第448話 マーネエラプセ鉄道
「どうしよう」
森林は多いが荒涼としたルシニアの大地に立ったジャンは、背後にいる多数の出資者、ルシニアの有力者が放つ殺意の籠もった視線を浴びていた。
ジョン・ローと金が消えた朝、彼らに叩き起こされて状況を説明され再び騙されたことを知った。
共犯者と疑われたが、自分は共同出資を求められ経歴を買われて技術指導を頼まれただけの被害者である、と弁解した。
「じゃあ、技術を持っているか見せて見ろ」
そういってルシニアに拉致同然に連れてこられて鉄道計画を立てて実行するよう強要されてしまった。出来なければ警察に詐欺の犯人として突き出すと。
帝都で警察に駆け込めば良かったが、怒りに燃える彼らを抑える事が出来ず、ここまで来てしまった。
今から逃げようにも彼らの故郷であり逃げきるのは難しい。
「鉄道を作るしか無いのか」
ルテティア王国鉄道にいてあちこちの部署を渡り歩いたのは事実だが、仕事がキツかったので他に移っただけだ。技術がある訳では無い。
「まあ何とか見よう見まねでやれるか」
幸いにも現場仕事は多かったし軍隊でも鉄道を扱っていたので何とか出来そうだ。
「問題は何処に敷いて走らせるか」
ルシニアは首府まで国鉄が通っているが、そこから伸びる路線は無い。辺境のために優先順位が低いし何より採算が採れないと判断されていたからだ。
だからこそ私鉄を建設しようと有力者達が話し合って設立しようとしていたのだ。
「しかし資材も車両もない」
鉄道は文字通り鉄の道、レールの上を機関車や貨車や客車が走るのだ。
それが無い。
その購入資金は、ジョン・ローと共に消えた。
そんな状況でどうやって敷け、というのかジャンは途方に暮れた。
「あの一つ宜しいでしょうか」
殺意の籠もった視線を向ける拉致犯いやルシニアの有力者に尋ねた。
「なんだ?」
「このルシニアに鉄道が延びたのはどうしてでしょうか? 何を運んでいるのでしょうか?」
幾ら帝国全土に鉄道を延ばすことが使命の国鉄でも採算を度外視することは無い。
何かしら鉄道を延ばすメリットを見つけているはず。輸送する産物を運び込む目処さえ立てば国鉄から車両をリースしたり銀行が貸してくれる、かもしれないとジャンは考えて尋ねた。
もっとも国鉄からリースしてもリース代が掛かるし、銀行から借りるのは利子を取られるので極力避けたいジャンだが。
鋭い視線でジャンを見る見張りは答えた。
「主に木材だ。川の上流から流してきた木材を運んでいる。それとこの辺りは首府で人が多いからな」
「なるほど」
木材の販売で成長し町が出来て玄関口となった首府に鉄道が敷かれたのだ。
切り出され川に流された木材が集まったところで船で運んでいたのを鉄道輸送が代行し始めている状況。しかし、川の上流まで鉄道を敷くほどの採算は見込まれず延伸は凍結されている状況という訳だ。
一通り説明した有力者はジャンに言う。
「何とかしてくれよ。帝国軍が軍縮とかでここの歩兵連隊が廃止されたんだ。連隊からの金が落ちてこない」
帝国軍は駐屯地周辺での調達を重視している。もちろん自国なので強制徴集などしない、キチンと金を支払って物資を買い取るのだ。
千人単位の部隊を維持するための物資の量は多く、その資金が地元に落ちる。
そのため軍隊が来ることを望む地方もある。
基地反対運動が多い日本では考えられない、と思うかも知れないが戦前は軍隊の誘致活動が活発だった。貧しい地元でカンパを募り六万円という当時としては大金を持って連隊創立資金にしてくれと陸軍省に嘆願した自治体もある。物品購入で年間三〇万の金を落としてくれる連隊が来てくれるのだから、六万ぐらい出そうというものだ。
さらに兵隊も徴兵でも微々たるものだが給金が出ているので休日に街に繰り出して金を使う。面会に来た家族も地元で食事や宿泊をするから潤う。
下士官以上だと結婚して家庭を持つからそこからも金が落ちる。
だから軍隊を誘致しようとする自治体はいる。
戦後でも同じで、自衛隊の誘致に積極的な自治体もあった。
このリグニアでも同じであり、軍隊に来て欲しいという願いは多い。
そして既存の連隊が廃止されるのは町にとって死活問題となる。
「砲兵連隊も廃止が決定していてもうすぐ無くなる。どうにかしてそれまでに町を活性化させないと」
その言葉を聞いてジャンは有力者に詰め寄った。
「砲兵連隊が無くなると言うのは本当か?」
「あ、ああ帝国軍の決定済みだ」
「装備はどうなる」
「殆どが予備として保管されるということだ」
それを聞いたジャンは駆けだした。
「何処に行くんだ」
「砲兵連隊の司令部に向かう」
「マーネエラプセ鉄道が申請してきたか」
鉄道省の大臣室で申請書を読んでいた昭弥が呟いた。
前に詐欺の道具に使われたペーパーカンパニーだ。再提出を命じたが、出してくるとは思わなかった。
そのまま凍結していずれ取り下げとなるだろうと考えていた。
しかし、意外にも再提出を行い昭弥の目の前に届いた。
「また懲りずに詐欺を働こうというのか」
昭弥は疑わしげに書類を見た。
「そういう訳ではなさそうです。騙されたというジャンという経営者が改めて見直し計画を出しているそうです」
再び詐欺行為を働いているのでは無いか確かめるよう昭弥に指示されたセバスチャンが報告する。
「確かに計画は粗が有るけど出来ているな」
事業計画書を見て昭弥は計画書が粗雑だが合格ラインである事を認めた。
大まかな資金調達だけで無く資材調達と木材の輸送量の見積もりが出来ていた。
先の詐欺事件で資金は消失していたはずだったが、新たに増資を行い予算を確保していた。
「砲兵連隊の軽便鉄道部隊から資材を手に入れるとはね」
大量の弾薬を消費するようになった帝国軍砲兵連隊は弾薬の補給に軽便鉄道を利用するようになっていた。
弾薬集積所から砲の近くまで軽便鉄道を敷設して弾薬を供給する。こうすることで弾幕を途切れること無く展開できるようになっていた。
だが、大量の弾薬を消費するし、平和になった今は不要だ。
装備も維持するだけで金が掛かるので廃止される連隊は多かった。
「軍縮で砲兵連隊が廃止されるから、その部隊の軽便を利用するなんて思わなかったよ」
軍が保管あるいは廃棄予定の装備を譲り受ける事で格安で済ませようというのは大したアイディアだった。
「軍が認めるのでしょうか?」
「ブラウナーさんに確認したけど軍も認めたそうだよ。管理する資材が減ったし軽便の要員とか他の要員も新しい鉄道会社が雇用するということで乗り気だ」
軍縮で職にあぶれる要員の再就職先を見つけるのに苦労している軍としては願ったり叶ったりの話だろう。
国鉄も軍の余剰要員を雇用しているが、無制限とは行かないしマッチングもあって最近は抑制気味だ。
そこで私鉄への就職斡旋などを行っていた。
その認可を多くして欲しいと昭弥の元に軍から嘆願が届くほどだ。
「設立を認めるのですか?」
「書類は整っているし、軽便だからね。多少緩くても認めざるを得ないよ」
軽便鉄道は設立の基準が緩く認めやすい。
標準軌の鉄道だと国鉄との相互乗り入れも視野に入れなければならないため基準が厳しい。
だが、地域の交通向上のための軽便鉄道は緩い。簡単に敷設し運用が出来ることが軽便鉄道の利点であり法的な手続きや規則が厳しいと利点を削いでしまう。
そのため軽便は認めやすい傾向にあった。
「認めるのですか?」
「ふむ」
セバスチャンに尋ねられて昭弥は考え込んだ。書類は整っている、内容も合格基準。
だが、何か不味い気がしてならない。
不認可の判を押すべきだろうか、と。
「大臣?」
手の止まった昭弥にセバスチャンは尋ねる。
「いや、認可する」
他の係員に任せても認可するだろう。少し怪しいので判断を求められた書類だが、見た限り問題は無い。
軍の方へも問い合わせて資材の払い下げも確認されている。
問題は無い。
昭弥は自分にそう言い聞かせて認可の判を押した。
後に酷く後悔することになるが。どうして詳細に調査しなかったのか、二度目のチャンスを逃したのか、と。
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