第4話 セント・ベルナルド
「沢山いるね」
セント・ベルナルド
アルプス山脈でも最も低い峠に位置し、ルテティア王国とリグニア帝国を結ぶ唯一の街道の終着地。
近年は鉄道が開通し、更に発展が見込まれている。
既に幾線もの引き込み線を持つ操車場が作られ、貨車と客車がひしめいている。
「出発まで時間がかかりますね」
「そうなのかい?」
「ええ、山道をぐねぐね周りながら進むので。急坂ですし、こんなに車両が集まっていると、順番待ちで時間がかかります」
「それは見てみたい」
昭弥は、興奮しながら答えた。
登山鉄道というのは独特の美があるのだ。箱根登山鉄道しかり、横川~軽井沢間しかり。
山あいを進む鉄道というのは実に栄える。
「さて、無事に着けるかな」
「え?」
不穏な言葉に昭弥は、一瞬固まった。
幸か不幸か、直後に汽笛が鳴り、昭弥達に出発を伝えた。
「運良く、出発出来るみたいです。直ぐに乗りましょう」
「あ、ああ」
何も聞けずに昭弥は、セバスチャンに続いて車両に乗った。
列車は、ゆっくりと山間を進んで行く。
急坂と呼んだが、登山鉄道に乗った経験のある昭弥にはそれほど厳しい坂では無かった。
恐らく機関車の性能が悪くて、急坂を設けることが出来なかったのだろう。
日本の鉄道では最大で三五‰、千メートル進む間に三五メートル昇るのが限界であり、通常は二五‰に抑えている。
だが、ここはそれ以下だ。その分非常に長い距離を使って、標高を稼いでいる。
トンネルは技術的に難しいのか、あまり使われていない。そのため山肌に沿ってクネクネと曲がりながら進んで行く。
だが、これが良い。
鉄オタ的には山間を進む鉄道というのは、非常に栄える。カメラがあったら、写真に収めたいくらいだ。
「畜生、バッテリーが充電出来たらな」
博物館や道中で撮りすぎたため、既にバッテリーは底を突いている。
充電方法を考えなければならないだろう。
「しょうが無い」
昭弥はスケッチブックを取りだしスケッチを始めた。
こう見えて絵が上手い。
鉄道好きが高じて、自分で設計図を見よう見まねでコピーしたりしている内に上手くなってしまったのだ。
「ああ、時間が足りない」
次々見える光景をクロッキー、速写術の要領で描いていくが、それでも足りない。
「時間よ止まれ」
戯れに口に出した瞬間、列車が停止した。
「何が起きたんだ」
予想外の事態に昭弥は驚いた。
「どうも前方の列車が事故を起こしたみたいですね」
「何だって」
扉を開けて、事故現場に昭弥は向かった。
見るとカーブの場所で前方の車輪が外れて立ち往生している貨車があった。
「乗り上がり脱線事故か」
急カーブの上、貨車に大量の荷物を載せすぎたため、車輪の摩擦が上がり、レールに乗り上がったのだ。
「おまけに、車軸が折れている」
事故の衝撃で折れたのだろう、車体の下を覗き込むとポキンと真ん中で折れていた。
「材料が脆すぎるんだな」
いずれにせよ復旧には時間がかかる。車両を排除するだけでどれくらい時間がかかるか。
だが、暫くして周りから人が集まってきて、貨車の荷物を別の貨車に移動させてゆく。
空になった貨車を全員が一緒に持ち上げ谷底に落とした。
「あ」
ようやく一言、昭弥が言ったときには、貨車は谷底に向かって落下。河原の岩に激突しバラバラになった。
「ようやく道が開けましたね。もうすぐ出発です」
「手荒い処理だね」
淡々と説明するセバスチャンに昭弥が言った。
「普通ですよ。街道で立ち往生した馬車は速やかに街道から排除するよう帝国法で定められています」
「……そうなんだ」
そんな事故があったものの、その後は大したトラブルも無く、帝国側の出口であるマルティニーに到着した。
「ここが終着地なんだね」
「はい、帝国側の駅です」
ここも巨大な操車場が置かれていた。
「ここで鉄道は終わりなのかい?」
「いいえ、沿岸まで通じています。そこから更に線路が延びて帝都まで伸びています」
「よく分かったよ。じゃあ、帰ろうか」
「もうですか?」
「僕ももっと居たいけど、他にも調査しなくちゃね。だから戻るよ」
「それは無理です」
「どうして?」
「今日は戻れません。今日は帝国行きの列車しか走れません」
「それも決まりなのかい?」
「はい。アルプスは非常に険しく、途中に駅を建設することが出来ません。なので一日おきに列車が走るんです」
「……なるほど。どおりで昼前なのに出発するのかと思ったよ」
「ここで一泊してから戻りましょう」
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