第9話 計画完成
「ユリアさん! 遂に完成しました!」
計画書完成の三日後、昭弥はユリアの元に持って行った。
三日もズレたのは、完成直後に昭弥が疲労の極みに達し、そのまま熟睡したためだった。
今朝ようやく起きて朝食を食べ終わって謁見の間に出てきたのだ。
「遂に出来たのですね」
「はい。名付けて『王国全土鉄道建設計画』。王国中に鉄道を建設して流通を促進します。ですが、非常に大きな困難を越えなくてはなりません」
「困難の無いものなど有りません。それでどのような計画ですか」
「予定通り、王国中に鉄道を敷きます」
「そうですか。では早速御前会議で承認させましょう」
「午前会議? 朝の会議ですか?」
「御前会議。王国元首の前で閣僚が行う会議でこの国の最高意思決定機関です」
「……それに出席するんですか」
「はい、昭弥様にはそこで計画を発表していただき、責任者になっていただきます」
「え!」
突然の言葉に昭弥は絶句した。
「一寸待って下さい。私は一六歳の子供ですよ。そんな人間が国家事業など」
「あら、私は一五歳でこの国の女王をしておりますのよ。それに比べれば大丈夫ですよ」
「一五歳……」
確かに年下の女の子が国を背負っている所を見れば、鉄道建設くらい平気に思える。
「待って下さい。でもユリアさんは王家の生まれで王位継承を経たんでしょう。何処の馬の骨とも解らない少年が国の命運を決める計画を実行して良いのですか?」
「初代ルテティア王は十代前半で蛮族を撃ち倒し、名声を上げたと伝えられます。年齢など関係ありません」
ユリアは断言すると、昭弥に尋ねた。
「それともその計画は机上の空論で無意味なのですか」
「断じて違います!」
確かに、十六歳の高校生だが、鉄オタ歴は幼稚園の頃から始まるから十年以上のキャリアがある。ただの乗り鉄、撮り鉄では無く、鉄道の技術や歴史、経営についても独学とはいえ学んできた身であり、鉄道について大学で授業を行えるくらいの知識量を持っている自信がある。
その知識を生かして実際に現地に足を運び調べ、その上で立てた計画だ。
決して机上では無く、実現する計画だ。
「ならば、何ら問題ありません。恐れるのは怯懦のみであり、あとは進むのみです」
そう言ってユリアは昭弥の背を押した。
「は、はい」
美人に押された昭弥は覚悟を決めて、責任者となることを決意した。
と言うより、鉄オタとしてこれほど嬉しいことは無いだろう。
あまりに大きな事だったので、怖じ気づいてしまったが、実際の鉄道経営に携わり思い通りの鉄道を作ることが出来るのは、実現できる事では無い。
まして、国家レベルで建設出来る。
「やります。やらせて下さい!」
数秒で昭弥は喜々として責任者就任を受け入れた。
「それでは『王国全土鉄道建設計画』を発表させていただきます」
ユリアと会談した三日後、昭弥はユリア他、王国の閣僚の前で発表した。
昭弥の計画名に大臣からどよめきが起こる。
「内容は鉄道を王国中に建設することです」
昭弥の方針を聞いて、閣僚から驚きの声が上がった。
「何故だ。鉄道で王国の商売はあがったりだ。これ以上敷設されては干上がってしまう」
真っ先に反対の言葉を述べたのは王国宰相のアントニウスだった。
「鉄道で来たからこそ安いんです。王国の商品も鉄道で運べば安くなります」
「馬鹿な」
「こちらをご覧下さい」
そう言って、昭弥は数枚の紙を閣僚達に渡した。
「簡単にいえば、馬車では最低三倍のコストがかかっています。船は、ほぼ同等ですが、スピードでは鉄道に敵いません。また、上流に引き返すときに費用が結構かかっています。これらの費用は商品に上乗せされ、王国の商品を高くします。これでは帝国の安い製品に敵うはずがありません」
閣僚達は黙り込んでしまった。
「だからこそ、鉄道を王国中に張り巡らせ、輸送コストを下げて物流を盛んにします。安くなれば王国の商品は売れます。更に、商品を運びやすくなるので今まで以上に物を売りやすくなります」
「だが、国中に鉄道を敷設するなど、直ぐには無理だ」
「はい、そこで最も利用されるであろう部分を最初に敷設します」
「利用される部分?」
昭弥はルテティアの地図を掲げると、棒で指し示した。
「まず、セント・ベルナルドからコルトゥーナまでは既存の王国鉄道を改軌します」
「改軌?」
「レールの幅を広げ、帝国鉄道と同規格にします」
「それは帝国の列車も入ってくるでは無いか」
「ですが、入ってくることにより王国の収入になります」
「しかし、わざわざ改良するほどでも無いだろう」
「積み替えで損をしています。王国鉄道が利用されないのは荷物の積み替えを商人達が嫌がっているからです。その部分を改めればそれだけでも利用者が増えるでしょう」
「机上の空論では?」
「大きな船が小さな運河に入ることは出来ません。小さな運河を大きくするだけです。大きな運河なら大きな船が通りやすくなり、運べる荷が増えます。何より、目的地まで積み替えが不要になります」
「むうう」
そこまで言われて宰相は黙ってしまった。
鉄道については素人だが、水運については、王国の根幹であり十分に理解している。水運で例えられて、納得してしまい黙り込んでしまった。
「コルトゥーナからは、河川の南側の土手を使って線路を敷設します」
「土手を使うのか?」
「はい」
「だが、氾濫を阻止するための土手だぞ」
「線路の敷設費用が安く済みます。また短期に仕上げることも出来ます」
「だが、土手が壊れたら甚大な被害が」
「土手を傷つけるようなことはしません。むしろ鉄道のような重量物が通ることで土手を踏み固めることが出来ます。土手の上を歩いて踏み固めるのと同じです」
実際、土手を人手踏み固めることは珍しくない。土手の上に街道を作って通行人が踏み固めるという方法は古今東西多い。
「だが、どうして南岸なのだ。王都は通らないのか?」
「王都の南岸よりルビコン川沿いに南下します。そしてオスティアの港町トラヤヌスの対岸を終着地にします」
「オスティアだと。つまり、ルビコン川を昇る船の積み荷を鉄道で運ぶというのか?」
「そうです」
王国が発展した理由は、海外からの貿易品をルビコン川を使って王都まで運び、そこから更にコルトゥーナまで輸送。陸路でセント・ベルナルドの峠を越えて帝国に運んでいたからだ。
「その流れを強化します」
「だが、川船からの収入が無くなるぞ」
「それ以上の収入が鉄道から入って来ます」
「何故言えるんだ」
「まず、川を遡上するので船では不利です。その点、鉄道にそのような問題はありません。次に、荷物の積み替えが無い事です。今ではオスティアで外洋船から大型の川船へ。王都で大型川船から小型の川船へ。そしてコルトゥーナで川船から鉄道へ積み替えていました。この間に幾人もの人の手が必要でコストがかかっていました。それがオスティアで一回鉄道に積み込めば、あとは帝国へ運ぶだけで済むのです」
積み替えというのは一言でかたづけられるほど簡単なものではない。重たい荷物を動かすにも人手が居る。それが何千何万という量になると余計だ。その分人手も必要になる。
人を雇うには金がかかるから輸送コストが更にかかることになる。
「だが、それで生計を立てている者もいるのだぞ」
「鉄道で受け入れます。鉄道への積み替え、鉄道の保守、汽車の運転など、鉄道には多くの人手が必要になります。十分に吸収出来ます」
「結局、支払う額は同じでは無いか」
「今まで以上に荷を運べます。単純計算で十倍以上になるでしょう」
「馬鹿な!」
途方も無い数字にアントニウスは否定した。
「夢幻だ。帝国の鉄道でさえ、それだけの荷を運べてはいない」
「できます」
「仮に出来たとしても、それだけの荷が何処にある」
「無かったとしても、新たに運ぶ荷が生まれます! いや、生み出します!」
「陛下! こやつは途方も無いホラを吹いておりますぞ。直ちに首を刎ねるべきです」
「採用します」
「よし採用! ……な!」
アントニウスはユリアに振り返った。
「陛下、今何と」
「昭弥の提案を採用すると言ったのです。このままではなすすべ無く王国は破綻するでしょう。ならばここで打って出るべきです」
「馬鹿な。第一予算がありませんぞ」
「無ければ作ればいいのです」
昭弥が二人の間に割り込んだ。
「なっ、どうやって作るのだ」
アントニウスが昭弥を詰問した。
「帝国などから借ります」
「出来るというのか」
「やるんです。鉄道を作ろうというのなら」
「解りました」
昭弥の意見を聞いてユリアは立ち上がり、閣僚達に告げた。
「帝国から借りましょう」
「しかし」
「宰相、私はもう決めたのです。鉄道を作るために帝国から借りる必要があるというのなら、借りましょう。そのためには私は骨身を惜しみません」
「では、早速惜しまずに手伝って貰いましょう」
「え?」
昭弥のあっけらかんとした言葉にユリアのみならず、宰相以下閣僚全員が驚きの声を上げた。
予め、打ち合わせていたとは言えユリアの自信と信頼に満ちた声と眼差しを受けて昭弥は頭が熱くなってしまった。
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