第450話 仕様書……のようなもの

「何だこりゃあああああっ」


 数日後マーネエラプセ鉄道の報告書がセバスチャンから提出されて昭弥は絶叫した。

 まず最初に出されたのは事故報告書。

 これは無認可の車両を使用したためであり、構造的な欠陥により爆発。ボイラー自体の耐久性が低く安全装置も無いため起こるべくして起こった事故である、と結論づけられていた。

 壊れたボイラーの断片を使った耐久度テストの報告や推定構造図などを加えても数ページ程度でボイラーの欠陥が証明される簡潔な報告書だった。

 この場合は違法車両を取り締まる以外に方法は無いので十分。

 購入しないように注意を呼びかけ、見つけ出して処分するように勧告するだけだ。

 だが、昭弥を絶叫させたのはマーネエラプセ鉄道会社自体の現状報告だった。

 鉄道省に届けられていない車両多数保有している模様。更に無許可で鉄道が延伸されており、なおも延長工事が進められている、と書かれていた。

 調査官が発見した違法車両と延伸区間だけで数十ページに及ぶ報告書となっている。

 事故調査がメインの調査でこれだけの会社の違反が見つかるのは異常だ。

 本格的に調査をしたら、他にも様々な馬鹿げた違反が見つかることが予想される。

 そう考えると昭弥は頭痛がしてきた。


「どうしますか?」


 情報収集担当のセバスチャンが尋ねた。

 昭弥は頭を抱えつつも必死に考えて答える。


「……兎に角、マーネエラプセ鉄道には現有保有車両のリストを出させると共に現状の路線図を出すように言うんだ。それと何故認可申請を出していないのか供述するように勧告書と命令を出すんだ」


「はい」


 昭弥の命令を受けてセバスチャンは執務室を後にした。

 現状を把握しない限り対応など考えることなど出来ない。書類の不備や遅れなどで揃っていない可能性も有る。

 鉄道省は各所に鉄道運輸局を創設して各地の鉄道を管理するようにしている。

 各地の私鉄の認可や監督は各地の運輸局が行い定期的に纏めて本省へ報告を行う。それをうけて本省が新たな対応や全国的な政策を指示する態勢となっている。

 運輸局が本省へ送る過程で遅れたり、抜けがある事があるので今回も同じ事が起こったのではないか、と昭弥は考えて本省へ直接送るようにマーネエラプセ鉄道へ提出するように命令した。

 更に担当するルシニア鉄道運輸局に調査官を送ることにした。

 現地の状況が不明な時や気になったときは本省から調査官を送ることにしている。

 大きくなった鉄道省では仕事が山積しているため、書類や作業が行方不明になっている事が多い。あるいは単に人手不足で作業が遅れているだけかもしれない。

 最悪なのは能力の無い人間が調査官をしていたり、事務作業をしている場合があるのでそういう能力の無い人間を転属させたり、罷免する必要も出てくる。だから昭弥は調査官を頻繁に各地へ送っていた。

 今回も同じだと昭弥は考えており、鉄道省内の異常だと思っていた。




「……」


 その日、大臣室の昭弥は無言だった。

 黙々と執務をしていたのではない。怒りに震えていた。

 出てきたのは先日マーネエラプセ鉄道に提出するよう命じた車両リストと仕様書だ。

 今日ようやく届いたので目を通していた。だが、読み進めるほど昭弥は無言になってゆく。

 車両リストや仕様書は車両の全長や全幅、全高、最高速度、最高出力、台車の種類、構造などが書かれたもので一般人に気ない数字の羅列や図面でしか無い。だが鉄道マニアにとっては非常に美味しい<おかず>である。

 この幅なら、この長さなら、あんな事やこんな事に使える。ああ、あの車両と同じ大きさなんだな、とか鉄道マニアの想像力を掻き立ててくれる心躍る書類だ。

 だが、今の昭弥に取って仕様書は、いやマーネエラプセ鉄道から送り届けられた仕様書は余りにも出鱈目だった。


 車体は大きくて快適だよ

 軽いので早く動けるよ

 ウチの機関車は力持ちだよ

 ルシニア産の木材を使っていて板目が綺麗だよ

 優美なラインで美しいよ

 車体は紅く塗ってあるよ


 ……一部抜粋したが、全編、全車両がこのような調子である。

 必要な事、全長全幅全高などの具体的な数値が殆ど書いておらず関係の無いことばかり書いてあった。

 他の書類も酷かった。


 線路は長いよ

 支線の数も多いよ

 カーブは少ないよ

 ウチの線路は広いよ


「酷いよ、の間違いだろうが!」


 路線に関する書類もこんな調子で昭弥が思わず叫んだ程だ。


 開業以来黒字です

 現金は多いですよ

 無借金経営です


 財務状況の書類も義務づけられている複式簿記でも、単式簿記でも無い。唯々主観を書いているだけで契約書も銀行の残高証明も領収書もなかった。

 極めつけは無許可の延伸理由だった。


 既に会社設立の認可を受けていたため自由に敷設して良いと思ったから


 一度認可を受けたら勝手に延伸しても良い、と思っていたようだ。

 路線の安全、地面はどれほどまでの荷重に耐えられるのか、土砂崩れを起こしそうな箇所は無いか、線形に問題が無く速度を出せるような場所なのか。

 それらを検証し指導するためにも必要なので鉄道運輸局へ書類や地形図の提出を義務づけられている。何より土地権利者を無視して勝手に建設することを防ぐ為に提出させている。当然、土地権利者の同意書や土地の購入契約書も必要となる。

 が、このマーネエラプセ鉄道は権利者から口約束を得たからといって建設している。


「どこぞの鉄道会社か国家機関の装備説明文か!」


 最終的に昭弥が怒鳴り倒した。

 後者は自分の装備のことをジョークで弾数:一杯撃てるよ、射程;長いよ、速力:早いよ、などと一般公開の説明文で紹介することがある。勿論役所なので他の書類はガチガチに堅いが。

 だが鉄道省へ出す公的文章に冗談など必要ない。どこぞの愉快な鉄道会社と同じではないか。

 この世界に来る前にウィキやお絵かきサイトの百科事典で爆笑させて貰ったが、実際に受け取ると怒りしか湧いてこない。


「これじゃあ鉄道運輸局が提出してこない訳だ」


 何故本省に書類が上がってこないのか調べさせるとあっさり担当者の元で止まっている事が判明。

 こんな小学生の<ぼくのかんがえたさいきょうのてつどうしゃりょう>より酷い書類を本省に出したら担当者の正気を疑われる類いだ。

 だから、ルシニア鉄道運輸局の担当者はマーネエラプセ鉄道から受け取った書類を自分の手元で止めておき、やり直しを命じていた。まともなものに書き直させて、それを本省に提出する予定が余計酷い書類が届き再度やり直しを命じて、また酷い書類が届くという無限ループを繰り返した。

 何しろ、提出する度に車両や設備が次々と追加されていくのだ。

 購入した届け出が無いので問い詰めると逃げて行くばかり。終いにはそんな車両は無いと言い放つ始末だ。

 そうして時間が経ち大臣である昭弥が出てくる事になってしまった。

 こんな書類を受け取った担当者は気の毒としか言いようのない状況だ。

 だが、知ったからには見逃す訳にはいかない。


「兎に角、マーネエラプセ鉄道には、まともな書式に纏め上げて再提出させろ!」


 昭弥はセバスチャンに命じた。




「再提出?」


 鉄道省から突き返された書類を見てジャンはこの前の爆発事故で怪我をしており包帯を巻いている頭を傾けた。

 幸い死者は出ていない。

 あれ以来慎重になってキチンとした機関車か、確認してから購入している。お陰で事故以降も機関車と貨車、客車の台数は増えているが爆発事故は起こっていない。


「何が悪いんだよ」


 キチンと車両については報告したはずだ。

 購入にも届け出をしろと鉄道省は言っているが、お客様から多くの木材を運んでくれと懇願されており、答えるために十分な睡眠を取りつつ奮闘努力しているので鉄道省に書類を提出している暇は無い。

 そんな中、暇な時間を見つけて書類を書いて提出した。

 だが鉄道運輸局は、その書類に因縁を付けて書き直しを命じてきた。言われて直して提出しても何度も突き返してくる。

 そして今度は鉄道省からも提出しろと言わてきた。

 新手の虐めかと思ったが、とりあえず鉄道運輸局から突き返されたのを修正して提出した。

 会社の車両がどのような物か、少ない語彙を駆使して書き上げたジャンの力作だ。

 現場仕事ばかりで管理職に就いたことが無いため、ジャンは上への報告書など作ったことがない。

 説明書などを渡されたことがあっても実際に動かした方が早いとばかりに流し読みしていた。だから、書類をまともに見たことも無いため書き込むべき事をジャンは知らなかった。

 延伸も許可がいるとは初耳で申し訳ないが、お客様の要望も需要もあって迅速にやっている。

 木材の需要はウナギ登りであり、輸送量はパンク寸前だった。

 何しろ帝都の建設ラッシュで注文が相次ぎ、次々と送り出さなければ間に合わない。

 だから、あちらこちらから車両を購入して輸送力の増強を行っているが、まだ足りない。

 それよりもジャンには頭の痛い問題があった。

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