衣服を洗濯するのも、彼女の役目の一つなのだ。


「さて、と。今日の俺はどうだ那由多?」


 学校の制服に身を包み、鞄を持った俺は軽くポーズを決め、那由他に感想を求める。


「本日も大変似合っています。しかしそれも式様の容姿の素晴らしさがあってこそ。制服も式様に着られて大変喜んでいるでしょう」

「はは、よせ照れる!」

「申し訳ございません」

「冗談だ! 褒められるのは気分が良い。これからも俺に称賛を送り続けろ!」

「承知しました」

 

 そう言って、那由他は軽く頭を下げる。


「では俺は食堂へ向かう。また後でな那由他」

「はい、また後ほど」


 那由他は俺の服を浴室に運んでから食堂に向かう。彼女と一緒に食堂に向かわない俺は、そう言って部屋から出て行った。



 バタンと式が部屋のドアを閉め、彼の部屋には那由他一人になった。


「……」


 那由他はかごから取り出した式の寝間着をじっと見つめる。そして、


「すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」


 彼の服に顔を埋めるようにして、鼻と口から深く息を吸い込んだ。


 はぁ、式様式様式様式様式様……。かぐわしい香り、何時までもこうしていたい。


 式の匂いをこれでもかというほど摂取しながら、那由他は物思いに耽る。


 ようやく脳が覚醒してきました。あぁ、やはりこれをしないと一日が始まった気がいたしません。


「(クンカクンカクンカスンスンスン)」


 式様、愛おしい私の主。貴方の目を盗み、このような行為に耽る私をどうかお許しください。

 愛しています。愛しています式様……。



 自室を出て、俺は階段を降りて食堂までの廊下を歩く。すると俺は一人の掃除をしているメイドにばったりと遭遇した。


「おはよ。式」

「おはよう。龍子りゅうこ


 鳶垣龍子とびがきりゅうこ。金色の長髪に褐色肌、そして三白眼と男のような口調が特徴的。

 那由他と同じように直接俺に仕えるメイドの一人だ。


「今日も眠そーだな」

「あぁ。鏡で自分の姿を見ていたら時間が経過していてな」

「いい加減そのナルシストっぷり止めた方がいいぜ」

「ナルシスト? ふ、何を言っているんだ。俺はただ事実を」

「あーはいはい。そんなだから学校で友達できないんだよ」

「何!? この俺の魅力が逆に周囲からの好感度を下げていると言うのか!?」

「だからそれを止めろっつってんだ!」

「……自重しろ、ということか。だがしかし俺はイケメンでスタイルは完璧、頭脳明晰で運動神経も抜群。おまけに大抵のことは容易くこなしてしまうセンスの持ち主だ。溢れ出るこの個性を抑えろというのは無理な話だぞ?」

「はぁ……ったく、まぁいいや。……そ、その方が女が近寄ってこなくて安心だし……」

「ん? おい龍子、今後半何と言った? あまりにも小さくて流石の俺でも聞き取れなかったんだが」

「うるさい! 早く行け!」


 何故か龍子は顔を赤くしてそう言う。


 龍子が俺のメイドになってから既に十年ほど経つが、度々こういうことがある。一体何なんだ?


 不思議に思いながらも、俺は食堂に向かい改めて歩き出した。



 俺は食堂に到着する。すると、


「おはよー!! シキ様!!」

「おっと」


 一人のが俺に抱き着いてきた。


「今日も元気が良いな。千景」

「うん!」


 そう言って満面の笑顔を見せるのは俺のメイド最後の一人、綿貫千景わたぬきちかげである。

 小柄な体に、ぱっちりとした目と赤毛のポニーテールが特徴的だが、何よりも特筆すべきは、その明るさだ。もし俺が元気という言葉に新たに読み方を加えられるとしたら『ちかげ』にするだろう。


 そんなことを考えていると、向こうから流麗な女性が歩いてきた。


「千景! 式様に無礼でしょう!!」

「構わないレイトセン」


 俺はレイトセンを手で制止する。

 レイトセン・クアンタム。父が海外から連れて来た外国人女性であり、遠神家の現メイド長を任されるほどの凄まじい手腕の持ち主だ。


「えへへー! シキ様優しい! 好き!」

「ははは! 俺が慈悲深いのは当然だ!」


 千景の言葉に、俺は高らかに応えた。


「全く……式様は直属のメイドに甘すぎます。もう少し遠神家の次期当主である自覚を持っていただかないと」


 那由他、龍子、千景は俺が選んだ者たちであり、その役割は俺の身の回りの世話係をする使用人。それに対しレイトセンなどは遠神家全体に奉仕する使用人である。


 まぁ、前者も後者も遠神家に仕えていることに変わりは無い。那由他たちも屋敷の掃除をしたりと、他の業務に取り組んでいるしな。秩序や体裁を重んじようとするレイトセンの言うことも分かる。

 特に俺はメイドの個性を尊重し、龍子などには言葉遣いの矯正きょうせいなどをさせていないしな。


「次期当主としての自覚なら当然持っているさ。安心してくれ」

「それならいいのですが……」

「さ、それよりも朝餉あさげだ! 俺の舌を唸らせる食事はできているんだろうな?」

「まっかせてよ式様! 今日の当番は私! 頑張って作ったんだー!」


 千景に手を引っ張られ、俺は席に着く。そうして食事に舌鼓を打った。 



 千景の出してくれた食事を済また俺は、学校に向かうため玄関まで来た。

 そこには一仕事を終えた那由他、龍子、千景を含め、十数名の使用人たちが俺の出発を見送るために待機していた。


「式様。やはりお車をご利用すべきでは?」


 すると那由他がそんなことを言う。


「必要ない。郷に入っては『極力』郷に従うさ。それに、こういったことは学生時代では無いと経験できないことだから貴重だ」

「ですが、万一式様の身に何かあれば私は……」

「あのなー。お前気にし過ぎなんだよ那由他。式がああ言ってるんだからいいだろうが」

「黙りなさい単細胞女」

「あぁ?」


 何故か、口を挟んだ龍子と那由他によるいざこざが始まろうとしている。


「あなたは式様のことを真に想っていないからそんなことが言えるのよ」

「はぁ!? アタシだって式のことちゃんとお、想ってるっての!!」

「今一瞬言い淀んだわね」

「ち、ちが今のは!! し、式が近くにいるからちょっと恥ずかしくって……」

「私は言えるわ。式様は私の全て、私が全てを尽くす人」

「あーもう!!」


 またもや顔を赤面させている龍子。全く、一体どうしたというのだ。俺のことを主として尊敬しているのは当たり前なのだからそんな反応をする必要は無いと思うのだが……。


「式様。行ってらっしゃいませ」

「行ってらっしゃい式様!」


 すると言い争っている二人を無視し、レイトセンと千景が頭を下げる。釣られるように他の使用人たちも頭を下げ、「行ってらっしゃいませ」と俺を送り出した。


「ふむ。那由他と龍子が少し心配だが、まぁあの二人なら問題無いか」


 屋敷から出た俺はそう言いながら朝の空気を吸い、学校への道を歩き始めた。

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