第449話 翌日開業
「鉄道省から認可が下りました」
「よし。工事が進んでいる時に届いて良かった」
鉄道工事を指導しながら認可書を確認したジャンは答えた。
何しろこのままではルシニアの人々から殺されてしまう恐れがあったので、とりあえず地図を見て敷きやすそうな場所を見つけて工事を始めた。
認可される前に。
勿論、通常は認可されてから工事を始めなくてはならないので、完全な違法行為だ。
だが認可が下りるまで待っていたら仕事をしていないとルシニアの人に怒鳴られたので仕事をしているように見せる必要もあった。
それに鉄道というものが開業しなければ金だけが出て行く。
土地の取得もそうだが従業員の給与、車両の整備管理費など莫大だ。
そして鉄道は完成させなければ、莫大な支出を続けているにもかかわらず金貨一枚の収入もない。
何より経営者の一人であるジャンの収入も入ってこないので直ぐに開業する必要がある。
だから認可が下りる前にジャンは工事を始めた。
軍から砲兵連隊に居た軽便部隊の人員と装備を、そのまま譲り受け建設を開始。
帝国軍は現地の人間を採用するので移ってきた軽便部隊も他の元軍人も地元のためならばとレールを持ち上げ結合して行く。
路線はルシニアを貫く大河に築かれた堤の上。ルテティア王国鉄道が土木工事費をケチる為、堤防の上に作ったのを応用させて貰った。
突き固める必要が最小限で済んだのでレールを敷くだけで済む。
足りない部分は道路の一部に敷いて確保した。
本来ならバラストを敷かなければならないだろうがそんな余裕はない。
と言うより必要ない。
荒れ地でも地面にレールを敷けば走れるように軽く作られているのが軽便だ。でなければ野戦機動を求められる砲兵連隊に配備されない。
手軽に敷設して手軽に運転できるのが軽便最大の利点であり、どんな場所、軟弱な地盤でも敷設して運用出来るよう設計されているのが軽便だ。
そのため敷設作業は一日十数キロも行える。お陰で工事開始から三日ほどで線路の敷設は終わってしまった。
あとは駅舎とか操車場などの整備だけだ。
機関庫などの車両基地に関しては廃止予定の砲兵連隊の駐屯地を譲り受けて建設。
幸い駐屯地には国鉄への引き込み線もあり積み替え基地としても使える。
他にも途中駅の施設、ホームや駅舎、信号機の設置などがあるが間もなく完成する。
本来ならもっと早く信号機を設置したかったが認可が下りず、製造会社から購入することが出来ずにいた。
それが認可が届いたことで出荷が認められ明後日には届く予定だ。
最悪設備が届かなくても、開業するつもりのジャンだったが。
「予定通り明日にも開業だ」
勿論、認可も信号機も来なくてもジャンは開業する予定だった。
翌日、ジャンは予定通りにマーネエラプセ鉄道を開業した。
認可の書面が渡された翌日の開業は異常な早さだった。
ルシニアを結ぶ鉄道の完成に人々は歓喜し家々に旗を掲げて祝う。
信号機が届いていないのは仕方ないが、閉塞区間を採用したりして運転可能にする。
勿論、走れる列車数は少ないので電信や信号機が届けば運転可能本数が増えて輸送量が増える。
いや増やさなければならない。
肝心の鉄道事業の収入は予定だけで黒字だった。
帝国全土で建設ラッシュ、特に鉄道の敷設需要が大きく枕木にする木材を求められていた。
そのためルシニアの木材も大量に販売され、ルシニア各地から木材を運ぶマーネエラプセ鉄道の事業は最初から好調だ。
いや好調すぎて輸送力が既に限界まで来ている。何としても運転本数を増やさなくてはならない。
信号機と電信が届いて早速設置して運転本数を増やした。木の需要は高く、ルシニア奥地からも木を運びたいという要請が届き始める。
その勢いを利用して早速、運転本数の増強、線路の延伸が実行されることになる。
だが、最低限の装備を砲兵部隊から譲り受けたマーネエラプセ鉄道は直ぐに壁にぶつかることになった。
「蒸気機関車が足りない?」
部下からの報告にジャンは渋い顔をした。
砲兵連隊から譲り受けた車両と装備では今後の延伸には不足だった。
「仕方ない、購入するか」
そう言ってジャンは蒸気機関車を購入したが、十分な数を手に入れられなかった。
帝国各地で開発ブームが起こり軽便鉄道の需要が拡大。軽便鉄道関係の車両価格が高騰しており、マーネエラプセ鉄道の予算では購入が不可能となっていた。
黒字だが後払いなどの為に現金が手元に十分に無いのがキツかった。
手形取引も良いが手形の決済方法が解りにくいので、ジャンは利用したくなかった。
「探すか」
そう言ってジャンは近隣にある中古軽便機関車の市場に向かった。
農家や工場で使われていた中古を売り出している市場で、新品を買うより安くマーネエラプセ鉄道でも購入可能な金額だ。
「どこかに良い車両ないかな」
そう言ってジャンが中古品市場で探していると通常価格の十分の一程の機関車を発見した。
「安い! 買った!」
即決であっと言う間に買ってしまった。そして意気揚々と国鉄を使い買った機関車を持ち込み早速、動かそうとする。
点火してボイラーの圧力を高めて行くと、その機関車は爆発した。
「また爆発事故か」
大臣室で報告を受けた昭弥は頭を抱えた。
「技術移転を進めているけどこうも欠陥機が多いとな」
現在鉄道省が中心となって国鉄の技術移転が行われている。
鉄道経営だけで無く車両の生産もリグニア国鉄は行っていた。
何故なら、他に作れるところが無いからだ。
機関車を作る技術は元から帝国にあるが、高性能な機関車を大量生産する技術は国鉄しかない。
だが、旺盛な鉄道需要の前に国鉄の生産能力は限界だった。
需要が多すぎて供給が間に合わない。
そこで国鉄の技術を民間に移転して車両を生産して貰う事にした。
鉄道の需要は拡大期の一時的な物であり、それに合わせて生産能力を拡大したら安定期に入って車両更新のみとなったとき、その能力はお荷物になるだろう。
そこで拡大した部分は民間に任せようというのだ。
細かい需要に対応して貰うのと受け取った技術を活用して新商品の開発に役立てて他へ転用して貰おうというのだ。
こうすれば需要が低下しても生産能力を新製品へ振り向ければ需要が減っても大丈夫だ、と考えたからだ。
だが、今のところ上手く行っていない。
生産機械は渡したのだが、生産管理、機械の操作や完成品の検査などが甘いのだ。
製品が出来上がったらそれで良いのではないか、という感覚のために見た目は良い。
だが、無数の部品からなる工業製品である機関車の場合一つ一つの部品精度の甘さが最終的に性能を低下させる原因となってしまう。
工作精度が低くても大丈夫な蒸気機関車でも、このような状況なのでガソリンエンジンやディーゼルエンジンは言わずもがなだ。
「しかもそんな低性能な機関車さえ足りないので違法機関車が多いな」
それでも需要が低くなることは無かった。それどころか需要が高いことを見て鉄道省の審査を通らない違法機関車の生産が弱小メーカーで行われていた。
安全検査どころか構造審査も受けないため安全機構が欠如した機関車が生み出され出回っていた。
中には安全弁さえ取り付けていない機関車さえ存在しており脆い構造と相まってボイラーの爆発事故が絶えなかった。
「しかし、このマーネエラプセ鉄道には車両購入の記録が無いぞ」
昭弥が頭を抱えているのは鉄道会社が鉄道省への届け出を行わずに車両を購入していたことだ。
不特定多数を相手にする鉄道会社は安全に運行を行う為に正規の安全審査に合格した車両を使うように法律で定めていた。
違法機関車や欠陥機が多いのは大規模農場や工場など一般企業内で使用されるタイプだ。
言わば自家用車か社用車のような存在であり、審査が比較的甘かった。
鉄道省への届け出義務はあるが通常の鉄道会社への審査だけでも手一杯であり、民間企業への監視までは十分に出来ていなかった。
そのうち審査を強化しないと不味いと昭弥は考え準備をしていた。
だが、このマーネエラプセ鉄道は鉄道省に届け出をした歴とした鉄道会社であり、これまでとは違う。
何より不特定多数の乗客を乗せる会社でそのような欠陥機を使用、それも無許可で行っていたとしたら問題である。
「直ぐに事故調査官を送り出して調べてくれ。それとマーネエラプセ鉄道の調査を行うんだ」
昭弥はセバスチャンにマーネエラプセ鉄道の調査を指示した。
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