第10話 帝都リグニア
「再び訪れるとさすがに壮観ね」
王都を出発して半月後、ユリア達はリグニア帝国帝都リグニアに到着した。
千年以上前、ただの都市国家だったリグニアは、大陸制覇に打って出てレパント海を中心に勢力を拡大。大陸全土を制覇する、大国家となった。
そして都市国家の頃からずっと首都であり続ける帝都リグニア。
二千年にもなる長い時間の間に、貿易や征服で集めた富によって拡大した都市であり、いまなお拡大している。
「また大きくなった?」
帝都南駅のホームから下りて周りを見回したユリアが尋ねた。
鉄道開設後、一度訪れたことがあったが、その時より更に駅の規模が拡大しているように思えた。
「鉄道で帝国各地から物資が供給されているようです」
付き添うエリザベスが答えた。久方ぶりに本来の主人、そして幼なじみの側に居ることが出来て嬉しそうだ。
「各地の物産が集まり、その取引が多くなっているようです。それに伴い、人が集まり、彼らを収容する建物が新たに建てられているそうです」
「これが鉄道の力というわけですか」
「そうなりますね」
ユリアに尋ねられて昭弥は答えた。
「王都とは大違いね」
「ええ、違います」
「王都が寂れていると」
「いえ、いずれここよりも、より栄えます」
「自信たっぷりね」
自嘲では無く微笑みながらユリアは尋ねてきた。
「と言うより安心しました。この世界でも十分鉄道が通用出来ているようなので、私の計画も上手くいきそうです」
「そのためにも失敗するわけにはいかないわね」
「はい、どうかお願いします」
昭弥達は皇族専用のゲートから出ると用意されていた馬車に乗り宮殿に向かった。
「皇帝と会えるのは私だけなのよね」
「はい、ですからお縋りする以外ありません」
「荷が重いわ」
「陛下」
「安心してください。何とかしますから。絶対にあいつから、むしり取ってきます」
「え?」
可愛い顔でとんでもない事を言ったような気がしたが、昭弥は幻聴のせいにした。
彼女たちが通されたのは帝城だった。
王城を倍にしたような規模だが、柱や壁そして天井に彫刻が掘られたり絵画が描かれていたりと、壮麗さでは数倍勝った。
あまりに荘厳すぎて目がチカチカしそうだった。
「あまり気にしないで下さい昭弥様。こんなの虚仮威しです。高価な品々を見せびらかして自分は凄いんだぞ思わせたいだけです」
「そうなんだ」
皇族の言う言葉じゃないと思ったが、その通りに思うことにした。ようは町のチンピラが自分が凄いと見せかけるために金のネックレスやサングラスを掛けるようなものか。
昭弥達は、あてがわれた控え室に案内された。そこも豪華な調度品が置かれていたが、値段とか気にせずゆっくりとくつろぐことにした。
だが、いくらかかるのかと思ったり、これだけの物を揃えるにはどれだけ収入が必要なのだろうと思ってしまう。
それこそ権力者が自分の力を誇示する理由であり、高価な品物を置く理由なのだ。
昭弥はその術中に嵌まっていた。
「では、私は皇帝陛下に会ってきます」
「案外、簡単にあえるものなのですね」
「こう頼りない姿でも、私は皇族の一員ですし、国王には皇帝に謁見する権利があります。それを少し利用させて頂きました」
一寸、はにかむようにユリアは昭弥に説明し昭弥の緊張を解いた。
「では、直ぐに戻ります」
「陛下、どうかご無事で」
「健闘をお祈りします」
「宜しくお願いいたします」
宰相、親衛隊長、エリザベスそして昭弥がユリアを見送った。
謁見の間に通されたユリアは皇帝と面談した。
「お久しぶりです、リグニア帝国皇帝フロリアヌス・コルネリウス・リグニアヌス陛下」
「久しいな、ルテティア王国女王ユリア・コルネリウス・ルテティアヌス」
尊大な声で言ったのはユリアと殆ど変わらない年齢の青年だった。
実際ユリアとは一歳くらいしか年齢は違わない従兄弟だ。
だが、一方は絶対者たる皇帝、一方は従属する女王。
身分の隔たりは天と地ほどの差があり、ユリアは臣従の礼をとらなければならなかった。
「本日はお願いがあって参りました」
「ほう、珍しいな」
「はい、このたび鉄道建設を行う事になりました」
「ほう、それは重畳」
「ですが、資金が足りず。皇帝陛下のご助力をお願いしたく参りました」
「いくらほどだ」
「帝国金貨一億枚ほど」
「……王国の予算一年分ではないか」
皇帝は驚いて目を見開いた。
「鉄道を一本敷くには過ぎたる金額ではないか」
「王国中に鉄道を敷きたいと思っております。また鉄道を使った事業を進めたいと考えており、そのための資金です」
「王国中に鉄道だと。希有壮大だな。これだけで足りるのか」
「王国内などからも資金を集めて建設する予定です」
「王家からも出すのだろうな」
「勿論です。ですが、資金を集めるには信用が大事です。帝国からのお墨付きを頂きたいのです」
「だがこれは王国内の事であって帝国が資金を出す理由はないな」
「鉄道が完成すれば帝国との結びつきが強くなり商売が盛んになります。特に東方貿易が盛んになり帝国はさらに豊かになるでしょう」
「しかし計画は必ずしも成功するとは限らないぞ。何か保証が欲しい」
「保証とは?」
「そうだな。余の后などどうか」
「……はい?」
「余の后にならぬかというのだ。それならば貸せる」
「しかし」
「不都合ではないではないか」
「さあ、こいユリア」
下卑な表情をしながらフロリアヌスは言い放った。
「思い上がるな種なし」
ドスの効いた低い声を放ってからユリアが再び顔を上げ穏やかな笑顔を皇帝に向けた。
「ユリアさんは大丈夫かな」
「大丈夫でしょう」
気を揉む昭弥とは対照的に親衛隊長のマイヤーは落ち着いていた。
「従兄弟とはいえ、皇帝とその下に居る女王。無理難題を掛けられるのでは」
「十分可能性は有ります」
「じゃあ」
「でも大丈夫です。うちの陛下は強いですから」
「強いんですか?」
「はい、そもそも初代国王が自力で征服した国であり、その血を引いている陛下です。また、勇者と呼ばれる英雄の血も混ざっており、陛下は特にその力が現れています。力には自信がおありです」
「本当に?」
「ええ、何しろ征服と侵略、反乱の歴史ですから我が王国は。代替わりごとに反乱が起きたり、外国が攻めてくるので、即位祝い代わりにそれらを鎮圧して初めて国王と認められますから」
「じゃあ、ユリアさんも」
「はい、北の貴族が反乱を起こしましたが、自ら剣を持って戦い首謀者達の首をことごとく刎ねて鎮めました。まあ諸外国も策動していましたが、陛下のあまりの苛烈さを恐れて手を出していません」
「では、このまえ出た魔王も」
「はい、陛下ご自身が潰しました。現れるなり、この世界は我が支配する。我に従え、とか言って陛下を怒らせましたからね。パンチ一発で相手を血煙に変えました」
「……血煙?」
「雲散霧消したということです」
凄まじい戦闘力だ。
と言うより人体への被害にその言葉が使われること自体、恐ろしい。
と昭弥は身震いした。
「人払いされていますから、皇帝陛下が女王陛下を抑えることは不可能です」
「近衛兵とかは居ないのですか?」
「居ますけど、一個中隊、二〇〇名ほどでは居ないも同然です。精鋭とはいえ、人間の能力の範囲内。伝説の勇者の血が流れる姫様に勝てる人間などいません」
規格外すぎる。
まあ相手を血煙にするのだから、通常装備の兵隊では居ないも同然だろう。
「でも、何故マイヤーさんがいるんですか?」
「はい?」
殺意のこもった目でマイヤーは昭弥を見た。
「いや、いらない子扱いしていませんよ。ただそんなに女王が強いなら親衛隊とか護衛の人は必要ないんじゃないかなと思ったんですけど」
「確かに陛下が直接相手を潰せますが、潰してしまうので捕らえることが出来ません」
「……どういう意味です?」
「力が強すぎるため、殺してしまうのです。なので、犯人の供述を得られず黒幕を捕まえることが出来ません。反乱も実行者を潰すことが出来ましたが、黒幕への糸も切れてしまいましたわ」
「なるほど」
「首席宮廷魔術師のジャネットが死者の記憶を覗く魔術の開発を行っていましたが、先の事故で中断しており、我々が逮捕して口を割らせるしかないのです」
昭弥は、心の中でこのまま中断したままの方が良いと思ったが、それでは自分が元の世界に帰る方法がなくなってしまうので、ダメだと思った。それに、現状でも逮捕されて自供を引き出すまで何があるか昭弥は想像した。
忠誠心の篤いマイヤーの事だから拷問のフルコースが加えられるのは目に見えている。
それも死んだ方がマシというレベルやつを。
それなら死なせて楽にしてやり、自供を引き出した方が人道的じゃないだろうか。
などと恐ろしい想像を巡らせるほど昭弥は恐怖のどん底に落ちた。
「だから陛下にあまり近寄らないようにお願いします」
「ああ、最初にユリアさんに近づいた時、殴って気絶させたのも」
「はい、あなたが陛下に殺されないよう、保護するためです」
慈愛に満ちたようで、粘り着くようなそれでいてナイフのように鋭い感情の乗った視線をマイヤーは昭弥に送りながら話した。
「プチトマトになりたくないでしょう」
「プチトマトのように小さく丸められるからですか?」
「いいえ、プチッと潰れたトマトのようになる、と言う意味です」
「……」
凄く可愛い表現で、背筋の凍る意味のあるだと昭弥は思った。
「ですから皇帝陛下など一撃です」
「そうでしょうね……でも、いくら一族、親戚とはいえ、皇帝陛下に手を出したら問題では?」
「大丈夫でしょう。前皇帝陛下ならいざ知らず、現皇帝陛下は尊大ですが小心者で自分を大きく見せようと大仰に振る舞っているだけです」
「本当ですか?」
「ええ、ユリア様が姫殿下時代に初めて会ったとき、当時皇子殿下だった皇帝陛下が手込めにしようとして、股間に一撃を喰らわせて返り討ちにしたと、事あるごとに仰っていましたから」
その話を聞いて昭弥は反射的に内股になった。
「本当ですか?」
「姫からの話ですから本当だと信じています。皇帝側からは一切のリアクションがありませんが、即位しても妻を娶らず、側室さえも置かないので、事実ではないかと」
会ったことの無い皇帝に昭弥は心から同情した。
「良いんですかそんな話をしても」
「限られた者にしか話しません」
「僕は良いんですか?」
「少なくとも姫が信用している方ですから、お話ししても問題ありません」
「外で言いふらすとは思っていないんですか?」
「命と引き替えに行うとは思っておりません」
その言葉を聞いて昭弥は更に背筋が寒くなった。
そんな知っているだけで命を狙われるような情報を一高校生に押しつけないで欲しい。
対照的にマイヤーは、穏やかな笑顔で半裁掛けた。
「だから安心して待っていて下さい。陛下は必ず金を手に入れて戻ってきます。あなたの仕事を成功させるために。だから、あなたは自分の仕事を達成することだけを考えていれば良いのです」
「……はい……」
直後にユリア女王が戻ってきて資金の融資に成功したと報告した。
「あ、あいつ、全く変わっていないぞ」
玉座の上でガタガタと皇帝は震えていた。
元々フロリアヌスは小心者だった。皇族に生まれたが、至尊の冠を被ることが出来るのはただ一人。
他の兄弟より上に立たなければならなかった。
残念ながら優秀な兄が二人居て、三男だったフロリアヌスは、蹴落とされ辺境に送られるか災いを元から絶つとして暗殺される運命にあった。
だが、父親が立太子の礼を行わず、後継者を決めずに事故で急死したため二人の兄が争いを始めた。その過程で、フロリアヌスは上手く立ち回り、兄二人を共倒れにすることに成功。至尊の冠を抱くことに成功した。
自分が幸運にも帝位に即いていることを知っており、いつその座から蹴落とされるのでは無いかと内心ビクビクし、その恐れを決して周りに見せないよう威圧的暴力的になっていた。
「陛下、よく頑張りましたぞ」
帝国宰相ガイウス・リキニウス・ムキニウスが答えた。
フロリアヌスが皇帝に付けるよう裏から手を回した最大の功労者であり、支援者であった。元々傍流の貴族だったが、フロリアヌスの側近に取り立てられたことから、権力を共に握るため奔走した。
フロリアヌスが皇帝に就任してからは、感謝の意を込めて宰相の地位に就けてこれまでの功に報いた。そして、より盤石な権力を手に入れるために日夜策謀していた。
「ああ、何とか飲ませたぞガイウス」
そう言って、フロリアヌスはユリアと締結した文章を見せた。
1.ルテティア王国は帝国より帝国金貨一億枚を十年間借り受ける
2.ルテティアへの引き渡しは一月後より十分の一ずつ一ヶ月毎に行う。
3.金利は年15%の複利とする
4.返済は鉄道開業ルテティア、オスティア間開業一年後とする
5.ただし、利息は返済前でもかかる
6.返済不能となった場合、帝国は王国資産を没収する
「結構でございます」
満足そうにガイウスは、頷いた。
「本当に上手くいくんだろうな。余が身を挺して行ったのだぞ」
「勿論でございます」
「まあ、王国が手に入るのなら安い物だ。鉄道事業に失敗し返済が不能となれば王家を接収する大義名分が出来上がる」
「そこまでは無理でしょうが、返済猶予のための条件として王家から特権などを召し上げる事が出来ます」
「それ以上に、鉄道が出来て王国中に敷かれるのなら、帝国の商品が次々と入って行きその結果、帝国に金が落ちるのだなガイウス」
「その通りでございます陛下。貸した一億も鉄道の機関車や客車、レールを購入するにも帝都の工房より購入しなければなりません。使った金はすぐさま帝国に戻ってきます」
「ならば、このたびの非礼は許そう。だが、今度会うときは余の前に跪き、頭を垂れて貰うがなユリア」
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