第3話 帝国鉄道
「ここが駅ですか」
翌日、朝一番に城を出た昭弥は駅にむかった。
駅は外壁の直ぐ外にあり、すでに多くの人や馬車が集まっていた。
「こんなに近くにあるのに気が付かなかったのか。鉄道好きとしては失格だ」
「昭弥様の部屋からは丁度見えない位置にありますから」
付き添いとして同行するセバスチャンが応えた。
昭弥の部屋は城の南側にあるが、駅は北西側。丁度塔の影に隠れて見えないのだ。
「ならしょうが無いか。では早速行きましょう」
「は、はい」
昭弥の後に続いて荷物を持ったセバスチャンが後に続いた。
今日乗るのは帝国が建設し運営している帝国鉄道だ。
帝国は今鉄道がブームとなっており各地で建設されている。
その中で規模が最も大きいのが帝国自身が作った帝国鉄道だ。
帝国は広大であり、各地を迅速に安価に結べる交通システムを求めていたこともあり、全力で建設を行っているとのことだ。
昭弥は早速、駅舎と思われる場所に向かった。
「って何処に行くんです?」
「え? 駅舎に」
「あそこは事務所みたいな場所で列車主が料金を払う場所です」
「列車主?」
「列車の持ち主です。列車を作るか購入して、レールの上に載せて走らせます。走らせる分だけ帝国に料金を払うんです」
「乗客は誰に料金を払うんだ?」
「列車主です。彼らと交渉して支払います。さあ、行きましょう。急がないと列車が無くなってしまいます」
セバスチャンに促され、昭弥は操車場に向かった。
「凄いな」
沢山の列車が並んでいた。
馬の繋がれた馬車鉄道。蒸気機関車らしき、煙突の付いた車両。
窓ガラスの嵌められた客車。天蓋のある貨車、天蓋の無い貨車。
色とりどり様々な車両がレールの上に並んでいる。
「切符とかは何処で買うの?」
「切符って何ですか?」
セバスチャンに尋ねられて昭弥は面食らった。
「あ、いや、料金はどうやって支払うのかなって」
ここは異世界であり、切符が存在しない可能性にようやく昭弥は気が付いた
「それぞれの列車主と交渉します。目的地のセント・ベルナルドまでは大体三〇ドラクマです」
「高いのかな」
「一ドラクマ、帝国銅貨一枚でまともな食事がとれます」
そう考えると高いだろうな、と昭弥は思った。
「今回は個室ですので九〇ドラクマです」
「……いいの?」
「個室の方が安全です。乗り合いだと混んでいますし、荷物も無くなる事が多いです」
「そう」
興味はあったが、どちらかしか乗れないのならセバスチャンの言うことを聞いておこう。
「こちらです」
「蒸気機関車か」
案内されたのは、煙突の付いた車両に繋がれた三両編成の列車だった。
「炭水車に石炭が無いけど燃料はどうしているんだ?」
「石炭? あんな物使う人はいませんよ」
「あんなものって、じゃあどうやって動かしているんだ?」
「サラマンダーです。サラマンダーが釜の水を沸かして動かしているんです」
「ファンタジーだな」
運転台の隙間から見ると竈から赤い龍のような生き物が激しい炎を上げながら動いていた。
それ以外は蒸気機関と変わらないようだ。
「じゃあ、客車に行きましょう」
「ああ」
向かったのは汽車の直ぐ後ろにある幾つも扉のある車両だった。その直ぐ後ろは、天蓋の付いた貨車で、更に後ろは天蓋もない貨車だった。
「客室は一つ一つ別れているんだね」
「ええ、これなら他の人が入ってくることはないでしょう」
「まあ、安心だけど」
昭弥は苦笑した。
そういう心配では無く、この車両がどうしてこういう構造になっているのか考えていたのだ。
昭弥のいた世界で最初に作られた客車も個室が一つ一つ別れ、隣の個室に行けないようになっていた。これは馬車を参考に製造された為だった。
恐らくこの客車も同じような考えで作られたのだろう。
「早く乗りましょう」
「そうだね」
早速扉を開けて中に入った。
荷物を個室に入れて荷物置き場に荷物を置く。前後の壁に車両の幅一杯にソファーが設けられており居住性は良さそうだった。
「出発までどれくらいかかるかな」
「もうすぐだと思いますよ。何か食べますか?」
「うん」
そう言って渡されたのはサンドイッチだった。パンにベーコンと目玉焼きの挟まれており、香辛料の効いた美味しい物だ。
昭弥はゆっくり食べ、食後の紅茶を飲んだが、飲み終わってもまだ出発しなかった。
「遅いね」
「まだ乗客が集まっていないんでしょう」
「……出発時間とかは決めていないの」
「何ですかそれ?」
「決まった時間に出ないの?」
「まあ、午前中に出ますけど、乗客が集まってから出発するのが普通です」
「あー」
なるほど利益を最大にするために客室が満員、あるいは荷物が一杯じゃないと出発しないのか。
昭弥は、ドアを開けて後ろの客室を見た。
一寸解りにくいが、客室に人が入っているようだ。
だが、それ以上に驚いたのは後ろの二両にも人が乗っている事だった。
「後ろの貨車にも乗っているの?」
「あれも客車です。手前が二等で、後ろが三等です」
「貨物、商品とかは何で運ぶの?」
「大商人は独自に貨車を持っていますよ。僕たちも便乗させて貰えれば良かったかな」
「一寸待って、ここは帝国鉄道だよね。帝国が運営しているんじゃ無いのか」
「はい、帝国が敷設した鉄道です。だから列車の長が帝国に料金を払っているはずです」
つまり、帝国はレールを敷くだけでその上の列車は、個人が走らせるというわけか。
第三種鉄道会社、道路いや、日本の高速道路と同じと考えるべきか。国が建設してレールを管理運営するが、その上を走るのは個人や会社が所有する車。
本当に初期の鉄道だ。
その時、汽笛が鳴った。
「あ、出発します」
その直後客車が揺れてゆっくりと走り始めた。
少々乱暴な動き方で、昭弥はソファーに転がったが、直ぐに安定した。
スピードは駆け足の倍ぐらいになると加速が終わり、進んで行く。
前方から蒸気機関のシュシュシュという音を聞きつつ、列車は田園地帯を進んでいった。
「意外と早いな」
「ええ。前に何も無ければ早いですよ」
「? それはどういう」
そう言っている間に、汽車はスピードを落とし、駆け足くらいのスピードになった。
「どうしたんだ?」
最初は事故かと思ったが、スピードは安定している。
「ああ、前に馬車がいるんでしょう。遅くなっているんですよ」
「え? 馬車も走っているの?」
「はい、鉄道ですからね。誰でも利用出来るようになっているんですよ。利用料を払えば」
なるほど、街道と同じ考えか。
「追い越せないのか?」
「駅で追い越せますけど、馬車が多いと、それも無理です。今日は早めに出てきたので大丈夫でしょう」
昭弥は窓を開けて前を見た。
丁度カーブで前方の列車が見える。確かに馬に引かれた車両が前にいた。
単線のため、低速の馬車を追い抜くことは出来そうにない。
「前の馬車のスピードに合わせないとダメか」
「そうですね」
「苛つかないの?」
「そういうものですから」
「何で、馬車がいるんだ?」
「蒸気機関は確かに高性能ですけど、高いですしサラマンダーの数も少ないので数が少ないんです。馬車は遅いのですが、馬は何処にでもいるので直ぐに用意出来ますから」
「わかった」
資源、この場合はサラマンダーの数に制限されて十分な数を増やせないのか。だから数を補うために馬車も走らせている。
「まあ、しょうが無いのだろうが」
これでは鉄道の持つ速達性が発揮出来ない。
「皆不満はないの?」
「不満どころか、喜んでいますよ。街道だと、雨でぬかるんで走れなくなる事もありますけど、鉄道だとそれがありません。速度もずっと速いですから」
「たしかに」
街道と相対的に見れば鉄道の方が良い、というより大幅に改善されている。
だから不満はないのだろうが、現代の鉄道を知っている昭弥にとっては不満が多い。
列車そのまま進み、途中の駅で馬車を追い抜きながら進んで行く。
何もする事が無く、ずっと景色を見ていたが、広大な平原と田園地帯が続く。
時折、駅を通過するとき、すれ違い待ちなのか馬車鉄道や蒸気機関車に引かれた列車が並んでいた。
近くで見たかったが、優等列車なのか正午に一回止まっただけで列車は進んで行き、夕方頃、ようやくとまった。
「今日はここまでですね。明後日にはセント・ベルナルドに到着出来ます」
「結構遅いね」
「凄く早いですよ。昔は早馬車で倍の一週間はかかっていました」
「ならものすごく早いね。で、今日はどうするの?」
「この駅の宿に泊まります。中には列車で待つ人もいますけど」
「うーん、泊まってみるのも面白いかもな。今夜は泊まることにしよう」
「最悪だな」
翌日、夜明けと共に列車に戻った昭弥は、げっそりとした表情で呟いた。
「何だよ、あの料理。少ない、冷たい、不味いの三拍子が揃っている」
「だから、もう少しランクの高いところで食べましょうと言ったのに」
「一般的な料理がどういうものか知りたかったんだ」
昭弥が止まったのは貴族などの上流階級が止まる宿では無く、一般の商人向けの宿だった。元が庶民であるのもそうだが、鉄道マニアとして大多数の利用者がどんなことを行っているのか知りたかったからだ。
「サービスが酷すぎる」
料理の三重苦もそうだが、ベットも酷かった。藁を敷いただけのベット。それもシーツを換えた形跡が無い。
壁も薄いのか隣の部屋の音や下の酒場の音が響いてくる。
「料金も高くないか? 一食二ドラクマだったぞ。一ドラクマでまともな食事が摂れると聞いていたけど、あれがまともなのか?」
「まさか、王都ならもっとマシな食事が食べられます。宿は吹っ掛けるんですよ」
「稼げるだけ稼げか」
それにしても酷すぎた。
「いつ出発するんだい?」
「いえ、今日は動きません」
「何だって?」
「一日おきにしか動かないんですよ」
「……良いのかそれで?」
「仕方有りませんよ、レールが一本なので一日おきに上下が逆転するんです。今日は下り線専用なので明日にならなければ動けません」
「文句は無いのかい?」
「聞きませんね。それに馬やサラマンダーを休ませなければならないので、一日おきくらいが丁度良いのです」
「なるほど結構合理的だね。でももっと早く進みたいと考えている人も居るんじゃ無いのかい?」
「まさか、今までの十倍以上の荷物を積んで倍以上の速度で進めるので、表だって文句を言いません。もっと早く、もっと多くの荷物をという人が居ますが、贅沢すぎるでしょう」
「そうか」
確かに、今までより利便性が向上しているのだから文句を言う人間はあまりいないだろう。
その間にも、多くの下り列車が目の前を通り過ぎて行く。
時折へばった馬を交換するためか、列車が駅に入って行き馬を交換して再び出て行く。だが、駅で乗り降りする人間は居らず、精々飲食物を買うかトイレに行くかのどちらかだ。
「一つ気になったんだけど、地元の人は使わないのかい?」
「そうですね、料金が高いですし使う人は少ないですね」
「どうして」
「高いんですよ。農民が気軽に出せるような金額じゃ有りませんし、払うくらいなら街道を歩いた方が安上がりです」
「農作物を王都に売りに行くとかは無いのかい?」
王都なら野菜が高く売れるのでは無いかと思って尋ねてみた。
「うーん……王都周辺の農地の方が便利で安いですから。それに川から運べます。かといって漬け物は帝国の方が安いですし」
「漬け物が安い?」
「はい、野菜は作れるんですが漬けるための塩や酢、油の産地とルテティアは離れているのでどうしてもそれらの代金が高くついて、帝国産の方が安くなってしまうんです」
「なるほど」
帝国は鉄道網が発達しているから、安い地方から輸入して漬け物にして売り出すことが出来るのだろう。
「あの、よろしいでしょうか?」
「ああ、参考になったよ」
王国の問題が少しずつ見えてきた。そう考えると腹が空いて、鳴いている。
「朝食がまだだったな」
だが前日の食事の悪さを思い出して暗くなった。
「これが明後日まで続くのか」
「ご安心を、荷物の中に食材を入れておきました。調理器具もあります。薪を買えば簡単な料理、シチューぐらいは作れます」
「助かる。他の人もそうしているんだよね」
「そうですね。旅の期間が短縮されたので、日数分の食料を自前で載せてくる人もいますね」
「荷物が嵩張らないか?」
「ずっと列車に乗っていれば良いので平気ですよ。自分で担いで歩いて行くことを考えれば楽ですよ」
「そうか……」
昔の人はよく歩いたというが、交通機関が発達していない場所では人はよく歩くのだろう。
その夜は本当に良かった。
乾パンにシチューのみだったが、干し野菜や干し肉をスパイスと一緒によく煮込んだだけのシチューは、食材の旨味が滲み出て本当に美味しかった。
それに乾パンを浸すと小麦の旨味も出てより美味しくなる。
不味い食べ物は、食べるだけで体力を消耗するが、美味しい食べ物はより活動的にしてくれる。
温かい食事がこれほど有り難いとは知らなかった。
お陰で、セント・ベルナルドでは鉄オタ魂を炸裂させることが出来た。
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